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(2) 1-1.大渓谷の街ビノ(前)

 大渓谷の街ビノ。

 バスを降りると、喉が軽く刺激された。外の空気は乾燥し、砂埃が舞っている。

 午後を回り、日差しが少し傾きかけた頃。

 バス停留所は閑散としていた。

 前方には山が迫り、先ほど来た道の方は開けている。

 空港が遠くに見える。駐機場に飛行機の姿は見当たらない。

 右手には大きい倉庫が、ずっと向こうまで続いている。

 時折、壊れた機械が、山と積まれている区画がある。ジャンク品として流通するのだろう。

 雑然とした街は、あまり賑わってはいない様子だ。


「老婆の長話付き合わせちまって、すまんかったねぇ」

「こちらこそ、こんな子供を相手してくださり、ありがとうございました。ご縁があれば、また、ご一緒できたらいいですね」

「はいよ。またねぇ」

「さようなら、お元気で!」


 老婆は手を振り、去って行った。

 目が悪い、と聞いていたが、意外に軽快な足取りだった。

 子供はその姿を見送ると、改めて周囲を見渡す。

 正面には、旅客向けの食堂が何軒か並んでいる。

 塗装の禿げ具合と、経年の汚れが、なかなかの歴史を感じさせる。

 普通の食事を取るには、問題なさそうである。

 砂除けのポンチョを羽織り、中型のトランクをロボット犬の背に固定。小さめの手持ちリュックは自分の肩に掛けた。


「まずは少し食べていこうかな」

「それがよろしいでしょう」


 店の扉を開くと、客の姿はまばらだった。

 カウンターに紳士風の男。

 若い女と男のカップル。

 労働者風の三人組。

 昼食の時間は過ぎ、今は休憩の時間だろうか。

 適当なボックス席に座ると、まもなくやってきたウエイトレスに、少なめの軽食を何か、と注文する。

 それからリュックの口を開いて、ペーパーメディアの地図を取り出し、机に広げた。

 トン、と今居る場所に人差し指を当てる。


「谷越えのバスは無いんだよね。ここで別の方法を探すしか無い、と」

「じぜんのちょうさでは、そのようでございます」

「子供一人とロボット犬一体、か……。悩んでも仕方ないし、その辺の運送会社を当たってみよう」


 ウエイトレスが早速食事を持ってきた。

 少なめにと頼んだのだが、案の定量が多い。心苦しいが、これはお残しコースだろう。


「こっちの食事は本当に豆が多いや」


 さすがに朝昼夜の豆づくしには飽きてきた。

 コーヒーを一口飲むと、幸いにも普通の味。そこは少し安心した。


「運送会社は、街外れの方に固まってるみたいだ。ちょっと遠いね。歩いて行くしかないのかな」

「わたしに、おのり、くださいませ」


 とんちんかんな提案に、セシルの心が少し和んでしまった。


「乗り心地悪そう。トランクと合わせたら、絶対に重量オーバーする」


 このロボット犬は、時折論理のネジが一本抜けた答えを出してくる。

 理詰めで考えるなら、処理が足りていないだけなのだろう。

 付き合いは短いが、なかなか味があって面白い。


「あらぁ、かわいい子ねぇ~。何かお困りかしらぁん?」


 ふと気付くと、横に紳士が座っていた。

 スマートなスーツを着て、片手にハットを持っている。

 もみあげから続くほおひげが特徴的だが、よく似合っており、ダンディズムを演出していた。

 どう見ても立派な紳士である。


「長旅で疲れてるのかな……」

「うふふっ、はじめましてぇん。ア・タ・シはパオラ言うのぉ~」

「…………現実だ」


 そこでセシルは、ようやく認めた。

 ああなんてことだ。ダンディな紳士がオネエ言葉で喋っている。

 他人の趣味趣向について、とやかく言うつもりはないが、さすがにこれは混乱する。


「ええっと、はじめまして。僕はセシル。そっちのロボット犬はサイです」

「サイケンと、もうします。はじめまして」

「んんっ、いいわねぇん。アタシ、礼儀正しい子は好きよ~ん」

「あー……、ありがとうございます」


 きっとこのスタイルにも、本人にとっては大切な理由があるのだろう……。

 あまり接したことのないタイプの人間だったので、少々面食らってしまった。

 と、男の所作で、一つ気付いたことがある。

 セシルは彼の座った位置に注目した。

 近すぎず遠すぎない距離感。

 パーソナルスペースを侵害せず、しかし、込み入った会話をする程度には近い。

 地味な気配りだが、自然にこなしているとしたら巧みである。

 この男は、意外と油断ならないタイプかもしれなかった。


「失礼ですが、パオラさんは、この街の人ですか?」

「そうよぉ~ん。あっ、こっちを見せた方が早いわねん。はい、名刺」


 懐から一枚の名刺が差し出された。流れるような仕草だった。


「パオラ・パオロさん。……運送会社のセールスマン?」

「そ・う・よんっ。アタシなら、お役に立てるんじゃないかしら?」


 さて、若干不審に思う。少々都合が良すぎやしないか。

 どこかで、自分の目的が知られるようなことがあっただろうか。

 思わず悩みそうになるが、セシルはそこで考えるのを止めた。

 なにごとも、疑問に思ったことは、素直に聴いてみるのが世渡りのコツである。


「パオラさん。僕は確かに運送会社を探していました。でもなぜ分かったんです?」

「ん~ん、難しい理由じゃないわよぉ~。アナタ、独り言がちょっと大きいわぁ」


 これは赤面せざるを得ない。


「盗み聞きなんて、ひどいじゃないですか……」

「いいじゃない、結果オーライよん。渡りに船って思っておきなさいな」

「はぁ……それじゃ早速、一度お話を聞いて貰ってもいいですか?」

「どうやらワケありみたいだしぃ、詳しい話は、事務所でしましょぉ」

「はい、お願いします」


 そして二人は席を立った。

 食事はやはり大半を残してしまったが、仕方ない。

 パオラは先に外へ出ていった。

 セシルはカードで食事の精算をした後、サイ犬と一緒に店を出ていく。

 外に出て、バイクを引いたパオラを見つけた、その時。

 背後で、店の扉が乱暴に開いた。

 セシルが思わず振り向くと、先ほどボックス席に座っていた男女カップルが飛び出してくるのが見えた。

 こちらに向かって勢いよく走ってくる。

 男は拳銃を手にしていた。


「街中で!?」


 突然の事に驚きつつも、セシルはパオラの元へ走る。

 サイ犬は横にピタリと追従していく。


「ほらこっちよん! 乗って!」


 パオラはすでにヘルメットを被り、バイクにまたがっていた。

 急いで後ろに飛び乗ると、軽い発砲音が三回。

 足下で弾丸が次々と跳ねる。


「あぶなっ!」

「まぁ、ヘタクソっ! そんなテクじゃ、アタシは射止められないわよぉん!」


 アクセルを開くと、バイクは一気に飛び出した。

 サイ犬も離れずについて行く。意外と速い。

 セシルが、再び後ろを振り向き確認すると、女の方が車を回してきたのが見える。

 しかし、すでにバイクは速度が乗っている。もう追いつく事はできないだろう。


(ひとまず安全かな……)


 パオラから渡されたハーフヘルメットを被り、セシルは安堵の息をついた。


「しっかし、予想より荒事になっちゃったわねぇ~。勘が鈍ったかしらぁん……」


 無責任な独り言は、砂混じりの風に消えていく。

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