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23・盾

 次に扉が開くと、白シャツ姿のレイナがいた。

 ただし――見る限り、下には何も穿いていない。

 裾の長い白シャツを一枚を、ワンピースのように着ているのだ。


「入りなさいよ」


 仏頂面のレイナに招かれる。


「お前……電気、点けないのかよ」


 決して広くはないワンルームの一室。

 ガラス製のテーブルの前。

 敷かれている絨毯の上に胡座をかいて座った。

 室内は電気が点けられておらず――辛うじて、窓から差し込む月光によってレイナの顔くらいは見えた。


 この状況……こいつ、まさか……っ!


「お前ん家も電気が止められていたのか……」

「あんたと一緒にしないでよ」

「今だったら、コンビニで支払うことも出来るからちょっと待とうか?」

「だからあんたと一緒にしないで! って言ったでしょ!」


 呆れたように、レイナは溜息を吐いて、


「――光が怖いの」

「光が……怖い……?」


 何だこいつ。ドラキュラ伯爵みたいなことを言いやがって。

 ツッコミを入れようにも、レイナの表情は真剣そのもので、それ以上の質問を許す隙がなかった。


 ……まあ、光が怖いっていうヤツもこの世にいるかもしれないな。

 疑問は多かったが、ひとまずそれについては口を出さない。


「はい。どうぞ。インスタントだから、高級料理がお好きなアサトの口には合わないかもしれないけどね」


 明らかな刺々しい口調。


 レイナがトン、とテーブルに二人分のティーカップを置いた。

 中からは紅茶の匂いが漂ってきて、嗅ぐだけで疲労が取れていくようであった。


「「…………」」


 俺とレイナ。

 ティーカップの硬質な音が聞こえるだけで静寂。

 何だかそれが気まずくなって、俺の方から声をかける。


「レイナ……何で、お前そんなに俺と《盟友チーム》を組むことにこだわっているんだ」

「関東魔術軍のドラフト一位になるためよ」


 レイナが即答する。


「それだ。その、ドラフト一位ってのに何でこだわる。別にドラフト一位じゃなくても、もっと言うと関東魔術軍じゃなくても軍人は軍人だろうが。誇れることだ。それなのに……どうして、その一点にこだわる」

「あんたには関係ない話でしょ」


 ピシャリ、と質問をはねのける。

 そんなレイナの一方的な声に腹が立ってきて、


「じゃあ、俺がむすびと《盟友チーム》を組もうがお前には関係のない話だよな」


 そう言うと、ビクンッとレイナの肩が震えた。

 するとゆっくりと顔をこちらに向けて、


「……この部屋」

「ん?」

「この部屋。《四大財閥フォースサミット》のくせに、何でこんな質素なところに住んでいるんだ、って思ったでしょ。もっと高級マンションに住んでいると思ったでしょ。現にむすびは高層タワーマンションの最上階に住んでるし」

「まあ……確かにそうだな」


 思えば疑問である。

四大財閥フォースサミット》というのは、優秀な魔術師を抱え、魔術によって財を形勢してきた財閥のことである。


 つまり日本でも一、二を争うお金持ちの一族のはず。

 それなのにレイナはハンバーガーショップに行き、さらに手持ちがないとむすびに金を借りるような真似をする。


 その理由をレイナは噛みしめるように続けた。


「《四大財閥フォースサミット》でも一番手と言われる桜乱華。だけど、今はちょっと没落していてね。わたしを贅沢させられる余裕なんてないの」

「没落している? どういうことだ」

「桜乱華マリヤっていう名前。アサトも《イザナミ》にいるんだから知っているわね」


 眉間に指を置いて、記憶を手繰り寄せる。


「悲劇の天才桜乱華マリヤ――か。確か十年前、第四次人類生存戦争サヴァイブで《魔敵エネミー》に殺されてしまったんだよな……って桜乱華?」

「そう。桜乱華マリヤはわたしのお母さん」


 そう言うレイナの瞳は、遠くを眺めているようであった。


「お母さんが《魔敵エネミー》に殺されてから、桜乱華は没落し始めた。だって、お父さんも先に亡くなっていたし、優秀な魔術師がいなくなってから。

 それでも桜乱華が《四大財閥フォースサミット》で一番手だと言われている理由は――良い? これは自慢じゃないわよ――それは、わたしがいるから。十年に一人の天才魔術師のわたしがいるから。その期待を込めて、《四大財閥フォースサミット》に……そして一番手の序列にあるに過ぎない」


