第四章 ~『手を組んだ王国とブルース』~
「エスティア国王、どうしてここに?」
ブルースがいるのは軍の中枢ともいえる本陣だ。いくらライザックを倒した男だとしても、そう簡単に辿りつける場所ではない。
「私が呼びました」
「将軍、まさか裏切ったのか?」
「いえ、ブルース様に必要かと思いましたので」
「余計な世話だな。そんなものなくとも敵がわざわざ本陣まで出向いてきたのだ。ここで捕まえれば……」
「残念ながらそれは無理だろうな」
山田は遠くに見える小高い丘に手の平を向けると、魔力の弾丸を放つ。一直線に放たれた魔弾はすべてを飲み込む炎の球体となり、丘をまるごと吹き飛ばし、目に映る景色を変えた。
「俺を捕まえるか、話し合いをするかどちらがいい?」
「話し合いでお願いします……」
ブルースは山田が金融だけでなく、個人としての武にも優れていることを思い出す。もしこの場で戦闘になれば、ブルースに勝ち目がないことは明白だった。
「話し合いの前に状況を整理しよう。ブルース地区は金融危機に苛まれ、領民は借金で苦しんでいる。さらにブルース銀行は経営危機に陥り、倒産する可能性も十分にある。大変な状況だ」
「誰のせいだと……」
「何か言ったか?」
「いや、なにも……」
「ならいい。つまりブルースに勝ち目はなく、俺の勝利は確実だ。そこは理解できたな?」
「ああ」
「ならここからが提案だ。俺と手を組むのならブルース地区を救ってやってもいい」
ブルースは酷いマッチポンプだと思いながらも、提案の内容に興味と警戒心を抱く。人を助けるのは聖人と悪魔だけだが、目の前の男は圧倒的な後者であり、こちらが差し出す条件次第では本当に救ってくれる可能性もあると考えていた。
「条件はなんだ?」
「当然の要求だがブルース軍の撤退だ」
ブルースにとっても勝敗のついている戦争を続ける意味はなく、悩む必要のない条件であるため、首を縦に振る。
「その条件を呑むと、どのように私たちを救ってくれるのだ?」
「手始めにブルース銀行を救済してやる。そうすればブルース銀行から融資を受けている企業も同時に救われる」
銀行が倒産すると債権が野に放たれ、山田のような第三者に買われることになる。銀行以上に債権回収を優先する第三者は多くのブルース地区の企業を潰し、失業者を溢れさせることになるため、救済策としては効果が高い。
「ブルース銀行に俺が無利子無担保で金を貸す。その金さえあれば、経営危機を乗り越えられるはずだし、無理な貸し剥しも抑えられるから、領民の不満も減ることになる」
「それはありがたい」
山田は戦争を回避するためブルース銀行に金融攻撃を仕掛けたが、銀行そのものに恨みはない。優先度としてはエスティア王国の方が上だが、救えるならブルース銀行も救ってやりたいという気持ちが強くあった。さらに無利子無担保とはいえ金を貸すのだから、ブルース銀行は山田の命令に背けなくなる。仮想敵国の心臓ともいえる銀行をコントロールできることは、今後の国家運営に大きく役立つと彼は判断した。
「さらにこれだけだとブルースも不満だろう」
「それはまぁ……」
救われるとはいえ、トータルで見ると赤字なのは間違いない。ブルースにとって、この戦争は損害を受けた悪夢で終わることになる。
「俺は平和主義者だ。十六貴族から不要な恨みを買いたくはない。そこで儲け話もプレゼントしよう」
「どんな方法だ……」
「俺と手を組んで、コスコ公国を占領しよう」
「な、なんだとっ」
山田の提案は同盟を結んでいるコスコ公国を裏切れというものだ。ブルースはその可能性を考えてみたが、首を横に振る。
「コスコ公国との間には和平条約が結ばれている」
「違約金の発生だな。それなら問題ない。すべて俺が肩代わりしてやる」
「魔王領でも負担になるような高額だぞ?」
「問題ない。今回のサブプライムローンのおかげで、大儲けできたからな」
ブルースが将軍に視線を送ると、彼は首を縦に振る。エスティア王国ならともかく、コスコ公国なら負けはない。必ず勝利できる戦争で、しかも違約金は山田が負担するのだ。断る理由はない。
「いいだろう。我が魔王領の力を貸そう」
「クククッ、魔王領とエスティア王国、二つの国がコスコ公国に宣戦布告すれば、戦うまでもなく勝敗は決する。二人でコスコ公国の領土と資産を手に入れたら、仲良く山分けといこう」
山田とブルースはガッシリと握手する。国を跨いだ友情と利害関係が生まれた瞬間だった。