表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/12

(4) 2-1.大渓谷群エルバ(前)

 ほどなく、一行は街を出て、谷に入った。

 途中で何度かバイクや車が寄ってきたものの、遠巻きに様子を見るだけで、しばらくすると姿を消していった。

 集積所で定期便のコンテナを積載し、谷の通行許可も無事に下り、これで運送業務の体裁が整ったと、エステラは安堵したものだ。

 谷の入り口付近は、川沿いで道幅が広い。

 左右の崖は、横縞の赤茶色で、植物の姿は少なめだ。

 トラックが砂煙を上げて進んでいく。


 トラックの居住スペースは、並のトレーラーハウスと、そう大差はない。

 配置は前から、ダイニング、キッチン、シャワーに倉庫、一番後ろに仮眠室。運転席スペースとは、壁で区切られており、移動は中央の出入り口からとなる。

 今はダイニングに、セシル、サイ犬、レオ爺、エステラがくつろいでいる。

 セシルは備え付けのシートに腰掛け、足下ではサイ犬が伏せの状態。

 キッチン横のカウンターチェアに、レオ爺が座っている。

 エステラがキッチンで飲み物をコップに注いで、カップを二つ持って来た。片方をセシルに差し出す。


「レモン水でいい? 入れちゃった後だけど」

「はい、ありがとうございます」


 セシルはハンチング帽を脱いでから、カップを受け取った。亜麻色の髪が、帽子から解放されて、肩の下まで流れる。

 エステラは改めてその姿を観察する。

 地味な恰好をしているが、礼儀正しい所作からは、教育と育ちの良さが見て取れる。

 利発そうな太めの眉に、目はぱっちりとして眼力も強い。将来はかなりの美人になりそうだ。


「このトラック、大きいだけあって、中も広いんですね。快適に過ごせそうです」

「必然的にそうなるのよ。一度出発したら、車の中で数日は過ごすことになるから」

「道中、そんなに時間が掛かるものなんですか?」

「磁気嵐のシーズンに入ると、主要道路が使えなくなるの。迂回路を通らないといけないから、最短でも三日はかかるわ。普段なら、陸路で片道を急いで一日、定期便なら余裕見て二日なんけどね」

