19・メテオ
五芒星を囲んだ二重円が三つ並んでいる。
それらは形を変え、火炎の竜を作り出した。
「《焔魔竜》……っ」
一般的に第八級以上の魔術は『軍隊級』と称され、魔術軍に所属する軍人くらいしか使えない、とされている。
しかし大口を開け、太陽が如き灼熱を向けている魔力の塊は確かに――第八級火炎系魔術《焔魔竜》である。
「むすび。今なら命乞いくらいは聞いてあげるわ。土下座して、わたしの足を舐めれば許してあげる」
嗜虐的な笑みを向けるレイナ。
頭上で殺気を放っている火炎の竜は、まるでレイナに忠誠を誓っているペットのようにも見えた。
「あいつ……っ! こんなところで、こんなもん使いやがって!」
火炎の余波のせいで、目が痛くなる。
そのため俺は腕で目を覆いながら、大声で警告する。
「レイナ! ただでさえ、学園外で魔術を使っているんだ。軍隊級の魔術なんか使ったら一発で退学だぞ」
「むすびを殺せるためなら、退学くらい軽いもんだわ!」
怒りによって体を燃やしているレイナは正気を逸していた。
俺とレイナが戦った時は、少々の魔術じゃ破壊されないように建築された決闘場なのだ。
それなのに、この平凡な公園で《焔魔竜》を炸裂させれば――。
むすびどころか、公園自体が消えて吹っ飛ぶぞ! オーバーキルにも程がある!
「軍隊級の魔術を使えるのはお前だけじゃないぞ」
並大抵の人間なら、《焔魔竜》を目の当たりにしただけで腰が抜けるだろう。
だが、むすびは全く怯まず口角を吊り上げてみせた。
「レイナ――これが何なのか分かるか?」
「そ、それは!」
それは野球ボールくらいの大きさであった。
紫色の空気を圧縮したような球体がむすびの頭上で浮いている。
それはゆっくりと高度を下げ、むすびの手の平へと載った。
「もしかして《隕石匣》?」
「そうだ。お前だけが特別だと思っているかもしれないが、ボクも成長しているだぞ」
《隕石匣》……こいつ、今《隕石匣》って言ったか?
《焔魔竜》に比べて、サイズも小さく一見脅威を感じないかもしれない。
しかしその球体は内部にありったけの魔力が込められているのである。
その魔力は《焔魔竜》にも匹敵する。
本来、それだけの大量の魔力を野球ボールくらいの大きさには圧縮出来ない。
それを《隕石匣》という魔術は、四方八方からの引力によって無理矢理閉じこめているのである。
――通称軍隊級とも称される、第八級重力系魔術《隕石匣》がむすびの手にあった。
「でも、それだけの魔力なんて簡単に集められないはず……もしかしてあんた! さっき《引力波》で軌道を逸らした魔力を再利用してっ!」
「そうだ。レイナみたいに力業ではなく、頭も使えるんだぞ」
レイナが言っているのは、先ほど鷺山達がむすびに向けて発射した魔術のことであろう。
魔術を無効化するどころか、自らの魔術に再利用しちまったって言うのか!
「面白いわね。あんたとわたしの第八級魔術。どっちが上か試してみましょうか」
「試してみるまでもない。この勝負、《隕石匣》が発動した時点でボクの勝ちだ!」
二人の瞳は好敵手を見るそれになっていた。
一瞬訪れる沈黙――。
「むすびを消し炭にせよ――《焔魔竜》ぉぉぉおおおお!」
「レイナを木っ端微塵にしろ――《隕石匣》ぉぉぉおおおお!」
絶叫と同時に二つの魔術が発射!
そして二人の中間地点で直撃!
