28
間が空きすぎて誰?ってなってるシリーズ、始まります
場所は北西ブロックと南西ブロックの境目辺り。冒険者や冒険者を相手に商売をする者が集まりやすいため、必然的にその辺りは酒場等の娯楽施設が集まる歓楽街になっていた。
俺が向かったのもそこにある酒場だ。
酒場と聞くと、大勢の客が飲んだり食ったりして賑やかな場所を思い浮かべるかもしれないが、ここは賑やかさとは反対の落ち着いた雰囲気のある静かな酒場だ。そこそこ大きな街ならこういう店もある。
今宵の俺は1人でゆっくりと飲みたい気分なのさ。
中に入ると店のマスターが深く落ち着いた声で俺を出迎えてくれた。
俺はカウンターテーブルへと向かい足の高い椅子にゆったりと座り、目の前にいるマスターに注文する。
「マスター、ミルク」
あ、今マスターが二度見した。うそうそ、今のナシナシ。
ごめんと謝って今度は酒を注文する。出されたグラスを手に取ると、丸い氷がカランと小気味いい音を立てた。
今宵の俺はロックで飲みたい気分なのさ。
そのままカラカラと氷がグラスを叩く音を楽しんでいると、扉を開ける音がする。誰かが入ってきたみたいだ。マスターがやはり渋い声で客を出迎えた。
あ、氷が解けて薄くなるのを待ってるんじゃないんだぞ。
そんなことを思われるのも癪だったので、クイッと一気に煽って飲み干す。喉を焼くような刺激と共に重厚な香りが鼻を抜けた。
「マスター、おかわり」
首を振るだけで返事をしたマスターは、グラスに黄金色の酒を注ぐ。
え?いつも1人でいるのかって?
ははは、そんなわけないじゃないか。どこかのシスコンじゃあるまいし。俺は『ランドオブグローリー』というパーティーでリーダーをしているんだぜ。
だったらなぜ1人で飲みに来ているのかというと、それには山よりも深く、海よりも高い理由があるんだよ。
…少し長くなるが、聞きたいか?…ふう、仕方が無い。そこまで言うなら聞かせてやろう。いやいや、遠慮しなくていいから、聞けって。
それはほんの少し前の出来事だ――
◆◆◆
数日間の塔の探索から戻ると、宿が違うアニスと分かれて俺達も最近移った宿に戻った。
宿に戻った俺達が直ぐにすることと言えば、風呂に入ることだった。中層に上がって収入が増えたから、最近もっと大きい宿に移ったんだが、ここの風呂は部屋1つ1つにある上に結構大きい。今までは近くの銭湯に通っていたから、こういうのは嬉しいんだろう。2人はきゃいきゃい言いながら風呂場へ行ってしまった。
俺としては先に飯を食いたいところなんだけど、パーティーメンバーは俺以外全員女。多数決という合理的な手段で俺の意見はねじ伏せられる。
汗や泥なんかの汚れは適宜拭き取ってると言っても、気持ち悪さは残るものだ。そんな状態でいつまでも居たくないって気持ちも分かるし、いいんだけどね。
というわけで今は俺のメンバーである、サフラン・マイエンジェルとシャロが部屋の奥にある風呂場で体を洗っている。
…………つ、つまり、あの扉の先には楽園。俺の天使が一糸纏わぬ姿でいるのだ。
……そうか、かの地が俺のエルドラドか。
だがどうする?ここは露天風呂などではないから入り口は1つしかない。そんなところを通れば直ぐにバレてしまう。それでは裸の天使を堪能できなくなるぞ。
うーんうーんと悩んでいると、あることを思い出した。あの時、風呂に入る前、妹はなんて言ってた?確か――
「分かってると思うけど、絶対に覗いちゃ駄目だからね。絶対に、ぜーったいに覗いちゃ駄目なんだからね!」
――なるほど、これがフリか。
覗いたら駄目と念を押すのはつまり、覗いて欲しいと言いたかったんだ。やれやれ、この恥ずかしがり屋さんめ。待っていろ我が妹よ、すぐ行くからな!
そして俺は天啓のように舞い降りた思考に導かれるままに、秘密の楽園へ続く扉を押し開けた――
「……あらあら、クローブも一緒に入りたかったのぉ?」
「なななな、なん…なんっ…!」
そこには予想通りいや!予想より遥かに素晴らしい桃源郷が広がっていた!
