31
気が付いたらめんどくさい状況になったので荒療治で解決しよー…
深呼吸。剣を振る。体勢を整えて深呼吸。剣を振る…
人が滅多に来ない静かな森の中。鋭く息を吐く音と風を切る音が痛いほどに響く。
深呼吸。剣を振る。体勢を整えて深呼吸。剣を振る…
音を発するのは男1人のみ。それは、あたかもこの一帯を彼が支配しているようであった。
「ふう…」
「あ、あのー…タオルと飲み物どうぞ」
オレガノが休憩する素振りを見せたのを見計らったように、おずおずと声を掛けてきたのはアニスだった。
「ローリエは帰ったのか?」
「騎士団の方に行っちゃいました。
…オレガノさんと2人っきりとか耐え切れないって言ったのに…」
ぶつぶつとぼやくアニス。実はこの少し前、ローリエもいたのだがその時の彼女の言葉が『いつまでも逃げてどうするんですの』だとか、『だってじゃありませんわ。せめて普通に話せるようになりなさい!』だとか、『どうしてもって言うなら、シナモンとの関係をあること無いことあいつに吹き込みますわよ』だとか、『卑怯でも結構でしてよ。スタートラインでなくても、せめて普通に話せるくらいになってもらいませんと、私の気が収まらないんですの』だとかで、脅される形でアニスだけ残ったという経緯があったのだ。
因みにこの後ローリエは『敵に塩を…』などと言って身悶えているのを、仲間の騎士達に見られてドン引きされることとなる。
「ううっ、なに話していいかわかんないよお…
心臓はバクバクしてるし、なんか体は熱いし…
オレガノさんのせいだ。だって他の人だったらこんなにならないもん。
絶対にオレガノさんの顔が怖いせいだ…」
ぶつぶつと不満をたれるアニス。
元々男が苦手だった彼女の性格が、オレガノの泣く子も黙る顔面との相乗効果で更にめんどくさいことになっていた。
「そういえばさっきシナモンがどうとか言ってたな。何かあったのか?」
「うえっ!?なななな、なんでもないっ!なんでもないです!
えっと…そう!今度遊びに行こうって言ってただけですよ!あ、あははは…」
「ふむ、そうなのか。その時はシナモンを頼む」
地獄耳すぎる。妹のことになれば恐ろしいほど高性能になる男である。
一方は妹以外に興味なしの朴念仁、一方は自分の気持ちに鈍感で逃げ癖あり。めんどくさい組み合わせのせいでこれ以上進展する要素がない。
気が付いたらめんどくさい状況になったので荒療治で解決しよう、という浅はかな考えが透けて見える。
「あの…さっきのってスキルですよね?それにしては光が弱くなかったですか?」
「そうだな」
「………………」
「………………」
「えっ…と、どうやってるのかなーって…」
「デバイスを使わずにやれば出来る」
「え?スキルはデバイスにコアを入れないと使えませんよね?本当に出来るんですか?」
「さあな」
「………………」
「………………」
気まずい。
気まずい上に、本気か冗談か分からない話に混乱して若干涙目である。
そして何故か彼女をじーーーーーーーーっ見つめるオレガノ。無言で見つめられて、訳が分からず今にも泣きそうである。
「……おい」
「はひぃ!」
「いい加減、その丁寧な口調はどうにかならないか?
