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リベラル・ハンマー

「というわけで……リアルで飯を食う時間も含めて、ゲーム内で5日後くらいに、ダンジョンに行くことになったんじゃが」

「大丈夫かよ、爺さん」

「行くダンジョンってどこなんですか? いくらお孫さんのためとはいえ、身の丈に合っていないダンジョンに行くのは、お勧めしませんよ」

「言われんでもわかっとるわ。孫は単純に自分の仲間を紹介して、『ゲームにいる人だって悪い人ばかりじゃないんだよ?』と、ワシに教えたかっただけのようじゃしな。こんな自業自得な大見栄きったジジイのフォローも忘れんとは、流石ワシの孫っ!!」

「爺さん。鬱陶しいから孫自慢は鏡に向かってやってくれんか?」

「人に話す価値もないと言いたいのかっ!!」


 翌日。孫にひたすら謝罪し何とか誤解を解いたワシは、初めてのダンジョンに行くということで、こうして町長の店に集まり、スティーブたちと緊急会議を開いていた。

 メンバーはスティーブとエルのいつもの二人にはじめ、タオル鉢巻きに黒のタンクトップという職人姿がすっかり板についたツンツン茶髪ドワーフ族のカイゾウ。そして、筋骨隆々とした細マッチョな体を見せつけるような、ぴっちりとした服の上に桃色のエプロンという、いまいちなりたいキャラの方向性がわからんヒューマンのアキラと、ワシの五人。それぞれ今日の仕事のノルマは終えての参戦じゃ。


「まぁ、そういうわけで行くダンジョンに関しては、孫も考えてくれとった。ワシがどの程度戦えるのか見るために、まずは初心者用の『ゴブリンの洞窟』にいくそうじゃ」


 ワシが告げたダンジョンは、平原からちょっと行ったところにある森のフィールド入り口付近にある洞窟じゃ。

 もっとも最初に見つかったダンジョンということで、すでに攻略自体は終わっており、ボスも倒されているところで、初心者でも上級者と共に入れば、十分安全に探索ができる場所として知られておる。


「でも、あそこ意外とモンスターの動き早いって話だぞ? 爺さんハンマー使いだったよな?」

「安心せいっ! スライムは一人で倒せるようになったわいっ!! 純化の結晶集めるのに乱獲したからのう」

「いや、スライムと洞窟ゴブリンは基礎性能がちが……」

「まぁまぁ、あのトッププレイヤーのパーティーである『ゴールデン・シープ』が護衛してくれるなら、大丈夫ですよ!」


 ワシの戦闘力を半信半疑と言った視線で見つめてくるカイゾウに、エルは苦笑いで割り込んできた。


「今はなすべきことは、そこじゃないしねぇ~」

「あぁ、そうだった。んで、ダンジョン行く前に装備の新調したいんだったか?」

「それもあるが、孫たちにもちょっと新しい装備をプレゼントしてやりたくてなぁ。ほら、ワシら職人街出身の職人の装備って意外と人気あるみたいじゃし、忘れていた詫びの品としては調度いいじゃろう?」


 アキラとスティーブによる会話の方向性修正が行われ、ワシはようやく本題にはいることができた。

 こいつら、言動はアレじゃけど、気づかいはできるんじゃよな……。


「おう! そういうことなら手伝ってやるよ、爺さん! 爺さん今武器で手いっぱいだろ? 俺鎧鍛冶のところで金属鎧の作り方習っているから、ちょうどいい」

「なんと、お主鎧鍛冶になったのか?」


 カイゾウの意外な職業選択に、ワシはちょっと驚いた。魔改造武器が作りたいんじゃなかったのか?


