21・ワインでほろ酔い
レビューいただきました!
ありがとうごさいます!
レイナはびちょびちょに濡れた制服を脱ぎ捨て、現在――純白のドレスに身を包んでいる。
露出している肩のラインはどうしても女を感じさせる。
ドレスから伸びる二本の生足は、制服を着ている時よりも長く見えた。
服屋で軽く化粧をしてもらったのだろうか。
先ほど、軍隊級の魔術をぶっ放しているヤツには到底思えない。
一国の姫さえも思わせる煌びやかさであった。
「何かわたしの顔をジロジロと見て。わたしの顔、何か付いてる?」
「不細工な顔のパーツが引っ付いてるな」
「むすびは黙っておいて!」
大きな声を出しても、レイナの品の良さは損なわれていなかった。
「……いや馬子にも衣装だな、って思って」
「え? アサト。今、何か言った?」
レイナの問いかけに、恥ずかしくなって視線を逸らす。
服の威力って恐ろしい。
そして何故、俺の心臓の鼓動が早まっているのだ。
「ここに座るぞ!」
ハンバーガーショップと同じような丸いテーブル。
しかし見て分かるくらいに、テーブルの質が違う。
おそらくこのテーブル一つで俺の三ヶ月の生活費は賄えるだろう。
腰をかけるのも遠慮したくなるような席に着いた。
「今日はボクのオゴリだ!」
むすびが誇らしげに手を広げて、
「じゃんじゃん好きなものを食べてくれ!」
「じゃあ俺は一杯の水道水を頂こうか」
「そうね……わたしはこの『フォアグラとキャビアとトリュフの三連ステーキ』っていうヤツを」
「アサトは遠慮するな! そしてレイナ、何を食べようが自由だがお前はオゴりじゃないからな!」
「チッ」
今度は聞こえるように舌打ちをするレイナ。
むすびはそう言うものの、メニュー表を渡されても呪文が書かれているようにしか見えんのだ。
なのでメニューの一番上から順番に注文した。
――やがて、十分ほどでテーブルが料理の皿で埋め尽くされることになった。
全ての作業を中断して、このテーブルのために料理を作ったのは明らかだ。いくら何でも早すぎる。
「すげぇ……こんなにヨダレが出たのは梅干しを食べた時以来だぜ」
「これだけの料理で梅干しと同じっ?」
「むっ……むすび。梅干しをバカにするな。梅干しの種はなかなか固いから、口の中で長持ちするんだぞ」
「アサトってやっぱり貧乏なんだな。まあそれは良い! 今日は嫌なことを全部忘れてご飯を食べよう」
むすびが椅子の上でふんぞり返っている。
長くなった鼻がこのままでは天井を突き破りそうである。
「いくら嫌なことを忘れようとしても、むすびが近くにいるからね。それは無茶な注文よ」
「それはボクの台詞だ!」
こんなところでも言い争っている二人を放って、俺は料理に口を付ける。
美味い……これがオールAの肉っていうヤツか。一昔前のパワ○ロかよ。口に入れただけで肉が蕩け、噛んでもいないので喉をするっと通過した。
他の料理だって同じようなものだ。
野犬のように料理に貪り付く。
あれだけあった料理がなくなるまでにそう時間はかからなかった。
「ふう……美味かった」
俺はお腹を押さえて、息を吐いた。
「どうだ? レイナとは全然違うだろう。あんな安物の肉とは比べものにならない」
「あんただって美味しそうに喰ってたじゃない!」
レイナの批判の声。
その後、テーブルにコックらしき人物がやってきてワイングラスとボトルに入った液体を持ってきた。
コックらしき人物はワイングラスを俺達の前に置き、その中に紫色の液体を注いだ。
紫色のワイングラスの中で揺らいでいる。
窓から見える《イザナミ》の夜景と合わさって、見ているだけで幻想的な気分になった。
ワイングラスから湧き上がってくる仄かなアルコールの匂い。
「よし! 食後にはこれを飲もう」
「……ああ、そうだな……ってむすび! もしかしてこれって、未成年が飲んじゃいけないもんじゃないのか?」
「そうなのか? これは飲むと気持ちが良くなる葡萄ジュースだ、って小さい頃から教えられてきたんだがな」
むすびが悪びれる様子もなくワイングラスを口に傾ける。
髪を押さえて、ワイングラスと口づけをするようなむすびはとても様になっているように見えた。
「ふう……美味しいな。これを飲むと手の震えが止まるんだ」
「アル中かよ」
「それは冗談だとして……アサトも飲め飲め。レイナも……まあ、これくらいならオゴってやるから飲め」
レイナはジーッとワイングラスを眺め「何で、わたしがあんたにオゴってもらわなくちゃいけないのよ」と不満を呟いている。
いや! こいつむすびにオゴってもらう気満々じゃなかったのかよ! 何か? むすびからオゴられるのは嫌だって言うのかよ。面倒臭ぇ女!
