22
固有名詞を考えるのが一番難しい…『花霞・満開』も当初はなんて格好いいんだとか思ってましたが、書くたびに本当に格好いいのか首を傾げる毎日です。
オレガノは塔の前に立っていた。今回から中層の攻略ということで装備を見つめ直したのか、所々装備が変わっている。
多少防御力が付加された黒い皮製のロングコートに、何故か指の部分だけ露出した、いわゆる指ぬきグローブ。
腰には今までと変わらない、見るからに大量生産品と思わせるロングソードを提げているが、その反対側の腰にはチェーンのようなメモリーズコアを装着する部分が連なった、一風変わったデバイスを付けている。使いにくくないのだろうか。
つまり、彼のいでたちを分かりやすく表現するなら、黒歴史を持つ人間が見ると、心臓を抉り取られるような感動に包まれそうな格好であった。
他に変わったところと言えば左腕くらいだろうか。腕を包む篭手は以前のものと変わりないが、左腕には手が塞がらないように小型の盾を取り付けていて防御力の底上げに一役かっている。ただ、一番守らないといけない頭部や胸部は相変わらず無防備な格好ではあるのだが。
こいつはどれだけ動きやすさを犠牲にしたくないのだろうか。
それはともかく。中層にあわせて装備を変えた彼は塔の入り口に立ち、大きな扉を見つめていた。
3分の1とはいえ中層に到達した者は、冒険者として一流と呼んでも差し支えない力量があると言われている。彼も一流の冒険者の仲間入りができたのだ。感動も一入なのだろう。
「シナモンと離れたくない…」
通常運転だった。
そこは下層にありそうな小さな部屋であった。周りを見渡せば、部屋一面継ぎ目のない石の壁。明かりの足りない薄暗い空間。
いや、彼の目の前にある扉から漏れる光が、この先は明るい空間になっているのだと知らせてくれている。
このような扉は下層に存在しない。紛れもなくここからが中層なのだろう。
「はあ…もう少しシナモンと一緒にいたかった…」
いちいちぶっこんでくる野郎である。
彼はため息と共に、のろのろと扉を押し開けた。
「…!」
薄暗い部屋の先には、雄大な自然が視界一杯に広がっていた。
部屋を中心に草原が広がり、更にそれを覆うように木々が立ち並ぶ。左手にはちょっとした丘もあるようだ。
上を見上げれば青い空に白い雲、彼を照らす眩いばかりの太陽もある。草原のあちらこちらに点在しているモンスター達が思い思いに行動している。
こののどかな風景は、塔の転送機能が故障してどこか遠くの場所に放り出されたと言われても否定できないほど突拍子もなく現れる。
いや、よく見ると空に浮かぶ雲は一切動かない上に、時間をかけて見れば太陽の位置がいつまで経っても変わらず天井に描かれた絵だと気付くだろう。
ここは間違いなく塔の中だ。
この圧倒的な光景に、普段むすっとしているオレガノでも驚きを隠せないようだ。
「広いな…」
子供みたいな感想である。
オレガノはまず左手に見える丘に上がって周囲の状況を確認するみたいだ。
「地図によると、丘から北西の森に上へ行く手段があるらしいな…」
オレガノが地図を確認していると、小型のモンスターが忍び寄ってきた。名前はホーンラビット。その数5匹。
下層では壁で区切られていたため1度に相手をするのは1,2匹でよかったのだが、中層にはそれがないためこうして多数を相手しなければいけなくなる場面は多い。
ホーンラビットは足に力を溜め、オレガノへ突進しその鋭い角を突き立てようとする。
これがこのモンスターの唯一の戦闘方法だ。単調な攻撃方法は下層の頃であればそれこそ入門と言って差し支えなかったのだが、高レベルのホーンラビットが繰り出す攻撃は威力も速さも段違いである。
「ふん…」
だがフロアボスの受け流しあるいは回避して、難なく耐え切ってみせた彼にとっては手ぬるい攻撃だったみたいだ。1歩も動かず受け流してみせる。
「レベルが上がってもこの程度か」
初めの方こそ避けて受け流すだけだったのが、段々と攻撃も織り交ぜる余裕が生まれ始めている。
それでも単調な攻撃を続けるしかないホーンラビット。