「あぁ。俺も初めはそう思っていたんだけどな……。武器なんて手に持って運ぶ以上、どうしても仕込めるギミックがな……。だがその点鎧は全身にギミック仕込めるからっ!! いずれはパワードスーツを作りたいと思っている!!」

「あ、あの一応ここファンタジーの世界観で……」


 何とも言えない顔になり、エルがツッコミを入れるが、妙なスイッチが入ったのか、カイゾウの都合のいい耳にはそんな言葉は届かない。


「取りあえず爺さん! バネで飛び出る爪と、最近調薬師が生成に成功した火薬を搭載した、ロケットブースーター詰みたいんだけど、いいか!? まだ試作段階で、安全面にやや不安があるんだが……」

「普通の鎧で頼む」

「金なら払うぜっ!!」

「なんで、リアルで治験のモルモットになって、ゲームでも実験体にならねばならんのじゃっ!! やったら本気で怒るからのっ!!」

「ちっ!」


 盛大に舌打ちをするカイゾウに、こいつを信頼していいのだろうかと不安になるが、今のところ職人街で一番腕のいい鎧職人はこいつなので、今更断るのも惜しいしのう……。


「アクセサリーに関しては、私の知り合いに職人さんがいますので、任せてください。とりあえず種類だけでも聞きたいんですが……」

「邪魔にならんよう鎧の下に装備できるネックレスで」

「あ、あの……アクセサリーなんですけど。見せなきゃ意味がないモノなんですけど……」


 何とも言えない顔になるエルには申し訳ないが、ジジイが着飾ってものう……。と考えつつ、ワシは最後にスティーブとアキラへと視線を向けた。


「そっちには、帰還後に料理でもふるまってもらいたいんじゃが……。ワシの仲間も紹介しておきたいしのう」

「あらいいわよ。優秀なトッププレイヤーに贔屓にしてもらっているってことが広まれば、私たちの腕の保証にもなるもの。願ったりかなったりよ」

「ただ、それだけじゃ、俺たちの援護はちょっと地味だな……。あ、そうだ!」


 そういうと、突然何かを思いついたらしいスティーブは、厨房の方から何かをとってきた。

 それは巨大な寸胴鍋。中身は紫色の湯気と異臭を放つ、真っ黒な物体Xじゃった。


「うっ!? な、なんだそれ!?」

「あら、それうちの冷蔵庫で封印されていた奴じゃない。町長が『絶対触れるなっ! お願いですからっ!!』って言っていたけど、いいの持ってきて?」


 突然のゲテ物の召喚に驚くカイゾウとアキラ。だが、ワシらはその物体の正体を知っておるっ!!


「うっ!? そ、それは……」

「前の猛毒料理!?」


 町や、回復地点と言った、安全圏ダメージ無効化機能すら無視して、スティーブと町長に状態異常を付与してのけた、悪魔の料理。スティーブの無駄にあった料理スキルによって作られた、グレートオブメシマズイヤじゃ。


「いや……発酵しちまったせいか、もう料理人じゃあ使い切れなくなってな……。爺さんの武器になんか使えるんじゃないかと思ってもってきたんだが」

「食い物の使用法じゃないのう……」


 とワシは顔をひきつらせつつ、一応鑑定でその料理ともいえない何かを鑑定してみる。


『アイテム名:クァwセdrftgyフジコlp!? (腐食)

 性能:《猛毒》《腹下し》付与 

 内容:悪魔の料理人によって生成された毒薬。ありとあらゆる素材が悪い方面で引き立つように調理され、神の気まぐれと悪魔の悪戯によって完成された、異次元のまずさを誇るコンソメスープ。口にするどころか飛沫がかかるだけでも相手を猛毒状態にする。また腐っているため、食べると腸内が急転直下。動くだけでトラウマ級の恥をかくことになる

品質:☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆』

「これベースはコンソメスープじゃったんかっ!?」

「俺の夢はあれだからなっ!!」

「諦めろって言うたじゃろうっ!!」


 各方面に怒られるじゃろうがっ! と、ワシはいまだに健在の老舗週刊マンガ誌を思い出しながら冷や汗を流す。


「ま、まぁ確かに、これの能力を武器に使うことができれば、比類ない毒性武器を作れるじゃろうが」

「だろ?」


 だがこれ、鍛冶師だからと言って扱えるものなのか? と、ワシは冷蔵庫に入れられて、冷えていたはずなのに、なぜかぶくぶく泡が出ている恐怖の料理を見て、顔を引きつらせる。

 というか、人類が扱っていい素材なのかこれ?


