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第二章 ~『初恋の相手』~


 イリスの初恋は九歳の時だった。相手は学校一の人気者だと彼女は記憶している。スポーツが得意で、勉強もできる彼は、美しい黒髪の持ち主だった。


 イリスはその男の子と話したことすらなかった。いつも遠くから眺めているだけで幸せだった。


 だがある日、そんな彼から一通の手紙が届く。中にはイリスへの愛の言葉と、放課後に校舎裏へ来てほしいと書かれていた。


 淡い恋心を胸に、イリスは校舎裏へと向かった。男の子はそわそわとしながら、イリスを待っていた。これから告白しようというのだ。落ち着かないのも無理はない。


「ごめんなさい、待たせましたか?」

「いや、待って――」


 男の子はイリスの顔を見ると、不機嫌そうに眉を吊り上げる。そして何かに納得したようにため息を吐いた。


「俺としたことがミスしたな」

「何を言って……」

「俺は妹の方に手紙を出したんだ。てめえじゃねえよ、このブス!」


 イリスは突然の事態に頭が追いつかなかった。なぜ初恋の相手に罵倒されているのか理解できなかった。


「それにしても普通来るかね。俺のようなイケメンがてめえのようなブスに惚れるはずないことくらい容易に想像つくだろ」

「う、うぅ……」


 イリスは気づくと泣き出していた、淡い恋心は砕け散り、自分がブスだということを自覚した瞬間だった。


 イリスが一五歳になった頃、自分が世間からブス姫と呼ばれていることを知った。


 美しい妹と比較されることも増えた。エスティア王国の伝統では、長女であるイリスとの結婚相手が次の王になるのが慣例だ。だが大臣たちの中には美姫であるアリアこそ優遇されるべきだと口にする者もいた。


 そもそも自分は一生独身だろうから、王位なんて関係ない。そう思っていたイリスだが、彼女に転機が訪れる。


 隣国の王子がイリスと結婚したいと申し出たのだ。三男である王子と長女であるイリス。本来なら釣り合いが取れない両者だが、イリスは自分を愛してくれる者がいることを素直に喜んだ。


 隣国の王子がイリスと初めて会ったときだ。彼は突然嘔吐した。イリスにとって初対面の相手が嘔吐するのは珍しい経験ではない。三国一のブス姫と称される彼女の醜さに、強い拒絶反応が現れる者が見せる反応だった。


 だが王子の口にした「人の価値は髪色ではなく、心の清らかさですから」との言葉にイリスは救われた気がした。


 王子との逢瀬はイリスにとって幸せな日々だった。王子は「結婚してからにしよう」と手すら繋がなかったが、彼の恋愛に対する真面目な性格に惹かれ、イリスは彼に恋をしていく。


 だがその恋は思わぬことで砕け散る。イリスは関係を前に進めたいと、自分から王子と手を繋ごうとしたのだ。王子の手に指先が触れる。すると彼は強い拒絶反応を示し、トイレへと駆け込んだ。


 聞こえてくる必死に手を洗う水の音と、嘔吐する声。そして「気持ち悪い、気持ち悪い」という王子の悲痛な叫び。


「いくら金持ちの姫でも、あんなブスと一緒にはいられない」


 そう言い残して、王子は隣国へと帰っていった。結局彼はエスティア王国の王座が欲しかっただけなのだ。


 もう二度と恋はしない。そう誓ったイリスの手には再び男の手が握られていた。


 今まで見たこともないような純度の濃い黒髪を持つ少年の手だ。少年の名前は山田。イリスの婚約者だ。


 イリスは山田と共に、城下町を歩いていた。端正な顔立ちと美しい黒髪はすれ違う人々の目をひくが、それ以上にイリスと山田の両者の容姿の落差があまりに大きいことに人々は驚いて振り返る。


「この辺りは大きな家が多いな」

「富裕層が住んでいる区画ですからね」

「金持ちが広い場所を好むのは、この世界でも一緒なんだな」


 山田が楽しそうに笑う。イリスはその笑顔が眩しくて、直視することができなかった。


「本当に私と結婚してよかったのですか?」

「イリスは美人だし、金持ちだし、それに何より俺を養ってくれるんだろ。こんな好条件、蹴る馬鹿はいないよ」


 山田が嘘を吐いていないことが、彼の態度や仕草から伝わってくる。それが嬉しくて、ついつい頬が緩んでしまう。


「何か嬉しいことでもあったのか?」

「いえ、ただあなたと一緒にいられることが嬉しくて♪」

「そ、そうかぁ」


 山田は気恥しいのか、照れ隠しのために赤く染めた頬をかく。抜群の容姿を持つ少年とは思えないほどに初々しい反応だ。そんな彼が愛おしいとイリスは心の底から思えた。


「愛していますよ、旦那様♪」


 こんな醜い自分を愛してくれた少年を大切にしようと、イリスは握る手に力を籠める。彼も気持ちは同じなのか、イリスと同じように強く手を握り返した。


「私、とっても幸せです♪」


 イリスは山田の嫁になったのだと自覚した。そして自分を選んでくれたこの武骨な少年を愛し続けると心に誓うのだった。



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