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オレガノの休暇も終わり、塔に向かう予定の日。
2人の間には重苦しい空気が流れていた。
「もう行ってしまうんですね…せめてもう1日だけでも…」
「そういうわけにはいかない」
「…ですよね。私のためにしてくれてることなのに、我侭言ってごめんなさい」
「構わない。甘えてくれるのはその、う、嬉しいしな」
「兄さん…」
重苦しいと思ったが、甘いだけだった。
「金は以前渡したもので大丈夫そうか?」
「はい。大丈夫です。それに、最近私、教会で働きだしたんです。治癒魔法を使える人を募集してたから受けてみたんですけど、そこで十分すぎるほどに貰ってますから」
「そうか。今回は50階まで行くつもりだから、いつ帰れるか分からん」
「…分かりました。くれぐれも気をつけてください」
寂しそうに見送るシナモンに手を振り、宿から出る。デレデレしていた表情が切り替わり、キリッとした表情――客観的に見ればしかめっ面――に変わった。
宿から出て大通りを塔に向かっていくと、大きな石版を中心とした円形の広場が見えてくる。ここは塔より少し南、島のほぼ中心に位置しており、ここから塔へは馬車を降りて歩いていかねばならないみたいだ。
石版には文字が彫られており、『歴代塔制覇者』その下には『サンシシ・スコン』と幾つもの人物名が並んである。
また、この石版を見ていると数分ごとに書かれている内容が変わるのが見て取れる。
今は『挑戦者ランキング』『レッドウイングス』『84階』などと書かれている。どうやら、現在塔に挑戦しているギルドやパーティーの内、上位20位が表示されているみたいだ。
ちなみにどうやって動かしているのかは調査中とのことらしい。
上位20位に入っていないオレガノには関係ないことなのか、石版を無視し、塔へと向かって行く。…かと思えば、ある店へと入ってしまった。この男、焦らすのが得意なようだ。
「いらっしゃーせー」
間延びした声で出迎えてくれると評判の店だ。
「体術系と、身体強化系のスキルはあるか?」
「体術ぅー?なくはないけどー、また渋いチョイスだねえー」
そう言って色とりどりの魔石を取り出す。この魔石はメモリーズコアと呼ばれる特別なもので、専用のデバイスに装着することでスキルを使うことができる。魔法もある。こちらは人によって適正というものがあるが、使い方自体は他のコアと同じだ。
デバイスは腕輪などのアクセサリー類のものがあれば、武器や防具にデバイスの機能が組み込まれているものなど様々な形が存在しており、オレガノはペンダント型のものを使っている。
コアを受け取ったオレガノは、隣にある試し打ち専用の部屋へ入っていく。
この部屋は先ほどの倍以上の大きさがあり、隅には射撃や魔法のスキルを撃つための空間が目に入る。
そこにはどうやら射撃専用の広場に先客がいたようだ。とはいっても特別気にすることなく、購入予定のスキルを試していくオレガノ。
「体術系のスキルとは珍しい。牽制用にでも使うのかな?」
先客のほうは気にするタイプのようだ。
「君、レベルと記録は?」
「56、41階」
答えなくてはいけないということもないのだが、答えないとそれはそれで変に勘ぐる者もいるので、面倒を避けるために素直に答える。
「へえ、40階以上の推奨レベルは60なのに、なかなかやるじゃん。
俺はアルセム・アルシント。レベル66で記録は48階だ」
アルセムと名乗った男の格好は戦士に見えるが魔法を試し撃ちしていたことから、魔法剣士といったところだろうか。端正な顔立ちに笑みを浮かべてはいるがその実、格下を見るような目をオレガノに向けていた。
「レベルは少し低いが、40階に来れられる実力があるならいいだろう。君のパーティーを俺のパーティー『紫電の光』にいれてやろう。俺達のパーティーが所属しているギルドはあの『アズールウォルカ』。あの『レッドウイングス』に次ぐランキング2位の巨大ギルドだ。俺の下に付けば、今から15日後にある大規模戦闘に参加できるかもしれないぞ」
「俺はどこにも入る気はない」
「…まさか君、ソロなのか?いやまてよ、もしかしてお前、オレガノか?大昔の伝説を本気で信じてるっていう、『夢見心地』のオレガノ?」
お察しの通り、『夢見心地』とはオレガノの数ある二つ名の内の1つだ。他には、雑魚にだけ強いことから過去の塔制覇者にちなんで『雑魚ベンケイ』。装備が篭手と脛当てだけであることから『貧乏剣士』など、ろくでもない理由のものばかりつけられている。
「あはははは!まさかこんなところで有名人に会えるとは!
オレガノしぇんしぇー、悪いんですけどー今の話は忘れてくださいねぇー!」
彼の正体を知った途端に、アルセムの態度が豹変した。
オレガノの方は不愉快そうに眉根を寄せるがそれだけで、無言を貫いている。
ひとしきり笑った後、アルセムはさらに言葉を重ねる。
「正直な話、オレガノ先生の崇高な精神にはとても付いていけそうにないんですよぉー。ま、そういうことなんでこれからもソロ活動、頑張ってください!あははは!」
言うだけ言って部屋から出て行くアルセム。取り残されたオレガノはいつものことであるように特に心を揺さぶられるといった様子も見せず、試し打ちを再開していた。