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今から200年ほど前、魔石産業革命が起こったことは周知の事実かと思う。
一般的に魔石革命と呼ばれるそれは、その以前と以降で人々の暮らしを大きく変えた。
(中略)
だが、この革命はとある島から産出された、メモリーズコアという魔石が原因というのはご存知だろうか?
コアを解析し、デバイスを発明したことがきっかけで革命がはじまったとされる。革命は生活水準を上げるだけではなく、『誰でも手軽にスキルを使える』ことが冒険者達に大きな恩恵を与えたのである。
だがこれにより、スキルはその在りようを大きく変えた。自らスキルを編み出そうとする者はいなくなり、複製されたコアに頼りきりとなってしまったのである。
(中略)
革命以前は今よりもはるかに多くのスキルが存在していたと言っても、信じてくれる者はいるだろうか。
カショウ・ホワジャオ著「魔石革命の光と影」より抜粋
◆ ◆ ◆
随分と入念な作戦会議で時間がかかってしまった。
一行はエリアボスのゴーレムがいる部屋へと入っていく。その物体は前にオレガノ達が見た時と全く変わらない姿勢で、静かに待ち構えていた。
「あらあら、大きな体」
「近くで見ると確かに大きいわね。大丈夫なの?」
「ま、何とかなるだろ…心配してくれるサフランもへえええええ!」
奇声を上げながら敵に突っ込んでいくクローブ。オレガノとアニスはあっけに取られたようで、1歩遅れて向かって行った。
「もう…変なこと言わなかったらそれなりに…」
「それなりにカッコいいのにねぇ」
「ち、ちがっ!」
このパーティー、全体的に緊張感がない。
先に突っ込んでいったクローブにゴーレムが反応し、大きな拳を叩きつける。それに合わせるように青い光を纏いながら『裂砕拳』を打ち、ゴーレムの腕が大きくはじかれた。
「ふう…やっぱスキルを使わないと押し切れなさそうだな」
敵の攻撃を攻撃でねじ伏せるのが彼の戦い方みたいだ。彼もオレガノと負けず劣らず無茶をする。
「花霞:満開!…ちっ、斬撃系スキルは効果が薄いな…」
「続きます!はあっ!」
先ほどからちまちま攻撃していたオレガノは、大きく後ろに後退しながら剣を鞘に収めるとペンダント型のデバイスを取りだした。
元々装着していたコアとポーチから取り出したコアを入れ替えているようだ。
一方で、アニスはクローブがはじいた方とは反対の腕を、振るわれる前に打つ。『金剛打』
これにより両方の腕が開き体が無防備になった。
「………ファイアーバースト!」
詠唱を終えたサフランの杖から火の玉がゴーレムの頭上へと放たれ、着弾と同時に大きな爆発が起こる。
ゴーレムの足元では、コアを装着し終えたオレガノがいつの間にか移動しており、人で言えばふくらはぎを押し上げるように拳を突き出す。「巨人崩し!」
3人の攻撃と、今の一撃でゴーレムは大きな音を立てながら背中から倒れてしまった。
「………アイスフォール。あらあら、ちょうどよかったわぁ」
倒れたゴーレムの上空に氷塊が生まれ、大きな質量がゴーレムに追い討ちをかける。
今のように魔法は適正と詠唱という制約があるが、敵の弱点を臨機応変に突けるのが大きな魅力である。
ちなみに彼女達は魔法名を口にしているが、そこまでが詠唱の一部で魔法名を言う必要があるのだ。
つまり仕方がないのである。オレガノは仕方がない子なのである。
容赦ない攻撃で体に亀裂を生じさせながらも、疲れを知らない様子で立ち上がるゴーレム。
「ま、これだけでは倒せないよな」
「何度だって繰り返すわよ。みんな、まだいけそう?」
「「「大丈夫だ(よ)」」」
三者三様に応えを返し、構える。
ゴーレムは手を組むようにして両手で振り下ろす。
オレガノへ向かった大きな塊は、彼を捕らえることはできずに地面を叩きつけるだけに終わる。
クローブは振り下ろされた腕を伝っていき、敵の頭部に『ドロップキック』を叩き込む。蹴った反動を利用して更に上へと飛び上がり、頭上から『三点掌打』。
ゴーレムはクローブの攻撃に怯みながらも、払うように手を振る。
彼は先ほどのスキルの三打目をゴーレムの手に向け迎撃しようとしたが、空中では踏ん張りが聞かずに飛ばされてしまった。
「………ロックショット!シャロ、お願い!」
「はぁーい。………ファストヒール」
「お、サンキュー」
クローブが攻撃を受けたことで彼の身を案じながらも、魔法の詠唱を唱えきるサフラン。回復魔法を受けたクローブは大したダメージではないと言いたげに手を大きく振る。
それを見て安心したのか、強張っていたサフランの表情が和らいだ。
一部でほのぼのとした空気が流れたが、戦いはまだ続いている。
オレガノは敵の足に輝く拳を叩きつける。「ストロングフィスト!」
体重を掛けていた足に攻撃をくらい、一瞬だけゴーレムの動きが止まった。
「そこです!」
大きく飛び上がったアニスは、オレガノが作った隙を逃さずにゴーレムの体へ槍を振るう。『飛鳥落』
スキルの勢いをそのまま利用して回転攻撃。『旋風操打』
