36
長らく失礼しました。やっとこさ一区切り、としましょう。とっとと残りの戦闘も書き上げなくては…
目を瞑って集中する。体の奥底へ潜るイメージ。
すぐそこでは仲間達が奮闘していた。焦る気持ちを必死に押さえつけて自分の中へと潜る。
意識を深く深く潜らせる。暗闇の中を手探るようにさっき掴みかけた『何か』を探す。
あの『何か』さえ掴めれば、この状況を打開できる。なんでだろうな、殆ど勘だがそう確信できるんだ。
だから思い出せ…さっき掴みかけた『何か』を思い出せ…
意識を深く深く潜らせる。深く深く………
すると真っ暗闇の中、小さく光る『何か』を感じた。
――これだ!
今度はもう離さない。『何か』をがっしりと掴み、体の外へ引きずり出す。
目を開けると全身が薄ぼんやりと光っていて、力が湧き出してくるのが分かった。身体強化系のスキルを使った時に似た感覚だ。だが――まだまだ弱い。スキルで全力を出した時と比べれば雲泥の差だ。
ただし、一度感覚を掴めばあとは簡単だ。気合を入れて『何か』を更に引っ張り上げる。
「もっとだ!もっと…!もっと輝けえええ!」
ぶわっ、と青い光が輝きを増す。体の中にある『何か』を燃料に、ごうごうと燃え上がる業火は際限なく熱量を生み出し、全身へと伝わっていく。満ちて行き場を失った熱量は体外へと溢れ、炎となってその青い舌で全身を嘗め回す。体内から吹き上がる熱量によって炎は更に勢いを増し、周りの闇にさえ手を伸ばした。暴力的な光で闇を打ち払い、飛び散る火の粉までもが空を焼く。
体の中と外をじりじりと炙られるような焦燥感にも似た感覚を…あ、ちょっと待って。熱い。ホントに熱くなってきたんだけど。
たぶん、力を手にするってことで火をイメージしたのがいけなかったのかな。でも代わりにイメージするものが思い付かねー…
…………よし、じゃあ熱くない火ってことにしよう。
ぶわっ、と青い光が輝きを増す。体の中にある『何か』を燃料に、そこに据えられた焚き火は温かな熱量を生み出し、全身へと伝わっていく。満ちて行き場を失った熱量は体外へと溢れ、炎となって外敵から守るように体を包み込む。体内から吹き上がる熱量によって炎はその領域を拡大し、周りの闇にさえ手を伸ばした。優しい光は闇を打ち払い、飛び散る火の粉までもが空を照らす。
体の中で生み出されるぽかぽかと温かい熱に俺の気力が漲っていく感覚を覚える。
熱量は力へ。
温かな感覚に反して冷厳なまでに絶え間なく流れ込んでくる力の奔流。俺は歯を食いしばって流されそうになる意識を繋ぎとめた。
くっ…!やっぱりぶっつけ本番でやるには力のコントロールが難しいか…
けど、さっきのヤバ気な感じより随分マシにはなった。まだまだ限界に至ってない感覚はあるが、それを求めるには時間が足りなさそうだ。
今はこれで十分。
四肢に意識を集中させる。全身に広がっていた青い光が両手両足へと移動し、1回の踏み込みでミノタウロスの元へ。同時にスキル『拳撃槌』も発動させる。両腕に光の粒を撒き散らせながら、踏み込んだ勢いも拳に乗せて敵の分厚く固い胸板に拳を突きたてた。
渾身の一撃を食らったミノタウロスは跳ね飛ばされたように後ろへ吹き飛んでいく。
2,3回跳ね返ってから木に衝突して止まった。奴が反撃しようとしているところを狙ったのもあって、手ごたえは上々だ。
「おおっ!まさか自力で身体強化系のスキルを発動しているのかっ!実にアメィジング!」
「た、確かに凄まじいわね…」
全員俺のパワーアップに驚いているみたいだ。
これこれ、こういう顔が見たかったんだよ。そのために修行したといっても過言ではないな!
