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(8) 3-2.大渓谷エルバ後

 五日目に入った。

 今日の午後五時が、期限となる。

 泣いても笑っても、それまでにセシルを届けなくてはならない。

 ……にもかかわらず、この事件である。

 夜のコンテナ事件は、これで二度目。

 今回も同じく、コンテナが大きな音を立てて揺れ、ワームを誘因した。

 慌てはしたが、手早くコンテナを切り離し、被害を押さえようとしたのだが、そこまでの幸運は、二度続かなかったらしい。

 今回は運悪く、トラックのサスペンションが一部破損。部品交換と調整に午前のほとんどを費やす羽目になってしまった。


「コンテナの揺れは、たぶん時限式の発動機ね」

「心臓に悪いわぁ~……」


 トラックの外で、エステラとパオラが、アリーチェとレオ爺の作業を見ている。


「これは後で、しっかり問題にさせてもらうわ」

「パトリシアちゃんの仕業とは思えないしぃ~。コンテナ手配業者に、手が回ってたんじゃないかしらぁ~?」


 エステラの想像力不足といえばそれまでだが、よもやコンテナ手配業者が、そんな危険を冒すとは思えなかったのだ。

 発覚すれば、会社が傾くほどの大事件なわけで、なかなに信じがたい話だ。


「今回はこっちが損害請求できるでしょ。トラックの被害もね。タイムロスだけが、痛いところだわ。本当に」

「で、実際のところぉ~、スケジュール的にはどうなのぉ~?」


 タブレット端末の画面を見つつ、エステラは再度計算する。


「残り六時間、飛ばせば四時間で着くわ。約二時間の余裕ね」

「厳しくなってきたわねぇ~……」


 今まであった余裕が、ごっそり失われてしまった。

 定期便コンテナは放棄。あとは元々牽いていた、縦長の小型コンテナが一台だけだ。

 身軽になったが、ここに至っては、あまり意味はない。


「終わったぜエステラ! 足回りは万全だ!」

「分かった! すぐ出発よ!」


 サスペンションの修理は無事終わり、トラックが発進した。


 それから、二時間後。午後を回り、期限まで残り約四時間。

 車内の空気は、ピリピリと張り詰めていた。

 エステラは、タブレット端末に表示した地図をじっと見つている。

 この先すぐ、一カ所だけ見通しの悪いカーブがある。そこさえ抜ければ、川沿いの主街道までは、目と鼻の先だ。

 当然、待ち伏せの可能性は高い。


(仮に、ここが封鎖されたとしても、迂回して別の道を行く余裕はある。まだ大丈夫)


