意外な事実
「どうしたもんかのう……」
孫からメールをもらってから数分後。いやいや、確かにステータスは上がったが前線のダンジョンとか、ワシが戦えるわけないじゃろう? と冷や汗を流したワシは、とりあえずいきなりのお誘いをした詳しい事情を聞こうと、慌てて孫の家に電話をかけた。じゃが、電話に出た娘の話じゃと、「あの子もうゲームに入ったわよ?」とのこと。本当はもうちょっと勉強してほしいんだけどという娘の愚痴に、同じゲームをしておるワシが同意するわけにもいかず、愛想笑いで誤魔化しながらワシは電話を切った。
そして「仕方がない……。ゲームでチャットメールでも送って話を聞くか」とおもい、こうしてゲームにログインしたわけじゃが……。
「おなしゃっす! 俺達にも弟子入りのクエストを!!」
「「「「お願いしまぁああああああああす!!」」」」
「だまれぇええええええええ! 店の営業を邪魔するお前らに、何を教えろって言うんだっ!!」
お昼ごろにログアウトしたランベルダの店の前には、黒山(いや、黒髪じゃない比率の方が高いんじゃけど……)の人だかり。
そいつらが全員、店先で見事な土下座を決め、怒り狂うランベルダを前にして梃子でも動かないという姿勢を取っている。
何の騒ぎじゃ? と、一瞬言いかけたワシの脳裏に、先ほどの孫からのメールですっかり忘れておった、職人掲示板の騒ぎがかすめよった。
そういえば、それをどうしようかで悩んでおったんじゃった……。と、やはり物忘れが激しくなっている自分の頭に苦いものを覚えながら、ワシはとりあえず様子をうかがい、店を秘密裏に出る手段を探る。
こんなややこしそうなやつらに捕まったら、それこそ骨までしゃぶりつくされるッ!! と、ワシにそう思わせるほどの気迫がそやつらにはあった。
「お前ら……わかっているな! 断られても頭を下げ続けるんだ! 三顧の礼だ!!」
いや、それたぶん使い方間違っとるから……。と、先頭で土下座をする大柄な青年に、ワシは内心でツッコミを入れるが、土下座職人たちのツッコミどころの多すぎる会話は、それだけでは止まらない。
「ふっ。なめるなよ、リーダー。俺はこの時のために、新しく開いたスキルスロットに《土下座Lv.1》を入れてきたっ!!」
「ちょ!? お前男前すぎるっ!?」
「Lv.が上がれば本来受けられないスキルを、低確率で受領可能にしたり、隠しクエストのヒントを教えてもらえるスキルだったかっ! くぅ、ネタだと思ったらこう考えると結構いいスキルだったのかもっ!!」
「よし、俺も土下座スキル入れる!」
「おれもおれも!」
「ならば俺ものらねばなるまい……」
「え!? じゃ、じゃぁわたしも……」
「「「どうぞどうぞ」」」
「えっ!? フリだったの!? もう入れちゃったんだけど!?」
「ネタがマジになった瞬間である」
おぬしら、土下座くらい静かにできんのか……。と、まったく掲示板と同じノリで、土下座をしながら会話をする職人たち。無論頭は上がっていないため、あたり一面を埋め尽くす背中を向けた人間の間から、声が漏れ出てくるのじゃ。なんというシュールな光景。現実で土下座なんてよほどじゃないと見ないからといって、こっちで堂々とやってどうする。プレイヤーのお主らはともかく、店先でこんな人数に土下座されているランベルダの気持ちにもならんかい。
と、内心呟きつつも、ランベルダを助けに行かないワシも相当じゃが……。と、ワシが考えた瞬間だった。
参ったな。と、言いたげに頭をかいていたランベルダが、店の奥からその光景を覗いておるワシの存在に気づきよった。
まずい!