丁度2人で背中を流し合っていたっぽい。泡だった石鹸が2人の体を流れている。どこかでありがちな都合のいい湯気はなく、2人の体がよく見える!
サフランは細いながらもぷにぷにと柔らかそうな身体。神が作ったんじゃないかと思うくらいの白い肌が眩しいぜ…!やるな、神!
最近成長してるとはシャロの言葉だが、それはまあ…よくわかんなかった。平らではなくちょっと膨らんでるのが分かるかな、というくらい。それすらも愛すべき特徴なんだけどな!
シャロの方は…なんというか凄かった。ぷるんというかぶるん、ボインというかバイーンというのが相応しいくらい。それでいて垂れてない。あれだけ大きいのに、それ以外の部分は全然太くないんだから余計にデカく感じるんだよな。
俺は妹一筋なわけだが…うん、巨乳も悪くないな。
そんなことを思っていると、サフランがプルプルと小刻みに震えだした。寒いのかな?
「……で?何か言うことはないの…?」
言うこと?そんなもの決まっている。
「非常に眼福でしたっ!」
「死なす…絶対死なす!」
このあとめちゃくちゃ怒られた。追い出された。
◆◆◆
そして今に至るわけだ。あれ?あんまり長くなかったな。
まあそういうわけで、少なくとも今夜は帰れなさそうだ。
はあーやっちゃったなー……今までは小さな部屋を別々に取ってたから、大きな部屋に移ったせいで気持ちが大きくなってたんだろうな。普段、覗きなんて(ちょっとしか)したことないし。
「はあー……」
「おやおや、随分と深いため息だね」
いらん事しちゃったなーとため息を吐いていると、誰かが声を掛けてきた。
そいつはなんかすっごく胡散臭そうな男だった。顔立ちは整っているし、多分かっこいいんだと思う。だが胡散臭さが自己主張しすぎて、胡散臭いという印象しか出てこない。
「あんた、誰?」
「これは失礼。私はトーガ・ラシレミド。研究ギルドRuINeSの一員で美の探究者さ。
…やはり自己紹介はきちんとしなくてはな」
「ふーん?俺はクローブ」
「知っているとも!ランドオブグローリーのリーダー、クローブ・クレッテだろう?私もフロアボス戦に参加していたからね。逆境の中、勝利に貢献した君は有名だよ!」
こんな胡散臭い奴に名前を覚えられてるのか…嫌な気しかしないな。
「……ん?フロアボス戦にいたのか?研究者なのに?」
「君の疑問ももっともだろう。確かに研究者か冒険者かと問われれば、研究者……エンジニアと答えよう。冒険者としては試作中の武器の性能試験にやっているに過ぎないからね。つまり、美の探求者というのが一番しっくりくるわけさっ!」
うん。わけわからん。
わけ分からん事をのたまいながら、トーガは2つの鉄の塊をゴトリとテーブルの上に置いた。これがその試作中の武器だそうだ。見たことない形だけど、これが武器?
