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第三章 ~『イリスへの渇望』~


 公爵との商談を終えた山田は、イリスの待つエスティア王国に帰還するため、飛行船へと乗り込んだ。山田は空の景色を眺めながら、小さなため息を零す。


 外資系投資銀行に勤めていた山田は、ファーストクラスの空の旅を満喫したが、それは豪華な食事と快適な接客によって得られる充足感だった。だがコスコ公国への往路で、隣にイリスがいたことの充足感はファーストクラスの旅ですら得られない、本当の意味での満足だった。


(イリスに会いたい)


 山田の焦燥に応えるように飛行船は予定時刻よりも早く到着し、彼は王城へと荷馬車を走らせる。城門を抜け、戸口へ辿りつくと、そこには透けるような銀髪を輝かせる少女の姿があった。


「イリス!」


 山田は荷馬車から飛び降り、自分の見間違いではないかと銀髪の正体を確認する。そこにいたのは見間違いではなく、イリス本人だった。


「お帰りなさいませ、旦那様♪」

「……外で何をしているんだ?」


 暖かい城の中ではなく、寒空の下、一体何をしているのかと山田が問うと、イリスはハニカムように笑う。


「……知りたいですか?」

「差し支えなければな……」

「照れくさいのですが……旦那様と少しでも早く会いたくて……それで外に……」

「…………」

「えへへ、私、やっぱり変ですよね」

「いいや、迎えに来てくれて嬉しいよ」

「だ、旦那様♪」


 イリスは今まで離れていた時間を埋めるように、山田のことをギュッと抱きしめる。彼もまた心の中の寂寥を埋めるように、彼女の腰に手を回す。


 二人はしばらくの間抱きしめあうと、そのまま城へと戻り、談話室へと向かう。扉を開けると、部屋の中には暖炉の前で火に当たっているレインの姿があった。


「ここでの生活にはもう慣れたか?」

「ぼちぼちなの」

「それは良かった」

「特にこれが面白いの」


 レインは魔道具を起動させ、鏡台に映像を映し出す。放送されていたのは魔王放送局が流しているコメディ番組で、若い男二人が互いにボケとツッコミの応酬を繰り返していた。


「子供でも楽しめる番組を放送できているなら、オーナーとしては喜ばしい限りだ」


 魔王放送局の番組が人気になれば、広告収入が多くなり、ひいてはエスティア王国の利益になる。山田が魔王放送局を手に入れてよかったと自分の選択の正しさを噛みしめていると、突如、番組の内容が切り替わる。報道員が緊急のニュースを知らせるべく、緊迫した面持ちで視聴者の前に顔を出す。


「本日、二つの大きな知らせが当局に届きました。一つは魔王領とコスコ公国が和平条約を結んだとの知らせです」

「和平を結んだのか。予想外の結果だな」


 魔王領とコスコ公国は戦えば魔王領が必ず勝つと断言できるほどに力の差がある。それは和平する必要がないほどの差だ。


「全面降伏し、大国時代の資産を譲渡する条約でも結んだか……いや、それだと和平条約という表現はオカシイな」


 他に考えられるのはコスコ公国に魔王領との力の拮抗を崩すほどの新たな戦力が加わった可能性だ。


「だがそんな奴がいるなら、審査会で姿を見せているはずだ。だとすると……」


 山田の背中に冷たい汗が流れる。和平条約を結ぶ理由は力関係の崩壊以外にもう一つある。それは戦線を複数持たないようにするための、第三の敵の存在だ。


「まさかコスコ公国と戦うことを止めて、エスティア王国へと侵攻するつもりか」


 だがコスコ公国よりもエスティア王国を優先する理由に説明がつかない。


「魔法石が狙いではないでしょうか?」


 エスティア王国はあらゆる魔道具の原料となる魔法石の採掘国だ。狙われる理由としては十分だ。


「だが急ぐ理由にはならない。俺が魔王領の立場ならコスコ公国を占領した後に、エスティア王国を攻めるからな」

「何か急ぐ理由でもできたのでしょうか?」

「そんな理由あるはずが……」


 山田たちの疑問に答えるように、報道員が金髪の男を紹介する。金糸で塗られた紺色の礼装に身を包んだ男は眉根を吊り上げて、視聴者を睨みつける。


「こいつどこかで見たような……」

「旦那様もですか……実は私もです」

「私も知っているの」

「そうか。レインも知っているか――ッ」


 山田は言葉を失う。記憶を失っているはずのレインが男の正体を知っていたからではない。男の顔とレインの顔が瓜二つだったからだ。その驚きを解説するように報道員は言葉を続ける。


「魔王領の十六貴族の一人、ライザック様のご令嬢がエスティア王国によって誘拐されたことが判明しました。ライザック様。コメントをどうぞ」

「私は娘を誘拐したエスティア王国を許さないっ」


 ライザックは娘を救出するためにコスコ公国と和平を結んだことや、エスティア王国を侵略すると決めたことを語る。


「まさか公爵の奴の本当の狙いはこれか……」


 山田は公爵がドラゴンダンジョンを売却することそのものが目的だったのだと悟る。もし山田がダンジョンを攻略できなくても、エスティア王国所有のダンジョンに娘がいるとライザックに告げ口すれば、魔王領の矛先はエスティア王国に向くことになるし、攻略されたとしても娘は山田の手元にいるため同様の事態を引き起こすことができる。


「ダンジョンを買わせた時点で公爵の勝ちだったということか……敵ながらやるじゃないか」


 山田は罠に嵌められた現実に笑みを浮かべる。その笑みは悔し紛れではなく、好敵手との戦いに気持ちを高ぶらせるための笑みだった。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] ダンジョン調査結果報告書で立証可能・・・って認めないし 魔石欲しさかね? [一言] 作者様! ずずぅ~いっと 作品を長期間して下さいね!
[一言] 現状では公国の目論見は穴だらけですよね。 王国側はレインを”保護”した経緯をメディアを通じて発表すればいいだけ。 戦争の前に交渉の余地ありまくりだし、 普通に考えれば公国が自爆するでしょう。…
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