表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/12

(11) 4-3.都市バステア郊外

「セシル。そろそろ起きて」


 目覚めは、静かだった。

 風の音が、優しく鳴っている。

 視界は青い空に、前席のシート。

 ここはグライダーのコックピットだ。


「起きました。……頭がぼうっとします」


 セシルは頭を振ろうとして、首が固まっているのに気がついた。

 反応が鈍く思うように動かない両手で、苦労して固定具を外す。


「根性あるわね。絶対に吐くと思ったのに」

「すごいって、エステラさんの方がすごいですよ。あの中を無事に抜けたんですよね……」

「必死だったから、よく覚えてないわ。短かったような。長かったような」


 日差しは、かなり斜めに傾いているようだ。


「今、どの辺りです?」

「谷はもう抜けて、これから着陸ね。十時方向、お屋敷が見えるでしょ?」

「あります。あそこが……」


 事前にセシルから聞いていた住所は、郊外の広い屋敷だ。

 そのかたわらには、着陸におあつらえ向きの草原があった。


「目的地に到着よ。丁度いいランウェイがあって助かったわ」


 グライダーは、すでにアプローチに入っている。

 無線が使えないため、本来必要な手続きを思いきり省いている。

 緊急事態とは言え、後で面倒な事務処理が待っているだろう。


「迎えが出て来ましたね」


 屋敷から、一台の車が出てきたのが見える。


「どうかしら? あっちから見たら怪しい飛行機かもしれないわよ」

「珍しいでしょうけど……、きっと大丈夫ですよ」


 グライダーはスムーズに草原へと進入していく。

 機軸をペダルで微調整。

 スポイラーを立ち上げ、機体を沈ませていく。

 エステラは最後の引き起こし操作を行い、

 ざあっと、地に着いたメインギアがグライダーを支えた。


「タッチダウン」


 車輪が地を走り、ガタガタと上下に細かく揺れる。

 ブレーキ。

 そして……停止。

 着陸は滞りなく成功した。


「お疲れさま。空の旅はどうだった?」


 エステラはシートベルトを外しながら、セシルにそう尋ねた。


「次回は遊覧飛行をお願いします」

「あはは、懲りないわね」


 機体から下りたエステラは、サングラスを外す。

 その場で両手を組んで背伸びをした。

 もう腕も足もパンパンだ。

 首も殆ど回らない。

 ベルトに食い込んだ肩や、腰もヒリヒリと痛む。

 酷使した体の痛みは、しかし達成感で心地いい。


「ああ、すっきりした! 久々にエキサイティングな飛行だったわ!」

「命懸けですよ? すみません、手伝ってください。手に力が入らなくて」

「おっと……放置して悪かったわね。今、行く」


 エステラは、セシルのシートベルトを外す手伝いにコックピットに戻った。


 ほどなく、屋敷の車が傍に停まった。

 運転性から降りた黒服が、後部座席、こちら側のドアを開く。

 中から現れたのは、スーツ姿の男が一人。

 白髪交じりで、彫りの深い男だ。

 かなりの長身で、近くまで来ると、エステラとセシルは見上げなくてはならなかった。


「久しぶりだね、セシル君」

「クウェンティンさん。ご無沙汰しております。こちらエステラさんです。僕を送り届けてくれました」


 セシルはクウェンティンと握手を交わした。


「はじめまして、空からのお客さんは久々だ。セシル君を無事に届けてくれて、どうもありがとう。感謝するよ」


 エステラも手を差し出し、握手を交わす。


「はい。その、いきなり不躾ですみません、今、何時でしょうか? 当方、時計が壊れておりまして……」


 クウェンティンは肩眉を上げ、微笑を浮かべた。

 エステラの手を離し、懐から時計取り出し確認する。


「谷を飛んできたなら、やむを得ませんな。現在、午後四時四十二分です」

「あぶなっ……」

「間に合いましたね。ありがとうございました。エステラさん」

「太陽の位置から、大丈夫だとは思ってたけど。ほっとしたわ」

「ご苦労様。この後、屋敷にご招待しましょう。どうぞゆっくりくつろいで行ってください」

「これはご丁寧に、どうもありがとうございます。あー、しかしスタッフがまだ到着しておりませんので……、後日またお伺いしたく思います」

「そうですか。残念ですが、仕方有りませんな」


 一通りの社交辞令の後、エステラが下がり、セシルが前に出る。


「では、本題に。こちら、ラヴィニアの資産履歴、他。全ての証拠です」


 セシルはクウェンティンにデータチップを差し出した。