「最短ということは、もっとかかる場合も?」

「ルートの状況次第かしら。遅れといっても大抵は一日で済むわ」

「トラブルさえ起きなきゃ、別段難しいこたないぜ」


 エステラはふと、前の運転席を見る。そういえば、スタッフを一人失念していた。


「あ、紹介するわ。今運転してるのが、運転手のアリーチェ。アリーチェ、お客様のセシルよ」


 セシルが運転席側に顔を出して、挨拶をする。


「初めまして、よろしくお願いします。アリーチェ」

「よろしく」


 挨拶を一言で返したのは、どこか眠そうにしている大柄な女性だ。

 細身のリムフレーム眼鏡に、黒髪ショートボブ。

 上はワイシャツ一枚、下はスリムシーンズ。

 手にドライバーグローブをはめている。

 視線は前を向いたままで、セシルにはあまり興味を示していないように見える。


「ごめんなさいね。彼女、口べたなのよ。腕は確かだから勘弁して頂戴」

「大丈夫ですよ。どうぞ気楽にしてください。道中、堅苦しいのはよしましょう」

「そうよぉん。『旅は道連れ世は情け』、って言うじゃなぁ~い」


 『旅は~』を低音渋く言ったパオラが、前の助手席から、ダイニングに入ってきた。


「ちょっと、いきなり渋い声出さないでよ。びっくりするわ!」

「うふふっ、ときめいちゃったかしらぁん?」

「ないない。……さてと、パオラ。そろそろいい頃合いね。事情を聞かせてもらうわよ。運送会社に小さい女の子が用事って、まさか社会見学にきたわけでもないんでしょう?」

「わ・かっ・て・る・わ・よっ」

「気色悪いから指を振るな。さっさと話せ」


 エステラのその声も、低くドスが利いていた。


「うんうんっ。セシルちゃんはバステラに行きたいってぇ~」

「さっき本人も言ってたわね。それで?」

「それでね……そこからは、アタシも後で聞くつもりだったのっ!」


 パオラはウインク。人差し指を立てて、ポーズを決めた。

 エステラの目が据わっている。

 レオ爺は腕組みしたまま動かない。


「はい! 僕がお話します!」


 セシルが空気を読んで、素早く手を上げた。

 エステラの機嫌がズンドコ傾斜していく気配を察知したのだ。


「実は正式にお仕事の依頼をしたいんです」

「仕事? この状況で、『手紙をお届け、一通百クレジットで』なんて、ほのぼのした話だったら、パオラのケツを十回は蹴ってやるわよ」

「ちょっとぉっ、ワケあり話なのよっ。茶化さないで、ちゃんと聞きましょうよぉ~」


 意外にも普通に諭されて、エステラは姿勢を正した。


「……ごめんなさい。少しふざけすぎたわね。ここからは真面目にいきましょう」


 少し身を乗り出して、セシルへ右手を差し出す。


「改めて、ようこそエステラトランスポートへ。私は社長のエステラ。よろしく」


 セシルも、自然な仕草で握手に応じる。


「はい。僕はセシル・オードナンス。よろしくお願いします。セシルと呼んでください。こっちのロボット犬はサイといいます」

「サイケンともうします。いご、おみしりおきを」


 サイ犬は、きちんとお座りをして頭を下げた。

 エステラは眉を潜める。

 挨拶の時点で、いきなり、無視できない単語が混ざっていた。


「セシル・オードナンス……オードナンス? ごめんなさい。もしかしてオードナンスグループと関係が?」

「すみません。そういう事になります。ですから、少し難しいお仕事になるかと……」


 セシルの肯定を受けて、エステラは心の中で舌打ちした。

 それが本当なら『少し難しい』で済むとは思えない。

 対面のシートに座り直しながら、大まかな記憶を頭の中から引っ張り出す。


 オードナンスグループは、国をまたぐ巨大複合企業だ。

 その実態は、一族経営による典型的な財閥といえる。

 この星へ植民した当初から存在し、長らく経済を牛耳ってきたため、オードナンス王国と揶揄する者も少なくない。

 現在では、最盛期ほどの勢いは無いと評されている。星系のランキングでは、五番手といったところだ。

 しかしその実、オードナンスグループの本質的な強さは、強力なコネクションによるものだ。各種団体への発言力は大きく、衰えを見せない。ランキングには出てこない部分である。

