第三章 ~『進軍を始めた魔王軍』~
談話室の鏡台には報道員が魔王軍侵略を知らせる姿が映し出された。このまま進軍速度を維持すれば、三か月以内には全面戦争が始まると、危機感を煽っている。
「うちの国じゃないじゃん」
侵略されているのはエスティア王国の隣国、コスコ公国だった。ユリウスから報告を受けたときは、魔王放送局買収の腹いせに侵略してきたのかと焦ったが、杞憂で終わって何よりだとホッと息を吐く。
「旦那様、コスコ公国が侵略されるのは少々マズイかもしれません」
「国境の問題があるからか……」
魔王領とエスティア王国は国境が接していないため、魔王軍が王国を攻める場合には、橋頭保となる国が必要になる。もしコスコ公国が魔王領に占領されれば、エスティア王国を侵略するための足場が手に入り、王国にとって国防上の問題が生じる可能性があった。
「魔王軍は色々な国に侵略しているが、そんなに強いのか?」
「強いです」
魔王領には豊富な鉱山資源があり、輸出で大きな貿易黒字を出している。さらに占領した国から金品を奪い取り、自国の富としている。この世界では課金額と強さが比例するため、資産を豊富に持つ魔王軍は強力な課金兵を何人も生み出していた。
「コスコ公国はどうなんだ?」
「昔は大国でしたが、今では落ちぶれた弱小国家です」
大国だった時の資産のおかげで何とか亡国を免れているが、主だった産業はなく、赤字を垂れ流している。
「コスコ公国に主要産業はないんだよな。なら魔王領が侵略する理由は、大国時代の貯金狙いか」
「おそらくは――」
「いいえ、それだけじゃないわ」
アリアが談話室の扉を開けて、会話の中に飛び込んでくる。コスコ公国に特別な思いがあるのか目を輝かせている。
「コスコ公国は美味しい小麦が手に入るの。私のドーナツもコスコ公国の食材があってこそ実現できるのよ」
「ですがアリア。小麦の輸出量は多くありませんよ」
輸出品目の中に小麦は含まれているが、全体から見れば、誤差に等しい金額だった。
「大量生産はしてないらしいの。土壌は素晴らしいのに、宝の持ち腐れね」
「勿体ない話だ」
「私、いつかコスコ公国に二号店のパン屋を出すのが夢なの。夢のためにも公国には頑張って欲しいわね」
「だな。コスコ公国には生き残って貰わないと、俺たちが困る」
アリアはパンために、山田は国防のためにコスコ公国には生き残って貰いたい。ただし魔王領を超える力を持たれると、それはそれで困るため、ほどほどに疲弊してくれるのが望ましかった。
「そういえば新婚旅行がまだだったな」
「だ、旦那様!?」
「コスコ公国、一度行ってみるか?」
「は、はいっ♪」
イリスはニコニコと笑みを口元に張り付けながら、旅支度を始める。山田自身も楽しみだと、嬉しそうに笑うのだった。