「一応預かっておくわい……」

「よかった……。処理に困っていたんだ。まさかそこらへんの川に流すわけにもいかなかったし」

「そんなことしたら、向こう数年この町に人は住めなくなるわね……」


 もはや化学汚染物質扱いか……。と、初見であるアキラにそこまで言わせるこの料理の破壊力に、ワシは顔を引きつらせるのじゃった。



              ◆         ◆



 というわけで、装備の新調に関してはめどが立ったので、あとは孫たちの武器を作るだけじゃと、ワシは再び工房にもどった。

 そこではここ数日で増えた、ランベルダの弟子たち三人と、そいつらと金を出し合って買った新しい溶鉱炉三基があって、ワシの後輩の三人は溶鉱炉の前で、新しい鉄のインゴットを作るためにハンマーをふるっていた。


「あ、お爺さん、お帰りなさいっ!」

「おいこら、鉄から目を離すな。お前鑑定がないんだから、鉄の色を覚えて鉄の扱いを知っていかなきゃいけないんだぞ」

「あっ! はいスイマセン師匠っ!!」


 と、ランベルダに注意を受けたのは、珍しいエルフの鍛冶師であるTomo(トモ)じゃ。ドワーフみたいな小柄な体が特徴で、もしかしてリアル小学生? と疑われていたのじゃが、本人が言うとリアルではもう二十歳を過ぎておるとのこと……。

 どうなっておるんじゃ? と職人たちの間で《二十歳は嘘》説と《伝説の合法ロリ》説が流れておる奇妙なプレイヤーじゃ。


「ジジイ見てみろっ!!」

「ソードブレイカー! ソードブレイカーっ!! とうとう制作に成功したぜっ!!」


 そう言ってギザギザの刃を持ったロングダガーを見せてくるのは、男女のネコ耳を生やした獣人の双子の《Yボー》《Mボー》のYMブラザーズ。ちなみにYが姉でMが弟じゃ。ゲームに来た瞬間、たった二人で《クラン》というこのゲームで言うところのギルド的な集団を立ち上げた猛者で、TSOで最初に建ったギルドとしてちょっと話題になっておった。ギルドの活動内容は武器の売買。ここで技術を学んだら自立して、店を構えるのが夢らしい。

 ワシのマインゴーシュに憧れて、ランベルダというよりワシに弟子入り志願してきたやつらじゃった。

 無論ワシの師匠はランベルダじゃと言って、教育はそちらに投げたんじゃが……。ワシ、人に教えられる程、技術があるわけじゃないしのう。


「で、爺さん。鎧とかその他防具の新調は通りそうなのかよ?」

「うむ。みないい奴らで快く引き受けてくれたわい。ついでに素材をもらってきた。ほら、ちょっと前に噂になっとった、町長の食堂にある、開かずの寸胴鍋の」

「素材?」


 鍋の正体を知っているランベルダは、顔をひきつらせながら頭を横に傾ける。うん、まぁ言いたいことは分かるんじゃが……。


「まぁそれはいい。とりあえず防具が何とかなりそうなら、まずはジジイのハンマーだな。ついでに鍛冶用のハンマーも新調するか? いつまでも初心者用の安物ハンマーじゃ、ジジイの制作にも影響が出るだろう」

「え!? そ、そんなことできるんですかっ!?」


 驚いたような声を上げたのはTomoじゃった。まぁ、包丁が作れるくらいじゃから、道具も自作できるんじゃないかと思っておったが……本当にできるとは、とワシも驚いとる。