 と、思考を整理していたエステラだったが、ここでまた予想外の事態が起きた。


「けいこく。じばくモードがセットされました」


 唐突に、床に伏せていたサイ犬が起き上がり、物騒なことを喋り始めたのだ。


「カウントがろくじゅうびょうごにセットされました」


 一瞬、その場の全員が静止した後、エステラが慌てて叫ぶ。


「ねぇちょっと待ってよ! 自爆ですって!?」

「おい、この犬はそんな物騒なもん積んでんのか!?」

「いえそんな。僕も驚いて、でも、ありえない、わけでは……」


 エステラの脳裏にオードナンスの名前が躍る。

 理解不能な一族のイメージが膨らんで、何があってもおかしくない、と思えた。


「あり得るのね。オードナンスならやりかねないのね」

「可能性は低いですよ! まずあり得ないと言っても!」

「たいひしてください。きけんです。さんじゅうめーとるいじょう、きょりをとることを、すいしょうします。のこり、よんじゅうびょう」

「時間がねぇぞ!」


 レオ爺がサイ犬の首根っこを掴み、トラック側面のドアを開けた。


「エステラ、決めろ! こいつを放り出すのか、このまま様子を見るのか!」

「ちょっと待ってください! サイをここで失うわけには……」

「騒がしいわねぇ~、どうしたって言うのよ」


 パオラが運転席から顔を出すが、事情を説明する余裕があるものはいなかった。


「のこりにじゅうびょう」


 エステラは数秒の躊躇の後、決断した。


「犬を外へ出して!」


 思い切り車外へ放り出されたサイ犬は、器用に着地。

 レオ爺の「お座り! 待て!」との指示に従い、その場にお座りして待機した。


「一旦離れて、カウントゼロになったら回収する。これでどちらに転んでも、問題ないはず」

「……自爆なんてしませんって」


 セシルはやや呆れたように、頭をかいた。

 そして、カウントがゼロになる。

 沈黙。

 トラックの走行音の他、変わった音はしない。

 後方に炎も煙も見えない。

 爆発は、しなかった。


「ええ、まあ、そうなるわよね」

「冷静に考えれば、そうですよ」

「僅かな可能性ってのはあんだろうよ」

「一体なにごとぉ……。レオ爺が犬を車外にぶん投げたわよぉ……」

「結果オーライにしておきましょう……。一旦停車! 犬を回収しに行くわ」


 トラックはカーブに入る手前の細道で止まった。

 エステラ、レオ爺、セシルの面々が、側面ドアから顔を出す。

 後方、二百メートルほどにサイ犬の姿があった。


「下りて迎えに行くか?」

「それも面倒ね。セシル、呼んでみてくれる?」

「サイ! おいで!」


 サイ犬はなにごとも無かったかのように、ひょこひょこと走り寄ってきた。


「おりこうさんね」

「おほめいただき、ありがとうございます」


 サイ犬を車内に入れて、面々はダイニングに戻った。


「ひどい扱いしちまって悪かったな」

「おきになさらず」

「またタイムロス……。今のは、一体なんだったのよ。いたずらにしては悪趣味だわ」

「僕にもなにがなんだか……サイ。今の音声はどういうこと?」

「アラームメッセージきのう、です。セットされたのは、さくじつで、ございます。トリガーは、とくていしゅうはすうの、ぱるすしんごう」

「あっ、あの時の……ジモって男!」

「あれですか? 撫でてるだけに見えましたよ?」

「ハックされたんでしょう。ちょっと、その犬、セキュリティ甘すぎない?」

「なんというか、ごめんなさい。父が寄こしたものなんですが、どこか頭脳が弱いというか……。性能がいまひとつなんです」

「いや、ジモの腕が良かったのかもしれねぇ。これ以上、サイを責めても仕方ねぇ。それよりパオロ! てめぇがちゃんと見てなかったのが悪い!」

「ああぁん。ごめんなさぁ~い! って、そんなこと言ってる場合じゃないみたいっ!」


 パオロが慌てて、正面を指さした。

 全員が運転席側に身を乗り出し、前方を見やる。

 カーブの向こうから中型車両が現れた。

 オープン型で、運転席と助手席に、それぞれリッカルド、ジモが座り。真ん中にパトリシアが立っている。


『よくぞここまでたどり着きましたわね!! おほほほほーーっ!」


 道中、これで三度目。

 パトリシアの、拡声器を通した割れ声が、谷に響いた。

 その後ろには、軽、中量級の車両が何十台も続く。


『折角ですから、頑張ったご褒美に一つヒントを差し上げますわね。上をご覧なさい!』


 パトリシアが崖の上部を指さした。

 思わず視線をやると、やや前方、左右に迫る崖の上部に、無数の杭が打たれているのが見えた。

 エステラは一瞬背筋に寒気を覚える。


(ここで崖を爆破するつもり!?)


 いや、しかし……と、冷静に考える。

 例えこの崖を爆破しても、トラックを土砂と岩で埋めるには、位置がずれているように見える。

 道はふさがってしまうかも知れないが、一旦後退し、これまで通りに迂回する方法で問題ない。これはついさっきも、結論を出した問題だ。

 エステラの精神には、まだ考える余裕があった。

 回避手段はある。

 だが、引っかかる。

 パトリシアが、その事に気付いていないはずがない。


(そう、あの車両の数は、どういうこと?)


