13・レイナとむすび
「何よそれ。勇者しか使えない剣っていうわけ? そんな剣あるわけが――」
「でも実際にこの聖剣は存在する」
俺は床に転がっている聖剣を拾い上げる。
柄を握って、鞘から剣を抜く。
聖剣の刀身が窓から差し込む太陽光を反射する。
「俺以外の人間が試してみても、そもそも剣を鞘から抜くことも出来ない。
仮に最初から鞘から抜かれた聖剣を持とうとしても、柄が鉄板並に熱くなってろくに触ることも出来ない。それでも握り続けた場合は、両腕が灼かれて使い物にならなくなってしまう
試しに握ってみるか?」
「何でその話の流れでそうなるのよ!」
再び刀身を鞘へと戻す。
それから聖剣を腰からぶら下げる。
「魔術を斬り裂く……ってどういうことなの? その剣に魔術式を無効化する新種の魔術式が施されているってこと?」
「さあな。原理は分からない。ただ魔術式を無効化するのではなく、そこに内包されている魔力を消滅させるもの、ってくらいは分かってるんだけどな」
肩をすくめる。
「これで分かったか? 盾云々の話より、俺は誰とも組む気はない。諦めて違うヤツを探すんだな」
「ま、待ちなさいよ!」
立ち上がろうとしたレイナが、また躓いて転倒してしまう。
そんな女を助けてやる道理もないので、無視して立ち去ろうとすると、
「アサト! ボクの家来になってくれる気になってくれたか!」
廊下から風のように教室に入ってきた少女。
――昨日、俺の部屋へと侵入し唇を奪いやがった――四夜むすびが俺の前で急停止し、その子犬のような笑みを近付けてくる。
「じゃあ早速、《盟友》(チーム)の申請をしに行こう。《盟友》名はボクとアサトから一文字ずつ取って……」
「子どもの名前を決めるみたいにするな。というか……ややこしいヤツがまた一人増えたな」
頭を掻く。
むすびは昨日のゴスロリ衣装ではなく、学園《センター》の制服に身を包んでいた。
しかし黒色のシルクハットは被ったまま。
白を基調とした制服なのであるが、シルクハットが妙に服装と合っていた。
『聖剣使……いや間違った。パンツ使いは四夜家の至宝とも知り合いなのか』
『鬼畜ね。少女二人を侍らすなんて』
『あいつは一体、何者なんだ!』
教室中の視線がさらに集中する。
その熱気は教室だけに留まらず、廊下から興味深げにこちらを見つめている他クラスの生徒もいた。
「むすび! わたしのアサトに何をするのよ!」
「レイナっ? お前、相変わらず身長が低いな。ボクの膝くらいしかないじゃないか」
「床に座っているからよ!」
レイナが立ち上がり、唾を吐きかけんばかりにむすびに近付いて罵倒する。
「そもそもあんた。アサトを家来にするってどういうことよ! アサトはわたしの盾なんだからね」
「何を言っている。アサトはボクの家来だ。その証拠にボクとアサトは昨日、熱い口づけを交わしたぞ」
「あ、ああ熱い口づけ? ちょっとアサト! わたしに黙ってどういうことよ!」
顔を真っ赤にして、今度は俺の胸倉を掴んでくるレイナ。
「昨日のは不慮の事故だったんだ。具体的に言うと、曲がり角でお魚咥えた幼馴染みとぶつかるくらいの確率だ」
「あんたの幼馴染みはサ○エさんに出てくるどら猫なのっ? ああ、もう!」
慌ただしく、胸倉を掴んだままの状態でむすびの方を見て、
「口づけってどういうことよ! あんた、そんな破廉恥なことしてるの」
「キスの何処が破廉恥なのだ。ボクはお前より大人だからな。それくらいのことは朝飯前なのだ」
ただの痴女じゃないか。
「むきーっ! とにかく! アサトはわたしと《盟友》を組むのよ。ゴキブリみたいな帽子を被っているあんたとは似合わないわ」
「ゴキブリみたいな触覚をしているお前が何を言う!」
火花を散らして喧嘩している二人。
「ああー! うるさーい!」
眠いのもあって、いい加減腹が立ってきて二人の頭に拳骨を落とす。
「お前等、ちょっとは仲良くしやがれ!」
「だってむすびが悪いんだもの……むすびがこの世に生を受けたこと自体が間違いだわ」
「ウンコレイナがウンコ臭いからいけないのだ。ボクは何も悪くない……」
頭を押さえてしょんぼりと消沈する二人。
そういえば、桜乱華と四夜は元々仲が悪いと言っていたな。
昨日から感じていたむすびのレイナへの対抗心を見れば、ある程度想像していたともいえるが……。
まさか顔を合わせただけで、ここまで五月蠅く罵り合うとは思っていなかった。
「というかお前等。さっきから《盟友》、《盟友》、って言っているがどういうことだ?」
直帰するのは諦めよう。
深い溜息を吐いて、席に座り直し質問する。
