22・ツンデレが嫌い
――どうして、自分がこれだけむしゃくしゃしているのか分からない。
水の滴り落ちる音が断続的に聞こえる。
レイナは《マジックアワー》を飛び出して、自分の部屋へと戻ってきた。
小さい頃に買ってもらった人形を抱いて、部屋の片隅で固まっていた。
こうしているだけで、どんな辛いことがあっても霧散してしまう。
しかし、何故だか今夜はむしゃくしゃとした気持ちが晴れなかった。
――どうして、と言われれば分からない。
多分、ジメジメとした気分になっているのは、噴水に落とされたせいだ。
そう思って、純白のドレスを脱ぎ捨ててシャワーを浴びることにした。
「アサトったら……むすびに鼻なんか伸ばしちゃって」
一糸まとわぬ姿でシャワーを浴びているレイナ。
凹凸が少ない体ではあるが、それは日々の鍛錬によって余計な脂肪が付いておらず、引き締まっているとも言い換えることが出来る。
レイナは座り、ただ前を向いていた。
流しっぱなしのシャワー。
目の前のタイルに今日の光景が浮かび上がってくる。
「わたしは……失敗なんて出来ない。絶対に魔術学園で頂点を取らないと」
何度、呟いてであろうその決心。
シャワーの水音でも、その熱き声はかき消されなかった。
――アサトと最初、出逢った時のことを思い出す。
衝撃的であった。
下着姿を見られたこともそうであるが、それ以上にアサトの実力である。
いくら聖剣《オルファント》なんていう、チートじみた武器を持っていても、簡単にレイナに勝てるわけがない。
おそらくアサトはずっと努力し続けてきたのだ。
相手の魔術式を見切り、発動してからでも十分一閃出来るように訓練し、聖剣に甘えることなく、ずっと努力してきたのだ。
そうでなければ、同じように――いや、それ以上に努力し続けてきたレイナに勝てるわけがない。
だからレイナはアサトを『盾』として選んだのだ。
自分の背中を任せることが出来るから。
信頼出来ると思ったから。
しかし――結果は無惨なものである。
「わたしは一人で生きていくんだから……」
その声は小さく、シャワーによってかき消されてしまった。
残念なことに――シャワーを浴びても、この気分が洗浄されることはなかった。
■
「ここか……」
《マジックアワー》から出て。
やっと辿り着いたレイナの部屋の前。
どんな高級マンションに住んでいるかと思えば、意外にも何処にでもある学生マンションの一室であった。
重そうな扉の前で固まる。
「――ええい! 何、考えてやがんだ!」
こんな風にウジウジ考えるのは俺らしくないだろうが!
そう思って、意を決して扉を『ドン、ドン』と二度ノックする。
「……無視かよ」
しかしノックの返事は返ってこない。
頭を掻く。
こいつ……この中にいるのは確かだというのに、居留守を使う気なのかよ。
「おーい、レイナ。入るぞー」
だから一言断って、ドアノブを捻った。
中に入ると、前が見えないくらいに真っ暗な短い廊下。
「レイナ……?」
あれ? もしかして本当に留守だったのか?
そう思った矢先――、
廊下の右の扉からレイナが出てきた。
「なっ……!」
体が固まってしまう。
レイナが出てきた……出てきたのであるが、その姿は前面をバスタオルで隠しているだけの無防備な姿である。
バスタオルで隠しきれない肌が露出しており、滑らかなラインを描いている。
「ア、アサトッ? って、ななな何で!」
よく見ると髪が濡れて、蒸気が出ている。
うん。見るからにシャワーを浴びていたようだ。
「い、いや……いきなりお前が出て行くもんだから」
「で、出て行って!」
慌てたレイナに蹴られて、無理矢理外に出される。
バタンッ! 大きな音を立てて扉が閉められた。
それはレイナの気分を顕現しているようである。
言わずもがな。最悪である。
「おい、ちょっと待てよ! 勝手に扉を開けたのは謝るから!」
「出て行って! もうわたしに近付くな! 変態!」
「話を聞けってば! おい!」
扉をノックしながら声を張り上げる。
もう近所迷惑なんて気にしている場合じゃない。
「……あんたはむすびと《盟友》を組むんじゃなかったの?」
一転、レイナの暗い声。
「あぁ?」
「むすびと《盟友》を組むんでしょうが! むすびの家来になるんでしょう。だったら、わたしとあんたの関係はもう終わり。バイバイ。まあ最初から、わたしと《盟友》を組むの嫌がっていたし、丁度良かったじゃない」
強制的に断絶するような冷たい声であった。
これ以上の話し合いはするつもりがない。
そのような意味合いが、扉の向こうから聞こえてきた。
「何を……自分勝手な……」
確かに――俺も悪かったかもしれない。
しかしこんなに一方的に関係を拒絶していいものなのか?
その怒りが噴出したのかもしれない。
俺は扉から握り拳を離し、
「俺はツンデレが嫌いだ」
「はあ?」
一回、溜息を吐いてから話を続ける。
「俺はツンデレが嫌いだ。ほら、マンガとかで出てくるじゃないか。ツンデレヒロインっていうヤツ。
あいつ等は事ある事に『あんたのことなんて好きじゃないんだから』と言って、主人公と話し合いすらしようとしない。
ちょっとこっちから距離を縮めてやろうと思っても『あんたには関係ないじゃない』と話し合いを拒否したりする。
ほら……何だ。それって圧倒的に話し合いが不足しているんだよな。ちゃんと話し合えば悲劇を生まずに済んだ。ちゃんと心と心が通じ合っておけば、無駄な誤解を生まずに済んだ」
「……一体、あんた何が言いたいの?」
すうーっと息を吸ってから、
「俺の話を聞きやがれ! お前の部屋探すの苦労したぞ? 浄徳先生に聞いても個人情報がうるさいとかで『北に三百六十二歩、東に二百十一歩』なんていうRPGゲームみたいなヒントしか与えてくれねえしよ! 巫山戯んなよ! おかげでここまで来るのに、無駄に遠回りしちまって三時間もかかっちまったじゃねえか!」
「さ、三時間っ? あんた、わたしが出て行ってからずーっと、ここを探していたってことなの?」
レイナの驚嘆するような声。
自分で言うのも何だが、俺がこれだけ心を露わにするのは珍しいことであった。
俺は――あの日から、感情をなくした機械になると決めていたから。
ぎいーっと錆びた音が聞こえ、扉が外に開く。
「……さっきは気付かなかったけど、何であんたびしょ濡れなのよ」
「雨が降ってんだよ」
耳を澄まさなくても、虫の羽ばたきのような雨音が聞こえる。
中から出てきたレイナはバスタオルを体に巻いていた。
ツインテールを解いた髪からはシャンプーの匂いがした。
「どうやら三時間探し回ったっていう話は本当のようね」
「当たり前だ」
そう返すと、再び扉が閉められ、
「おい、ちょっと待てよ……だから話くらい聞けって」
「慌てないで。このままじゃ何だから、着替えるだけよ」
「じゃあ……」
扉が完全に閉められ、向こう側から、
「紅茶の一杯くらいなら入れてあげるわよ」
といつもの調子の声が聞こえた。