他のやつと話している時のような砕けた喋り方でもいいんぞ?」
この男としたことが、柄にもない事を言う。
「ええっ!?い、いいんですか、オレガノさん…?」
「…………ああ、そのオレガノさんというのも、えー…壁を感じる…らしい。
だから、オレガノでいい。…………だったか?」
この口ぶりから分かることだが、先程の言葉は彼自身の言葉ではない。実は以前、妹であるシナモンからそう言ってあげてほしいと頼まれたからである。
アニスをじっと見つめるという気持ち悪い行為も、実は『なんか言わなきゃいけないことがあったはずだけど、なんだったかなー』といった風に、思い出そうとしていただけだったらしい。
言われないとやらないのがオレガノという男である。
幸いなことに『らしい』とか『だったか』辺りは聞き取れなかったらしく、驚きつつもそう言ってもらえて嬉しげなアニス。
本当に聞かれてなくてよかった。お互いに。
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて…砕けた口調で喋ってみるね。お、オレガノ…
って、また怖い顔してる!やっぱり怒ってるじゃないですか!」
「いや…怒ってはいないが…」
「で、でも今すっごく怖い顔してます…よ?」
「…元からだ」
アニスの言葉にオレガノは憮然とした表情を浮かべた。
「――ぷっ…あははは、そういえば初めて会った時もこんな話しましたよね。
そんなに時間も経ってないのに、なんだか懐かしいなあ」
「そういえばそうだったな」
何が可笑しかったのか、彼女は楽しそうに嬉しそうにころころと笑った。
どうやら彼女にとってはオレガノの素の表情―真顔や無表情―が一番怖い顔に見えるらしく、逆に不機嫌そうな表情は笑いのツボになるらしい。
「ふふふ…やっぱり、こっちの話し方がしっくりきます。
砕けた口調でお喋りするのはその、急に距離感が縮まっても、照れるというか、その、どきどきして…心臓に悪いんです!」
『フロアボスと対峙した時とは少し違うけど大体似たような感覚だし、やっぱりどこかオレガノさんのこと、怖がってたのかなあ…』
などと口の中で呟くアニス。冷静に自己分析したつもりでいるのだろうか。
更に『オレガノさんのことを目で追ってしまうのも、近くにいると体が熱くなるのも、今何をしてるんだろうって考えちゃうのも、やっぱり怖くて警戒してるからだよね。それ以外に理由があるってローリエちゃんは言うけど、怖い以外にないよね?』と続ける。
もうそう思うのならそれでいいのではないだろうか。
独り言を続ける彼女にオレガノは訝しげな視線をよこした。それに気付くと、てへへ…と誤魔化すように笑って会話を続ける。
もう今までの挙動不審な態度は見られない。
「今日はたくさん話せてよかったです。もうすっかり打ち解けた感じがします」
「……そうなのか?」
「ひどっ!
…いいもん。勝手に打ち解けたことにするからいいもん…
せっかく仲良くなったんだから、今度からはたくさんお話したいです。いいですよね!?」
「あ、ああ…」
勢いに押されてつい頷いてしまうオレガノ。つくづく押しに弱い男である。
ひとしきりお喋り(と言ってもアニスが話題を振ってオレガノが応えるといった調子だったが)を終わらせてから、オレガノは再び剣の修練を開始した。
それを興味深そうに見つめること暫し、彼女はふとある疑問が頭を過った。
「あれ?まだ胸がドキドキしてる…おかしいな、まだ内心では怖がってるのかな…?
…………まあしょうがないか。オレガノさんの顔、怖いもんね」
長期戦を予感させることしきりである。
◆◆◆
「第1回!強い武器を作るためにエリアボスを倒して魔鉄鉱を手に入れよう!の会議を始めます!どんどんパフパフー!」
「どんどんパフパフ~」
「ふむ、長い題目も分かりやすくていいかも知れない…実にカインドネス!」
「はあ…またバカなこと始めてる…」
60階を目前に控えた俺達は、この機会に装備を見直そうという話になった。
魔鉄鉱ってアイテムで作られた武器や防具はかなりいい性能を発揮するらしく、上位の冒険者なら誰でも憧れる代物なんだと。
「もう、今回はあんたの武器を作るんだから、もっとちゃんとしなさいよ」
「それなんだがなあ…本当に俺でいいのか?魔鉄鉱の武器にしたら魔法の威力も上がるんだろ?
だったらサフランかシャロに回したほうがいいと思うし、なんなら防具を作るのでもいいんじゃないか?」
確か魔鉄鉱で作った武器は色んな効果を持っていて、魔法の効果を高めるってのもあったはず。それに魔法の攻撃もある程度防いでくれる効果もあるから防具にしたっていい。
つまり、特に俺じゃなくてもいいってことだ。俺でもいいのかもしれないが。
そんなことを言ったらやれやれみたいな空気になった。
「あのねえ、前線で戦ってる人から装備を強化するべきに決まってるでしょ。リーダーなんだから堂々としてなさいよね!」
「サフランは大好きなお兄ちゃんが傷つかないか心配なのよぉ。もちろん私もね」
「か、勝手なこと言わないでよね!」
そうかそうか、やっぱりサフランはいい子だなあ…むふふ。
他の2人も異論はないか顔を向ける。
「私も異論などないさ。ノーオブジェクション!試作品の性能試験もまだ終わってないしね!」
「うふふ、私もクローブが最初で構わないわ。クローブの武器は防具の役割もあるから、より前線を支えることができそう。うふふ」
「あら?アニスったら、何かいいことがあったのかしら?」
「ふふっ、分かる?でも、秘密っ」
えーっずるーいとか2人でキャッキャウフフと盛り上がっているのはほっといて、魔鉄鉱の使い道についてだ。
確かに俺の武器は手甲みたい…というか、手甲を武器として魔改造したようなものだから普通のものより頑丈に設計してもらっている。これと似たような形を魔鉄鉱で作ったら、防具としての恩恵も受けられるのは簡単に想像が付く。
60階以降は魔法を使うモンスターが増えてくるらしいから…まあアニスの言うことも一理あるか。
「よーっし、新しい武器を手に入れた暁にはこれまで以上にサフランのことを守ると誓います!