「お、爺さん! ちょうどよかった! あんた冒険者だろう? こいつらにこんなこと止めるように言ってくれっ!!」
『なに!? GGYだと!?』
おいこら。爺さんとしかいっとらんじゃろうが!? ワシだとはいっとらんじゃろうがっ!? と、いまさら言っても仕方がない悪態を内心で着きながら、ワシは目をギラギラ輝かせるプレイヤーの群れにため息をつき、隠れていた店の奥から顔を出す。
こういう場合は逃げるのがいいのかもしれんが、あいにくとワシの足はステータス的に見ても速くない。それに、人間は逃げるものを追う習性がある。下手に逃げたところで、事態は悪化しかしない。だったら、いっそのこと初期の段階で向き合っといたほうが、まだ交渉の余地があるという物じゃ。
「えっと……代表は誰じゃ? 掲示板はみとったから大まかな事態は把握しておる。そのうえで話し合いがしたいんじゃが」
「あぁ! だったら俺です!」
そう言って立ち上がったのは、先ほど先頭で土下座をしていた大柄な青年。青年がメニューを開いて飛ばしてくれた名刺をうけとり、ワシはその名前に目を通す。
『キャラクターネーム:MA☆改造』
あぁ、これ多分掲示板でワシの話題だしたやつじゃ……。と、いまさらながらそれを悟ったワシは、こちらもメニューから名刺を飛ばしながら、
「ランベルダ、すまんが、ちと店先をかしてくれんか?」
「はぁ……。まぁいい。どうせ客なんて近所の主婦くらいしかこねーし。ただ客が来たら絶対どけよ!」
ランベルダは最後にそう言い捨てると、ひどい目にあったと言いながら店の中に引っ込んだ。
わるいことをしたのう、とワシは内心苦笑いを浮かべながら、この町の職人と平然と話しているワシに驚いたのか、目を見開いている職人たちを振り返り、
「さて、お主らが聴きたい情報と、鍛冶のスキルについて、ワシがちと教えてやろう」
隠すことでもないしのう。と、ワシはマインゴーシュを作った経緯と、品質の高い武器を作れる理由を話しておいた。
◆ ◆
「で、こうなったと?」
「町長には悪いことしたかのう?」
「いいや? 迷惑そうにしているが、あれはあれで喜んでいると見たね。職人なんてものは他人から評価されて何ぼだしな」
そう言って笑うスティーブに、本当か? と疑いの言葉をかけながら、ワシはMA☆改造と交渉をしておる町長に視線を移した。
「言われてみれば、不機嫌そうな顔の裏に、何かを楽しんでいるような色が隠れている気が……」
「だろ?」
最終的に「立地でギルドに流れるようなにわか職人が、うちの町の教育に耐えられるとは思えんがな!」と、罵詈雑言を浴びせながら、きっちりクエストをMA☆改造たちに提示する町長を見て、ワシは苦笑いを浮かべることになった。
結局職人街の職人に、チュートリアルをしてもらうためのクエストに関して、あっさりゲロしたワシは、ほかの店にも突撃土下座をかましておった職人志望たちから、リーダーであるMA☆改造――縮めてカイゾウに主要なメンバーを集めてもらい、町長の店に連れてきた。
さすがに人数が人数じゃったので、交渉のために来た数人を連れてきただけで、残りのメンツは職人街の商品を見て回るように通達しておいたが。
突撃土下座は無しの方向で……。
「ワシらのアイテムの品質が高いのは、明らかに職人街で仕事を習ったからじゃしのう。それ以外ギルドの職人と、性能の違いが出る理由がわからんし……」
「いや、それがどうもギルドと職人街の教えじゃ、結構違うところがあるらしいぜ、爺さん」
「なに?」
どういうことじゃ。とワシが首をかしげると、スティーブは隣に座っていた細マッチョの男に視線を向けた。
その男は紫色の髪を五分になるまで短く刈り込み、雷のような剃りこみを入れておる。種族は人間。カーソルは青。プレイヤーじゃな。
そしてその男はスティーブからの視線に気づいているのか、ぱちりとワシに向かってウィンクをしながら、
「うっう~ん! ステちゃんったら! 説明めんどくさがらないで、ちゃんとおじいちゃまに説明してあげればいいのにっ!」
「お、おじい……ちゃま!?」
お、オカマ!? MMORPGでオカマって!? と、戦慄を覚えるワシに、よくよく見ると化粧が施されているように見える顔をしたその男は、自己紹介を始める。
「わたし、ステちゃんと同じこの食堂で働く予定の、料理人志望のアキラっていうのよ? 以後よろしくね?」
「あ、あああ……そ、そうか」
反応に困るワシに、何か言ってやれと言いたげなスティーブ。ワシはそれに『いや人の趣味はそれぞれじゃし』と視線で返しながら、ワシはアキラの次の言葉を待つ。
「ちなみにリアルでは男よ!」
「じゃぁ何で女キャラにせなんだっ!?」
万が一、本物の性同一障害だったとしたら、VRMMORPGでくらいネカマやらんかい!? と、ワシが我慢できずに叫んだ時、アキラは肩をすくめて、
「やぁねおじいちゃま。身体不一致はVRゲームでは危険だって知っているでしょう? 性別の変更とかその最たるものだしね。だからこのゲームではネカマできないのよ?」
「あぁ、そういえばそうじゃったな……」
一番の理由はMMORPGがVRゲームでなかった時代、ネカマに騙された男が、心に深い傷を負う事例が多かったため、禁止された言う物じゃが……。
「まぁ、私は別に女にならなくても、ニューハーフという新しい人類の枠組みだから、そんなに気にはならないんだけどね? ほら、ニュータ○プとニューハーフって似ているでしょう?」
「ガ○ダムに謝れ……」