「じゃぁ、GGYはしばらくこの店行って来い」


 ランベルダはそういうと一枚の紙を取出し、そこに何かを記載してワシに渡してくる。


「これは?」

「リリベル打撃武器工への紹介状だ。というか真向いだが」

「しっとるよ」


 目と鼻の先というか、店の真ん前じゃろうが。と、ワシは後を振り返るとそこには、こちらと同じように四機の溶鉱炉を稼働させ、武器をトテカン打っておる職人たちが見えた。

 と言っても全員カーソルは緑。NPCじゃが……。


「冒険者の弟子がこなくて暇だって言っていてな……。弟子一人よこせよって言われちまって」

「なんじゃろう、一気に人身売買くさいにおいが漂ってくるのじゃが……」

「まぁ、全部の武器作ろうと思えばいずれは通らなきゃならん道だ。性格はあれだが腕は保証するし、ちょっと揉まれて来い」


 そんなことを言って、ランベルダはさっさと行けとワシを店から追い出す。


「いや、でもプレイヤーの弟子がおらんではないか? 大体の店に職人プレイヤーが入ったというのに、あの店におらんっていうのはおかしいじゃろ!」

「いいからさっさといけっ! 俺あの人苦手なんだよ……」

「は?」


 この職人気質の男が恐れるとは、いったいどんな奴じゃ? と、ワシは首をかしげながら、仕方なくその店の店先へと歩いて行った。

 まぁ、どちらにしろワシの主武装はハンマーじゃから、いつまでも刃物専門のランベルダだけを師事しておるわけにもいかんとは思っておったし、いい機会じゃ。自分の武器もかなりの物が作れるように、ここでしばらく武器を作ろう。

 ワシがそう覚悟を決め、店の中に入った時だった。


「すまんが、ランベルダに紹介されて、この店に技術を教えてもらいに来たんじゃが」

「あら☆ ようやくきたのねッ キラッミ☆!!」


 四人の苦悶に満ちた顔をしたNPCたちの奥にいた店主が、ワシの来店と共に立ち上がる。

 ランベルダの店からは店の奥が陰になって見えなかったが、そやつは女店主のエルフじゃった。


「あら? 若い子じゃなかったの~? ざ~んねん! あの双子の弟君、結構いい顔していたのにっ!」


 そんなことを言う女は、フリフリのフリルだらけのファンシーな桃色服に身を包み、


「でも、弟子になるって言うなら大歓迎☆ 冒険者の子たちって、なぜか私を見て青い顔をして逃げていくんだもん♡」


 おそらくメイスの亜種と思われる、先端に星と羽がついた可愛らしくも、振った時の風切り音が、明らかに鈍器の重厚な音を立てる武器を片手に。


「初めまして私のかわいい冒険者弟子第一号! 私がここの店主の、リリベルた~んよ☆」


 そう言って、頬に人差し指を当ててキメポーズをとる……皺だらけの御婆さん。

 いいや、現実逃避はやめよう……。ワシを待って負った店主リリベルは、尖ったエルフ耳を持ち、魔法少女の恰好をした、ワシと同い年くらいのババアじゃッタ、


「ごふっ!?」

「「「「おじいさぁああああああああああああああああああああん!?」」」」


 得体のしれない、数値に現れない正体不明のダメージを食らい、ワシが喀血してぶっ倒れるのを見て、冷や汗を流していたNPCの職人たちが慌てて駆け寄ってくる。

 それを見て一瞬氷結していたリリベル婆は、とっても不満げな顔をして一言。


「なぜ?」


 それに対する儂の返答はあれじゃった。

 自分で言うのもどうかと思うがあれじゃった……。

 自分だってこの年でゲームしているくせに、あれじゃった。


「BBA……無理すんな」


 主に周りの精神の安寧のために……。と、ワシはそのまま気を失い、


「「「「お、おじいさぁああああああああああああああああああああああん!?」」」」


 NPC職人たちの声をバックコーラスに、ワシはそのまま意識を失った。



              ◆         ◆



「ひどい目にあったわい……」

「いきなり失礼な態度とられた私の身にもなってほしいんだけどね……」

「だまらんか! お前の無理は、ワシの無理とは根本的にベクトルが違うっ!! というか、ワシも老人が無理をしてはいかんとは言えんが、無理をするにしても、周りの迷惑にならん程度の無理で納めるべきじゃ!」