サフラン、お兄ちゃんに一生守らせてくれ。キリィッ!」
キリィッ!と声に出してキメ顔を作ってみる。
サフランはあわあわと顔を真っ赤にさせて何も返せずにいた。この可愛いやつめ、頭をナデナデしてやろうか。
頭を撫でてもいつもみたいに抵抗しないのをいいことに、ついでにちょっとだけ他の部分もナデナデしていると、不満そうに頬を膨らませたシャロが目に入った。
「あら、私は守ってくれないの?」
「いいや、シャロのことも勿論守るぞ?仲間はみんな俺が守ってやる」
「ふむ、なかなか頼もしいリーダーだ…実にリライブル!」
「うーん…まあ、仕方がないわねぇ…」
シャロはやれやれといった様子ですぐに不機嫌さを霧散させた。
そこはかとなく馬鹿にされてる気がするんだけど、気のせいだよな?頼りになるリーダーなんだよな?
「あのー…それでどこのエリアボスを倒すのか決めてるの?」
「はっ!そうよ、それを決めるべきでしょ!?
ベタベタしてないでちゃんと司会しなさいよねっ!」
「仕方ない。これ以上は話も進まないし、さくっと決めるか。
確か、上の階になるほど魔鉄鉱が出やすいんだったよな?」
「イグザクトリィ!他の冒険者の話を聞く限りね。因みに60階以降になると出る確率が跳ね上がるらしいよ。
これは魔法を使うモンスターは、魔素量も多い為に魔鉄鉱を生み出しやすいのではないかと言われているね」
ほほー、さすが研究、開発系ギルドに所属しているだけあって詳しいな。
つまり魔鉄鉱とはモンスターの体内で作られて、保有する魔素量が多ければ多いほど魔鉄鉱も作られやすい。それで魔法を使ったり強いモンスターであるほど魔素量も多いから、上の階の強いモンスターを狙えばより出やすいということか。
なるほど、つまり魔鉄鉱とはう○こか。
ちなみに塔の中でも魔鉄鉱が見つかることがあるけど、それは魔素量が濃い場所で普通の鉱石が長い時間をかけて変質するかららしい。
なんとなく自然発生するやつの方がいいな。いやなんとなくだけど。
「今回は60階以降を切り抜けるための手札を手に入れるためだから、その話はまた今度ね。全員の装備を見直す時にしましょ」
「じゃあ51階のやつにしようぜ!最近なんか調子のって変な格好してるし」
「えー、結構可愛いと思うんだけどなー」
「そうねぇ。毎回色んな衣装を着てて可愛いと思うわぁ」
だよねー!と仲良く声を揃えるアニスとシャロ。トーガも同意なのかうんうんと頷いてるし。え?俺の方が少数派なのか?
ちょっと不安になりかけながらサフランを見ると微妙に首を傾げている。よかった。愛しの妹と同意見ってだけで世界を敵に回せる。
「ほんじゃー50階の前半なら安全に狩れるだろうし、見つけ次第やるってことで」
「賛成よ」
「うーん、可愛かったけど仕方ないか。賛成」
「私も異論なーし」
「中層のエリアボス…いいデータが取れそうだ。実にルックフォワード!」
会議というより目的の再確認って感じだったな。それなのに結構時間を食っちまった。
思えばこのパーティーって濃いやつが多いよな。トーガは言わずもがなだし、シャロは濃いわけじゃないけどかなりマイペースだし。アニスは普通そうに見えてたまに変なところあるしな。
まったく、変なやつらを纏め上げるのは大変だぜ。
「あんた今自分のこと棚に上げて何か考えてるでしょ」
妹のジト目に反射的に謝りそうになった。




