6
頭に叩き込んだ地図を頼りに、30階まで登りつめたオレガノとアニス。まだ相手にしないといけないという程のモンスターもいないようで、上への階段を求めて走っていく。
しかし広めの部屋へ入った途端、遂にその足を止めることになった。
「これがエリアボス…初めて見ました」
何故ならそこには巨大なゴーレム、エリアボスがオレガノ達を待ち受けていたのだ。
エリアボスとは出現する場所、倒されてから再度出現するまでの期間が決まっている、特殊なモンスターだ。戦闘力も高く、オレガノくらいのレベルの者なら4~5人で倒すべき相手だ。更に、エリアボスが出現している間は先へと進む扉が閉まっており、迂回路もないので倒さないと前へ進めないようになっている。
「どうします、オレガノさん?て、あれ!?」
アニスが見たものは、一目散に後ろの出入り口へ戻っていくオレガノの後姿であった。無茶な戦い方をする彼でも、さすがに無理らしい。
「も、もう!逃げるなら逃げるって言ってくださいよ!ま、まさか私を囮にしようと…?」
「…その発想はなかった」
「考え付かなくていいんです!…つ、次からやりませんよね…?」
「どうだろうな」
「そ、そんな…………私、絶対に逃げますからね!オレガノさんが戦おうとしてても絶対に逃げますからね!」
オレガノとしては適当に返事をしたつもりだったのだが、悪い方に解釈したアニスは念押しするように詰め寄る。
彼オレガノはどうでもいいとでも言いたげにアニスを無視し、部屋の外で膝を抱えて座り込んだ。ぶすっとした顔でやると実にシュールだ。
「ど、どうしたんですか?もしかして、調子悪いんですか?」
「休憩だ」
「きゅ、休憩って…」
首をかしげながらもオレガノに倣い座り込むアニス。どうやら、エリアボスが気になるみたいでチラチラと部屋の中を覗き見ている。だが、部屋の奥にいるエリアボスはオレガノ達を追うことはせず、仁王立ちになって行く手をふさぐのみである。
エリアボスは部屋から出た者を追うことはなく、このモンスターが出ている間は他のモンスターが近寄らないという特徴がある。エリアボスが出現することで先に進めないという弊害はあるが、エリアボスが倒されるまで安全地帯ができるという利点もまたあるのだ。
「…あの、いつまで休憩を?」
「さあな」
「……………」
「……………」
「あの、オレガノさんはどうして1人で塔で戦ってるんですか?あ、私ですか?私は…秘密です」
「……………………」
「……………………」
なかなかの相性である。
彼等が休憩し始めてから半時間経って、ようやく人が近づく足音が聞こえてきた。
心なしかアニスがほっとしている。
「お?何やってんのそんなところで」
足音の正体は、3人組みの男女であった。
声を掛けてきた男は橙色の髪に人好きのする顔立ちをしている。防具はある程度の防御と動きやすさを両立するために、体の要所要所に身に着けている程度だ。
といっても常識の範囲での身軽というだけで、オレガノほどぶっ飛んではいない。
その両腕には一際頑丈そうな篭手をつけているだけで、武器らしいものは手にしていない。
「うわ、エリアボス出てるよ。めんどくさいなあ」
「俺はこの先に用事がある。手を貸して欲しい」
部屋の向こうにいるモンスターを確認して愚痴をもらす少女。
そこへオレガノは共闘を申し込む。
オレガノにとって都合よく他の冒険者が現れたように映るかもしれないが、彼らが少し前にモンスターと戦闘していたのをオレガノは見ていたのである。もう少しで合流するという予想があったので休憩していたのだ。
「それでああして座ってたのか?誰かが来るまで?