そのうちの1匹が攻撃してきた所を、彼は盾で受けて勢いを緩めさせる。そしてむんずと角を掴むと、後に続いて突っ込んできていたもう1匹に放り投げた。
投げられたホーンラビットは同族の攻撃に身を晒され光となる。どうやらオレガノが攻撃を加えて弱っていたみたいだ。
突撃をした方は先ほどの激突で勢いがなくなり彼に角を掴まれている。
そして再び他の1匹へと放り投げた。
今度は残る2匹が同時に攻撃を仕掛けていたようで1匹は捕まえたもので防ぎ、もう1匹は盾で攻撃を受け止める…と同時に衝撃波を発生させて吹き飛ばした。「シールドインパクト!」
普通はよろけさせるくらいの効果しか持たない防御スキルでも、体が小さく軽いため吹き飛ばすまでになっている。
彼は残る1匹に狙いを定める。「花霞・満開!」
すれ違いざまに2回の連続攻撃。彼のお気に入りのスキルだ。
だが、レベルが高いとさすがにこれだけでは死なない。
少し間を置いて回転切り。「もう1つ…花霞・散華!」
本来は技後硬直を無視してスキルを繋げることができるが、タイミングをずらした理由はもう1匹にある。
先ほど吹っ飛ばしたホーンラビットは立ち直るとすぐさまオレガノに立ち向かっていた。そしてそのまま吸い込まれるように、巻き込まれるように、回転切りの餌食となる。これがわざと間を空けた理由だ。
結果、1体は消え、もう1体は虫の息となった。
「…2匹くらいだとレベルは下がらなかったか」
最後の1匹の息の根を止めたオレガノは、目的地であろう方向へ移動を再開する。
即ち、『生き物の宝庫』である森の中へと。
「シャアアアア!」
「グルルルゥゥゥ」
「ウキキキィィ!」
森へ入るなりオレガノを出迎えたのは3種類のモンスター達だ。
まずはパイルスネークが1匹。錐のように鋭い尻尾が特徴で、鉄の鎧を貫く程の威力を持つと言われている。
次は昆虫のような、硬い外骨格に覆われた猫のようにも犬のようにも見えるモンスター、ヴァンセルが2匹。障害物の多い森の中でも自由自在に動き回り、硬い体と相まって冒険者を苦しめる厄介な相手だ。
最後は手と足と尻尾が異様に長い、その名もテアシナガザルが3匹。枝から枝へと飛び移る様は、まるで空を飛んでいるように見える。
どれも中層で初めて現れるモンスターだ。その合計6匹のモンスターがオレガノを囲むように現れた。
「…立体機動か」
テアシナガザルの動きを見てまた変なことを呟くオレガノ。
四方八方を囲まれているのにも関わらず、顔色1つ変えていない。
いや、よく見れば顔が引きつっているようにも取れる。鬼のような形相で、敵を睨んでいるのではなく単に冷や汗をかいているだけだった。
「ガルルルッ!」
先手を取ったのは2匹のヴァンセルだった。
このモンスターも基本的にはサーベルウルフ、彼が以前戦ったことのあるモンスターと同じく素早い動きと巧みな連携、牙や爪を武器に冒険者を追い詰めるのは変わらない。
ただ1つ違うのは硬さだけだ。しかしこの硬さが中層において何よりも厄介なのだ。
硬いということはつまり倒しにくい。倒しにくいということはつまり1体にかかる時間が延びる。こうなると最悪だ。体力は消耗するし、敵から攻撃を受ける回数は増える。更に戦闘が長引けば長引く程モンスターが寄って来てしまうのだから。
1拍遅れて戦闘に参加したのはテアシナガザルだ。枝にぶら下がり、その長い手を利用してオレガノの遥か頭上から爪を振っている。
攻撃しては離れ、攻撃しては離れを繰り返す実にいやらしいモンスターだ。
反撃しようにも木から木、枝から枝へと目まぐるしく飛び移り、狙いを定めるのも難しい。
攻略方法としては、追尾性能のある遠距離スキルか魔法を使うしかないのだろう。
最後に動いたのはパイルスネーク。尻尾を器用に動かし、オレガノを突き刺そうとする。
さすがに他のモンスターと連携を取れていないのか、突き出した尻尾がヴァンセルの行動を阻害している場面を見かけるが、それを補って余りあるほどの攻撃力をこのモンスターは秘めているのだ。