「……俺もお酒なんて飲んだことがないからな。未成年だし、ちょっと怖いというか」
「そう言うな。ちょっと飲んでみれば世界が変わるぞ? 具体的に言うと世界が回り出す」
「ただ酔っぱらっているだけじゃねえか」
そう言っている間に、むすびはワイングラスの液体を飲み干してしまった。
むすびの頬が仄かなピンク色に染まる。
クソッ……俺は流されねえぞ!
一気飲みを強要されても断る大人になりたいんだ。
こんな紫色に着色された液体なんて絶対に口にしない……っ!
……三十分後。
「いやー! 金持ちの食事ってサイコー! そして、こんな機会を用意しれくれたむすびに感謝しないとな!」
……俺は三十分前の決意も忘れ、ワイングラス内の液体を次から次へと口に放り込んでいった。
この液体を飲むだけで、気分がふわふわと高揚してくる。
今までの憂鬱が嘘だったように吹っ飛び、自然と陽気な気分になる。
「そうだそうだ! もっとボクを崇めよ。レイナみたいな安物の店にしか連れて行けない女じゃないんだ!」
「ホントだな!」
俺はむすびに肩を回して、適当なことを言って騒いでいた。
「安物の店って何よ……料理ってのは値段じゃない、って言うじゃない。わたしはあそこのハンバーガーが一番美味しいって思ったからであって」
対して、レイナもワイングラス内の液体を飲んだはずだが……ふて腐れるようにして、机に突っ伏して瞳を向けている。
レイナは俺達以上に顔が真っ赤になっていた。
もしかしたらアルコールに弱い体質なのかもしれない。
「おっ、アサト。口元にプリンの残りが付いてるぞ?」
あの後、運ばれてきたデザートのプリンのことだろう。
むすびが細い指を近付け、プリンを取ってそれを自分の口に運んだ。
「むすび、気が利くな」
「当たり前だ。ボクはレイナみたいながさつな女じゃないからな!」
むすびの顔がすぐ近くにある。
香水を付けているのだろうか?
鼻をくすぐる、むすびからの匂いは余計に正気を失わせた。
「わたしだって気付いてたわよ……でも、そんな風に無神経なことを出来なかったわけで」
ぶつぶつと呟いているレイナ。
「アサト! 仮にボクとレイナ、どっちかと《盟友》を組まなければならない、となったらどっちと組む?」
「それは断然むすびだろ」
ご飯もオゴってくれるしな。
その言葉にますます上機嫌になったのか、
「そうか! やっぱりレイナみたいな色気もないガキと組んでも面白くないしな。ボクみたいな大人の女性と組むのが良いだろう」
この時の俺はどうかしてたと思う。
それにむすびとこうやって話していると、どんどん気分が沈んでいっているように見えたレイナが面白くなったかもしれない。
「そうだな。やっぱりレイナよりむすびの良い――」
調子に乗って、そんな言葉が口から漏れた時であった。
「うっさいわね!」
レイナがワイングラスを持って、その中の液体を俺にぶつける。
冷たい液体によって、急激に頭が冷やされる。
「そんなにむすびの方が良いんだったら、《盟友》でも家来でも、何でもなったら良いじゃない! 何よ。鼻を伸ばして。見損なったわ。わたしはわたし一人で何とかなるんだから!」
そう言って、レイナは背中を向けてテーブルから離れていってしまった。
出口の前でスカートを踏んづけてしまい、転けてしまったが、すぐに立ち上がって走り去ってしまう。
店内は急に訪れた修羅場によって固まっていた。
俺の方はレイナにぶっかけられた液体によって、とっくにアルコールは抜けちまっている。
その中でむすびだけが変わらず、
「やっぱりレイナはがさつな女だ。食事会を途中で抜け出して、しかもアサトにこんなことをするなんて。
やっぱりアサト。アサトはボクの家来になれ。そうすれば《イザナミ》での成功は約束されたものだ」
さらに接近して俺の太股を撫でてくるむすび。
まるで蜘蛛に囚われた獲物のような気分。
硬直した体を無理矢理動かし、むすびの手を太股からどけて、
「むすび……《盟友》を組む件なんだが」