衝撃波によって、吹っ飛ばされ近くの茂みへと体をぶつけてしまう。
「どっちだ!」
白煙が徐々に消えていく。
俺は上半身だけを起こし、勝負の結末を目にした。
「ド、引き分け(ドロー)?」
「はあはあ……なんて事。むすびとわたしは同じ実力ってことなの?」
「火炎の蛇如きが隕石と互角だなんて!」
そこには肩で息をする二人の姿があった。
どうやら《焔魔竜》と《隕石匣》は衝突し、相殺されたらしい。
流石の二人でも第八級魔術の発動は体に応えたのだろう。
すぐさま次の魔術を発動しようとしなかった。
――俺は目の前に広がる現実離れした光景に、流石に言葉を失っていた。
「こうなったら、どっちかの魔力が切れるまでサドンデスね!」
「望むところだ! 最後に立ってものが勝者だ」
息を切らしながらも、最後の一滴さえも魔力を使い切ろうとする二人。
「お前等はアホか! 脳味噌がないのか! 体だけじゃなく、頭も子どもなのかよっ!」
戦闘が再開されそうになった時。
俺は茂みから立ち上がって、二人の元へと駆け寄る。
「さっさと逃げるぞ! ほら――このサイレン音聞こえるだろ」
ウウゥゥウウー、と特区外のパトカーにも似たサイレン音が遠くから聞こえた。
「救急車でしょ。むすびは今から重傷になる予定だから、今の内に一〇四番に電話してあげたわたしの優しさ」
「番号案内に電話してどうすんだ! 自警団だよ。自警団。自警団が公園で起こった爆発音を聞きつけたんだよっ!」
自警団というのは、特区内にいる警察のようなものである。
しかし《イザナミ》はその性質上、犯罪者が魔術師である場合が多い。
なので魔術を用いた犯罪に対しても、しっかり対処・応戦出来るようなスペシャリストを固めておく必要がある。
それが今、サイレン音を響かせながら近付いてくる自警団なのである。
「さっき言っただろうが。こんな特区外で軍隊級の魔術なんか使ったら、一発退場もんだって。ここまで言えば、俺が何を言いたいか分かるだろ?」
「むすびと決着を付ける」「レイナと決着を付ける」
二人の淀みない声が重なり合う。
あまりにもそれが自信に満ちたものだから、腹が立ってくる前に溜息が出た。
「逃げるんだよ! 俺も巻き添えはくらいたくねえからな。損害賠償とか求められても困る」
実際――軍隊級の魔術が衝突したせいで、水が放水された状態で噴水が破壊されてしまっている。
そのため噴水からはみ出た水がどんどんと地面に浸食してきているのだ。
これだけを見ても、二つの彗星の激突がどのような惨状を作り出したか分かるだろう。
「とにかく! 決着は後で付けろ。今度はもっと平和的に……そうだ。どっちが長い間、瞬きしないでいられるかってのはどうだ?」
「平和的すぎて欠伸が出るわ」
ああー! どんどんサイレン音が接近してきている!
こいつらの話なんかに付き合ってられん。
俺はこいつらを担いででも、ここから逃げようとすると――、
「てめぇ等……逃がさねえ……お前等も、捕まりやがれ!」
背後から怨念が込められた低い声が聞こえた。
魔力の余波を感じた刹那、俺は腰から聖剣を抜いている。
振り向きざま、一閃――鷺山が最後の力を振り絞って、こちら目掛けて《炎球》を放り込んできたのだ。
「――俺の聖剣は魔術を斬り裂く。カッコ悪い真似なんかしてんじゃねえよ」
そう言って聖剣を鞘へと戻す。
「な、何……魔術を消滅させやがった? 魔術を斬り裂く剣の噂は本当だったのか……じゃ、じゃあ。桜乱華に勝利したのも本当の、はな――」
そこまで言って、鷺山は気絶し顔を伏せる。
……こいつ等が公園を破壊したことにしてさっさと逃げよう。
鷺山のようなちょっと優秀な一年生魔術師如きが、これだけの惨状を作り出せるかと言われたら不自然だが……そこは運とか、覚醒とか、都合の良い言葉で自警団が誤魔化されてくれれば嬉しい。
「ア、アサト……もしかして、わたしを守ってくれたの?」
潤んだ瞳でレイナが顔を見る。
「礼はいらねえぜ。俺は俺のために剣を振るった――別にお前を守るつもりなんて」
「余計なお世話だったわ」
やっぱこいつ可愛くねえー!
心の内で悪態を吐きながら、逃げるために二人と一緒に走る。
「……でも、ありがと」
並走しているレイナからそんな小さな声が。
こいつが礼を言うなんて珍しいものだから、すぐに顔を見ようとしたら背けやがった。
女っていうのはやっぱよう分からん。