すっかり気をよくした俺は追撃するため、飛び蹴りを敢行する。
さあ、反撃開始だ。
◆ ◆ ◆
私のすぐ脇を青白い風が吹き抜けたかと思うと、さっきまで猛威を振るっていたミノタウロスが弾き飛ばされた。後ろの大木に激突することで勢いが止まる。
クローブだった。彼は再び青白い炎で身を包み、前線に舞い戻っていた。彼の背中はまるで大きな壁のようで、私達を守ってくれるという安心感は以前にもまして強く感じられた。
その、ちょっとはカッコいいと思わなくもなくもないというか…
「おおっ!まさか自力で身体強化系のスキルを発動しているのかっ!実にアメィジング!」
「た、確かに凄まじいわね…」
私だけでなく、トーガやアニスも凄く驚いていた。シャロなんて言葉も出ないほどだ。
確かに凄い。スキルを使うのにメモリーズコアが必要っていうのは常識だけど、その常識を覆しているんだもん。私のお、お兄ちゃんは本当に凄い…でも――
今度は飛び蹴りで敵へと迫っていく。少しの助走で十分過ぎるくらい勢いの付いた攻撃は、まるで限界まで引き絞られた弓のように一直線に飛んでいく。
ミノタウロスは転がりながらもなんとか回避し、目標を見失った攻撃はそのままの勢いで大木と地面の境目に突き刺さった。
彼が着地した場所は木の幹と地面が大きく削り取られ、根元がむき出しになっている。その破壊の跡を見ただけでも、どれ程の威力があったかを如実に表していた。
本当に凄い。でも、その分だけお兄ちゃんの背中が遠く感じてしまう。あんなに凄いところを見せ付けられると私はお荷物なんじゃないかって、いつか私を置いて遠くへ行ってしまうんじゃないかって、そんなことを思ってしまうと心が引き裂かれそうになる。
思えば子供の頃からお兄ちゃんの背中を追いかけてきたような気がする。お兄ちゃんの手に引っ張られるままに付いていってた。このままの、お兄ちゃんの後ろに隠れてるだけじゃダメで、お兄ちゃんの隣に立って支え合っていかなくちゃって思っても、今みたいにどんどん先に行っちゃって…
…自律しようと思っててもあいつときたらいつも子供の時みたいに構ってきて私の決心を鈍らすんだから………なんか腹立ってきた。
ドゴッという鈍くて大きな音にはっとして我に返った。いけない、戦闘中だっていうのに考え事してた!
顔を上げるとあいつがミノタウロスを蹴り上げていた所だった。敵は宙返りをしてドスンと着地した。
今のあいつに私はどれだけ近づけるのかな…?もしかしたら、もうずっと離されたままなのかもしれない。弱気の虫が顔を出すとどんどん大きくなっていく。
ああ、また…分かっていても抑えられそうにない。
「私達も…もっと頑張らなきゃね」
私の肩に手を置いてそう囁いてきたのはシャロだった。何が、なんて聞かなくても分かる。彼女も同じ気持ちなんだから。
彼女もあいつのことが好きみたいで…いやいや、『も』じゃない!私は好きとか、そういうのとかじゃないし、『同じ気持ち』ってそう意味じゃないし!なんというか、あいつを支える、みたいな…ああもう!なんか変な意味に思えてきた!それもこれもあいつのせいよ!
