第四章 ~『リーマンショック始まる』~
朝日が昇った頃、山田は談話室で新聞を読んでいた。報道番組でニュースを知ることもできるが、紙媒体は細部の情報まで知ることのできる良さがある。
「魔王軍は侵攻する気配がないようだな」
新聞の一面にはブルース率いる魔王軍がエスティア王国へと侵攻するべくコスコ公国との国境付近に軍を展開していると記されている。だが彼らは圧倒的な軍事力を持ちながらも、未だにエスティア王国へと足を踏み入れてはいない。
「旦那様、紅茶に砂糖はいりますか?」
「いや、遠慮しておくよ」
「でしたら本日はレモンティーにしましょう」
イリスはティーポットから紅茶を注ぐと、カップを山田に手渡す。彼は手渡された紅茶を啜ると、ほっと息を吐いた。僅かな酸味が口の中に広がり、頭がクリアになっていく。
「魔王軍はまるで何かを待っているかのように攻めてきませんね」
「魔王領からの後方支援が滞っているのかもな」
戦争は補給や人員がなければ始めることはできず、莫大な戦費も必要になる。魔王領も慈善事業で戦争をしているわけではない。魔王領最強のライザックが撤退したことで、戦争に反対する声も大きくなり、円滑に戦争を進めることも難しくなる。
「このまま撤退してくれるとありがたいんだがな」
一対一の決闘なら山田は後れを取らないと自信を持てるが、国対国の戦いともなれば話は別だ。エスティア王国はまともな戦闘ができる人間は少なく、軍隊も国の規模に見合った小規模なものだ。もし王国の軍事力が露呈すれば、魔王軍は一気に侵攻を開始する。故に一刻も早く魔王軍を撤退させる必要があった。
「戦争のことばかり考えても仕方がないか……」
山田は良き知らせを探して心を温めようと、新聞を次々と捲っていく。そして彼はとあるページで捲る手を止めた。
「何か良き知らせでも見つけましたか?」
「魔王領の住宅メーカーの株価が上がっているそうだ……」
業界別の株価推移表には、住宅関連の株価が上昇傾向にあると記され、特にブルース地区に本社を構える企業は急成長を果たしていた。
「なぜ株価が上がるのでしょうか?」
「ブルースは他国への侵略を繰り返している。エスティア王国の前にも、クルルギ神国を滅ぼして支配しているからな」
「でもどうして戦争をすると住宅の価格が上がるのですか?」
「一つは建物が壊れるからだろうな。しかしそれ以上に戦争の勝利によって膨大な土地を手に入れたからだな」
魔王領のブルース地区では土地が余り、捨て値に近い値段で購入できるようになっていた。土地があるなら家を建てたいと希望する者が現れるのも自然な流れで、住宅メーカーの売り上げがの伸びるのも当たり前だった。
「ただその一方で家を買えない貧困層もたくさんいるそうだ」
「ブルース地区は貧富の格差が激しいと聞きますからね」
「そのせいで不満も広がっているとのことだ」
人は周囲と自分を比較する生き物だ。金持ちが夢のマイホームを手に入れている横で、貧困者は野宿同然の生活をしていれば、国中に不満や悔しさが広がってしまう。
「旦那様! 私、魔王軍を撤退させる方法を思いつきました♪」
「どんな方法だ?」
「ふふふ、それはですね。国民に不満を爆発させればよいのです。国内の火種が大きくなれば、戦争どころではなくなりますよ」
「悪くない提案だが、もう一歩足りないな。領内の小さな不満なら貧困者への補償で十分対処できるからな」
「残念です。名案だと思ったのですが……」
「気を落とさないでくれ。きっと他の方法が――ま、待てよ……不満を解消するために動いたブルースを利用すれば……」
「だ、旦那様?」
「お手柄だぞ、イリス。エスティア王国は救われる」
「さすがは旦那様です!」
イリスは期待に目を輝かせる。彼女の期待に応えるように、山田は喉を鳴らして笑う。
「魔王軍を撤退させるだけでなく、大儲けもできる」
「それはどんな方法なんですか?」
「酷いことはしないさ。ただブルース地区の人たちに夢のマイホームをプレゼントしてやるだけさ」
山田の頭にはサブプライムローンとリーマンショックというワードが浮かび、そこから戦略が紡がれていくのだった。