彼女は事も無げにスキルを繋いでいるが、実際に出来る者はそう多くない。
スキルを使うと『ディレイ』と呼ばれる硬直がおこり、一時的に体が動かなくなってしまうのだ。
クローブが使うような体術系スキルならディレイも短くスキルを連発できるのだが、それ以外の武器を使ったスキルなら一部の例外を除けば、ディレイを無視することは至難の技だ。
メモリーズコアを使わなかった時代はディレイもなかったらしいのだが、現代においてアニスがしているのは、スキルとはまた別の高等技術なのだ。
「今よ!………ファイアーボール!」
「さっきのお返しだ!」
「わ、私も!」
「花霞:満開!…もう1つ、花霞:散華!」
連続でスキルを使うという離れ業をやってのけた彼女の攻撃で再びゴーレムは地に伏せた。
そこへサフランが短い詠唱ですむ魔法を使い敵を地面に縫いとめた。
ここぞとばかりにクローブが敵の上に乗り拳を叩き込む。アニスやオレガノもこれで終わりにさせようと攻撃を繰り出す。
青い光が舞い散る光景は戦場であることを忘れるほどに美しい。
ゴーレムが起き上がろうとする度にサフランやエシャロットの魔法で妨害し、一方的に攻撃を続ける。一体何度攻撃を繰り返しただろうか、遂にその巨体が光を放ち消えていった。
今の戦闘で疲労はそれなりにあるようだが、全員無事のようだ。
「や、やりました…ふう…」
「ふふ。お疲れ様、アニス」
地面にへたり込むアニス。それを笑顔で労うサフラン。どうやらこの戦闘で絆が芽生えたようだ。
「サフラン、さっきはよく詠唱を途切れさせなかったな。偉いぞ」
「ふ、ふん!もう同じ間違いはしないって言ったでしょ」
クローブが攻撃を受けた時の事を言っているのだろうか、サフランの頭を撫でながら褒める。
彼女は強がっているが、耳まで真っ赤だ。クローブはデレデレとだらしない笑みを浮かべている。
「でも、やっぱ2人増えると思ったより楽だったなー」
「うふふ、そうね」
「特にアニスのフォローが上手かった。初めて会ったとは思えないほどの連携だったぞ」
「そうね。後ろから見たらそれがよく分かったわ」
「えへへ、それだけが取り柄ですから…」
「そういえば、俺達のパーティー名を紹介するの忘れてたな。『ランドオブグローリー』って言うんだ。
今メンバーを募集してるんだけど、よかったら俺達のパーティーに入らないか?
いや、入ってくれ!今の戦闘でビビッときた。俺には君が必要なんだ!」
健康的な白い歯をキラリと光らせるクローブ。
この爽やかな笑顔を見れば、今までの変態的な姿を忘れてしまいそうだ。
「なにこの人…怖い」
「ガーン」
崩れ落ちるクローブ。今の姿からは、先ほどの爽やかさを忘れてしまいそうだ。
「なに馬鹿なこと言ってるのよ…」
「でも、ライバルが増えなさそうで安心したーって顔してるわよぉ。つんつん♪」
「つ、つんつんするなっ!
……でも、メンバーを募集してるのは本当よ。
今のままじゃこいつにばっかり負担がかかってるもの。2人とも前衛だし、歓迎するわよ?」
「いいんですか?サフランさんもエシャロットさんもいい人みたいですし、オレガノさんも入りましょうよ!」
「あれ?俺は?」
「…俺はいい」
「えーっ、そんなこと言わずにお邪魔しましょうよー」
「俺は1人で塔を攻略する必要がある」
「え、俺は?無視?」
発言が流されすぎていじけだすクローブ。
「もしかしてあんた、『夢見心地』のオレガノ?」
「あれ、知ってるんですか?」
「ええ、この塔の伝説を信じてるって噂の人物よ」
「伝説…ああ、それで1人で…」
「そういうことだ。俺は1人で行く」
話は終わったとでも言うように立ち去ろうとするオレガノ。
今までこの話が出てくると馬鹿にされる経験しかしていなかったから、彼の行動も当然といえよう。
「ちょ、ちょっと待てって!1人で攻略したいのは分かったけど、あんたも50階まで行くつもりなんだろ?俺達の行き先も同じなんだから、途中まで一緒に行けばいいじゃん!」
ショックから立ち直ったグローブが慌てて引き留める。
「そうよ。ここで分かれても、どうせどこかでまた鉢合わせるわよ」
「そうなったら格好が付かないわねぇ。うふふ」
「うっ…分かった」
正論過ぎて何も言い返せないオレガノ。ダサい。
「じゃあアニスはメンバーとして、オレガノも途中までよろしくな!」
「はい。よろしくお願いします」
「じゃあ、私のことはサフランって呼んでね。あと丁寧な口調もしなくていいわよ。
私達、な、仲間なんだから…」
「かっ、可愛い…!」
「だろう!?」
「うふふ、私もシャロでいいわよ。仲良くしたいわぁ」
「はい。サフランも、シャロもよろしくね」
「あれ、俺は?」
2人との仲が深まり、お日様のようにほほ笑むアニス。
こうしてオレガノはアニスに加え、『ランドオブグローリー』の三人組と、50階を目指し行動を共にするのだった。
魔法の行使は三点リーダー3つと魔法名で表すことにしています。全て三点リーダー3つで詠唱としていますが、全ての魔法が同じ長さの詠唱文というわけではないです。