 公園でのレイナの魔術を思い出す。

 何度も言うが、入学間近の生徒が魔術を行使出来るだけでも優秀なのだ。その点では鷺山もでかい口を叩くなりには、優秀ではあった。


 しかし、そんな鷺山達を寄せ付けない圧倒的なレイナの実力。

 一年生で軍隊級の魔術を使いこなすレイナは、まさしく天才と言っても過言ではないだろう。


「このままわたしが頑張れば桜乱華は《四大財閥フォースサミット》であり続けた。でも……その状況に暗雲が立ち込めた」

「そうか……むすびがいるんだ」


 十年に一人の天才、と並び立つ四夜家の至宝。

 そんな俺の解答にレイナは黙って肯く。


「わたしとむすびはいつも比べられてきたわ……。

 関東魔術軍でドラフト一位になるというこは、その世代で最強の魔術師だということ。

 それなのに、むすびにドラフト一位を取られてしまったら? 最強の座は四夜家に移ってしまい、桜乱華家が一番手から外されてしまう。

 そして力を失った桜乱華はそのまま《四大財閥フォースサミット》から外されるかもしれない。だからわたしは、一族のために――何よりも、大好きなお母さんが残してくれた桜乱華を守るために――絶対に関東魔術軍ドラフト一位にならなくちゃいけないのよ」

「つまり失敗は出来ない、ということなのか」


 ティーカップを持つレイナの力が強くなる。

 驚いた。俺の知らない内にそれだけ桜乱華が力を失っているとは。


 そして《四大財閥フォースサミット》の一つ桜乱華の家名が一人の少女の肩にのし掛かっている。

 それはどれほどの重圧であろうか。


「桜乱華は元々、『盾』となるような男性とパートナーを組んで栄えてきた一族」


 レイナが紅茶を一啜りしてから続ける。


「桜乱華は代々、攻撃面には優れていたが防御面は脆弱と言われていたわ。それは魔術の才能か、もしくは性格の面なのか、それとも両方なのかは分からない。

 だから桜乱華が剣となり、その間に『盾』となってくれるような男性がいてこそ力を最大限に活かされる。そうやってお母さんからも教えてもらったわ。

 お母さんの『盾』だった男性――お父さんなんだけど、結婚して早々に死んでしまって。そのせいでお母さんは力を最大限に発揮出来ず、あんな《魔敵エネミー》なんかに殺されてしまった」


 お母さんのことを殺されてしまった時を思い出しているのだろうか。

 レイナの肩が小刻みに震えているように見えた。


「分かったぜ……だから、お前はそんなに関東魔術軍ドラフト一位。そして俺と《盟友チーム》を組むことにこだわっているわけだな」


 レイナが俺を『盾』と言ったのも、傲慢な性格からではないのだ。

 おそらくレイナは自分をお母さんと重ねているに違いない。

 このまま『盾』となるようなパートナーを見つけられなかったら、いつか誰かに敗北を喫してしまう。

 そしてその瞬間が、桜乱華の消滅になることを――十六歳の彼女は誰よりも分かっていた。


「そういうあんたは何なのよ。聖剣はあるとはいえ、魔術を使えないのに《イザナミ》にやって来て。あんたにも叶えたい夢ってのがあるんじゃない?」


 こりゃ……参った。やはりそういう質問が飛んでくるか。

 これを「お前には関係のない」と拒絶することは簡単だ。

 しかし先ほど、ツンデレは嫌いと演説した以上、この質問に答えないという選択肢はない。


 俺は覚悟を決め、頭を掻いてから訥々と語り始めた。


「復讐のためだ」

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