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店でひと悶着あったが、それ以降は特に何かあるわけでもなく塔へと足を踏み入れるオレガノ。
塔に入ってからは低階層でレベルが下がるのももったいないとばかりに、迫るモンスターを無視し1階、また1階と登っていく。
そんなことをすればモンスターを大勢引き連れる、『トレイン』と冒険者の間で言われるものを起こし、他の冒険者に被害が出るのではないのかと思われるかもしれないが、そうはならない。
なぜなら塔の中のモンスターは『ある地点から一定の範囲以上には移動しない』という習性を持っているので、トレインの心配がほぼないのだ。ただし、モンスターの行動範囲内に別の冒険者がいなければ、ではあるが。
「ちっ…」
早速彼が実践してくれたみたいだ。説明した傍から実践してくれるなんて、実はいい人なのかもしれない。
鉢合わせた冒険者は赤みがかった茶髪を三つ編みにして、サイドに流している女性だ。
年は20歳くらいだろうか、大人びた顔立ちに少し下がった目尻。目元の泣きぼくろがいい仕事をしている。女性的な特徴が現れたフォルムのプレートメイルで全身を包んでいるが、大きく盛り上がっている胸部の鎧と所々で垣間見える白くて柔らかそうな肌色が女性らしさを表している。
彼女は困ったような表情に簡素な槍を持ってモンスターと対峙していた。
「へ?ひゃっ!」
女性がオレガノとその後ろのモンスターに気付き、悲鳴を上げる。
いや、目線がオレガノの方に向いているので彼の鬼のような形相に驚いただけかもしれない。
このまま彼女にモンスターを擦り付けるのはまずいと考えたのか、足を止めロングソードを構えるオレガノ。幸い撒ききれなかったモンスターは2体だけのようだ。
「え、えと…」
「そのままそいつを相手しろ。俺はこの2体をやる」
「は、はひ!」
2体のモンスターはサーベルウルフ。牙や爪が刃物のように鋭く、素早い動きで相手を仕留めるという戦法を取るモンスターだ。2体はオレガノを挟み込むようにして攻撃を仕掛けてくる。
サーベルウルフは1体だけならさほど強くないモンスターなのだが、複数体を相手しないといけない状況になった時、恐ろしいほどの連携で冒険者を追い詰める非常に厄介な相手となる。
現にオレガノは危なげなく攻撃を受け流し反撃しているが、相手の連携のせいで決定打には届かない。
「援護します!」
オレガノが来る前から戦っていたモンスターを倒し参戦する。オレガノ1人でも互角だったところに、彼女が入ることで戦いは一方的なものとなった。
オレガノは1体に狙いを定め、3連続攻撃。「重ね切り!」怯んだところで「サマーソルトキック!」
スキルを使い、大きな隙を見せたオレガノにもう1体のサーベルウルフが襲い掛かったが、彼女に妨害されてしまう。オレガノとは初対面にも関わらず、上手く立ち回れているみたいだ。
「これで倒れてっ…!」
槍の長いリーチで相手を牽制していた彼女だったが、敵の攻撃を誘うとカウンターとしてスキルを合わせる。彼女が繰り出した技は棒術系スキルの内の1つ『旋風操打』流れるように槍術系スキル『ペネトレイトスティング』
これが決定打となり、サーベルウルフの体が光を放ち、消えていく。モンスターが死んだ時の現象だ。
「…よかったのか?レベル」
「ひう!こ、これくらい大丈夫です」
先に敵を撃破していたオレガノが声をかけた。話しかけられた彼女は体を飛び上がらせ、ぎこちなく振り向いて返事をする。ナチュラルに女性をビビらせるオレガノであった。
「あ…私、アニス・シードって言います。あなたは?」
「オレガノだ」
「……………あ、あのー…私、何か悪いことしました?お、怒ってますよね…?」
「怒ってない。これが普通だ」
「そ、そうなんですか…?でも、だとしたらよく勘違いされるんじゃないですか?」
「…さあな」
実は以前にシナモンにも同じようなことを言われたことがあり、今も当時のことを思い出し少し凹むオレガノ。
それが面白かったのか、口を押さえてくすくすと笑っている。彼に抱いていた警戒心がいくらかほぐれたみたいだ。
「…もう行く」
「あっ、ちょっと待ってくださいよ。上に行くんですよね?
途中まででいいんで、手を組みませんか?」
「必要ない」
「そんなこと言わないでくださいよぉー。今まで1人で心細かったんですよ。でも、他のパーティーに入るのはちょっと怖いし…その分、オレガノさんなら顔は怖いけど、信用できそうだし、面白いし…って、待ってー!」
このアニス、オレガノの形相にビビリながらも言いたいことは言える子らしい。
彼女の言葉を聞き流して先へ行こうとするオレガノ。それを追いかけていくアニス。
どこかおかしなコンビが結成された瞬間だった。
転生や召喚ものにしなかったせいで、トレインだとかポップなんかのゲーム用語的な物やゲームでよく見かける概念を説明するのが難しいです。
逆にゲームとは違う概念もあるんですが、あるとないを比較するのが難しく、情報不足感が否めません。申し訳ない。
なんだろう、この、自分の好きなように駒を動かしたのに気付いたら詰んでたみたいな感覚