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廃れ神  作者: 牧山孝
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暗い森「序」

人々に慕われた神様は

力をつけ、守護を与え、救いを授けます。

地を守り

邪なるものを祓い

そうしてまた、崇められるのです。



人々に忘れられた神様は

力を失い、心を病み、災いをもたらします。

地に縛られ

邪なるものを生み出し

そうして最後は、呪いとなるのです。












広げていた本を閉じると、自室の天井を仰いで俺は溜め息をついた。


(ダメだ。クソつまんねぇ)


何の予定もない、暇な休日。

買って早々に読み終えてしまった漫画をもう一度読み直そうかと、乱雑に積み重ねられている本へと手を伸ばした時、埋もれるようにしてあったこの本を見付けた。

なんだこれ、と拾い上げてから、そう言えば漫画を買いに行った本屋で、たまたま目に留まったのを気まぐれで買ったんだっけと思い出す。

日本の神話とその解説が載っているらしいのだが、今となっては、いくら気まぐれとは言え何故購入する気になったのか、そもそも何故目に留まったのかちっとも分からない。

それでも、せっかく買ったんだし少し読んでみるかと開いてみたはいいものの、数ページ目を通しただけでうんざりしてしまった。元々神話に興味がない上に、なんだか内容が小難しかったのだ。

「日本神様奇譚」と書かれた表紙には、歴史の教科書なんかでよくみるようなタッチで、男性と女性の絵が描かれている。本の序章で紹介されていたため、それがかの有名なイザナギとイザナミであるという事だけは分かった。

この二神なら、神話に疎い自分でも名前だけは知っている。が、この二神が一体どういう神様なのか、どういった神話があるのか、それが記載されているページに辿り着くよりも前に限界を迎えたので、結果、俺の知識は本を読む前と何ら変わっていない。


(散歩でも行くか……)


本を放り投げたところで今更漫画を読み返す気分にもなれず、俺は自室を出て外へと向かった。


3月中旬。丁度春分の日を迎えた今日の陽気は、まさに春そのものだった。見事なまでに咲き誇っていた梅の花はいつの間にか散っていて、テレビでは毎日のように桜の開花を予想している。それでも時折吹く風はまだまだ冷たく、首筋を撫で過ぎる冷気を遮るように、俺は上着の襟を引っ張り上げた。


(それにしても、何処へ行こうかなぁ)


散歩といえど、宛もなく歩くよりは目的地があった方がいい。しかし、辺りを山や田畑に囲まれているこの村には、アミューズメントパークは勿論のこと、デパートやちょっとお洒落な喫茶店なんかもない。バスを使って隣町まで行けば小規模ながらも商店街があるが(漫画もそこの本屋で買っている)、高々散歩に金を遣うのは馬鹿らしかった。

それに、小遣いも残り少ないし。と、ポケットに突っ込んである財布の中身を思い、溜め息をついた。虚しくこぼれたその息を拐うように吹いた風は、先程より冷たさを増した気がする。俺は早く来月になりますようにと、そっと胸の中で祈った。


(あ、そう言えば……)


そこでふと、最近新しくできた神社がある事を思い出した。なんでも鳥居や社が中々に立派でおみくじや御守りも頒布しているらしく、うちによく野菜をお裾分けしに来てくれる竹永のおばさんが「おみくじで凶引いちゃってねぇ!それでなんとなく厄除けの御守り買っちゃったわよー!」と、元気よく大根を手渡してきたのを覚えている。


(神社……おみくじ……御守り………………巫女さん)


暫しの黙考の後、やれやれと俺は静かに首を振った。他に行く宛もないし、しょうがない。行ってみるか。まったく、これだから田舎ってやつは困る。

やましい気持ちなど断じてないが、せっかく徒歩圏内にできたのだし、それに地元の人間としても一度は行っておくべきだろう。

ま、本当にそれだけなんだけどな。と、何度も呟く脳内で、眩しい程の白と赤がちらついているのを、俺は見て見ぬふりをした。


目的の場所にはすぐに辿り着いた。普段は通らない道の先にある、小さな森。そこを必要な所だけ切り開いて、神社は建てられているらしかった。参道の入り口にある鳥居の真新しく、濡れたような赤が少し毒々しい……なんて罰当たりな感想を抱いてしまうのは、元々この場所があまり好きではないせいかも知れない。

鳥居へと向けていた目を、振り返るように反対側へと移動させると、こちらを見据えるように聳え立つ山がある。あの山の中には小さな祠があって、信心深くもないくせに、俺はそこにちょくちょく参拝しに行ってたりする。理由はまぁ……大好きだった、今は亡き祖母との思い出が詰まった場所だから。というちょっと気恥ずかしいものなのだが、それはさておき。

その祖母がよく言っていたのだ。



『この森の中に入ってはいけない。

此処には良くないものが溜まるから』



それはもう事あるごとに言っていたので、祖母が亡くなって十年経つ今でも、声が鼓膜に貼り付いてるんじゃないかと思うくらい鮮明に思い出す事ができる。同時に、良くないものってなに?ゴミ?と訊ねる俺の頭をひっぱたきながら、おっかないもんだから知らない方がいいと言って、結局それが何なのか頑として教えてくれなかった事も。


