表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
塔に願いを  作者: みかた
17/39

17

 なんでオレガノさんはあの時私を助けたんだろう?

 今私の頭の中はこの問いがぐるぐると回っていて、まるで出口のない迷路を彷徨っているみたい。

 思い出すのはあのときのオレガノさんの背中。私のせいでフロアボスの攻撃を受けて血だらけになりながらも、しっかりと立っていた大きな背中。


 なんであんなことしたんだろう。分からない。オレガノさんに聞いても分からないって言うし…じゃあなんで助けたんですか…馬鹿なんじゃないですか?オレガノさんのせいで頭の中がごちゃごちゃしてしまってるんです…どうしてくれるんですか。

 あのときからふとした拍子にオレガノさんのことを思い浮かべてしまう…

 初めて出会ったこと、フロアボスと戦う前にサフランやシャロと一緒にトランプで遊んだこと…

 …やめてください。記憶の中にまでそんな怖い顔で出てこないでください。


 もうっ!なんでオレガノさんのことでこんなに頭がいっぱいにならないといけないんですか。今はお買い物中なんです。オレガノさんのことを思い出す余裕なんてないんです!


「あら?もしかしてアニスさんじゃないですか?」


 メイラード島の南西にある商店街でお買い物をしているとシナモンちゃんと出くわした。あっ、シナモンちゃんっていうのはオレガノさんの妹で、オレガノさんに似ずとても可愛らしい子なの。今でも信じられない。だっていつもしかめっ面してるオレガノさんと、いつもにこにこしているシナモンちゃんが兄妹なんて誰も思わないじゃない。


「シナモンちゃんもお買い物?オレガノさんは?」

「はい。兄さんはまだ動けないみたいだから、今日は1人で買い物です」

「お、オレガノさんの傷、まだ治ってないの…?」

「え?あはは。そっちは教会で治してもらったから大丈夫ですよ。動けないのは無茶なスキル構成の代償で、筋肉痛になってるせいです。

だからアニスさんが気に病む必要はないですよ?」


 よかった…あれから別状はないみたい。…本当によかった。


「でも、お見舞いには行った方がいいよね。近いうちに行ってもいいかな?」

「はい。もちろん。なんだったら今日いらっしゃいますか?」

「あ、う…きょ、今日?そうね…今日はあれがあれだから…ち、近いうちに…ねっ?」


 ま、まだオレガノさんと顔を合わせるのはちょっと、なんというか、ちょっと…

 なんだか体が熱くなってきた…もうオレガノさんのことを思い出すのは禁止っ!ダメ!ゼッタイ!


「…?いつでもいらしてくださいね」


 そう言ってにっこりと微笑むシナモンちゃん。…ああ、なんて可愛いんだろう…癒される…オレガノさんが可愛がりたくなる気持ちも分かるわ。

 そういえばなんでオレガノさんはこんなに可愛い妹を残して塔に挑戦しているのかな?確か、叶えたい願い事があるんだよね…?もしかして、妹さんと関係があるのかな…?

 はっ!いけない!またオレガノさんのこと考えちゃった!

 オレガノさんのことで折り合いがついてない今、思い出してもグルグルするだけで答えに辿り着けないのは分かってるのに…


「アニスさん?」

「へっ?ご、ごめんちょっと考え事してて…どうしたの?」

「もしよかったら一緒にお買い物しませんか?アニスさんもお買い物しようとしてたんですよね?」

「いっ、いいの!?ぜひ!」


 ほわー…こんな可愛い子とお買い物できるなんて幸せすぎる…


◆ ◆ ◆


「へーっ!じゃあ家事はシナモンちゃんが全部やってるんだ。偉いね!」

「そんなことないですよ。いつも宿にいるからそれくらいはしようと思っただけです。」


 今はおしゃべりをしながらシナモンちゃんとお買い物の真っ最中。

 なんでも、宿暮らしなのに家事全般はシナモンちゃんの役割で、オレガノさんが塔に挑戦している間は1人で生活しているみたい。


 宿って言っても私が泊まっているような食事なんかのサービスがあるところじゃなくて、長期間住み込むことを前提に作られたところを借りてて、料金が安い代わりにサービスは受けられないらしい。

 料理、洗濯、お掃除なんかをいつもこなしてるなんて完璧すぎる…!いつも宿の人に任せっきりな私とは雲泥の差だわ…い、一応私だってお料理くらいはできるんだから!


