20・ご飯を食べよう
それからしばらく、街中を逃げ回っているとすっかりと辺りが暗くなってきた。
空を見上げると、今にも雨が降り出しそうな曇り空。
ここからでも見える《センター》の巨大な時計塔を見ると、時刻は五時を越えようとしていた。
「はあはあ……ここまでくれば大丈夫だろ」
膝に手を付いて、息を整える。
あれだけ、けたたましく鳴り響いていたサイレン音は聞こえなくなっていた。
「本当にむすびったら余計なことをするんだから。あんなところで軍隊級の魔術なんか使ったらダメじゃない」
「お前の方からしてきたんだろうが!」
顔を近付けて、喧嘩している二人に最早言うことはない。
……さて、時間も良い頃合いになったしな。
俺は喧嘩している二人を放っておいて、
「じゃあ、そろそろ解散だな。また明日〜」
と棒読みで台詞を言って、そこから立ち去ろうとする。
「何、勝手に帰ろうとしてんのよ!」
チッ。やっぱダメだったか。
首根っこを掴まれ、体を停止させられてしまう。
「それにボクの案内がまだだぞ。晩ご飯を食べたくないのか」
「ごちになります」
そういえば、そうだったな。
公園であんなことがあったから、うっかり忘れてしまうところだった。
「ボクはレイナみたいな、庶民が行くようなお店にアサトを連れて行かないぞ。お金持ちの人達が利用する高級料理店だ」
「ちなみにその店は?」
「ここから近くにある《マジックアワー》って店だ」
「《マジックアワー》だと……! 元魔術師が料理人を務める三つ星レストランじゃないか」
「おっ、流石アサトだな。レイナとは違い、有名料理店も把握しているとは」
「よくご飯に困っている時はあの店のゴミ箱をよく漁ってたからな」
「それは今すぐ止めよう」
気分がついつい高揚してしまう。
《マジックアワー》の店の料理を想像するだけで唾液が出てきてしまう。
といっても、そんな料理店利用したことがないので、ブタの丸焼きとかが頭の中に浮かんでいた。アニメの世界観だな。
「ちょっと待ちなさいよ!」
そんな俺達の会話に割ってはいるレイナ。
「そんなお店……ドレスコードとかあるんじゃないの?」
「当たり前だ。ボクは常連だし、アサトも黒っぽい服だから何とかなるとして……レイナはびちょびちょの服だからな。そんなので入れるわけがない」
噴水の水を全身で浴びたレイナ。
未だ乾く気配のない制服は、見ているだけでジメジメとしてきそうだった。
「わたしが行けないじゃない!」
「そうだ。だからお前とはここでお別れだな。バイバイ」
「わたしも行くわよ!」
地団駄を踏むレイナ。
と言っても、その服じゃいくら何でも高級店には入れないだろう。
レイナを放っていくのがベターであったが……レイナは「連れて行く」と言うまで、絶対にそこから離れようとしない。
激怒して魔術を乱射されても困るしな。
「レイナ。今から服を買ったら良いじゃないか。《四大財閥》なんだから服の一つや二つくらい簡単に買えるだろ」
俺が何気なく言った提案に、レイナは俯き加減に、
「て、手持ちがないのよ……アサトみたいなゴミ袋ならともかく、キレイな服なんて買えないわ」
「俺の服をゴミ袋扱いするな」
んー、それは困った。
やっぱりレイナはここで放っていくか?
レイナの前からダッシュで逃げることも可能であっただろう。
だが、レイナの寂しそうな表情を見るとどうしても放っていく踏ん切りが付かなかった。
まあ……ここまできて、仲間外れにするのもこちらとしても気分が悪い。
「そうだ。むすび。お前、お金貸してやれよ」
「はあ? 何でボクが!」
見るからに嫌そうに顔を歪ませるむすび。
「別に良いじゃないか。それにお金を貸せないくらい、四夜家は貧乏なのか? 懐が狭いのか? 何もあげるわけじゃないんだ」
「バカにするな! レイナの服くらい、打ち出の小槌があれば十分に買える」
出来れば俺にそのアイテムをくれよ。
「こっちもバカにしないで。むすびの手解きなんて受けたくな……」
「いいから、好意に甘えろよ。お金借りるだけなんだ。もし、お前が拒否する場合はむすびと二人で行くことになるが?」
俺がそう言うと、レイナは渋々と承諾。
ふう……やっと話がまとまったか。
「むすび。勘違いしないでね。わたしは月に一兆億円の仕送りを貰ってるんだから」
「嘘吐くな。意味不明な単位だが、おそらく国家予算を超えてるじゃないか」
「わたしの仕送りは国家規模なのよ」
飽きもせずに、こうやって喋っているのを見ると、実はこいつら仲が良いんじゃないか? と思えてくる。
何やともあれ、飯屋に行く前に服屋だ。
お腹が鳴るのを押さえながら、俺達は再び歩き出した。
■
レイナの服を買っていると、すっかり街は夜の衣装を身に付けていた。
街灯や高層ビルの灯り、街をすっぽりと覆うような蛍光色はまるで夜じゃないかのよう。
「ここだな」
むすびの案内で《マジックアワー》に到着。
「いらっしゃいませ!」
扉を潜ると、正装に身を包んだ女性がずらりと並んで、俺達を出迎えてくれた。
「よしよし。今日はボクの友人を連れてきた。三人分、席空いてるよな?」
「も、勿論でございます!」
その中でも、ベテランそうなコックの人が一歩前に出て、ニコニコと笑みを浮かべてむすびに対応している。
よく見ると、額に汗が滲んでおり、必要以上に恐縮しているのが明らかだった。
「……おい。むすび。本当に俺達が入っていい店なんだよな?」
いつも外観から眺めているばかりなので、中に入るのは初めてのことになる。
床には赤絨毯が敷かれており、上からはシャンデリアが吊り下げられており店内を明るくしている。
店内を見渡しても、男はネクタイを締めてスーツ、女はキレイなドレス姿である。
高校に上がったばかりの俺達のような人間が来ていい場所なのか、と。
「大丈夫だ。ボクはいつもここで朝食を取っているからな。常連、というヤツだ」
「流石、《四大財閥》の一つだな」
「朝なら割引もあるしな」
「変なところで庶民的だなおい」
昼に行ったハンバーガーショップと違い、何だか落ち着かない場所であった。
「アサト
。そんなに怖がる必要はないのよ。全部、むすびがオゴってくれるんだからね」
「レイナ! 一つ言っておくが、お前にはオゴらないぞ。金は貸してやるがな」
「チッ」
小さく舌打ちするレイナ。
「ん? どうしたのよアサト。やっぱり落ち着かない?」
「いや……店のこともあるのだが」
そわそわしているのには別の理由もある。
レイナの姿である。