 業種は様々。軍需、航空宇宙から生活用品までと幅広い。

 中でも福祉の部門がよく目立っている。

 経済弱者をすくい上げ、積極的に投資する活動は、利益回収が不安定だが、部門設立以来、なぜか一度も止まったことがない。

 そこには企業イメージ戦略のためだけとは、言い切れない部分がある。なんらかの主義、思想が根底にあるようだ。

 社会福祉が表の面とするなら、裏の面もあり、その界隈では有名だ。

 抗争による破壊活動。

 そんな黒い噂へとたどり着くのは、難しいことではない。

 大部分が身内の小競り合いだが、高確率で泥沼化し、その悲惨さは、死者数の合計が地方都市一つ分に並ぶ……と言われている。

 所詮は噂だ。数値は大いに盛られるものである。真実は『あっても微量』。

 そして微量の真実といえど、やはり物騒な話である。無視などできない。


 レオ爺をちらりと見ると、思った通り難しい顔をしていた。

 真実か、それとも騙りか。

 目の前にいるのは、育ちの良さそうな子供と、ロボット犬だ。

 常識的に考えるなら、オードナンス一族の関係者などと告げられても、戯言以外の何物でもないのだが。


「それで、本題ですが、僕を谷の向こうまで運んで欲しいのです。行き先は谷を抜けてすぐの街、バステアにいる叔父の家までです」

「そこに到着すれば、追っ手も諦めるって考え方でいいのね」

「はい、ですから、そこに着きさえすれば、以後は安全です」

「期限はいつまでかしら」

「それは、サイが知っているはずなのですが……」


 ロボット犬に皆の視線が集まる。

 金属質の耳が震える。

 目元の横一文字アイグラスの中で、僅かに動作音がした。


「のこりにっすうは、いつかでございます」

「サイ? ちょっと待って、五日?」

「いつかが、きげんでございます」


 セシルは思わず呟いた。「なぜ」と。


「そりゃ今日を入れて、五日ってことか?」

「ほんじつを、ふくみます。よっかご、十二じが、きげんです」

「一応は可能な日程ね。期限について、事情を詳しく聞いてもいいかしら」

「すみません。それは話せません。有効期限がある問題とだけ」

「では、なぜ今になって期限を確認したの? もっと前から知っていてもいい情報だと思うけど」

「以前から何度もサイに尋ねてはいたんです。でも、サイは今まで情報を公開しませんでした」

「興味深いわねぇ~。なにか条件でも合ったのかしらぁ~?」

「時間? 何日以降とか。それとも場所? 谷に入ったらとか」


 この犬の件には、怪しさがある。

 秘密の話は、正直言ってあまり歓迎できない。

 そもそもエステラトランスポートはカタギの会社であって、アウトローではない。法を犯すような仕事をやれるはずがない。


「一応確認するけど、違法な話ではないのよね?」


 その質問を聞いて、セシルは固くなっていた表情を少し和らげた。


「はい、それなら心配ありません。先ほども言いましたが、僕が会いに行く人は、バステアにいる叔父です。名前はクウェンティン・オードナンス。職業は司法長官なのです」

「それはまた」

「随分と大物が出てきやがったな」

「クウェンティン司法長官ねぇ~。ええ、確かに実在の人物よぉ~」


 パオラが気を利かせ、タブレット端末で確認していた。

 エステラもパオラから受け取り確認する。


(真実の天秤に、錘を追加ね)


 とエステラは思う。信用できるデータベースだ。間違いは無い。


「道中に襲撃されたのは、セシルがクウェンティンさんに会うのを阻止するためなのね?」

「そういうことだと思います。谷の中での事故を狙ってくる、と」

「うち自慢のトラックが、そうそう当たり負けるとは思えないけど。ホント、荒事は勘弁して欲しいわね。定期便のコンテナ、積んで来ちゃったじゃない」

「はい。そこで報酬についてですが」


 セシルの言葉に、トラック内部に沈黙が落ちる。


「この度は突然のお話ですし、相当なご無理をお願いすることになると思います。修理費用や積み荷の損害など……、また、詳しくお話しできない部分もありますし、場合によっては守秘義務の契約もさせていただく事になります」


 軽く息を吸ってから、セシルは続けた。


「諸経費含めて、一億クレジットをお約束します」

「一億」


 エステラは魂が抜けたように、金額を繰り返した。

 パオロは鳩が豆鉄砲を食ったように、目を丸くし硬直している。


「契約料として達成の成否にかかわらず三千万、達成後に七千万をお支払いします。どんぶり勘定と感じられるかも知れません。しかし、ふざけているわけではありません。僕はこれが妥当な金額だと考えています」

「ええとはい、分かりました……」


 色々と計算する前に、インパクトで押し切られた感がある。一億クレジットと言えば、会社の総資産額に近い。土地、改造トラックと各種設備の資産を合わせて、概ねそのくらいということだ。借金分を合わせたら、現状ではもはや下回る勢いである。


(借金を返して、お釣りが来る)


 エステラの頭に浮かんだのは、それだけだった。


「セシルくん。すまんが、少し時間をくれんかね。社長と相談がしたい」

「はい、ゆっくり検討していただいて構いません」

「レオ爺?」

「エステラ。ちょっと前に行くぜ。アリーチェ! 俺と運転交代だ!」

「了解」


 どこか我を失っているエステラは、レオ爺に運転席の方へと連れて行かれた。

 レオ爺とアリーチェが運転を代わる。

 アリーチェはそのままダイニングへと移動し、運転席とダイニングの仕切りを閉じた。

 込み入った社内事情の話だ。部外者に聞かせるものではない。

 エステラは助手席に座ると、眉を寄せ、口元に片手を当てた。


「エステラよ。この話、どう思う」


 それを横目に、レオ爺はおもむろに切り出した。


「悪い話ではないと思う。女の子を五日以内に運んで、一億クレジット。谷での襲撃なら、ルートを選べば、いくらかはやり過ごせるはずよ。元々定期便の荷物は届けるつもりだったんだから、バステアに行くのは変わりないし」