 軽、中量級の車両は、ピアノ遺跡でも見たものだ。

 数こそ多いものの、障害物にしては心許ない。トラックの突破力なら、あの程度、相手にならないはずだ。一応、トルクこそはありそうだが、そもそもの重量が違いすぎる。

 と、それぞれの車から人が降り、車体後部に何かを取り付ける作業を始めた。

 どこか違和感がある。


(なに? 爆破用の導線? 今更、そんな作業を?)


 やがて、車両群全ての取り付け作業が終わった。作業員が走って車内に戻っていく。


(いや、それにしては太い線……まるで、あれはロープ?)


 エステラは今度こそ、目を見開いて、声を上げた。


「トラックを動かして! 早く! 早く! このままだとまずいわ!」


 違和感の正体。

 ロープは爆破の導線ではない。

 そして、崖の杭は爆破用ではない。

 パトリシアが拡声器に向かって叫んだ。


『一世一代の大勝負! さあ! これがパトリシア最後の策でございますわぁぁぁ!!』


 号令一発。

 全ての車両が一斉に、奥へと走り出した。

 砂に埋まっていた無数のロープが、一斉に立ち上がる。行き先は崖に打ち込まれた杭、その先端に付けられた滑車だ。

 滑車で方向を変えるロープ群。さらに砂を巻き上げながら、ピンと引っ張られていく。

 崖からトラックの下へ……、砂の中からロープにつながれた、頑丈そうなネットが現れる。

 全てのラインが、ビシリと張った。

 タイヤに掛からない緻密なロープ配置。

 ネットが車体シャシーをしっかりと支え、上へと。トラックが上へ引っ張られていく。

 砂煙がさらに立ちこめる。

 車両群のモーター音。

 ロープとネットの悲鳴。

 それらが崖に反響し、オーケストラのように響き渡る。

 果たして、その位置にトラックが止まらなければ、ネットは外れていただろう。仕掛けを正しく作動させるには、適切にな位置に停車する必要があった。

 停車位置、それを調整できるのは、ただ一人。

 それが出来るのは、アリーチェでしかあり得ない。


「ごめん。パトリシアお嬢様は、竹馬の友」


 黒髪の運転手が、もうしわけなさそうに眉を下げる。

 アリーチェの腕は確かだった。

 サイ犬の回収でトラックを一時停車させるのは計画の内だったろう。

 そして、トラックをオーダー通りの位置にピタリと止めて見せた。

 目印こそあろうものだが、気付かれず一発で止めるのは、至難の業だ。


(リッカルド! ピアノ遺跡でのお茶会で、アリーチェに話しかけていた! あの時!)


 一連の計画と停車場所の情報を、あの時に伝えていたのだろう。

 なんともほとんどピアノ遺跡のお茶会で、仕掛けられた物だ。会談後、愉快な気持ちになっている場合ではなかった。

 全く愚かにも程がある。滑稽ですらある。


「レオ爺! パオロ! いいから運転席から、アリーチェをどかして! トラックを動かすのよ!」

「駄目だクソッ! 駆動輪が……!」


 そして遂に、パトリシア車両群の運動量合計が、トラックの重量を上回った。

 エステラトランスポートのフルカスタムトラックが、その重さを支えられ、僅かに宙に浮く。


「地面から浮きやがった! グリップがねぇ!」


 もはやトラックは底部が見えている。その高さは二メートル近い。

 駆動輪が持ち上がってしまえば、トラックは前にも後ろにも進まない。離脱は不可能だ。


『仕上げでございますわぁぁぁ!!!!!」


 車から降りたパトリシアが、拡声器に向かって叫んだ。隣にはジモもいる。

 一台の中型車が、トラックへと突っ込んでくる。

 パトリシアの車だ。

 運転席にはリッカルド。

 速度が乗った後、彼は車外へ飛び出した。


「みんな何かに掴まって!」


 エステラが悲鳴を上げた、次の瞬間。

 トラックの下部に、車が楔のように突き刺さった。

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