「残念ながら我々のプロジェクトメンバーには私しか戦える者がいなくてね。他の冒険者達の中に混ぜて貰いながらモンスターと戦いながらデータを取っているのだよ」
「そういうことか……これ、触っても?」
「オフコース!」
断りを入れてからその武器を手に取ってみる。『銃』という名前で弓のような飛び道具らしい。引き金という取っ手みたいなところを引くと先端の筒から魔素を打ち出すんだそうだ。
「中にある機構を使って、実態の無い魔素を変質させて打ち出しているのだよ。詳しい方法はトップシークレットだけどねっ!」
「うん。既に理解できてないからいいや。
えーっと、弓と魔法の間みたいな遠距離武器でいいのか?どっちも形は違うけど。
弓や魔法とは違って引き金を引くだけで攻撃できるから、かなり楽そうだな。」
「ザッツライッ!この武器は弓や魔法のような技量が無くとも扱えることを目指しているのだよ。
そして形が違うのはそれぞれに別の役割を持たせているから…さっ!」
銃身が太くてなんかゴツイ方を返すと、手に持つ所の底から四角い箱を取り出した。それがデバイスらしい。確かに蓋を開けると中からコアが見える。
そして銃身が太いのは接近戦になった時、敵の攻撃を受け止めたり殴ったりする為に頑丈に作っているのだと言う。
もう一方の、真ん中に太短い丸棒みたいなのが入っているのは、加工した魔石らしい。体内の魔素がなくなっても、魔石に蓄えた魔素で打ち出すことができるそうだ。他にも、例えば魔素を火属性に変質させて打ち出す機能を持った物と取り替えることもできるらしい。こっちは接近戦で使わないのか、銃身が細かった。
「打ち出す魔素を留めておいて一気に放出することもできるが、大魔法程の火力は出せないのだよ。火力の研究はまだまだといったところだね」
「へーっ、成る程なあ。でもかなり扱いやすそうだし、何よりかっこいいな!」
胡散臭い奴が自分の作品を説明しだした時は、変なもの売りつけられるんじゃないかと勘ぐってしまったが、そうでもないようだ。
俺は魔法が使えないから、魔素とかそういうのは全く知らなかったんだけど、分からないところがあっても嫌な顔せずに教えてくれるし結構いい奴っぽい。所々わけ分からん言葉を使ってるけど。
「おおっ!分かってくれるかね、この良さが!
この形に至るまでに紆余曲折があったから、そう言ってもらえると嬉しいよ…実にグラッド!」
うんうんそうだったのか、などと酒が入って上手く回らなくなった頭で相槌を打っておいた。
雑談と共に酒が進む。しばらくくだらないことで笑いあってると、話は最初の出来事に戻ってきた。
「ところでクローブ君はどうしてあんなに深いため息を吐いたんだい?」
「実は…仲間を怒らせてしまって、宿から追い出されたんだよ。頭冷やしてこいーってな」
思い出したらまた気分が落ち込んでしまった。そりゃ俺が悪いんだけどさーなにも追い出すことないじゃんかーお兄ちゃんなんだから一緒にお風呂入ってもいいじゃんかー。
「ふむ…クローブ君の仲間というと、妹のサフラン君、エシャロット君、アニス君だったね?美女、美少女に囲まれて羨ましい…実にジェラシー!」
「うんうん。サフラン可愛いよな!天使だよな!分かってるじゃないか、あんた。
あっ!でもいくら可愛いからって、手を出したりしたら許さないからな!」
「分かってるさ。他人の色恋に横槍を入れるのは、他人の戦闘に横槍を入れるくらい卑しい行為だからね」
色恋?それに何で仲間の名前まで知ってるんだ…気持ち悪い。
「しかしパーティーメンバーが全員女性だと不都合も生じる、という訳だね。
因みにどうして怒らせたんだい?」
「…風呂場に突撃した」
「オゥ…」
おいおい、そこで黙るなよ。黙られたら罪悪感が膨れ上がるじゃねーか。
確かにシャロがいる時にやらかしたのはまずかったよなあ…
「それはまた…勇者と讃えていいか迷うことだね。
まあ男なら溜まるものもあるだろう。美女達に囲まれては尚更…といったところかな?」
「うんうん。しかもまだ成長しているなんて聞いたらいても経ってもいられなくなっちゃってさー」
「ホワッツ!?あの大きさでまだ成長しているというのかね?実にアメィジング…」
ん?なんか食い違いがある気がするけど…まあいっか。
「ふむ。そういうことならほとぼりが冷めるまで待つしかないだろうね。以前見た彼女達の態度から推察するに、きちんと謝ればきっと許してくれるはずさ。
…アニス君はよくわからないが」
あー…アニスは居なかったって言うの忘れたな…まあいっか。
トーガの言う通り、確かに前に覗こうとした時は本気で謝って許してくれたしな。でも3回目なんだよなー…さすがにやばくないかなー…
酒が入ると感情が増幅してしまう性質みたいで、楽しい時はもっと楽しく、悲しい時はもっと悲しくなってしまう。楽しい時はいいんだけど、今のような場合はとことんまで落ち込んでしまう。だめだだめだと思っていても、こればっかりはなあー…
はあー…サフランのちっぱいにすりすりしたい…
「悪いと思ってるなら誠実に謝る。それしかないんだから何時までも悩んだところで仕方ないというもの。
今夜は忘れて楽しく飲もう!私も付き合おうではないかっ!」
「うーん…それもそっか!よし、どっかで飲みなおそうそうしよう!うははは!」
なんかそう言われればそんな気がしてきた!あれ?じゃあなんで悩んでたんだろう?
