第五章 ~『新都市アリアドネ計画の始動』~
コスコ公爵との交渉を終えた山田は城下町で待つアリアとイリスに合流するため、以前訪れたケーキ屋に足を運ぶ。テラス席ではチョコレートでコーティングされたケーキを苦々しい表情で食べ進める二人がいた。
「お帰りなさいませ、旦那様」
「どうやら無事終わったようね」
山田は空いていた席に座ると、食べかけのチョコレートケーキに視線を落とす。
「やはりそのケーキも不味かったか?」
「最悪よ。ケーキなのに噛めば噛むほど苦味が出てくるのよ。さっきショートケーキも食べたけど、あっちは逆に甘すぎるし、この店が公国一のケーキ屋というのは本当なの?」
「公爵から聞いた情報だ。間違いない」
「公国民が可哀想になるわね」
「これからはアリアが救ってやればいいさ」
山田がアリアを公国に呼び出したのは、彼女の悲願であるコスコ公国に二号店のパン屋を出店するためだ。そのために専門家の彼女の舌で、ライバルになる公国のケーキを味わってもらったのだ。
「山田くん、あなたの交渉はどうだったの?」
「公爵が話の分かる男でな。こちらの要望通りに領土を譲って貰えることになったよ」
「何が起きたのか容易に想像がつくわね……」
アリアは呆れた表情を浮かべる。山田のことだからうまく立ち回り、王国に有利な条件を引き出したのだろうと信頼していた。
「交渉の結果、城下町外れの市街地も手に入った」
「でもあそこは……」
「いまはまだ発展途上の街だ。だが俺が変える」
「……それなら最初から発展している城下町を手に入れた方が良かったんじゃないの?」
城下町なら開発コストも必要なくなる。アリアの疑問は至極当然であった。
「理由は色々だが、最大の理由は公爵が城下町を手放さないことだ」
山田は今回の交渉で広大な領地を手に入れたが、これは城と城下町を諦めたことによる結果だ。
「それに新しい都市の開発に成功すれば、城下町から客を根こそぎ奪うことも可能だ。なにせ俺たちが開発しようとしている新都市は王国の主要都市へと続く行路上にあるからな」
従来、魔王領や公国から王国の主要都市へと向かう場合には、城下町に寄り道をして買い物を済ませるのが一般的だった。行路上に大きな街ができれば、その手間も必要なくなり、人は新都市に集中することになる。
「それに集客の工夫もする」
「工夫?」
「パン屋だよ。お客の大半は旅人だから食事にこだわるはずだ。城下町一のケーキ屋でさえこのありさまだからな。旨いモノを求めて、必ず足を運んでくれるはずだ」
旅人たちに足さえ運ばせれば、パンだけでなく、他の商品もついでに買ってくれる。公国の城下町に落としていた金が新都市に落ちるようになればその利益は計り知れない。
「私の責任が重大そうね」
「大丈夫。アリアの腕なら上手くいく。俺も協力を惜しまないからさ」
「山田くん……」
「手始めに新都市の名前はアリアドネにしておいた。神話の女神から頂いた名前だが、この都市にも負けず劣らずの美女がいると宣伝しておいてやるからな。きっと看板娘を一目見ようと大勢の人が押し寄せるぞぉ」
「う、嘘でしょ……」
アリアは手を震わせながら、山田の恐ろしい提案に戦慄する。彼女はその見目麗しい外見と違い、内面はどこにでもいる村娘のように照れ屋な性格なのだ。
「パン屋二号店、必ず成功させてやる!」
山田は勝利を宣言するように、高らかに叫ぶのだった。