「アサト? 《盟友》制度のことも知らないの」
「聞いたことはあるようなないような気もするが、無知だと思われたくないのでここは名前だけは聞いたことがある、と言いたいような」
「知らないのね」
呆れたようなレイナの表情。
「良い? この学園の生徒は多かれ少なかれ、魔術軍にドラフト指名されて入隊することを目標としているでしょ」
「ふむふむ」
「そのドラフトの基準となるのが、魔術特区共通の評価。これは内申点みたいなもので、学業だったり決闘の戦績。学内活動によって上下するわ」
それまでは流石の俺でも知っている。
レイナは人差し指を立てて、講師のように続ける。
「秋に行われる《試験管杯》(フラスコはい)の成績も重要なんだけどね。それ以上に大事なのが《盟友》活動。
これは何人かで《盟友》を組んで、それに応じて学園から与えられるミッションや学内活動をこなすことによって評価が大きく上下するわ。
魔術軍での活動は師団を組んだりして、チーム単位で行動するからね。一匹狼の魔術師より、みんなと連携を組んで《盟友》として力を何倍にも引き出す魔術師の方が優れてる、ってわけ」
成る程、な。
つまり協調性が大事です〜、と小学校の教師が言いそうなことを学園としても大切にする、ってことなのか。
レイナが盾、むすびが家来、を探しているのも《盟友》を組んで評価を上げたいということなのか。
「レイナは前から聞いていたが、むすびも関東魔術軍のドラフト一位を目指しているのか?」
「当然だ!」
偉そうに胸を張るむすび。
「四夜家は常に最強の魔術師を輩出してきた一族だ。その中でも至宝とも呼ばれるボクが一番良い軍隊に、一番良い成績で入るのは当然のことなのだ」
「何を寝惚けたことを言ってるのよ! 最強は桜乱華なんだからね」
「四夜家だ!」
鼻と鼻が引っ付きそうなくらい、顔を接近させて火花を散らす二人。
もうこいつ等に付き合ってられん。
「まあどっちも頑張りな。じゃ、俺はそろそろバイトを探しに行くから」
手を上げて、爽やかにこの場から脱出を試みる。
「ちょっと待ちなさいよ!」
一歩踏み出したところで、レイナに首根っこを掴まれてしまう。
やっぱり真っ直ぐは帰るのは難しいらしい。帰宅難民だな。違うか。
「アサト。バイトをするつもりなの?」
「ああ。実は俺って貧乏なんだ」
「授業中ぐーぐーお腹が鳴っていたのはあんただったのね……」
「だから学校から支給される奨学金だけでは喰ってはいけん。最低限度の文化的生活を送るくらいには金は稼いでおきたい」
ちなみに魔術学園に入学した時点で、魔術特区から月に十万円が支給される。
しかし無駄に高い特区内の家賃のため、殆ど持っていかれ、雀の涙くらいしか金は残らなん。
そもそも魔術師の一家は《四大財閥》を代表に金持ちが多い。
レイナとむすびは当たり前で、今こうしている間にも視線を浴びせてくる生徒も少なくない仕送りは貰っているだろう。
「じゃあ! わたしがアサトに《イザナミ》を案内してあげるわよ」
良い考えが閃いた、と言わんばかりに指を鳴らすレイナ。
「お前が?」
「そうよ。小さい頃から《イザナミ》へは、よく見学しに来てたからね。わたしにとって、《イザナミ》は庭みたいなものよ」
「《イザナミ》って、区民じゃない限りいちいち入るのに金がいるんじゃなかったのか?」
「年間パスを持ってたのよ」
水族館かよ。
「アサトもこの広い《イザナミ》を歩き回って、バイトを探すのも嫌でしょ?」
「まあ……案内人がいると助かるといえば助かるが」
「わたしが一緒にバイトを探してあげる! 感謝しなさい」
ふんぞり返るレイナ。
何でこいつは偉そうなんだ。
「ダボレイナ! 何、勝手に話を進めてるんだ。ボクも魔術特区はネコの額みたいなもんだ」
「狭い庭みたいなもん……ってことか。分かりにくいんだよ」
「だからボクがアサトを案内するんだ! レイナはトイレで忙しいだろ」
「わたしを何だと思ってるのよ!」
「トイレの神様だ」
また俺を挟んで喧嘩をする二人。
「ああー! お前等は喧嘩しか出来んのか!」
「こいつが悪いんだ! 低脳レイナは拳と拳で語り合うことしか出来ないから」
「時代遅れの番長かよ。もう良い。バイトは俺だけで探しに行くから」
このまま、レイナとむすびの喧嘩が終わるのを待っても時間の無駄だ。
「どうしても一人で行くのか。アサト」
「俺に構うな。俺を放って先に行け」
「ラストダンジョンの仲間みたいなことを言うんだな。本当に一人で行くのか?」
「ああ。一人で行く」
ここは絶対に曲げん。鉄の意志を見せる場面だ。




