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宿へ戻ると店主との挨拶もそこそこに部屋へ向かうオレガノ。中にいる少女を確認すると、普段はしかめっ面を貼りつけた様な表情がわずかに緩む。
正直不気味であるが、それを指摘する人物はこの場にいない。
「あれ?兄さん、どうしたんですか?戻ってくるのがずいぶんと早いですけど」
「あー、その、あれだ。明日はシナモンの誕生日だろ?だから早めに切り上げた」
「覚えててくれたんだ…いつも帰ってくる時はもっと遅いから、忘れたのかと思いました…」
「そ、そんなことはない!今回はこれを取りに行ってたんだ」
そう言うと、明日渡すはずであろう花束を取り出す。これはメレンゲの花と呼ばれるもので主に薬の材料として使われるが、綺麗な花を咲かすことからプレゼント用にも贈られる。
花を渡されたシナモンは、彼女が手に持つ花より可憐な笑顔を綻ばせる。
「わあ…綺麗…!ありがとうございます!それと、おかえりなさい」
「ああ、ただいま」
なにやら甘い空間を作っているが少女は正真正銘、オレガノの妹である。実妹である。
シナモンと呼ばれた少女は見たところ12歳くらいだろうか。
「少し早いが、15歳の誕生日おめでとう」
「ありがとうございます。もう私、15歳なんですね」
15歳らしい。
透き通った銀色の髪は真っ直ぐ腰の辺りまで伸ばしている。白いブラウスに淡い緑のロングスカートを身にまとい、清楚な雰囲気を更に引き立たせている。目鼻立ちははっきりしていて、将来が楽しみだと思う男性も多いのではないだろうか。
そんな彼女は頬を朱に染め、うるうると潤んだ瞳で彼を見つめている。くれぐれも勘違いしないで欲しいが、2人は紛う方なき兄妹である。実妹である。
「あれから3年か。まだしばらくかかるが、絶対に願いを叶えてみせるからな」
「兄さんの気持ちは嬉しいんですが、無理しないで下さい。不便なこともありますが、私は大丈夫ですから」
なにやらわけありのようだ。
説明しよう。彼女の体はヌガー病という病気に侵されているのだ。この病気は体の成長が止まるという症状で、治療法どころか未だに原因さえも分かっていない難病なのだ。
唯一分かっているのは、発症してから10年以上生きていた者はいなかったということだけだ。まだ7年とはいえそれは最大の期限であり、彼女の身を保証するものではない。
本当は不安でしかたないだろうに、兄を心配させないように気丈に振る舞っているのだ。オレガノもそれがわかっているのだろう。感無量といった様子で妹の成長を喜んでいる。
「今回は明後日までいるつもりだから、それまでは一緒にいよう」
「えっ!?そんなに早く行っちゃうんですか?いつもならもっといるのに…もしかして、無理してないですか?」
「大丈夫だ。今回はあまり消費しなかったから、店売りのもので補充できる」
「そう…それならいいんですけど…必要なら、ううん、必要じゃなくてももっと休憩していいんですよ?」
心配そうにするシナモン。その言葉にはもっと長く一緒にいたいという思いが見え隠れするのは、仕方のないことだろう。オレガノもそれに気づいているようで、自然とシナモンの頭に手が伸びる。
「俺は大丈夫だから。そんなことより早く病気治そうな」
「もう…子供じゃないんですから、頭をなでるのはダメです。す、すぐに晩御飯作りますから、待っててください」
顔を真っ赤にして逃げるように台所へ向かう。またしても甘い空間を作り出したわけだが…もう何も言うまい。
こうして兄妹の夜は過ぎていく。無論、性的ではない意味で。
◆ ◆ ◆
翌日、兄妹は街で買い物をしていた。
街は港のある南側へ行くほどに住宅街や宿泊施設、日用品店などが目立ち、塔に近づくほど武器屋や薬屋などが多く並ぶ構造になっている。
兄妹が向かう先はもちろん、南側の食料品店が並ぶエリアである。
兄は普段と代わり映えのしない地味な服装なのだが、妹は膝上くらいのスカートに少し薄手のセーターを着ている。短めのスカートは勝負服とのことだ。
何と勝負するのかは謎にしておこう。
「誕生日なのに、買い物をするだけでいいのか?」
「これでいいんです。今日は兄さんの好きなものいっぱい作りますからね!」
「シナモンの誕生日なのに、俺の好きなものはおかしくないか?」
「私は、兄さんがおいしそうに食べてくれるだけで幸せですから、これでいいんです!」
この男、満更でもないようでニヤニヤが止まらないみたいだ。…が、彼がすると裏がありそうな、黒い笑いになるので怖い。
街を歩く人の内、数人が二度見しているのは、シナモンの可愛さに目を奪われている。…ということだけでないのは、彼らの表情から推測できるだろう。
「おや、シナモンちゃん!今日はお兄さんと一緒なのかい?よかったねえ」
「はい!今日のご飯は腕によりをかけて作ろうと思ってるんです」
「そうかい。じゃあいいのを見繕わないとねえ。何が欲しいんだい?」
次々と材料を買っていき、オレガノのポーチに入れていく。
「オレガノも、塔にばっかり行ってないでちゃんとシナモンを大事にするんだよ?この子はいつも兄さんが、兄さんが、ってあんたのこと心配してるんだからね。たまにはサービスしなさいよ?」
「もうっ!そんなことないです!は、恥ずかしいからやめてください…それと、兄さんは私のことをちゃんと大切に思ってくれてます。昨日だって、私の誕生日のためにメレンゲの花を取って帰ってきてくれたんですから!」
「そうだったのかい。あんたもやればできるじゃないか!」
「サービス…」
店のオバチャンが背中をバンバンと叩くのも構わず、彼の視線は宙を舞う。こいつが想像するサービスとは違うと思う。
何か考え事をしていて反応がない彼に、いつものことなのだろうか2人は苦笑して肩をすくめるだけである。
買い物を済ませオバチャンと挨拶を交わし、次の店へ向かう。
「さ、次はお肉ですよ。いいものたくさん買いましょうね」
「そうだな」
肉屋やその他の店でも、おめかししたシナモンを見て店員がからかい、顔を真っ赤にしたシナモンに皆がほっこりするという展開を繰り広げ、買い物は無事終了する。帰ったらまた甘い空間が待っていそうなので、次の日までカットさせてほしい。