(6) 2-3.大渓谷エルバ(後)
朝日が昇り、二日目になった。
道の中央には、ワームが通った跡が残っていた。すでに活動は落ち着いているようだ。
エステラたちは、念入りに周辺の確認をした後、トラックを出発させた。
進行ルートの何カ所かは、予想通りふさがれていた。
先行しているのは、小型の車両だろうか。
トラックより小回りの利く車両なら、追い越していくのは難しくない。
発破の跡も見られたので、やはり何者かの妨害と考えられた。
それから、昼の時点で消化できたのは、全行程の四分の一ほどとなった。
用心して、迂回しながら進んでいたので、進行がやや遅れている。
エステラは、地図上でルートを選びながら、思案する。
単純計算で、今から二日後……四日目には到着できる。
期限は五日目の午後五時。
マージンは一日だ。
前日まであった端数分が消えている。が、これは想定内としていいだろう。
「今日は結構揺れますね……」
「この辺りは、ワームもあまり通らないから、仕方ないわ」
「早めに抜けてしまいたいですね」
「そうね。でも速度を出すと、車体が跳ねて危険なのよ」
「我慢して行くしかねぇな」
トラックはガタガタと揺れている。
相変わらず左右には高い崖が迫り、見通しは悪い。
こぶし大の石がごろごろと転がっている。タイヤがそれらを踏むたび、車体が大きく揺れるようだ。
道路状況も、良くは無い。
「セシル。やっぱり気になるんだけど、その女装の理由を聞いてもいいかしら?」
昨夜のアレである。
ダイニングには、セシルとサイ犬、エステラ、パオラがいる。
「ダメよぉ~、個人の趣味をとやかく言うもんじゃないわぁ~」
「文句付ける気は無いわよ。興味があるだけ」
「いえ、そもそもこれは、女装ではありませんよ」
よくよく見れば、髪型以外は中性的なファッションだ。
少女と言われればそう見えるし、少年と言われれば、そう見えなくもない。
「私、あなたのこと『女の子』って言わなかったっけ?」
「よく間違えられるんです。毎回訂正するのもおっくうで」
「変装でもないのよね?」
「髪は地毛ですし。どちらかというと、身内の趣味で……」
「込み入った理由がありそうね。ま、気が向いたら話して頂戴」
「おナカマかと思ったけどぉ、違うのねぇ~ん」
「すみません」
「律儀に謝る必要ないわよ」
パオラは、よよよとキッチンの隅へ流れていく。
誰も、気落ちするパオラを慰める言葉を持たない。
「パオラさんって、いつ頃からあんな感じなんですか?」
「オネエ言葉のことを言ってる?」
「ええ、そうです」
「うーん、どうだったかしら? ああ……思い出せないわ」
エステラは腕組みして天井を見上げるが、どうにも記憶が曖昧だ。
「え? 結構インパクトのあるキャラですよね」
「そうねぇ。ちょっとパオラ! あんたいつからウチにいたっけ?」
「ンもうイケズっ! アタシとの出会いを忘れちゃったのぉ~ん?」
「ごめん。忘れた」
「まあぁっ、エステラったら! いいわっ! 思い出すまで教えてあ~げないっ!」
パオラは本格的にいじけてしまったようだ。
そんな風にじゃれあっている内に、日が沈み。
二日目の夜になった。
思った以上に妨害は少なく、不気味さすらある。
だが、注意深く迂回路を選んだため、遅延が積み重なってしまった。マージンは一日を切りつつある。
三日目の午前中。
出発して間もなくのことだ。
突然の爆発音。
アリーチェが叫んだ。
「急制動! 掴まれ!」
ダイニングにいたエステラとレオ爺は、すぐさま反応し手近なものに掴まる。
直後、ガツンと殴りつけるようなブレーキング。
固定されていないコップなど、雑多な物が前方に飛んでいく。
セシルもサイ犬と一緒に転がり、壁にぶつかって苦しげにうめいた。
「ちょっとなにごとよ!」
エステラが慌てて運転席に入る。
見れば、土煙の中、前方の崖が崩れていた。
トラックより十メートル以上先に、岩石や土砂が、大量に落下している。
こちらに被害はない。
「爆破タイミングをドジったのか?」
レオ爺も運転席にやってきて、感想を述べた。
「なんにしても、ここも迂回ね。安全に行きましょう」
「エステラちゃぁ~ん? ちょっとい~い?」
「ん、なに?」
「爆発の前。崖の高いところに、何カ所かヘンな出っ張りがあったのよぉ~」
「出っ張り……。爆破用の装置かしら?」
「杭みたいな形してて、崖にブスッって刺さってたわぁ~」
「分かったわ。気をつけて行きましょう。頼んだわよ、アリーチェ」
「合点」
「ア~タ~シ~もっ、見てるわよぉ~!」
パオラの声を背に、エステラとレオ爺はダイニングに戻る。
「いたた……」
セシルがようやく身を起こし、椅子に座り直していた。
「こんな直接的な手段に訴えるってことは、相手もだいぶ焦ってきたのかしら」
エステラは落ちたタブレット端末を拾い、元の席に着く。
「いったい何があったんです?」
「相手が崖を爆破してきたのよ。生き埋めにするつもりだったんでしょうね」
「大丈夫でしょうか……」
「ええ、もうこの手は使えないわ。一度見ちゃったらバレバレだもの」
「そうですか……。すみません、お任せします」
「しかしどうも、お粗末過ぎるな」
レオ爺は腕組みして、呟いた。
それから、トラックは何度も迂回させられていた。
エステラは、机の上に置いたタブレット端末に地図を表示し、悩んでいる。
最初、目の前で崖を爆破され、道がふさがれた。
その直前に、前方の崖の上部左右に、杭のようなものが打たれているのを確認していた。
以後、安全のため杭を見つけ次第、迂回していたのだが……。
「やられた。あの杭、ほとんどがダミーだわ」
「ダミー? 爆薬は入ってない?」
「そうだぜ、セシル坊ちゃん。どう考えても、あの量の爆薬を持ち込めるはずがねぇからな」
「無視して進むのは……、難しいですね」
「ああ、突っ切って行くリスクは、背負いたくねぇ」
「最初の爆破は、タイミングをドジったんじゃなくて、演出だったんだわ」
「相手も、なかなか悪知恵の利くやつがいるじゃねえか」
「よくやってくるわ。爆薬の量を節約といっても、やはり限度があるわ。全ての道を封鎖はできないでしょうね」
「……それに全てふさがれたら、こちらも突破する覚悟を決めてしまうと思います」
「そうね。だから目的は……、『こちらのルートを誘導する』ことになるかしら」
三人は改めて机の上、タブレット端末に表示した地図を確認する。
「この先はアレだな。ピアノ遺跡」
「もしかして、あの墜落した宇宙船ですか?」
「ああ、磁気嵐の元凶。星間宇宙船とは言われちゃいるが、大戦期の代物だ。真偽の程はわかりゃしねぇ」
「上等よ! 来いって言うなら、行ってやろうじゃない。ここは地形的には開けているし、接続路も沢山有るから、逃げるには困らないわ!」
「喧嘩腰なんだか、逃げ腰なんだか分かりませんね」
相手の手のひらの上というのは、気分が良くないが、危険はなるべく冒したくない。
レオ爺とも約束している。安全を選んで行かないとダメなのだ。
本当にヤバい事態になったら、それは運行の中止を意味する。
トラックは進む。
杭を避け、道を変え、カーブを曲がり、細い道を走っていく。
そして、また夕暮れ。
エステラたちは、そこで三日目の夜を明かすことにした。