「確認させよう。少し時間をもらう。それから……ラヴィニア!」


 その声に、車の後部座席から、一人の年老いた女性が降りた。


「セシル君と話があるそうだ、すまんが少し付き合ってやってくれ」

「……あの人がラヴィニア様ですか」

「初対面だったかな?」

「いえ、一度会っています」


「……その声は知っているよ。まさかあんたがセシルとはね」

「バスではお世話になりました」


 その女性は、長距離旅客バスで、隣に座っていた老婆だった。

 服は高級なものに変わっていた。

 しかし、腰が曲がり、しわの浮いた顔は、むしろ魔女にさえ見える。

 クウェンティンは車に戻り、黒服となにやら話を始めている。


「人生、分からんもんだねぇ……。あの時、気付いてさえいれば」

「目はやはり見えないのですか?」

「眼球の問題じゃないんだよ。頭のね、中の不具合で、人の顔がちゃんと認識できなくなっちまった」

「僕にとっては幸運でしたね」

「ま、今となっては、どうでもいいさ」

「直接、バステア空港に行った方が楽だったでしょう。わざわざ辛い旅客バスを使う必要、ありました?」

「なに、気まぐれに、セシルとやらの予想移動ルートを辿ってみただけさ。この歳になって、ようやく自分で動く気になっただけさね」


 小さな可能性にでも、すがりたくなったのだろうか?


「これであたしも、おしまいだねぇ。こんな老婆に引導を渡した気分はどうだいね?」

「お答えします。気分は、特に変わりありません。当主の命令です。仕方ないでしょう」


 セシルは表情を変えずに告げた。


「あんた、事の経緯を分かって言っているのかい?」

「一通り説明は受けました。僕の証拠提出は一連の中では、最も穏当で、まともな手段ですし」

「バカなことを言うもんじゃないよ。なにがまともだって?」

「いえ、僕とは関係なく、別の場所でも計画は動いていました。あなたの資本のほとんどは、すでに他の親族に分配済みでしょう。手元に残っているのは、底割れした株式と、回収不能の債権、寸断されたコネクション。ビノの街でゴロツキを雇うのが精一杯だったんじゃないですか?」

「ひょうひょうとまあ、怖い子供だねぇ……」

「バステア空港だけは、死守していたみたいですから、僕はビノ方面から入る羽目になったわけですが」

「そうやって、今まで何人の親類を失脚させてきたんだい?」

「ここは、数え切れませんと、言うべきなんでしょうね」

「恨んでやるよ。あんたの顔はよく見えないが、あたしにゃ、あんたしか恨む相手はいないんだ」

「それで気が済むなら……できればやめて欲しいですが」

「やめないね。最期までね」

「分かりました。では、あとはクウェンティンさんにお任せします」


 セシルはそれで話は終わりと、クウェンティンに視線を向けた。

 クウェンティンが、ラヴィニアを連れて、車に戻っていく。


「終わりかしら?」


 少し離れて立っていたエステラが、ゆっくりと歩み寄ってきた。


「ええ、これで終わりです。一応、内部事情も聞いておきます?」

「やめておくわ。折角いい気分だったのに、胃にもたれる話は、もう充分」

「では、後で手紙を送りましょう。嫌な気分は友人同士、分かち合うもんですよ」


 エステラは苦虫を噛み潰したような顔。


 空が赤く染まり始めている。

 風が草原に波を立てていく。

 グライダーと二人の影が、長く長く伸びている。

 エステラは服の襟を立てた。


「ところで、エステラさん。磁気嵐は、墜ちた宇宙船が目的を持って起こしている、なんて説はどうでしょう」

「へぇ? その理由は?」

「上空の飛行物体を撃墜することです。磁気嵐が一つ目の攻撃。それでも落ちなかった相手を仕留めようとしたのが、あの突然現れた積乱雲で、二つ目の攻撃ですね」

「恐ろしく効率が悪いわね。まるで子供のかんしゃくだわ」

「ですね。少し思いついただけです。こういうのをストーリー仕立てにすると、面白くありません?」

「まあ……そういうロマンもいいと思うわよ。本当に論文でも書いたら?」

「ロマンですか。今回はなかなかの大冒険でした」

「ええ、早く日常に戻りたいわ」


 大渓谷へ、太陽が沈もうとしている。

 セシルの脳裏には、カーテン状の光の帯が、くっきりと焼き付いている。


「オーロラを見ました。あの中で、それだけを覚えています」


 セシルの言葉が、夕焼けの草原にふわふわと浮かび消えていく。


「おつかれさまでした」


 そうして、エステラトランスポートは、その日、一つの仕事を終えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