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15・レイナの過去

 少女は目の前にいる女性を眺めていた。

 その女性は少女の母親であった。

 いつも優しく微笑んでくれるような、慈愛に満ちた母親であった。


「良いですか? レイナ。よく聞きなさい」


 そんな母親が頭から血液を流している。

 いや出血は頭部からではない。

 母親の体には無数の傷が刻まれ、こうして立っているだけでも不思議な程であっただろう。


 体はボロボロながら、母親の双眸の輝きは死んでいない。

 母親は少女を椅子に座らせ、両肩を掴んで力強くこう言った。


「桜乱華家は今まで盾となるような――そんなパートナーと共に戦うことによって、栄えてきた一族です」

「お母さん! もう喋らないで……お母さん、死んじゃうよ」


 少女が悲鳴のような声を上げても、母親の言葉は停止しなかった。


「だからレイナ。あなたも盾となるようなパートナーを見つけなさい。

 この人になら背中を任せられる。そんな信頼出来るパートナーを、ね」

「わたしなら大丈夫……わたしなら一人でも大丈夫だから」

「いえ、いけません――元々、桜乱華家の遺伝子を持った私やレイナのような子は確かに魔術師としての才能に恵まれています。

 しかしその才能は攻撃面に特化しすぎていた。防御面が疎かになりすぎるがために、攻撃を最大に活かすことが出来ませんでした。

 だから私も信頼出来るパートナーを必死に探した。過去、外国のお姫様であった桜乱華家が戦争に負け、日本に移り住んできた頃の話は何度も聞かせましたよね」

「うん……四百年前。鎖国中の日本にやってきた遠い遠いお祖母さんの話」

「そのお祖母さんを守ってくれていたパートナー。お祖母さんの生涯の夫でもあります。そんな信頼出来て大切なパートナー……私もそんな人を見つけることが出来たから、桜乱華家を潰さずにいられた」


 懐かしむような母親の目。


 しかし少女は知っている。

 そんな母親の夫――少女の父親にあたる人が三年前に亡くなってから、桜乱華家の力は急速に衰え始めた。

 それは盾となるようなパートナーをなくしてしまったからだろうか?


「それではレイナ。私は行きます」


 母親が少女の肩から手を離す。


「お母さん!」


 少女は椅子から立ち上がり、すぐに母親の背中を追いかけようとする。

 しかし母親はドアを開けて、外側から鍵をかけてしまった。

 少女は背伸びをして、ドアの上部にある小窓から外を見た。


「遺言はもう済んだか」

「お待たせしてすみません」


 母親の前に立つのは異形の《魔敵エネミー》であった。

 身長は三メートルに達し、脳味噌が異常に発達しているためか頭が肥大化している《魔敵エネミー》。

 怯まずに母親はキッと《魔敵エネミー》を睨み付ける。


「だけど一つ間違っています。私は遺言をあの子に言ったわけではない。《魔敵エネミー》を倒す私の勇姿を瞳に焼き付けろ、と言ったまでです」

「つまらん。死ね」


魔敵エネミー》の指先から禍々しい魔術式が発動。

 光の矢が発射され、母親の頭部を貫いた。


「お母さん!」


 少女が無情の声を上げるが、母親の体が床に倒れていく。


「さて……次はお前か」


魔敵エネミー》が倒れている母親を踏みつけてドアに近付いてくる。


「……いや。今はまだいい。こいつは強くなる。少し強くなるまで、放っておくのも一興か」


 小窓から映る少女の双眸を見て、何かを思いついたのか。

 それとも気紛れか――踵を返し、ドアから離れていく《魔敵エネミー》。

 脅威は去ったのだ。


「お母さん……お母さん……わぁあああああー!」


魔敵エネミー》が去ったという安心感。

 母親が亡くなったという喪失感。


 少女は警報のような大声で泣き出した。

 ぐちゃぐちゃの感情を吐露するように――。



「お母さんっ!」


 少女――レイナはそう声を上げ、布団から飛び起きた。


「はあはあ……夢か」


 カーテンから淡い朝日が差し込んでくる。

 胸を抑えると、心臓の鼓動が速くなっていた。


「一体、私は何をやっているのよ……入学早々、あんな訳の分からないヤツなんかに負けちゃって」


 昔の夢を見るのは何回目になるだろう。


「私は……私は絶対、関東魔術軍のドラフト一位にならなくちゃいけないのに」


 そう呟いて、レイナは近くの枕をギュッと抱いた。

 まるで何かを恐れているように。

 朝には遠く夜には薄い時刻のこと――。

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