その男、魔法使いに非ず
――どうしてこうなった?!
今、俺の目の前にはゴブリンがいる。
体高七十センチほどで、鬼のような顔をしている。
浅黒い肌、腰に巻いたぼろ切れ、黒ずんだ棍棒。どれをとって見ても、小さい頃に読んだ絵本に出てくるゴブリンそっくりだった。
「ココカラサキ、オレタチノ、ナワバリ。オマエ、ハイルナ」
片言だったので理解に苦しんだが、ようは"今すぐ立ち去れ"という事らしい。
「いや……あの、俺はあなたたちの縄張りを荒らすつもりはないんです」
これは本当の事だ。俺は、ゴブリンの縄張りの先にあるものを求めてここまで来たんだ。
「ダマレ! ニンゲンフゼイガ、オレタチヲ、ダマシテルツモリカ?」
目の前のゴブリンは、棍棒を上段に構えそのまま大きく跳躍した。
筋力が人間の比ではない彼らは、身体能力も尋常で無いほど高く、
普通の人間ならまともに渡り合う事もできない。
"魔法使い"なら――。
魔法使いならゴブリン程度、一瞬で倒せるのに……。
だけど、俺は魔法使いじゃない。
そう、
「だから俺は魔法使いじゃねぇって言ってるだろー!」
俺の唯一の武器であるシャベルを手に、ゴブリンとの死闘が始まった――‼
***
話は二日前に遡る。
でもその前に、俺の住む国の話をしなくちゃな。
俺の祖国の、"魔法大国ファンタジア"は、魔法で繁栄を続けてきた世界でも指折りの大国だ。
この国では、魔法を使えるものは、使えないものを奉仕するということが美学とされている。
そんな魔法使いを宣伝したり、魔法使いにお願いをするために掲示板がある。
俺はその掲示板の管理をする番――魔法使い宣伝番をやっている。
だけどこの村の人たちは、ただの人間である俺、ユウイチを魔法使いと勘違いしている。
そりゃ、見た目は魔法使いっぽいけどさ。
だから皆、掲示板を使わないで俺に仕事を依頼してくる。
昔っから説明ベタな影響でか、魔法使いじゃないって何度も説明しても、皆理解してくれないし、むしろ益々信じちゃっている。
この前だって、
『魔法使いのお兄さーん!』
と、近所に住む五六歳の女の子に、仕事を頼まれてきた。
『いや、俺は魔法使いじゃないよ』
その子はまだ、掲示板を使った事がない。だから、この子から誤解を解いていこう。
『え? でも、おじーさんやおばーさん、ママやパパも、"掲示板の魔法使いさんは立派な人だ"って言ってたよ? お兄さん、偉いんだね!』
と、目を輝かせて喋ってきた。
『う……』
こんな純粋な子に、俺が魔法使いじゃないと言ったら傷付くかもしれない。ましてや、説明ベタな俺が否定したら、彼女にもっと悪い印象を与えてしまうかもしれない。
そうしたら、彼女は人間不信になってグレて非行に走って……あわわわ。
『な、何かお仕事を頼みたいのかな?』
結局、俺が魔法使いを装うしか無い。
どうせ、簡単な仕事だろう。
だけど、彼女の依頼は俺の想像を遥かに越えていた。
『うん! ママのお誕生日に、"お月見草"をプレゼントしたいの!
』
『え"』
お月見草は、人の手が届いていない、綺麗な水と空気のある場所でしか育つことが出来ない貴重な花だ。
この近くだと、"アバンティー高原"に咲いているハズだ。
だけど、アバンティー高原に行くには、途中にあるゴブリンの縄張りを突破しなければならない。
『魔法使いのお兄さんなら、箒でひとっ飛びだよね!』
ヤバイ。もう後には引けない。
『う、うん。そうだね』
『ママのお誕生日、来週なの。それまでには間に合うかなぁ』
『た、多分大丈夫だと思うよ……』
『そっか! じゃあお兄さん。よろしくね!』
***
それで、今に至る。
「シネ!」
ゴブリンは、上段に構えた棍棒を力一杯に降り下ろした。
「くッ!」
それをシャベルを水平にして受け止める。
鉄製なので、耐久性に関して言えばこちらの方に分がある。
ゴンっ! と鈍い音が鳴る。
しっかりと力を込めて受け止めたが、それでも衝撃で少し後ろに下がった。
「オマエ、ナカナカヤルナ」
ゴブリンは後ろに回転しながら跳躍し、一旦俺と距離をとった。
「そう思ってるのなら、道を開けてくれません?」
「ソレト、コレトハ、ハナシ、ベツ。イノチ、オシケレバ、サレ」
「交渉決裂、か。……なら俺も、全力でいかせてもらうぞ」
今度はこっちから攻めに出る。
隙の大きい構えは出来ない。何故なら、俺の持つシャベルは大型で、振り回せばその分懐が手薄になるからだ。
「うぉぉぉぉぉおおおお!」
全力で叫びながら、横凪ぎで一撃。
「フンっ!」
ゴブリンは身体を反らしてそれをいなす。
「まだだッ!」
今度は突き、それも避けられたから今度は下から上へと突き上げた。
「ヨっト」
ゴブリンは、突き上げたシャベルの威力を降り下ろした棍棒で相殺した。
相討ちか、と思いきや、尖ったシャベルが、木製の棍棒に突き刺さってしまった。
さすがのゴブリンでもこれは想定外だったようで、対応が一瞬遅れた。だが、その一瞬が命取りだ。
棍棒ごと奪い取る勢いでシャベルを引き戻したら、案の定棍棒も付いてきた。
「ア……」
棍棒を奪い取られたショックでか、ゴブリンは口を開けて呆然と立ち尽くす。
「喰らえッ!」
そのマヌケ面を、シャベルのグリップで思いっきり殴った。
自分でもビックリするほどの威力が出たようで、ゴブリンは鼻血を噴出させながら真後ろに卒倒した。
それで、ゴブリンとの死闘は幕を閉じたのだった。
***
「ふぅー……。なんとか手にはいったな」
今俺の手には、お月見草が一輪握られている。
ゴブリンの縄張りを通っている間も、他のゴブリンに襲われるようなことは無かった。それどころか、道中ゴブリンが俺を見かけると、そそくさと逃げ出す始末だ。
アバンティー高原のお月見草は、今が一番咲き誇る時期だったのか、辺り一面が純白の絨毯のようだった。
「あ、お兄さーん!」
村の門では、依頼人の女の子が俺を待っていた。
「え! もしかしてずっと待ってたの?」
確か依頼されてから四日は経過してるハズだ。
おまけに日も落ちてきている。小さな子供にとって、暗いところにいるのは怖いに決まっている。それでも待ち続けたのは、母親にお月見草をプレゼントしたくて堪らなかったのだろう。
「うん!」
「そっか。はい、これ」
そう言って、手に持っていたお月見草を女の子に手渡す。
「わあ! ありがとう魔法使いのお兄さん!」
余程嬉しかったのか、跳び跳ねながら家に帰っていった。
その姿はとても微笑ましく、俺も苦労した甲斐があったってもんだ。
だけど、これだけは言わせてくれ。
俺は大きく息を吸い込んで、
「だから俺は魔法使いじゃねぇって言ってるだろー‼」
誰も聞いてくれない、悲痛な俺の叫びが夜空に響き渡った。