「でも、オレガノさんは塔で稼いでるんでしょ?だったらサービスが付いてる宿にすればいいのに。彼には言わないの?」

「ううん。これは私が言い出したことなんです。兄さんに付いて行くって言ったのも。だから、兄さんの負担をちょっとでも軽くするのが私の役目なんです。

…何もしてないと、色々考えちゃうから…」


 …そっか、オレガノさんが塔にいる間心配で心配で、たまらないよね…

 今までその心配は杞憂で済んでたけど、だからこそ今回の大怪我は相当堪えたよね…

 運ばれて戻ってきたオレガノさんに駆け寄るシナモンちゃん。あのときのシナモンちゃん、すごく辛そうだった。回復魔法をかけながら、兄さん、兄さんって…


 オレガノさんがシナモンちゃんを安心させるように笑いかけると、少し落ち着いていたけど…オレガノさん…あんな笑顔、できるのね。…私、初めて見た…

 はっ!じゃなくて!今はオレガノさんのことじゃないんですって!出てこないでくださいよ、もう!


「アニスさん、アニスさん?さっきからどうしたんですか?どこか具合でも悪いんですか?」

「ご、ごめんごめん。ちょっと考え事してて…」


 シナモンちゃんとおしゃべりしていると、どうしてもオレガノさんのことを思い出しちゃって集中できない…せっかくシナモンちゃんと仲良くなるチャンスなのに…恨みますよ、オレガノさん

 …あっ、ダメです。そんな怖い目で睨まないでください。恨むとか嘘ですから。


「何か悩み事ですか?もしよかったら私に聞かせてくれませんか?私じゃ相談に乗れるか分かりませんけど、悩みは溜め込むといけないんです。他の人に話すことで気持ちが楽になるんですよ?

…って、教会の人の受け売りなんですけどね…」


 恥ずかしそうにはにかむシナモンちゃん可愛い…!

 でも、悩みってあなた達兄妹のことなのよね…


 オレガノさんのことを思い出していつもモヤモヤした気持ちになるのは罪悪感から来るものっていうのはなんとなく分かる。

 そもそもシナモンちゃんにはオレガノさんの怪我の理由を説明して、謝って、気にしないでって声をかけてくれたけど、本当に気にしてないの?って思っちゃう。だって、シナモンちゃんとおしゃべりしていると、彼女がどれだけオレガノさんのことを大切に思っているか分かるから。私だったら気にしないでなんて言えない。

 もちろん、シナモンちゃんがもう気にしてないのは話してて分かる。でも、だからと言って罪悪感が消えるわけじゃない。


 どうしよう。話す?話して本当に気にしてないことが分かったらそれで満足できるの?それとも、怒って欲しかったの?ありのままの感情をぶつけてくれたら満足?

 …どっちも違う気がする。それに、本人に言っても困らせちゃうだけなんじゃないかな…


「あ…ご、ごめんなさいっ。私みたいな子供に相談なんてできませんよね…」

「そ、そんなことないよ!シナモンちゃん、私よりきちんとしてるし大人っぽいから、とにかく大丈夫よ!」

「…ホントですか…?」


 ううっ、ぐだぐだと悩んでたらシナモンちゃんが落ち込んじゃった。こんな悲しそうな顔、見てられないよ!

 どうしよう、話す?話しちゃうか!?