ぷっ…ぷぷぷ…ぷははははは!俺らが来なかったら、ずっとそのままだったのか?うははは!面白すぎるぞ、お前等!」
「うっ…笑われちゃったじゃないですか、オレガノさん…」
「ちょっと、笑いすぎよあんた。」
「そうよぉ。彼も…あらあら、すごく怖いお顔。うふふ」
だが、オレガノの思惑は他の人にとって関係ない。オレガノ達の間抜けな姿を想像した男は、堪えきれずに笑ってしまう。
いきなり笑われたアニスは、赤面しながらも元凶であるオレガノを恨めしそうに睨む。
ちなみに怖い顔と指摘されたオレガノは特に怒っておらず、いつも通りの表情である。無表情が一番怖い。
「はあーおかしかった…
いや、悪い悪い。俺はクローブ・クレッテ。こっちのねーちゃんはエシャロット・アリウムな。
それでこっちの天使のように可愛い美少女はなんとっ!マイスイートハニー、サフランだっっっ!」
「へ、変な紹介しない!妹よ!い・も・う・と!あんた達、間違えんじゃないわよ!」
「あら、紹介が雑すぎて悲しいわぁ。私も天使とか女神とか愛してるとか言われたいわ」
「ちょっと、シャロも何言ってるのよ!」
「あらあら、焦っちゃって可愛い。つんつん♪」
「ちょ、やめなさいよ!」
「ああ、サフラン可愛いな…むふふ…」
なかなかのカオスっぷりである。どうやらこのパーティ、突っ込みの手が足りないようだ。
「コホン。さて、これから共闘するのならこいつのいい加減な紹介じゃダメね。
私はサフラン・クレッテ。主に魔法で敵を攻撃するわ」
勝ち気そうな顔を呆れ顔に変えて自己紹介をするサフラン。
彼女の服装は可愛らしく着飾っていて帽子も被ってはいないが、ロッドを手に持ち、なるほど、一般的に想像される魔法使いに見えなくもない。
兄より少し薄めの髪色を胸の辺りまで伸ばし、頭にはリボンが付いた髪留めをしている。
「私はエシャロット・アリウムよ。前に出て戦ってくれているクローブの傷を癒すのが主な役割ね。身も心も癒してあげてるのに、彼ったら全然振り向いてくれないのよ。困るわぁ」
「そこ、変な言い方しない!」
「怒られちゃった。うふふ」
エシャロットの方は、母性溢れる優しげな微笑みとは裏腹に、凶悪的なまでにたわわに実った双丘をチューブトップのドレスのような、エロい法衣のような、エロい服装によって惜しげもなく披露している。
服の下から押し上げるように自己主張している胸元や、見事な曲線を描く腰、白くて柔らかそうな太ももはつまり、実に眼福である。
その大きな起伏のある肢体に、世の男性の股間も起伏……いや、これ以上はよそう。
「で、この変態はシャロが言ったように、前に出て敵の足止めをしてくれてるの。その間に魔法を叩き込むのが私達の戦法よ」
クローブの説明はさっきしたしもういいだろう。
「じゃあ今度は私達の番ですね。私はアニス・シードって言います。武器はこの槍です。
こちらのオレガノさんとはついさっき会ったばかりなので、戦法みたいなのはないですね…」
「オレガノ。武器はこれだ」
鞘ごとロングソードを持ち上げて見せるオレガノ。
きちんと自己紹介するアニスに対し、簡単すぎる自己紹介をした彼からはそのコミュ障振りがよく分かる。
「今回は前衛が2人増えたから安定しそうだな。異存がないなら俺達の戦法でやるが……あんた、1発でも攻撃を食らったら昇天しそうな装備してるけど……前衛、でいいんだよな?」
「ああ」
「オレガノさん、回避がすごく上手だから大丈夫だと思います」
「なら決まりね。さっさと倒してしまいましょ!」
「サフランは俺の命に代えてでも守るぜ!」
「はいはい。分かったから早く行くわよ…」
「あら、私は守ってくれないの?」
「ん?仲間は何があっても守るに決まってるだろ」
「うふふ。よかったわぁ」
「ちょっとそこ!行くって言ってるでしょ!」
「あらあら、嫉妬させちゃったかしら?」
「起こってるサフランも可愛いな…もう、一生守ってあげたい」
「ほら!早くする!」
「何なんですかね…あれ」
「さあな」
2人が茶々を入れるせいで一向に先に進まないパーティー。
オレガノとアニスが加わっても彼等は対岸の火事とばかりに見ているだけなので、サフランだけが忙しそうだ。
これがいつものやり取りと考えると、割と疲れそうである。