「なんだい! 私の無理が周りの迷惑になるっていうのかい!」


 あれから数時間後、NPCたちの必死な介抱によって何とか意識を取り戻したワシは、頭に水で濡らしたタオルを乗せながら、怒号を上げておった。

 目の前ではいまだに魔法少女の恰好をした、リリベル婆が座っておる。

 正直言って醜悪。同じ老人として恥ずかしかった……。

 これでまだ若いモノの服を着ているくらいの無理じゃったら、かわいらしいで終わらせられたかもしれんのに……。


「よりにもよってなぜ魔法少女!?」

「失礼な奴だねッ! これはエルフ族に代々伝わる魔法使いの正装だよっ!!」


 別の意味で掲示板が燃え上がりそうな事実を、暴露する出ないわっ!? とワシは思わず顔をひきつらせ、どこまで本当なんじゃろう? といぶかしげな視線をリリベル婆に送る。そんなリリベル婆は、さすがに意識を失ったワシに悪いことをしたとは思っているのか、


「若い子限定だけどね……」


 とボソッと付け足した。やっぱり……。


「でもわたしゃぁまだまだ若い気だよ! それを体で表すために、こうしてこの服を着ているんじゃないかっ! 若い職人に、舐められないためにっ!!」

「いや、舐める云々以前に、初見の奴は悲鳴を上げて逃げていくじゃろう……」


 道理で冒険者の弟子がいないうえに、ランベルダにも苦手と言わしめるわけじゃ。まともな感性をしておったら、まず近くにいること自体が耐えられんわい……。と、ワシは独りごちながら、苦笑いを浮かべているNPCの職人たちを見つめた。


「あんたらも苦労しとるのう……」

「もう慣れましたから」

「極力視界に収めないようにすれば何とか……」

「腕はいいんですよ、いやほんとに」

「腕だけは、ですけど」

「バカ弟子どもっ!! いつまで油売ってんだいっ! さっさと依頼の品仕上げてきなっ!!」


 口々にそんなことを言ってのける弟子たちに、リリベル婆が怒号を上げ一喝する。

 それを聞いて蜘蛛の子を散らすように逃げていく弟子たちに、リリベルは舌打ちをし、


「まったくあんたならわかってくれると思っていたのに、胸糞の悪い。まぁランベルダの坊主の依頼だからね、とりあえずある程度の物ができるようになるまで面倒は見てやるよ」


 リリベルはそういうと、ワシを一気の溶鉱炉の前に案内した。

 火はすでにともっておるし、材料もすでに用意されておった。

 粗鉄と、鉄。だが、


「ん? 二つも鉄を使うのか? ただの鉄槌づくりじゃろ?」

「何ド素人みたいなこと言ってんだい。鉄槌作るにも技術がいるんだよ。あんたまさか、適当な柄に溶接すれば終わりとか考えていたんじゃないだろうね?」

「……………………………………」


 グウの音も出なくなったワシに、リリベル婆は白い目を向けてきよる。クソッ、魔法少女の格好したババアに、こんな目を向けられるいわれはないわいっ!