「シナモンとアニスじゃない。珍しい組み合わせですわね」

「あっ、ローリエ!ローリエもお買い物ですか?」

「ええ、しばらく休暇を貰いましたの。本当は塔に着いて1日休息する予定だったのに、すぐフロアボス戦だったから…

だから今日は街の施設を確認しているんですわ」


 話すかどうか迷っていたところに声をかけてきたのはローリエちゃんだった。

 ローリエちゃんはオレガノさんとシナモンちゃんの幼なじみで、今は騎士団の選抜メンバーに加わって塔へとやってきたらしい。彼女は怖そうな男の人にも意見を言える格好いいところと、オレガノさんのことが気になってるのに恥ずかしがって隠そうとする、可愛いところがあるとっても可愛い子。


 そういえばオレガノさんはローリエちゃんにも安心させるように笑いかけてたな…私には向けてくれなかったのに…はっ!だからオレガノさんのことを考えても仕方ないんだって!


「じゃあ一緒に行きませんか?私に分かることだったらなんでも教えますよ?」

「それはありがたいけれど、アニスさんと約束していたんじゃないのかしら?」

「ううん。シナモンちゃんとは偶然会っただけだから、私も気にしないよ?」


 可愛い子2人とお買い物できるなんて天国すぎる…

 あ、でも2人ともオレガノさんと関係あるんだよね…今よりももっとオレガノさんがちらちら出てきそう…

 せっかくのお買い物なのに…このことは忘れませんよ、オレガノさん…


「日用品なんかはやっぱりストーチカが出しているお店で買うのがいいですよ。他よりも安く買えるんです。お洋服はあそこのウリクノってお店で買うのがおすすめです」

「あ!私も大体あそこで買ってる!シナモンちゃんもそうなんだ!」

「はい!冒険者の方も利用されてますよね。仕立てもいいし色んな種類が置いてあるんですよ。もちろん安く買えるのも大きなポイントです!」

「なんだか目線が主婦みたいになってますわよ…」


 確かに…だったら夫役はオレガノさんかな…?

…想像したらなんだかモヤモヤしてきた…なんでだろ?シナモンちゃんはオレガノさんみたいな人に渡したくなかったからかな…?何考えてるんだ、私。


「そ、そうですか…?なんだか恥ずかしい…あ、あと塔に挑戦する為に必要なものはストーチカかRuINeSルイネスってギルドのお店で買うのがいいらしいですよ」

「ルイネス…確か、主に王都で活動しているそこそこ大きな研究系ギルドだったかしら?」

「そう、だったかな?ストーチカは大手ギルドなだけあって、色々なものが揃ってるよね。ルイネスの方はポーションとかの薬品が充実してるからこっちで買う人もいるみたい」


 一般的なポーションっていうと、回復魔法の劣化版みたいなものかな。止血や増血くらいしかできないけど、回復魔法が使える人がいても予備に持っていく程冒険者にとっては必需品として考えられてる。

 フロアボス戦の時、オレガノさんもこっそり使っていたの見たけど、流石にあれを治すのは無理だったみたい。あれだけ動けば傷口が開くのは当たり前なのに、無茶ばっかするんだから…


「はい。後、武器防具類はアイアン・スミスがいいらしいですよ。どこも北西ブロックに固まってるって聞きます」


 島は大きく4つに区画整備されていて今言った北西ブロックは冒険者が利用するような店が固まってるの。

 それにしても…


「シナモンちゃんすごいね、そんなところまで知ってるなんて!」

「あはは。教会で働いていると冒険者さんとお話することもありますから、それで教えてもらったんです」

「そうでしたわね、シナモンは教会で働いていますものね」

「はい。私に出来ることがあるならなんでもしたいと思って」


 なんていい子なんだろう!こんないい子を妹に持つオレガノさんが羨ましい!


「私が知っているのはこれくらいですね。何か分からないところはありました?」

「そうね…じゃあ今教えてもらったこととは関係ないのですけど、もし良かったら私と合流した時何を話していたのか教えてもらえるかしら?

…本当はこんなこと聞くものじゃないんでしょうけど、あの時のあなたたちどこかギクシャクしているように感じたから気になって」

「そうでした!アニスさん、何か悩み事があるらしくて、相談に乗ろうとしたんです。

…私じゃ力不足でも、今はローリエもいます。3人いればきっと解決策も見えてきます。だから…私にも悩み事のお手伝いさせてください!」


 シナモンちゃんやローリエちゃんは私をこんなにも気にかけてくれて、心配してくれてたんだ…それなのに私は変な勘ぐりをして勝手に悩んじゃって…情けないなあ、もう!

