その男、 侍女の苦労を知る 其の一
長くなりそうなんで分けます
「ユウイチ!」
休日に庭をいじっていたら、不意に後ろから声を掛けられた。
ああ、この声は……、
「リンゴか」
振り向かずに、そのまま作業を続ける。
去年自宅の裏庭を拡張して、小さいながらも家庭菜園を始めたのだ。趣味のレベルだが、意外と食費の節約に貢献している。
「ちょっと反応薄くない?! 私みたいな美少女が話し掛けたんだよ? ちょっとは嬉しがりなよ」
自分で美少女って言っちゃいますか……。
まあ、確かにリンゴは美少女と言えるレベルの容姿を持っている。
リンゴのように赤い髪は、彼女のトレードマークのようなもので、普段はポニーテールに結っている。
肌はこの前採ってきたお月見草のように白く、瑞々しい。
街で見かけたら十人中十人どころか百人近く振り返るだろう。
「嬉しがられたければ、俺の誤解を解いてくれよ」
そう、リンゴは俺と同じ役所に勤務している一般人だ。
だから彼女は、俺が魔法使いでないことを知っているのだが、"面白いから"という理由で村人と一緒になって勘違いしているふりをする。
要するに、こいつは性格ブスなのだ。
「へへーん、やだね~。こんな辺境の村なんだから、面白味の一つでも無きゃやってられないよ」
因みに、俺が魔法使いとしてお願い事を叶えている間と、俺が休日の日はリンゴがシフトで宣伝番をやっている。そこまでしてくれるんだから誤解を解けよ。
「で、何の用だ?」
「ん~。"魔法使いさん"にお願いだってよ」
魔法使いさん、に何か含みのある言い方をした。
まあ勿論含んでるんだけど。
「魔法使いさんは週末に週末に来るってその依頼人に――」
「今日は魔法使いさんはお休みでしょ? だから明日もう一度来るように伝えたから」
俺の台詞を遮って、リンゴは話を続けた。
「おい話を聞けよ」
「じゃあ魔法使いさん。よろしくね♪」
後半は完全にリンゴが会話の主導権を握っている。まあいつもの事だ。
「はぁ……」
また明日も説明をしなきゃいけないのか。
***
「こんにちは魔法使い」
ぼー……っと番をしていたら、性格のきつそうなマダムが現れた。
お昼を過ぎても件の依頼人は来ないから、今日誰も来ない平和な一日になると胸を踊らせていただけに、ショックは大きい。
確かこのマダムは、結構有名な貴族の人間だったっけ。
都会の暮らしに飽きたからとかでド田舎に引っ越してきたって聞いたけど。
「あ……どうもこんにちは。それと俺は」
「早速だけど、仕事を依頼してよろしくて?」
うわー、人の話を最後聞けよ。
「仕事の依頼ですか? でしたら役所で依頼書を貰いに……」
あくまで愛想良く、笑顔笑顔。
頬をひくつかせながらも、なんとか笑えているみたいだ。多分。
「はあ? 貴方、魔法使いでしょ? 何でわざわざ依頼書なんか書いて掲示板に載せなきゃいけないのよ?」
「いや、ですから俺は魔法使いじゃない……」
「あー。そういうのいいから。あんた魔法使いじゃないって謙遜してて村人から評価上げてるみたいだけど、私からみたらそれ、すっごくウザイの。いるわよねー、よくクラスに一人そういう子。だいたいぶりっ子で、愛されキャラを演じてるみたいだけど。私の目は誤魔化せないわよ」
な……なんだこのババァ。今までに無いタイプだぞ。
「あの! ですから俺の話を……」
「五月蝿い! これじゃ埒が明きやしない。いい? お願いしたいことは、明日家の掃除をお願いしたいの。メイドが一週間の旅行に出掛けてるから、人手足らずなのよ!」
「そ、それは魔法を使わなくてもできる事じゃ……」
「はぁ? 何でこの私がそんな侍女みたいな事をしなきゃいけない訳? それに魔法を使えば一瞬でしょ? 何のための魔法使いなのよ?!」
わかったわね? と威張り散らして、マダムは帰っていった。
「う……うっぜぇぇぇぇぇ‼」
マダムが十分に離れていった後、その怒りを掲示板に思いっきりぶつけた。
「なんなんだよ! あいつ! 人の! 話を! 聞け! だいたい! メイド無しで!掃除が! できないなら! こんな村に! 来る! な!」
具体的には、"!"一回につき掲示板の柱を一回蹴り飛ばすくらいに。
「だから俺は魔法使いじゃねぇって言ってるだろー‼」