「ああ。そこは俺も同じ意見なんだがよ……」

「なに? 気になることでもあるの?」

「パオラが持ってきたこのヤマだが……オードナンス一族たぁ、さすがに荒唐無稽すぎるぜ。仮に本当だったとしても、嫌な感じがプンプンしやがる」


 金額のインパクトの中、レオ爺は冷静さを保っていた。


「レオ爺が消極的なんて珍しいわね。オードナンスグループの噂は、私だって聞いているわ。私には嫌な感じというより、謎が多くてミステリアスな感じだけど」

「ロマンの話をしてるんじゃねぇよ。悪いことは言わねぇから、この依頼、受けるのは止めといた方がいい。社長の座を譲った身で、横から口出しなんざ、格好悪くてしたかねぇんだがよ」

「じゃあロマン抜きで、現実の話をしましょう。今の私たちは借金まみれで、リスクどうこう言っている状況じゃない。まさに崖っぷちよ」

「この際、会社が潰れるくらい、いいじゃねぇか」

「そんなの、いいわけないわよ……。二代で会社を潰してどうするのよ。これが最後のチャンスかもしれない。レオ爺、あなたいつも言ってたじゃない。女神の後ろ髪は手を伸ばしてつかめ、って」

「つかんだ先は、道化の帽子か、死神の裾かもしれねぇぜ」

「ホント今日は随分とネガティブね。私だって命は大事よ。だから無理はしない。いつもより余裕を大きく持って、もし危なそうだったら、すぐに引き返す。これではダメ?」


 レオ爺は、ハンドルを握ったまま、前方を睨み、しばし黙考する。

 嫌な予感と言っても、所詮は老人の勘だ。

 正直、年齢による衰えも端々で感じている。

 自覚はあるのだ。

 色々なことに臆病になってきているのが分かる。


「そうさな……おめぇがそこまで言うんなら、それもアリか」


 さしあたって、言うべきことは言った。

 あとは若者のサポートをするのが、先達たる自分の役目だろう。


「いいの?」

「引き際はしっかり判断しろよ。迷うんじゃねぇぞ」

「もちろん! それくらいの場数は踏んでるつもりだわ」

「よし。なら、あとは仕事の時間だ。そら気合い入れてけ!」


 レオ爺とエステラは、片手同士を、バチンと合わせた。


「ありがとう。レオ爺!」


 エステラはすっきりした様子で仕切りを開け、ダイニングに戻っていく。

 運転席に残ったレオ爺は、空を眺め、一息つく。


「ま、覚悟だけは決めておくか」


 そう独りごちた。


「覚悟?」

「ウェイ! アリーチェ!? なんでもねぇよ! いるならいると言え!」


 エステラと入れ替わり、アリーチェが運転席に戻ってきていた。

 ばつが悪く、乱暴に頭をかかざるを得ない。


「運転交代」


 アリーチェは特に触れず、レオ爺を運転席から追い出した。


 そして、ダイニング。

 セシルの元に戻ったエステラは、再び右手を差し出していた。


「その依頼、正式に受けさせてもらうわ」

「ありがとうございます。そう言ってもらえると信じていました」


 立ち上がり、一度頭を下げるセシル。

 二人はしっかりと握手を交わした。

 セシルの暖かい手を感じながら、エステラは思う。

 正直なところ、この仕事を受けるのに、選択の余地は無かったように思う。

 エステラトランスポートの窮状。

 パオラの行動。

 引き返せない期限。

 オードナンスの一族に関わる道が、この先、天国地獄どちらに繋がっているのか、神ならぬ身のエステラには分からない。

 目の前には、不安も期待も一緒くたに混ぜ込んだ、現実という一杯のスープ。

 エステラトランスポートの社長として、飲み込んでいくしかない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