「はぁ。まぁ、ランベルダの小僧が専門にしている刃物でこれをアンタに使わせるのはまだ早いかもね」


 リリベル婆はそう言ってため息をつくと、解説に入った。


「いいかい? 打撃武器っていうのは構造が単純な故に、最も壊れにくい武器だと思われている。だけどね、実はこれは勘違いなんだよ」

「なんだと? そうなのか?」

「あたりまえだろ。鍛冶屋の金鎚ならひたすら固く重いモノの方が、鉄の不純物をたたき出しやすくなるし、整形も一気にできるようになる。まぁ、繊細な整形なら、それに合わせて重さの違う金鎚に持ち替えないといけないけどね。一般の大工が使う物なら、扱いやすく取り回しが簡単なソコソコの重量の金鎚が好まれる。だけど、戦闘用となるとそうもいかない」


 リリベル婆はそういうと、ランベルダも作っておった品質☆10の鉄を持ち出してきよった。

 適度に炭素を含んだその鉄は、非常に高い硬度と、整形のしやすさを両立した奇跡のような鉄じゃ。


「打撃武器っていうのは、斬撃武器に比べて武器にかかる負荷がけた違いなんだよ。そりゃそうさ。本来対象を切断することによって、武器にかかる対象物からの反発力をほぼ流せる刃物と違い、打撃武器っていうのはその反発力を真っ向からうけとめちまう武器だ。そして、その反発力をきちんと受け止められる構造にしないと、打撃武器っていうのは刃物よりもすぐに壊れちまう。打撃武器は構造が単純だから壊れにくいんじゃない。本当の打撃武器は、職人が長年の試行錯誤によって壊れにくい武器を作ったんだ」

「ふむ……なるほど。で、その壊れにくい構造というのは?」


 一理あるな。と、リリベルの服装を極力見ないように心掛けながら、ワシはリリベルの言に感心する。ただの鈍器にも歴史があるということじゃな……。


「で、その壊れにくい構造というのはなんじゃ?」

「あんたら、冒険者は結構知っているもんだよ」


 リリベルは、そういうと炉の中にやわらかい粗鉄と、固い鉄を放り込み数分後、真っ赤に発熱したそれが、ちょうどいい感じの柔らかさになったのを見て取り出す。

 そして、鉄の方を板のように整形するようワシに指示を出しながら、


「打撃面や、穂先、鍵などの実際的にたたきつける部分は、威力を上げるために、あんたに整形を頼んだ固めの鉄を当て……それ以外の部分は、全部鋳型で作ったやわらかい鉄でつくるんだ。そうすることによって打撃部分にかかる負荷を、打撃面の固い鉄からやわらかい鉄に吸収させる。特に持ち手の部分は気を使わなくちゃいけないよ。下手に衝撃を殺し切れない構造にしちまうと、武器を敵にたたきつけるだけで手がしびれるようになっちまう。下手すりゃ掌が複雑骨折するからね」


 それを言われワシはその構造理念が、一体何の武器の構造とかぶっているのか思い出した。

 鉄の硬度を変えることによって衝撃を殺し、折れず・曲がらず・よく斬れる刃物として君臨することになった武器。そう……刃物世界の頂点。世界随一の刃物と名高い、我が日本が誇る、日本刀の構造理念じゃ!



              ◆         ◆



「ほら、こいつが完成品だよ。記念にくれてやる」

「これが……」


 ワシはリリベルが打ち出したウォーハンマーをよこされた。

 打撃する部分には多くの炭素が含まれている証の、硬度の高い黒い鉄が付けられ、どこから変色しているのかわからないほど自然なグラーデーションを見せつけながら、ゆっくりとやわらかい粗鉄へと素材が変わっていく鉄槌。


 武骨な印象を本来受けるべきそれは、リリベル婆の彫金細工によって、バラの刻印が刻まれ、美術品としてもやっていけそうな美しさを放っていた。


『アイテム名:リベラル・ハンマー

 性能:筋力+105 器用+24 身長170cm代のキャラクターのみ必要技量-10

 内容:一流の鍛冶師リリベルによって作られ、名を与えられた最高傑作。美術品としての価値も高く、彫金で施された模様には、この武器を正しく使ってほしいという願いが込められ、持ち主の器用さを上げる効果がある。

