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第四章 ~『シーザーの忠誠』~


 エスティア王国城の謁見室で、山田はテーブルの上に並べられた書類を眺めていた。雲の上に座っているかのような柔らかな椅子に体重を預け、隣に座るイリスに次の書類を催促する。彼女は手慣れた動きで、膨大な資料の中から彼が必要とする書類をピックアップして手渡す。暖かい手が触れあう瞬間に、二人は幸せを感じるのだった。


「面談か……なんだかこちらが緊張するな……」


 山田が眺めていた書類は、リーマンショック、ならぬブルースショックにより借金奴隷に堕ちた魔人の経歴やステータスを記したものだった。これから彼は面談を行い、奴隷たちを適材適所に配置していくことになる。


「どの魔人も軒並み能力値が高いな」

「魔人は人間よりも課金額が少なく済む傾向がありますからね。それと奴隷に堕ちた魔人の多くが軍人であることも大きいのでしょう」

「軍の教育金もあるだろうからな……それにしても嬉しいな。ようやくまともな軍隊が手に入る」


 エスティア王国の国民はビックリするほど働かない。エスティア王国軍は、戦争どころか演習すらせずに、毎日麦酒片手にポーカー三昧で遊んでいる始末だ。


 故にブルース軍と衝突すれば、エスティア王国軍に勝ち目はなかった。だがこれからは違う。ブルース軍人がエスティア王国軍に加われば、まともな軍隊として機能させることができるようになる。


「旦那様、面談ですが能力値が高い者から順番にお呼びしますね」

「頼む」


 イリスが別室から一人の借金奴隷を連れてくる。赤髪が特徴的なその男の顔に、山田は見覚えがあった。


「あ、あんたはっ!」

「まさかシーザーが奴隷に堕ちていたとはな」


 魔界十六貴族フォックス家の一員であるシーザーが謁見室に通される。見知った顔に彼は困惑した表情を浮かべた。


「あんたが俺の主人になるなんてな……いや、まさか、俺に優しくしたのは、俺の身体が目的で……」

「何の心配をしている! そんなはずがあるか!」

「まさか旦那様にそんな趣味が……」

「イリスまで信じないでくれ!」


 山田はイリス一筋の男であると誤解を解くと、書類に視線を戻す。


「で、シーザー。お前の借金だが……随分と凄い額だな」


 借金の桁が他の債務者たちよりも多い。資料には、ノンリコースローンを利用してサブプライムローンを貸していたことで、借金の補填をすべて彼が被ったと記されている。見事にリーマ〇ブラザーズと同じ失敗をしていた。


「儲けの裏側にはこういう闇があるもんだ」


 今回のブルースショックによる山田の儲けは、銀行から債権を安値で買い叩けたことも大きいが、それ以上に利益を生み出していたのは、CDS、クレジット・デフォルト・スワップと呼ばれる金融商品のおかげだ。


 そもそもCDSとはお金を貸すときの保険の一種だ。例えば銀行がある企業や個人に一〇〇万円を貸すとする。だがその企業が倒産し、お金が返ってこないかもしれない。


 CDSに加入していると、もし債務者がお金を返せなくなった場合でも、CDSを発行している保証会社から、代わりに一〇〇万円を返してもらえるのである。その代わり銀行は、CDSを発行している会社に保険料を払うのだ。


 これだけ聞くと、ただの保険じゃないかと思うかもしれないが、このCDSは権利だけを買うこともできる。つまりCDSの権利だけを購入し、企業や個人が破産した場合には、自分はお金を貸していないのに、保証会社から一〇〇万円を受け取れるのだ。


 今回の事件に当てはめると、山田はサブプライムローンを返せなくなる個人や企業が大勢出ることを知っていた。つまりCDSの権利を買い占めておいた彼は、大儲けすることができたのである。


 ちなみにだがアメリカでもリーマンショックの際にCDSは活用された。リーマ〇ブラザーズが借金を返せずに倒産することを予想した投資家たちが、合計四〇兆円ものCDSを購入したのである。これにより従業員数が五万人を超える世界有数の保険会社が経営危機にまで陥っている。ブルース領の保険会社は今頃泣き顔を浮かべているはずだ。


「さて、シーザー、君は俺の奴隷になった。つまり君の職業選択の自由は俺のものだ」


 シーザーはゴクリと息を呑む。いったいこれから何を言い渡されるのかが心配で、手が小刻みに震えていた。


「君の特技は……書類上だと戦闘能力が高いとあるが……」

「いいえ、そんなものよりギャンブルの方が――」

「却下だ」

「金を預けてくれれば、次の日には十倍に――」

「論外だ」


 サブプライムローンによって手痛い失敗をしたというのに、シーザーのギャンブラー気質は抜けきっていなかった。


「シーザーには軍人になってもらう」

「……拒否権は?」

「ない。戦争になれば真っ先に戦場へ派遣されることになる。ただ……」

「ただ?」

「俺は戦争をするつもりはないし、未然に防ぐつもりだ。もし戦争になればもちろん戦ってもらう必要はあるが、平時は訓練以外、好きにして貰っても構わない」

「ギャンブルは?」

「常識の範囲内なら許可しよう」

「よし! それならギャンブルで俺の借金を帳消しに――」

「残念だが常識の範囲内のギャンブルで帳消しにするのは諦めろ」


 シーザーの借金は生涯働き続けて、ようやく完済できるような額だ。遊びのギャンブルでとうてい返せる額ではない。


「仕方ないから真面目に働くとするか……その代わりと言ってはなんだが願いがある」

「願い?」

「妹のキルリスをこの城に置いて欲しい」


 シーザーはキルリスが戦争に送られるのを回避するために家を飛び出したことや、安定した生活を望んでいることなど、これまでの経緯を説明する。


「もし迷惑がかかりそうなら出ていくから、キルリスを置いてもらえないか?」

「置くだけでいいのか?」

「ああ」

「いいだろう。家出少女を預かるだけなら大きな問題にもならないだろう」

「そうこないとな」

「ただし城にはシーザーも一緒に住め」

「お、俺もいいのか!?」

「もちろんだ。ただ住むからには家賃分の仕事をしてもらう。城には俺の大切な人たちが大勢いる。お前の力で守ってくれ」

「任せてくれ、エスティア国王。いや、山田の兄貴!」

「あ、兄貴?」

「俺は兄貴のような尊敬できる男に会えたのは初めてだ。俺の兄貴分になってくれ」


 山田は困惑するも忠誠心が高いならそれに越したことはないと、シーザーの要求を受け入れる。エスティア王国に新たな戦力が参入した瞬間だった。


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