18・私たちtueee
鷺山が展開した魔術式は基本的な魔法円スタイルのものであった。
決して――それが一年生のものである、という前提があってこそであるが――遅くはない速度で魔術式を虚空に描いていく。
「くらえ! 《炎球》の一撃!」
発生と同時に魔術式が弾け、火炎の球が直行してくる。
どんどん接近してくる火球。
だが、慌てる様子もないまま――レイナは座ったままで、
「遅っ!」
と驚いたように声を上げ、指先で魔術式を描いていた。
それは鷺山とはレベルの違う魔術であった。
たかが一つの《炎球》を発動させるのに、鷺山は三秒程度の時間を費やした。
しかしレイナは鷺山の《炎球》が発射されてから、一秒にも満たない時間で三つもの魔術式を展開し終えたのだ。
ゴウッ!
レイナと鷺山、二人が発動した《炎球》が中間地点でぶつかり相殺される。
「そんなんで威張ってるって、あんたのレベルが知れるわね……よっ」
楽しげにそう言って、レイナはベンチから降りた。
「それで本気のつもりかしら?」
「ふ、巫山戯るな! これは牽制のつもりだったんだっ」
鷺山の表情からは明らかな動揺が見られた。
次は黄色の魔力にて、別種類の魔術式が描かれた。
その魔術式を見るに、第一級雷撃系魔術《電撃鼠》であることは明白。
稲妻が蛇のように動いて、レイナの元へと一直線に伸びていく。
「だから遅いって言ったのよ」
余裕げな口振りで、レイナは同じ種類の魔術式を展開。
――優れた魔術というものは、魔術式を展開し終えるまでの『展開速度』、さらに速いだけではなくその魔術式が美しく完璧なものでなければ十分に発動されない。
そういう意味ではレイナの魔術の腕はまさに一級品。
鷺山が魔術を発動させてからでも、十分に間に合う展開速度。
鷺山の歪んだ魔術式ではなく、美麗な絵画のような魔術式。
さらには魔術式に内蔵されている魔力の量。
それらが全て、鷺山の魔術より勝っていたのだ。
結果――レイナは後出しで魔術を発動させたものの、鷺山より早く《電撃鼠》が直行し、相手の魔術に直撃して消滅させることに成功した。
いや、それだけではない。
「くっ……! 《防火壁》!」
鷺山の隣にいた取り巻き連中の一人が魔術を発動させる。
彼等の前に炎の壁が出現。
そう――レイナの《電撃鼠》は鷺山の魔術を相殺するだけではなく、威力を落とすこともないまま真っ直ぐへと向かっていったのだ。
だが、咄嗟に発動した《防火壁》によって《電撃鼠》が遮られるはずであった。
「ぐあああっ!」
――であったのだが、何と《電撃鼠》が一発の弾丸となり《防火壁》を貫通。
鷺山に直撃し、苦痛のあまり地面に膝を付く鷺山。
「マジかよ……こいつ。速度だけではなく、威力も両立させるのかよ」
その一瞬の攻防を見て、俺は思わず口から声を漏らしてしまう。
鷺山より遅く魔術式を展開し、相手の魔術を飲み込み、且つ《防火壁》を突き破って相手にダメージを与えやがったっ?
「ふふん♪ どう? あんた等とわたしとじゃレベルが違うのよ」
上機嫌に鼻を鳴らすレイナ。
そう言うのも無理はない。
何重ものハンデを背負いながら、あちらの魔術はこちらに届かず、レイナの魔術は相手に突き刺さったのだ。
苦しそうに胸を抑え、呼吸を整えている鷺山。
一方、腰に手を当て相手を見下ろすレイナ。
一見、これだけを見たら勝負は決着したように思えるが……、
「ふ、巫山戯るな……たった一発で決めつけるなよ」
どうやら鷺山は根性だけではなく、諦めも悪いらしい。
鬼気とした表情を向け、ふらつきながらも立ち上がる鷺山。
「レイナ! お前ばっかに良いところを見せてられん。ボクも一緒に戦うぞ!」
隣で座っていたむすびも立ち上がり、レイナと隣り合う。
「何を言ってるのよ! こんなヤツ等、わたしだけで十分よ」
「レイナは弱いからな。もしかしたら、こんなザコにやられてしまうかもしれないからな。助太刀を感謝しろ」
「きーっ! あんたったら、いっつも張り合うんだから!」
こんな状況でも顔を近付け罵倒し合っている二人。
「油断するんじゃねえよっ!」
怒気をはらんだ鷺山の声。
鷺山と取り巻き連中の残り二人。
三人が同時に魔術式を展開する。
「いっけぇぇええええ!」
正直、魔術師ではない俺から見ても三人の魔術はお粗末なものであった。
第一級火炎系魔術《炎球》、第一級水害系魔術《水球》、第一級雷撃系魔術《電撃鼠》。
所謂、初級と呼ばれる簡単な魔術式を展開し終えるにも、時間がかかりすぎている。
魔術師の戦いはターン制ではなく、リアルタイムなのだ。
魔術式を展開している間、敵が攻撃してこないとは限らない。
そういう意味では時間もかかり、且つ魔術式を展開するのに集中力の全てを注いでいる三人はあまりにもお粗末であった。
だからレイナもむすびもこの間に攻撃は出来たが――出来たからこその余裕があるのだろう。
三人が魔術を発動するまで、むすびは欠伸をしながら待っていた。
そうこうしている間に三つの魔術が発射。
むすびへと殺到していく――。
「お前等、マジでつまらんな。ウンコレイナの十倍はつまらん」