 独りよがりの被害妄想に囚われてたなんて、壁を感じてたのは私だけだったなんてすっごく恥ずかしい!間抜けにも程があるよ!

 …でも気付けてよかった。シナモンちゃんが壁を感じながらも乗り越えようとしてくれたお陰だよ。


「うふふ。やっぱりシナモンちゃんは力不足なんてことないよ。だってシナモンちゃんとローリエちゃんのお陰で悩みが解決したんだから。ううん。本当は悩む事なんてなかったのよね。それに気付かせてくれた。

もう悩みはなくなったけど今まで心配させちゃってたから、一応悩んでたこと話すね。ローリエにも関係あるから聞いて欲しい。

…ほんと今から思えばどうしようもない理由だったんだけど」

「そ、そんな…私のお陰って、まだ何もしてないですよ?」

「わ、私も関係がありましたのね…いいわ。聞いてあげましょう」


 シナモンちゃんは頬を赤く染めてはにかんでる。可愛い。

 ローリエちゃんは高飛車な感じにしてるけどそれ、照れ隠しだよね?シナモンちゃんみたいに耳まで赤くなってて可愛い。


 それから私は2人に悩んでたことを話した。

 オレガノさんが怪我をしたことで、シナモンちゃんやローリエちゃんは私のことを許してくれないだろうって勘違いしていたことを。


「全く、失礼しちゃいますわ。そんなことで私達が気にするものですか。今後は私達のことを信用なさい!」

「そうです!兄さんが怪我をして運ばれた時はどうしようもなく怖かったですけど、今はもう元気です。だからこれ以上気にしてアニスさんと仲良くなれないことの方が嫌です!」

「シナモンちゃん…ローリエちゃん…!

そうよね。2人は初めから気にしないって言ってくれてたのに、オレガノさんのことを思い出すとどうしても…ね」

「兄さん…ですか?」

「そう。最近、ふとした拍子にオレガノさんと出会った時のことや会話の内容、守ってくれた時の姿なんかを思い出しちゃって、その度に胸が締め付けられる感じがして…たぶんこれ、罪悪感からそうなってるんだと思うの。

あっ、でも今は大丈夫。2人のお陰で重荷が取れたみたいに体が軽く感じるから」


 …あれ?2人ともどうしたんだろう?驚いたように口を開けてるけど…

 それはそれで可愛いけど、ちょっとだけ馬鹿な子みたいに見えちゃうよ?

 …と思ったら、今度はシナモンちゃんがクスクスと小さく笑い出しちゃった。可愛い…じゃなくて、どうしたの?

 ローリエちゃんはなんかムスッとした表情してるし…な、なんなの?


「うふふ。もしかしたらそれ、まだ続くかもしれませんよ?」

「へっ?そ、それってどういう…?」

「兄さんのことを思い浮かべてしまうってことです」


 ええっ!?オレガノさんのことでまだモヤモヤしないといけないの?


「でも安心してください。少なくともそれは罪悪感から来るものじゃないですから」

「し、シナモンちゃんには理由が分かるの…?お願い…私に教えて…?」

「ふんっ!それじゃ意味ないでしょ?これだけヒントを貰ったのだから、あとは自分で見つけなさいな」

「強敵登場ですね、ローリエ」

「か、からかわないで頂戴!…アニスさん、私は負けませんわよ!」

「は、はあ…」


 な、何がどうなってるの…?シナモンちゃんは急に暖かい目を向けだすし、ローリエちゃんからは一方的に宣戦布告?されちゃうし…

 その後2人は考える時間が必要だろうって言って帰っていっちゃった。

 わ、私の幸せなひと時が…ぐぬぬ…こ、このことは忘れませんよ、オレガノさん…

ち、違うんです!アニスが変な子になってますけど、違うんです!元から変な子なんです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