体のどこに当たっても大怪我は免れない。ここにいる3種類の中で1番脅威度が高いと言える。
オレガノは6方向からの攻撃を時に大きくかわし、時に木やモンスターの陰に隠れて、少しでも多くの攻撃の射線上に入らないように逃げに徹していた。
だが彼が動く度、近くにいたモンスターに見つかり状況は悪くなるばかり。だからと言って立ち止まって戦うのは更に下策だっただろう。そもそも見つかった時点で詰んでいたのだ。
それは彼も分かっているのだろう。だから今も必死に逃げているのだ。
「ちっ…!」
舌打ち1つ、鉢合わせたタイラントベアーの攻撃を掻い潜る。
初めに遭遇したモンスター達はまだ追ってきているのだろうか。振り返ることも儘ならず、モンスター達の殺意の圧力に押されてひたすら走り続けるオレガノ。
窮地に立たされた彼は周りを警戒しながらも、視線を1点に向けていた。
その遥か先には淡い光を放つ帰還装置がその姿を露にしている。彼は装置の光を捉えており逃げながらもそちらに向かっていたのだ。
だが彼と装置との距離は遠く、行く手を塞ぐようにモンスターも襲い掛かってきており油断できない。
更に背後の頭上からはテアシナガザルが空を飛ぶように彼を追い越し、攻撃する隙を伺っているようだ。
「空がお前だけのものと思うなよ…駿迅踏破!」
彼等を鬱陶しそうに睨んでいたオレガノは、足元を青白く輝かせると木の幹を蹴って飛び上がった。
急接近してくる彼に驚いた様子のテアシナガザル。それを踏みつけ更に別の個体へと向かい、また踏みつける。曲芸じみたことを数度繰り返し距離を稼ぐオレガノ。
地面に着地した彼は、直線状に並ぶモンスター達を視界に納める。
「もう少し…花霞・満開!」
4体のモンスターの脇をすり抜け、合計8回の斬撃を浴びせる。更に装置へ近づく。
振り向きざまに「花霞・散華!」
4体の内、一番後列に位置していたタイラントベアーの背中を切り裂く。技後硬直で軋む体を無理やり動かし、振り向こうとしている敵の肩に盾を押し付けた。
「もう少しだ…!シールドインパクト!」
だがタイラントベアーの巨体はびくともしない。衝撃の反動を受けて吹き飛んだのはオレガノの方だった。いや、わざと吹き飛ぶようにしたのだ。後ろへと飛んだ先にはゴールである帰還装置。彼は更に距離を稼ぐことに成功したのだ。
『駿迅踏破』は、足場が悪い所であっても体を制御して走ることが出来るだけで、モンスターまでも障害物と見なして走りぬくなどという使い方はしない。
『花霞・満開』も単体に対する技だ。複数相手に使えば威力が分散してしまうだけなので、誰も距離を稼ぐために使うなんていう発送はしないだろう。
『シールドインパクト』も同じだ。
スキルの効果を拡大解釈して本来とは違う使い方をする。それはもはや『スキルを使いこなす』を通り越して『スキルを自分専用に変えている』と言った方がいいだろう。
『花霞』はともかく、今回初めて使ったスキルですら自在に操っている。
上手くモンスター達の波を潜り抜け先へ進もうと振り向いた彼はしかし、帰還装置の光を遮るように現れた影にその足を止めてしまった。
「エリアボス!?」
彼が見た影は、大樹の陰から現れた巨人の姿だった。モンスターの名前はトロル。その身の丈は人の3,4倍は優にありそうだ。でっぷりとした体つきに鈍い緑色をした肌。何故か燕尾服を着ており、執事然としている。
前回このモンスターが討伐され今の個体になってから、半袖半ズボンに胸元に名札を付けた格好や、サングラスをかけ花模様の涼しげな上着に膝下のズボンなど、様々な服装の目撃情報が上がっている。
一体何がしたいのか。
「うなじが弱点か…」
絶対に違う。
目の前の敵を叩き潰そうと振り下ろされた棍棒から転がるように逃げるオレガノ。他のモンスター達も一旦彼を追うことを止め、散り散りに逃げている。
「厄介な…」
彼は視線をエリアボスへと固定しながらメモリーズコアを交換しようと腰のデバイスへ手を伸ばす。
「…使いにくい」
やっぱり使いにくかったらしい。
ジャラジャラと動き回るチェーン型デバイスと格闘しながらようやく入れ替えに成功。