むすびが指を鳴らす。
すると――不思議なことに、こちらへ向かってきた三つの魔術が急に軌道を変えた。
寸前のところで、発射された魔術が空を目指し、むすびに直撃しなかったのだ。
「なっ……!」
何が起こったのか分からず驚愕の表情を向ける鷺山達三人。
俺にはむすびの眼前で展開されている数式の魔術式を見て、その正体が大体察しが付いていた。
「第五級重力系魔術《引力波》か……」
「おっ。やっぱりそこの低脳とアサトは違うな」
弾んだような声のむすび。
《引力波》とは、特定の場所に引力を発生させる魔術である。
むすびの遥か頭上に引力を発生させてやれば、魔術はそこに吸い込まれてしまい、結果――むすびは足を一歩も動かさずとも、魔術を回避することになったのである。
「土下座成分足りない?」
むすびがそう言って手を下げる。
すると鷺山達三人が急に膝を付き――いや頬さえも地面に付けて、苦しみだしたのだ。
まるで上から抑え付けられているかのように。
「第六級重力系魔術《墜落帰還》……」
これは重力場に干渉し重力加速度である九・八m/s2を書き換えてしまう魔術である。
つまり鷺山達は文字通り重力によって抑え付けられているのである。
「そうか……あいつ。あの夜に俺が金縛りのようになったのも、この魔術だったのか」
何となく察しは付いていたが、あの時に起こった奇怪な出来事に合点が付く。
「って、むすび! 何でわたしまで《墜落帰還》をかけるのよ!」
気付けば、鷺山達だけではなくレイナも地面に張り付いている。
「お前はそこで地面とキスしておけばいいのだ!」
勝ち誇ったようなむすびの表情。
同時にむすびの体を数式の魔術式が包む。
魔術式というのは基本的な二重円を囲む魔法円スタイルだけではない。
一応、公式と呼ばれるものは存在するが、それは状況によって無限に変動するので、強力な魔術を発動したければ魔術式を改変しなければならない。
むすびの場合、美的センスも求められる魔法円スタイルではなく、理論的で冷徹な数式スタイルの魔術式の方が使いやすいのであろう。
魔術式だけを見ても、二人の性格が見て取れるようであった。
「よっと」
むすびがふわっと浮遊する。
第五級重力系魔術《空中散歩》だ。
五メートル程上空からむすびは鷺山達三人、そしてレイナを見下げている。
「これでトドメだ!」
今度は鷺山達三人に魔術式が包む。
地面に貼り付けられていた鷺山達であったが、今度はむすびと同様に浮き上がった。
違っている部分は、自由に動き回れるむすびと、体の制御を奪われた鷺山達の点であろうか。
「あいつ……何てことをしやがる」
サド的なむすびの笑みを見て、俺はすぐさまベンチから立ち上がり疾走。
むすびが指差した方向には噴水があった。
そのまま鷺山達を、それこそゴミ袋を放り投げるかのように噴水に向かって投擲。
「うわあっ!」
間抜けな悲鳴を上げる鷺山達。
噴水に体を叩きつけられ水飛沫が上がる。
その大量の水飛沫の先には、地面に張り付いていたレイナの姿が……。
「むすび〜。あんた、何するのよ! 制服がびちょびちょになってしまったじゃない!」
《墜落帰還》からの拘束から解かれ、鬼のような表情で立ち上がるレイナ。
頭の天辺から爪先まで濡れている。
スカートから太股を伝って滴り落ちる水玉。
服が肌に引っ付き、レイナのボディーラインを強調させていた。
「不可抗力だぞ。ボクは鷺山達をやっつけようとしただけだ」
レイナとは反面、優雅な動作で地面へと降り立つむすび。
「最初からそういうつもりだったんでしょ!」
「水もしたたる良い女って言うじゃないか。今のレイナは良い女に見えるぞ〜」
「あら、ホントっ! ……って、全然嬉しくないわよ!」
怒りを爆発させるレイナ。
「レイナ……むすび……これが《四大財閥》の実力かよ」
俺は少し離れたところで一人呟いた。
鷺山達三人はそこまで劣っている魔術師ではなかった。
魔術学園に入学した殆どの一年生は、魔術神経が覚醒しただけで魔術を発動出来ない。
それに比べたら、辿々しいながらも魔術を発動して、実践に落とし込める鷺山達は優秀なのであろう。
しかしそれとは圧倒的にレベルが違うレイナとむすびの魔術。
魔術式展開速度、複数の魔術を使いこなしているレイナ。
一方、むすびは今の戦いで使ったのは重力系魔術であるが、完全に使いこなし一瞬で決着を付けた。
「ダテに《黄金の双星》なんていう恥ずかしい異名が付けられているわけじゃないみたいだな」
……だが、レイナの戦い方を見て少し違和感。
レイナは何かを回避して戦っているような?
その違和感の正体は今の段階では分からなかった。
「あんたとは決着を付けたかったのよ! 本当はもっと、正式な場所でわたしの力を誇示したかったけど……仕方ないわ。ここで白黒置いてあげる!」
「オセロかよ! 白黒付けるだろバカレイナ!」
「うっさい!」
って、あいつ等……。
レイナの向けた手の平から、さらに複雑な魔術式が展開。
《黄金の双星》――二つの彗星がぶつかろうとしていた。