怒りのせいか、気付けば弱気の虫はもうどこかに消えてしまって重く沈んだ気持ちも元に戻ったみたい。
もしかして私が沈んでいるのに気付いて声を掛けてくれたのかな?…いや多分違うな。どっちにしても、変に沈むこともないのかも。
「ええ、あいつになんか負けてられないものね!」
うふふと微笑む彼女に力強く頷き返し、意識を戦闘に切り替える。
蹴り上げられたミノタウロスはヒラリと宙返りをして難なく着地した。今のはそこまで有効打とはいかなかったみたいで、あいつの追撃にも対応できている。本当に厄介なエリアボスだ。
あいつのパンチが敵の顔面を捉えた。まともに当たったのか怯んだ。と思ったらすぐに腕を振って反撃する。あいつが殴られるのを見て心臓が締め上げられるような気分になる。だけどあいつはなんともなかったかのように殴り返した。
そのまま1人と1体は足を止めて殴り殴られを繰り返し始めた。目にも留まらない速さの応酬。身体能力を強化しているからか敵の攻撃を受けても大丈夫そうなんだけど、見てるこっちがハラハラしてしまう。
しばらく殴り合っていると、手四つって言うのかな?お互いの両手をつかみ合って力比べに移行した。
「くっ…!」
始めこそ拮抗していたんだけど、クローブが苦しそうな声を上げたのを皮切りに少しずつだけど押され始めてる。あいつを取り巻く青い光が弱くなっているようにも見える。光が弱くなるにつれてじりじり…じりじり…
これまでの戦闘で敵も相当弱っているはず…だと思いたいんだけど、疲れを一切見せずクローブを押し込んでいる。
あいつみたいにこの状況を打破できる奥の手なんて用意していないし、みんな体力を使い果たして助けたいけどそんな余力はないみたい。ここまできて逆転されるなんて…それに、このままじゃお兄ちゃんが…!
「仕方ない。シャロ、アレをやるぞ!」
「…!遂にやるのね…分かったわ!」
まさか。まさかまだ奥の手を用意していたなんて!普段は事あるごとにふざけようとする困った奴だけど、戦闘に関しては一番頼もしい。そういうところは素直に尊敬できる、自慢のお兄ちゃんだ。あいつには絶対に言わないけど。
そんな頼れるお兄ちゃんの秘策だ。私には教えてくれなかったのはちょっと、ほんのちょっとだけモヤモヤするものがあるけど、これがうまくいけば今度こそきっとエリアボスに止めをさせるはず。
もう魔法を使うこともできず祈るしかない私は、食い入るように2人を見る。
「たいへん!このままじゃクローブがやられちゃうわ!
みんな!彼を応援してあげて!そうすれば隠された力を引き出せるかもしれないわ!」
「…は?」
「ええっ!それ本当!?…分かったわ!
頑張れ!頑張れーっ!」
「フッ…ここにいると本当に退屈しないな…
いいだろう!この私が本物の応援を見せてやろうではないかっ!
フレー!フレー!クローブ!」
「いや…え?何が始まってるの?」
いきなり始まった応援合戦。予想外すぎる急展開に頭が付いていかない。
というかなんで応援?どういう思考をすればこんな時にその発想が出てくるのよ。
「がんばれー!がんばれーっ!」
「エフ!アイ!ジーエイチティー!ファイト!クローブ!」
「あんたらうっさい!応援する暇があるならこの状況をどうにかする方法を考えなさいよ!」
「邪魔しちゃだめよサフラン。あの敵に勝てるかどうかの瀬戸際なんだから!」
「いやいや!アニス、それ本気で…あだめだこれ本気の目だ」
気を取り直して応援を再開する3人。気を取り直してってなんだ。
「くぅ…!だめだ…!まだ何かが足りない!」
「あんたはふざけてないでさっさと本気出しなさいよ!」
「くぅ…!あと1人…あと1人応援してくれれば…!」
「まあどうしましょう!誰か、誰かまだ彼を応援していない人は…あらあらぁ?」
「なにその三文芝居!?わざとらしすぎるのよ!」
シャロが意味ありげにこっちを見てくるのも、あの馬鹿がチラッチラッ見てくるのも、どっちも癇に障るのよ!これ真面目な戦いじゃなかったの!?なんでわざわざふざけるわけ!?完全に蛇足でしょうが!