山を見ながら昔の思い出に浸っていた俺は、再び鳥居に視線を戻すと、苦く笑った。恐らくあれは、幼い子供が森の中に入るのを阻止する為に、昔の人が考えた脅し文句なのだろう。基本自由に出入りできる山とは違い、森などの土地だと所有者によっては人が入るだけでも怒る人もいる。つまり、人様の土地に勝手に入っちゃいけないとか、そういった類いの意味が込められていたのだろうと思う。


(だけど……)


神社が建てられた今、此所は「入ってはいけない場所」ではなくなった。もうその言い付けを守る必要はなくなったのだ。それでも子供の頃から避けてきたせいか、いざ入ろうとすると何だかいけない事をしているような気持ちになり、躊躇ってしまう。そもそもこの森の雰囲気はどこか不気味で、たとえ言い付けがなくとも入りたいと思えるような場所じゃないのだ。神社ができて多少は変わったかと思ったが、むしろこの鳥居が立った事によって、薄気味悪さに拍車が掛かった気がする。


だが、ここで引くわけにはいかない。俺は草薙(くさなぎ)享(とおる)。夢とロマンに生きる男。この陰鬱な森の奥に輝く最上の宝を求めて、いざ行かん!





「で、居たのは中年のオッサン神主だけだったと……」


神社の帰り道。立ち寄った山の祠でたまたま出会った友人に、俺はこれまでの経緯(いきさつ)を全て話した。

あの後、森の中の参道を進み社務所に出向いた俺は、残酷な現実に打ちひしがれた。おみくじ箱や御守りが並べられたその場所に居たのは巫女さんなどではなく、胡散臭い狸のような顔をしたオッサンだったのである。彼は言った。この神社に巫女は居ないよ、と。


「あんな立派な神社なのに巫女さんが居ないって、そんなのって……あるか?」


「うーん……まぁ、あるだろうな」


抱えた膝に顔を埋める俺に、友人の東(あずま)は素っ気なく返す。彼にそう言われてしまっては、此方としては反論の余地もない。何故なら東は神社の息子だからである。新しくできた神社ではなく、この祠の管理をしている神社の方だが。

しかし、こちらは健全な青年男子としての意見を求めているのであって、そういうドライな現実が聞きたい訳ではないのだ。どこか大人びているこの友人は、そういった機微にどうも疎い気がする。


(それとも俺が子供なのか?がっつき過ぎなのか?)


ふと過った疑念を振り払うように俺は一つ咳払いをすると、取り敢えず話題を逸らす事にした。


「でもさ、巫女さんが居たとしてもやっぱり彼処は好きになれねぇかも。神主のオッサンは愛想ないし、境内とかも何か暗くて重苦しい感じだったし」


神社の雰囲気を思い出しながら、率直な感想を述べる。

神主のオッサンから巫女さんが居ない事を聞いた俺は、即行で神社から、延いては森から脱け出した。本当はおみくじや、どういった御守りがあるのかも気になっていたのだが、あの場所に居る事がどうしても耐えられなかったのである。暗く重苦しい空気は、まるで俺の、あの森に対する印象そのもののようで、酷く居心地が悪かった。


「竹永さんが言ってた通り、建物自体は立派だったんだけどなー」


「竹永さんって、野菜をよくお裾分けしてくれるっていう?」


「そうそう。その人はおみくじも引いて御守りも買ったらしいんだよね」


俺もおみくじくらい引けば良かったかなぁ?とぼやきながら隣を向くと、東は何やら難しい顔をしていた。そんな顔をさせるような事を言ったつもりはないのだが、どうかしたのだろうか。


「なに?何か気になる事でもあんの?」


首を傾げる俺に東はチラリと視線を寄越してから、再び前を向いてポツリと言った。


「その御守り、大丈夫なのかな……」


「?大丈夫って何が?」


「神社の場所が場所だからさ。ちょっと心配というか……」


「別に大丈夫なんじゃん?嫌な感じはするけど神社は神社だし、ちゃんとした御守りだと思うけど」


軽い調子で応えた俺とは反対に、「そうかな……」と呟いた東の声は重く沈んでいる。『あの森には良くないものが溜まる』という話は東も知っているから、神社の息子としては気になるのかも知れない。俺の中では、あれは単なる脅し文句という事で結論が出ているが、深刻な顔をして考え込んでいる東にそれをそのまま伝えるのは無神経な気がした。

かと言って他に何と言っていいのかも分からず、結局俺は話をすり替えてその場をやり過ごしたのだった。


それからはもうあの神社や御守りの話題が出ることもなく、やがて雑談に飽きた俺達は解散し、それぞれの家路についた。別れ際、「もうあの神社へは行くなよ」と背中越しに忠告してきた東に緩く手を振って応える。

そうして家に着いた頃には俺の頭の中は今夜のオカズを何にするかで一杯になり、あの神社の事も御守りの事も、すっかり忘れてしまったのだった。

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