第一章 ~『パン屋と看板商品』~
「本当にパン屋が……」
山田に案内され、フランクとリーゼはアリアのパン屋を訪れる。人通りのない場所にポツリと建てられた建物を見て、商人をしているフランクは信じられない思いに包まれていた。
「こんな辺鄙な場所に店を建てる人初めて見たよ」
「俺もだ」
三人が店内に入ると、アリアが「いらっしゃいませー」と店の奥から声をかける。焼き立てドーナツをトレイに乗せて、姿を現す。
「本当にお客さんだ。山田君、やるじゃない!」
「ふふ、尊敬してもいいんだぞ」
「ささっ、お客さん、私の自慢のパンたちを見ていってください」
フランクとリーゼは店内に視線を巡らせると、不思議そうな表情を浮かべた。
「どうかしましたか?」
「この店、ドーナツしかないの?」
「そうね、本当は色んなパンを置きたいんだけど、山田君が駄目だというの。酷いでしょう?」
「黒字になるまでは我慢しろ」
赤字を垂れ流している店は利益を生むべく、新商品の開発に力を入れることが多いが、本来赤字の店は黒を出そうと考えるより赤をなくす方向で考えるべきなのだ。
アリアの店で販売されているパンは種類がバラバラなため、材料をまとめて購入することができなかった。これにより原価が高くなり、赤字を生み出す要因になっていたのだ。そのため山田は原価を下げるために、パンの種類を最小限に減らすことにした。
「黒字かぁ~本当にできるのかな……」
「できるさ。フランクも協力してくれるよな!」
「仕方ないな。折角の縁だし、お土産の分も買わせてもらうよ」
「そうこないとな」
「ドーナツはチョコレートドーナツだけかい?」
「いいや。チョコレートでコーティングされていないノーマルと、カスタードクリームが入ったドーナツもある」
「本当にドーナツばかりだね」
「狙いがあるのさ」
「狙い?」
「看板商品を作ると、集客に効果があるからな」
美味しいパン屋という噂が広まっても、どんなパンがあるのか分からないため具体的なビジョンが見えない。しかし看板商品があれば、ドーナツで有名な美味しいパン屋として噂になる。ただパンという抽象的な単語で広まるより、ドーナツという具体的な単語で広まった方が効果は高いのだ。
その証拠に現代社会においても看板商品を置いている店は多い。例えばハワイアンカフェは集客のツールとしてパンケーキを全面に押し出しているし、関東を中心に展開している某カフェはチョコクロワッサンを目玉商品とすることで、店の認知度向上に役立てている。
「ドーナツが旨い店として名前が広がれば、他の利益率の高いパンを併売する。最終的には多種のパンが店内に並ぶことになるさ」
「それは楽しみだ。この店が繁盛した暁には、またリーゼと一緒に来たいものだね……リーゼ?」
リーゼは店の端にあるドーナツを食い入るように眺めていた。何が彼女の興味を惹いたのかと、山田は近づいて確認する。
「フルーツドーナツを見ていたのか」
「フルーツドーナツ?」
「他のドーナツより値が張る特別なドーナツだ。ただし味は保証する」
フルーツが飾られたドーナツは、窓際の日が当たる部分に置いてあるおかげか、陽光がフルーツを輝かせ、より美しさを強調していた。
「お父さん、私、これが食べたい」
「でも高いんだろう」
「普通のドーナツよりはな。銀貨一枚だ」
銀貨一枚はパンの値段としては高級品だが、払えないほど高くもない。フランクは考えた末に、娘の笑顔のために購入を決めた。
「領収書をもらえるかい。魔王領は色々と規制が厳しくてね。金の流れは明確でないといけないんだ」
「魔王領?」
「僕らエルフのような魔人が住む国さ」
魔王領は資金が犯罪に利用されていないかを確認するために金の流れの報告義務がある。これにより魔王領では違法な薬物・奴隷・武器の売買を防いでいるのだという。
「たくさん買ってくれてありがとな」
「この店が繁盛したときは、私の商品も買ってくれよ」
「考えとくよ」
フランクとリーゼは両手一杯にドーナツの入った袋を持って店を後にした。アリアは満足気な顔で、店を去る親子の姿が見えなくなるまで眺め続けた。