「……はっ!そうか!まだ応援してないのはサフランだけだ!」
「おそっ!…あのね、よく聞いてアニス。これは単にあいつが…」
「恥ずかしい気持ちは分かる。でもさっきも言ったように、これで勝てるかも知れないの。だから…ねっ」
「無視された挙句諭されたんだけど!」
「くぅ…!あ、できれば『頑張って、お兄ちゃん』でお願い」
「あんたは黙ってろ!」
アニスはアニスで本気でこれが突破口だと信じてるから手に負えない。
……これ、ふざけてるわけじゃないのよね?本当に信じてるんだよね?あまりにもアホらしすぎて分からなくなってくるわ…
「くぅ…!これ以上は持ちそうにな…あ、やばい本当に匙加減難しくなってきた!早く!早くお願い!」
「匙加減って言った!今匙加減って言った!」
「あれは…余裕があると思って気を抜いていたらいつの間にか本気でまずい展開になった人の図!なんと模範的…実にイグザンプラリィ!」
「実に分かりやすい解説どうも!」
なんでこのパーティーはあの馬鹿を筆頭に変なのが多いわけ!?シャロは頭の悪い茶番に嬉々として加担してるし、この変な変態はいつも通り意味わかんないし、アニスは手に汗握って勝負の行方を見守ってるし!というかまだこれが真剣勝負だと思い込んでるわけ!?
「どうしましょー、残っているのはサフランしかいないわー。あなたが最後の希望よー、あなたの応援で彼に力を与えてあげてー」
「もう演技する気もなくなってる!」
「サフラン!もうこの戦いに勝つにはあなた達兄妹の力が必要なの!
敵もあともう少しのはず…勝とうよ!」
「あのねアニス、多分っていうか絶対私の力云々は関係ないと思うの」
「じぃーっ…………」
「えっ、いや、そんな見つめられても…」
「じぃーっ…………」
「あの、その、聞いて?」
「あ、可愛い感じで頼む」
「あんたは黙ってろ!」
「ふう、キミもそろそろ気付いているんだろう?キミが何もしなければいつまでもこのままだって」
トーガが肩を竦めて言う。
もちろんあいつがどういうつもりでこんなことしでかしたかなんて、とっくに気付いている。だけど、この展開はあまりにも酷すぎるでしょ!私達の今までの努力ってなんだったのよ!普通に、強くなったあいつがいいところを全部持っていくだけでよかったのになんで余計なものを混ぜるのよ!?
はあ…なんか頭痛くなってきた…
ふと視線をアニスから外すと、彼女以外の全員が私をじっと見つめているのに気が付いた。無言の圧力に耐え切れず、うっとたじろいでしまう。
今尚ミノタウロスとがっぷり組み合っている馬鹿も相変わらずチラッチラッとこちらを見ている。こっち見んな。
「なっ…なによ。言わないわよ?バカバカしい。絶対に言わないから!」
そう叫んでみても返ってくる言葉はなく、にこにこと、あるいは真剣に、ただじっと見つめるだけ。
そ、そんなに目で急かされても私には関係ないわよ?あいつの期待になんて応えてやるもんですか!無視よ無視!絶対みんなの視線になんて負けたりしないんだから!そうよ、どんなに見つめてきたって、見なければいいのよ。無視すれば……
「ああもう!言えばいいんでしょ、言えば!