 ある特定の客のことを考えられて造られた武器でもあるため、必要技量が下がっている。

 品質:☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆』


 至宝。そう言って差し支えないほどのこの武器の性能に、ワシは思わず度肝を抜かれる。

 ウォーハンマーは武器の中でも筋力値+が高い武器じゃが、前線で使われている武器ですら筋力+80を超えん。それの三割増し数値を示し、さらに彫金の効果によって器用まで上がっておる。

 下手をすればこれを巡って前線が争奪戦を起こすぞ……。と、ワシは思わず冷や汗を流した。

 だが、何よりも強い感想は、


「くくく。良い目をしているよ、あんた……。こんな武器が作れるのかと言いたげな眼だ」

「っ!」


 ワシの感想を的確にリリベルに見抜かれ、ワシは苦笑いを浮かべて肩をすくめた。


「あぁ。正直アンタをなめとったよ。だが、こんなもんワシがもらっていいのか?」

「あたりまえだよ。武器としては、まだあんたには使えないからね……」

「むっ?」


 どういうことじゃ? と思い、メニュー画面を開きそれを装備すると、


「っ!? 重い……!?」


 これでは到底ふるえんと思えるほどの重さが、このウォーハンマーにはあった。いったいどうなっておる!?


「身の丈に合わない武器は、逆に持ち主の首を絞めるのさ。あんたにゃこのハンマーを操る技量が足りないよ。それが、あんたらが隠しステータスって呼んでいる《必要技量》ってやつさ。まったくふざけた言葉だよ……。武器を扱う技術に熟達していない奴が、品質のいい武器をふるえるわけがないだろう。冒険者の連中は、そんな常識すらわきまえない奴が多くて困る」

「だとしたらなぜ、ワシにこんな武器を与えた?」

「なぜかって? いずれこえるべき目標があった方が、職人ってのは燃えるだろう?」

「……はっ!」


 サラッとリリベル婆が放った一言に、ワシは自分の目に炎がともったのを感じた。


「よかろう。いずれ自分の手で、この鉄槌を超える武器を作ってワシ自身で装備してやるわい! その時はこんなハンマーなぞ二束三文で売り出してやる!」

「いいねぇ。鍛冶師ってのはそうでないと。さぁ、打撃武器のイロハを叩き込むよっ! 五日後にダンジョンに行くんだろう? 時間がないならさっさと動きな、ジジイ!」

「言われんでも動くわ、ババア」


 売り言葉に買い言葉を返しながら、ワシはリリベル婆がどいた炉の前に座り、先ほどリリベルが行った工程と、同じ工程を行い始める。

 ワシの自分の武器を作るための戦いが始まった。



              ◆         ◆



「ところでなんでリベラルなんじゃ? リリベルでいいじゃろう?」

「あぁ? せっかく武器に好きな名前つけられるのに、リリベルなんて愛らしくも、可愛らしい名前つけられるわけないじゃないか!! リベラルのほうがいかつくて武器っぽいだろ!?」

「どっちも変わらんじゃろう……。あと、さらっと自分の自我自賛をはさむのはやめんか、みっともない」


 そんな会話を交わしたせいで、気が抜けてしまい、最初の制作が見事《生産失敗ファンブル》したのは内緒じゃ……。

刀の構造が打撃武器にも応用できるのか……。現実的な話は俺には分からなかったり……。


なんか問題があったら教えてください^^;


14/09/11 1:18

ウォーハンマー製造工程を訂正。

 必要技量に関しては、どのように上がっていくのかは全く不明。とりあえず個人差があるプレイヤースキルでないことはわかっているらしいです。


 メイン職業のレベルが上がるごとに上がっていくことから、多分これが関係しているのではないかといわれています。


 あとは体格てきに扱いづらい武器などを装備する場合は、バッドステータスとして必要技量+がつくため、もしかしたらこれも関係あるのではないかといわれていたり……。

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