第一章 ~『一月経過と初任給』~
山田がアドバイザーを始めてから一か月が経過した。彼の地道な客引きと、アリアのパンの味が上手く働き、店の前に行列ができるまでになっていた。その人気は留まることを知らず、街から街の移動中にアリアの店へ寄るだけでなく、アリアの店を目的として訪れる者が現れるほどにまで成長した。
山田はこの人気がしばらくは続くと見ていた。飲食店の行列ができるパターンは大きく分けて二種類ある。一つはテレビなどのメディアで紹介されたり、奇を衒った物珍しい商品での人気だ。こちらは商品に魅力があれば人気は長続きするが、魅力のない商品であれば、すぐに客足は遠のいてしまう。しかし今回のアリアの店のように、ただ純粋に旨いドーナツを提供するような商品そのものに魅力がある場合は、人気がなかなか衰えないのだ。
「今日も忙しい一日だったわね」
「喜ばしいことだろ」
「山田君のおかげよ。一か月前まではこんな人気店になっているなんて想像もしていなかったもの」
アリアはニッコリと笑うと、コンソールから金貨の詰まった革袋を取り出し、山田に手渡す。
「なんだ、この金?」
「お給金よ」
「にしても多すぎるだろう」
革袋の中には金貨が百枚は詰まっていた。店の経営状況を把握している山田は、これが今月の利益すべてだと知っていた。
「山田君がいなければ、店が黒字になることはなかったし、今でも赤字を垂れ流していたわ。そう考えると、店の利益がゼロでもプラスよ」
「でもだな……」
「いいの。私お嬢様だから、お金には不自由してないし。それに来月はきちんと私の取り分も頂くわ。今回だけの特別よ」
「なら今回だけ頂くよ」
無一文の山田にとって活動資金は何よりも必要なものだ。なにせ服を買うにも、寝床を確保するにも、食事を得るにも、人が社会的動物である限りは、金が必要になるからだ。今はアリアに助けられているが、今後は独力ですべてを用意しなければならなくなる。
「この恩は必ず返すよ」
「私の方こそ助けられたわ。おあいこだし、気にしないでね」
「この金は大事に使わないとな」
「山田君、住み込みで働いているんだし、衣食住には困らないでしょ。だからパーッと遊んで来たらどうかしら?」
「遊ぶのはともかく、街は一度見ておきたいな」
「でしょう。明日は店をお休みにするから、街を見学してきなさい」
「この近くだとエスティア王国か?」
「エスティア王国の首都、エスタウンが一番近いわね」
「ならそこに決まりだな」
「ついでに食材も買ってきてくれるかしら」
「任せとけ」
山田はアリアから食材のメモを受け取り、エスタウンを目指す。通り道は夕暮れで朱色に染められていた。