……………い、言うからね――」
◆ ◆ ◆
「ッッッッッシャオラアアアアアア!!!」
妹の、天使の声を聞いた途端、なんていうか、気分が高揚した時に感じるような何かがが込みあがってきて体中を駆け巡る感じ。
そして手にかかる圧力が明らかに減っていると分かることで気力の充足と力の漲りを感じた。
なんかよく分からないが凄い。『愛しの妹に応援してもらおう』作戦は、妹に応援してもらうことで頑張ろうという気持ちになれるという効果を狙って編み出したんだが、というかぶっちゃけ応援してもらいたかっただけだったんだが、なんかそれ以外にも効果があったらしい。
組み合っていた手を払いのけて渾身の力で殴る。今回もやっぱり攻撃の瞬間に防御されてしまったが、その衝撃時にまるで雷が落ちたかのような轟音が鳴り響いた。
…いや、ちょっと言いすぎました。今まで以上の強い衝撃音が起こった。そして防御を解いたミノタウロスの腕は、片方がダラリと力なく垂れ下がっていて、もう使い物にならなさそうだと分かる。更に今ので体を包み込んでいた黄色い光もかなり弱くなっていて、見えるか見えないかくらいにまでなっていた。
防御の上からでも、これだ。降って湧いたような力を前にちょっとした不安を感じなくもなかったが、強くなって奴を倒せるならそれでいい。
「オ゛…オ゛オ゛オオオオオオオ――」
ミノタウロスが長い長い雄叫びを上げる。手負いの獣が残る全力を尽くして死に抗おうとする最期の雄叫び。
そうか、お前だって死にたくないよな。だが俺たちもそうだ。
「だからお前達エリアボスが落とすアイテムを手に入れて、強くならないといけないんだ」
言葉の通じないモンスターに言っても仕方ないと分かっていても、言い訳のような言葉が口をついて出てしまった。
モンスターを殺して生計を立てているくせに、今更罪悪感なんて感じるわけないと思っていたんだけどな。
人間のように武術を使うコイツを見て、どうやらモンスター以上の何かを感じたのかもしれない。多分、これで意思疎通まで出来たら倒すという気にもならなかっただろう。寧ろめちゃくちゃ仲良くなってそうだ。
うわ、なんだそれすっごく楽しそうだな。あり得ない想像をして思わず口元が緩む。
「オオオオオオオオオッ!」
漸く長い雄叫びが終わった。そして片腕の拳を握りこみ胸の辺りまで持ち上げる。攻撃することに最適化された武術としての構えだ。
緩んでいた顔を引き締め構え直す。基本中の基本、初歩の初歩だけを教えてもらって後は戦闘の中で構築していった構え。なんか向こうの方が様になってて、べっ、別に、悔しくなんかないもん!
構えたままでしばし睨み合いが続く。いつまでそうしていただろうか。いや、もしかしたらそれほど長くはなく一呼吸の間しかなかったのかもしれない。集中のあまり感覚が引き伸ばされて一瞬が途方もない時間に感じる中、先に動いたのはミノタウロスの方だった。
一歩。地面が悲鳴を上げるくらいに力強く踏み込んで拳を打つ。少ない予備動作ながらも一撃必殺を秘めた拳だというのはよく知っている。事実、消えかけていた体を包む光は拳だけが力強さを取り戻している。
間違いなく奴にとって最強の一撃。そして俺の腕が届く範囲外からの攻撃という完璧な間合い。ただの苦し紛れの攻撃なんかじゃない。俺に勝つための全身全霊の一撃だ。
…最後の最後まで勝利を諦めないとは、ますます面白い奴だ。
だが愛の力でパワーアップした手前、俺も負けるわけにはいかないんだよ!
「ぐっ…!うおおおおおおお!」
拳の側面に篭手全体を使って捌く。直撃でもないのに篭手の上からでもズシリと重い圧力が腕を通って体全体へと伝わっていく。俺も更に強くなったはずなのにそれでも感じるこの重圧。
だが…耐え切ってみせた。変わりに左腕に激痛が走る。どころか動かせそうにもない。奴と似たような状態になったが、状況は別だ。攻撃を捌いたお陰で懐に潜り込めた。捌いた勢いも利用して渾身の一撃を相手の鳩尾、人体の急所とされる場所へと打ち込む。筋肉を掻き分けて拳がめり込む感触がしたと思った矢先、手にかかる抵抗が綺麗さっぱりなくなって前につんのめってしまう。
急いで振り返ると――既に半透明化したミノタウロスがこちらを見ているところだった。もう既に限界を超えていて、さっきの一撃がきっかけとなったのかもしれないな。無理をした反動なのだろうか、いつもより消える速度が速い。早くも胸元辺りまで光に溶けてミノタウロスは、どこか清々しい表情をしているように見え、そして完全に影も形もなくなった。
奴が消えてから少しして俺も漸く緊張の糸を解く。
「ふうっ……全く、最初から最後まで規格外の面白い奴だったぜ。
だが、これが愛の力だっ!」
『え?今の決め台詞?さすがにミノタウロスに同情するわ…』とか小さく聞こえたような気がしたけど何を言ってるのかよく分からなかった。