「まずは…花霞・満開!」
5回の斬撃と共にトロルの脇をかすめ背後に回る。敵の足を切りつけ多少怯ませることに成功したが、それでもまだまだ健在である。
だが今回は威力やダメージなどは度外視でいい。彼が欲したのは、障害物を乗り越える方法、そして移動距離なのだから。
「ランスチャージ!」
ロングソードを馬上槍のように見立て、突撃する。狙いは帰還装置。
彼の剣から溢れる青い光を体に浴びながら残りの距離を突き進んでいく。
だが無情にも装置にたどり着く前に青い光は弱くなっていく。あと少し、あと少し距離が足りなかったようだ。
「――届けええええええ!」
だが彼は諦めていなかった。スキルが終了し、技後硬直で固まろうとしている足を無理やり動かそうとする。
――すると一瞬ではあるが、彼の剣に再び光が宿った。
再び加速したオレガノは、放り投げられるように体を動かす。足りなかった距離を埋め、遂には帰還装置が放つ光の中へと侵入する。
今度こそ技後硬直で踏ん張りが利かなくなりたたらを踏み、足を縺れさせて転がって、装置に衝突してようやく動きを止める。
そして装置に近付いた途端、あれだけ押し寄せていたモンスター達は潮が引くように立ち去り始めた。それは、光の中に入った者には例外なく攻撃を加えないのがルールだとでもいうかの様な奇妙な光景だった。
「はぁっ…はぁっ…」
余程体力を消耗したのだろう。寝転がったまま胸を大きく上下させて息を整えている。
「はぁっ…はぁっ…さすがにレベルが足りないか…」
反省するように呟く彼の瞳は帰還装置に釘付けになっていた。
だが装置は何も言わない。モンスターに追われ疲れ果てた彼を優しく癒すように、暖かな光で包み込むだけだ。
『中層』は決して冒険者に牙を向かない。寧ろ優しすぎるのだ。冒険者は『帰還装置に近づくとモンスターに教われない』というルールに守られているのだから。
ただ、光の中と外を交互に経験する度に暖かい光の誘惑に抗えなくなってしまうのだ。
下層での冒険者達の平均滞在日数が約7日であるのに対して、中層では約2日。この数字が誘惑に抗えない者が後を絶たない証左だろう。
「はあ…早くシナモンに会いたい…」
特にこの男とは相性が最悪だったらしい。主に情けない理由で。
いや、攻略の途中で諦めてしまう冒険者が大半を占める中で、彼だけが情けないというのは違うだろう。
彼わ含め、彼らがどんな思いで諦めてしまうのか。ここで1つ、抗えなかった者の頭の中を覗いてみたいと思う。
◆◆◆
帰還装置を使い塔の外に出たオレガノは、一目散にシナモンの元へと帰っていく。
「あらっ?どうしたのですか、兄さん?何か忘れ物ですか?」
可愛らしいエプロンを付けた最愛の妹が可愛らしく首を傾げている。何故か彼女の背後で小さな花が咲き乱れていたが、ここは彼の妄想の中なので仕方がないだろう。
「いや、シナモンに会いたくて戻ってきた」
「えっ…」
オレガノがキメ顔を作ると、シナモンは見る見るうちに真っ赤になっていく頬を隠すように俯いてしまった。
「それは嬉しいです……けど」
前半は恥じらう乙女のような上擦った声だったが、『けど』と繋ぐ声は一変して氷のような冷たさを孕んでいる。
「まだ1日も経ってないのに、もう戻ってきちゃったんですか?」
「えっ」
「もしかして諦めちゃったんですか?」
「えっ」
「兄さんって……情けないんですね」
「えっ」
そしてゆっくりと顔を上げたシナモンの表情は、先程の恥じらいが嘘だったかのように侮蔑に塗り替えられていた。
「はっ!妹に失望される!」
妄想の世界から帰ってきたオレガノは、がばっと起き上がるとポーションを取り出しのどを鳴らして飲み干す。
もう彼の視界に帰還装置はない。
まだまだ大丈夫なようだ。
なんかちょっと無理やり感が…(汗)
オレガノだったら前話の状況をどう切り抜けるのか、というのをやってみましたが、いかがでございましょうか?いかがでございましょうか?
…え?コピペ?ははは、何を言ってるんだい。
いやー、今日もパンがうまいっ!




