その男、侍女の苦労を知る 其のニ
翌、俺はマダムの住む家に向かっていた。
この村は、都市部から結構離れた場所にあり、いわゆるド田舎と呼ばれる部類に入る。
人口も三桁未満と超少数で、そのため土地が村の規模に反して有り余っている。つまり、纏まった土地が安く購入できるというわけだ。
前置きが長くなった。要するに、俺が言いたいことは、
「なんだよ……この屋敷……」
役所から歩いて十分ほど離れた場所に、目的地はあるわけだが……その家の大きさを見て絶句した。
村の土地の一割をこの屋敷占めている事は知っていた。役所に書類が提出されているからだ。しかし、実際にこうして目の当たりにするのは初めてで、こうして改めて見てみると……掃除したくないなぁ……。
「はぁ……やるしかないか……」
意を決して、俺はその巨大な門に取り付けられたベルを鳴らそうと、手をかけた。
「あら、時間ピッタリじゃない」
鳴らそうとしたら、マダムが門から姿を現した。
普段から真っ黒いドレスを身に付けお洒落しているのだが、今日は更に宝石を散りばめられたネックレス等をして、更に着飾っている。
「あ……お出掛けですか?」
「ええ、今日は"ドルチェ"で私の父が主催するダンスパーティーがあるの」
ドルチェは、ファンタジアの貴族が集中して暮らしている大都市だ。土地代はアホみたいに高いが、非常に住みやすいと好評の都市である。
誰もが一度は暮らしてみたいと憧れの地だ。
「あ、そうっすか」
「だから、私はいないけど仕事はしっかりとしてくださいな」
「……はい」
「庭は専属の庭師がいるから手を入れないで、あなたは屋敷の中をお願い……あ、そうそう。使用人の部屋は何もしなくて結構よ」
少し掃除する箇所は減ったものの、そんなのはネズミかハムスターかの違いだ。要するに、大した差はない。……ところで、ネズミとハムスターって何が違うんだろう?
「戻ってくるのは明日のお昼くらいだから、よろしく頼むわね」
そう言って、俺の横を通り過ぎ、気が付いたら背後には恐らく送迎用であろう立派な馬車が待機していた。
「はぁ……。死にて」
落胆し肩を落とし、深く溜め息を吐くしかなかったのだった。
***
「すっげぇ……」
屋敷の内装はあまり派手なものでなく、暗めの色で統一し、落ち着いた雰囲気を醸し出している。
床に敷かれた絨毯は、踏むと五センチほど沈み込む。すげぇや。
「ところで、掃除用具は何処にあるんだろう……?」
相手は俺の事を魔法使いだと勘違いしている。だから間違っても俺の愛用する掃除用具を持ってくるなんてできない。
家に取りに帰るというのも一つの方法だが、面倒くさい。
この屋敷で暮らす者は皆、魔法使いじゃない筈だから、どこかしらに箒とか塵取りとかバケツとか雑巾があると思うが……。
と、周りを見回すと……
ガタッ!
と外で何かが落ちる音がした。
「うおっ! ビックリした~」
屋敷が無駄に広く、そして全体的に少し薄暗い。おまけに俺一人しかいないため怖い。いや、魔法がある国なんだから霊的な物があってもおかしくないし……ねぇ?
「一応確認しとかないとな」
と、これまた立派なマホガニー製の大きな扉を開けると
「あ、俺の掃除セット」
モップと箒、塵取り等々、俺が普段使っている掃除用具がバケツの中に納められて置いてあった。
「リンゴか……」
今回みたいに大変な仕事の時は流石に、リンゴもこっそりとサポートしてくれる。本人は気付いていないようだがバレバレだ。
これが世にいうツンデレというやつか。
「ふっ」
ニヒルな笑みを浮かべ、キメてみる。
そこまでするんだったら誤解を解くのを手伝えよ、と。
「あ~……やるしかないかぁ」
***
口ではめんどくさいだの、やりたくないだの、リンゴウザいだのと言ってはいるが、俺は実は掃除は割と好きだったりする。
俺の家はあまり広くなく、かつ物が必要最低限しかないため正直マンネリ化していた。が、屋敷規模になると掃除する場所が大量にあるため次から次へと掃除する箇所が出てきて楽しい。
「ふ~ん♪ ふん♪ ふふ~ん♪」
鼻歌を歌いながら、手際よく、てきぱきと。
侍女がいない間、マダムはどうやって飯とか食っていたのか気になっていたのだが、どうやら彼女は生活力はある程度あるみたいだ。
台所を掃除して気付いたのだが、数時間前に料理をした形跡が残っていた。彼女はなにもできないただの金持ちというわけではなく、きちんとその辺の教育も受けていたということがうかがい知れる。
俺の為にわざわざ飯まで用意してくれていたし、マダムは結構いい奴なのかもしれない。
「おっ! やってるねぇ~」
お手洗いを掃除していたら、リンゴがカラカラと笑いながらやって来た。
「ふ~ん♪ ……ってリンゴ?!」
全く気付かなかった。結構大ボリュームで鼻歌を歌っていたから聴かれたかも……。
「しかも超ノリノリだし。……で、どう? 掃除は捗ってる?」
「ま、まあな。けど、もともと綺麗だったから少し物足りないくらいだ」
これは強がりでも何でもなく、本心だ。
ここのお手伝いさんは結構優秀だ。これだけの規模でありながら、汚れを最小限に留めているのだから大したものである。
「お前の家のほうが、よっぽど汚いぞ」
「なっ! なんて失礼な事を!」
以前リンゴの家に遊びに行った時、そのあまりの汚さに絶句したもんだ。
物は散らかり放題、ゴミ箱ではゴミが溢れ、食べたあとの食器は放置。おまけに布団も出しっぱなしで、不衛生この上ない。
「あの日は部屋の掃除で一日が過ぎたからなぁ」
リンゴには"女子力"というものが涸渇している。
「お前、少しは女子力を身に付けないと一生独身になるぞ?」
「なっ! ちょっと今日は失言が多すぎだぞ!」
今度は本気で怒ったようだ。
「ユウイチは、女子力低い女は駄目……?」
少し涙目になり、もじもじしながら訊ねてきた。
「なんで俺が出てくるんだよ……。まぁ、お前みたいに生活力皆無なのはアウトだな」
そう言うと、顔を真っ赤にして、
「ゆっ、ユウイチの、バカぁっ!!」
と叫んでどこかへ行ってしまった。
「変なやつ」
それだけ言うと、掃除を再開した。