…まあいっか!なんか頭フラフラしてなんか難しいこと考えるのなんか無理そうだわ!うははは!
すっかり意気投合した俺達は、歓楽街が放つ光の中へと消えていったのだった。
◆◆◆
「すんませんでしたっっっ!」
太陽が昇り人々が起きだす頃、俺は宿に戻るなり謝罪する。
「そ、そこまでしなくてもいいわよ!私も追い出すのはやりすぎだったと思うし…」
「あらあら、私はいつでも見てくれていいのよ?」
「おおっ!これが音に聞くDOGEZAかっ!」
俺は今、両手両膝、そして額を地面に擦り付けながら謝るという、最強の謝罪方法を決行していた。昔、本気で謝る時はこうすればいいって聞いたんだが、こうかはばつぐんなようだ。
「もう分かったから!早く顔を上げなさいよ」
「許してくれるのか!?お兄ちゃん感激!むちゅー!」
「も、もう!皆が見てる前でやめてよ!」
俺が抱きつこうとするのを手で押し留められた。サフランの可愛らしいぽっぺは真っ赤に染まり、『もうっ…もうっ…』などと形にならない言葉を呟いている。ちょー可愛い。
どうにかして妹の頭を撫で回してやろうかと気炎を上げている横で、シャロが隣にいるトーガのことを尋ねていた。
「よくぞ聞いてくれた、麗しの君よ!
私の名はトーガ・ラシレミド。ギルドRuINeSの研究員でもあり、一介の冒険者でもあり、しかしてその実態はっ!美しいものを愛でる、美の探求者…さっ!」
「「胡散臭…」」
「うははは!3つも掛け持ちだなんて、あんた忙しい人だな!」
「お褒め頂き、恐悦至極」
初めて見たら誰でも同じこと思うよな。2度目の俺が聞いても胡散臭く感じるわ。そして面白い。
みんなの反応が面白くて眺めていたら、じとっとした目がこっちに向いていた。
「だから他のギルドの人がなんでここにいるのよ?」
「ああ、言うの忘れてた。今日から仲間として一緒に塔を攻略することにしたから」
言った瞬間『はああああ!?』という否定の声が響いた。こら、近所迷惑でしょ、やめなさい。
「あんた何考えてるのよ!?こんなどう見たって胡散臭い奴!早く元いた場所に返してきなさい!」
おおう、凄い勢いで反発してくるな。見た目で判断するなんて、お兄ちゃんはそんな子に育てた覚えはありませんよ!?
「胡散臭くはあるが、決して悪い奴なわけじゃないんだぞ?」
「当たり前の大前提でしょうが!このナリで悪い奴だったら問答無用で追い出してるわよ!」
「そうねぇ…薄気味悪いから今日からクローブに添い寝してもらおうかしら。うふふ」
「ああもう!茶化すな!
でもそうね、薄気味悪いって言うのは確かよ。信用なんてできないわ!」
「うーん…やはり美女、美少女に罵倒されるとゾクゾクとしたものがこみ上げてくる。これがまた堪らなく心地いい…」
トーガの発言にますます眦を決するサフラン。
うーん、シャロも茶化してはいるが否定的なようだし、こうなれば俺が取れる手段は後1つしかない。
「やだやだ!絶対に仲間にするんですぅー!反論なんて受け付けませんー!もう決まったことなんですぅー!」
「うわっ、駄々こねだしたわよ、こいつ」
「あらあら、子供みたいねぇ。うふふ」
「みたいじゃなくて子供そのものでしょ…
はあ…なんでこんな奴が兄なんだか…」
フフフ…冷静になったな?そこが突き崩す隙となるのだよ!
1歩引いて冷静になった所を今度は拝み倒しで遂には渋々ながらも承諾させることに成功した。
大切な何かを失った気がするが気のせいだ。それについて考えたらだめなのだ。
フフフ…この方法でアニスも説得してくれようぞ!フゥハハハハハ!
トーガ・ラシレミド。作者が適当に考えるとこうなります。