とりあえず、昔ファンじゃったアニメを穢されて血涙を流すワシに、いいかげんお喋りが過ぎたと悟ったのか、「ごめんなさい、おじいちゃま」とアキラは苦笑い交じりに謝罪して、アイテムボックスを中からアイテムを取り出した。
それは、どうやら食材と思われる、野菜各種とアーマーライノスの肉が現れた。
「ギルドの生産職と、職人街の生産職の違いは……やって見せた方が早いわね」
アキラはそういうと同時に、そのままメニュー画面をタップ。スキル画面を目の前に開くと同時に、アイテムボックスから包丁を取り出す。
そして、その包丁を取り出した食材の上で一振るいし、
「《クッキング》」
システムコール。それによって、発動したスキルの光が、瞬く間に食材を包み、
「え?」
「なに!?」
驚くワシらの前で、野菜炒めに早変わりした。
ワシが慌てて鑑定すると、
『アイテム名:アーマーライノス肉の野菜炒め
性能:防御力+1 180分間
内容:野菜と肉が適度な量で、適度に炒められた一品
品質:☆☆☆☆☆』
と、結構な品が出来上がっておった。
じゃが、
「どうやって作った?」
制作過程がまるで分らん。いくらゲームで工程が簡略化されているといっても、鉄は叩かねば伸びないし、料理は包丁で食材を切らねばならない。
ワシがそう言いたげに首をかしげていると、アキラは肩を竦め、
「逆よ、逆。おじいちゃんたちの方が特殊なの。そんな細かいところまでハンドメイドで作るなんて、私たちからすればそっちの方が驚きの事実なの」
「つまり、ギルドで生産職のチュートリアルを受けると、材料とレシピさえあればこの品質で、この商品を大量に生産できるいわゆる『均一生産』スキルを使った製造法を教えてもらえるらしい」
「タップと、ちょっとした言葉一つですぐに商品ができるし、品質は確率に左右されるけど、レベルが上がるごとに☆5つがかなりの確率で出るようになるわ。まさしく量産品を作るにはうってつけの能力ね」
「なんじゃそれ? 便利じゃないかっ! ワシがトテカンハンマーでたたいて作るよりも、出来上がりははるかに速かったぞ! あっ……じゃがそうなるとデメリットも」
「そう。当然あるに決まっているわ」
アキラはそういうと同時に、ワシが作ったマインゴーシュを取り出した。競り落としたのはこいつじゃったか……。
「正直ゲームで作られたとは思えない作品だわ。触った質感や、重量から、あなたの技術力の高さと、何より遊び心が見て取れる。これをさわりたいがためだけに、全財産をはたいたかいがあったという物」
「いや、べつにそんなに言われていいほどの、鍛冶の達人になった覚えはないんじゃが……。初めてまだ数日じゃし」
「レベルによって実力は左右されるんだから、爺さんが作る作品は結構なもんだぜ? 自信もてよ」
そんな身もふたもない。とスティーブの言葉に呆れるワシに、アキラはわずかに口角を吊り上げながら笑いをこらえている。
「ふふふ。それでね、私たち職人が何よりも食いついたのがこの品質の部分」
そういってアキラが指差した、マインゴーシュのステータス画面には『品質:☆☆☆☆☆☆』のマークが躍っていた。
「正直驚いたわ。レシピもなしに、ゲームでまだ発見されていない武器を鍛造できたこともさることながら、品質を☆5から上に上げるなんて……。それこそ、もう少し鍛冶スキルを上げてから。いいえ、下手をするとこの初期の世界ではスキルレベルをカンストさせないとできないんじゃないかと、職人はみんな思っていたもの」
「つまり、そちらのギルドで教えてもらった『均一生産』ではそれはできなかったと?」
「えぇ。そういうこと」
攻略の片手間で、生産職を行う人間にならそれでもよかったかもしれないが、
「私たちは生産職で名を売ろうとする生産廃人たちよ。自由度が高いという触れ込みだった、このゲームの生産方法を見て、正直がっかりしていたのよ」
「そこで、ワシのマインゴーシュが市場に流されて、あの祭りか」
「そういうこと。まさか、スキル画面からの生産以外で生産する方法があるとは思わなかったからね……」
ワシもまさか手作り以外の方法で、商品を生産する手段があるとは思わなんだわ。と、ワシもメニュー画面を開くと、スキルの項目に昨日まではなかった『均一生産』の項目が追加されておった。どうやらギルドは本当にチュートリアルを教えるだけだったらしい。誰が教えても同じように使えるようになるこのスキルからは、その主張がありありとうかがえた。
ためしに開いてみると、ワシが作った道具が必要な材料と共に、ずらっと生産可能欄に並んでおった。粗鉄のインゴットまであるぞ……。
「そんなわけで、私たち廃人生産職組はあなたに続けと、こうしてこの町にやってきたというわけ」
「なるほどのう……ワシらの武装の品質が、高品質じゃと騒がれる理由がわかったわい」
運営もいろいろ考えておるんじゃのう。と、ワシは思わず感心しながら、ウェイターが持ってきてくれた緑茶を口に含んだ。
ふ~。久々に長々と話したから口が疲れたわい。
そうして人心地ついた後、進捗具合はどうなっておる? と、町長に視線を向けると、店の迷惑にならないようにというワシの要望は行き届いているのか、先ほどから何人かの職人職志望が、二人から三人ほどの人数で、入れ代わり立ち代わり店を出たり入ったりしている。そして町長からクエストを受けているのだが、何分数が多いのか町長の目がだんだん死にはじめていた……。
が、がんばれ町長! ワシがそう思いながら、内心で町長の冥福をお祈りする中、
「さてと、騒ぎもひと段落ついたみたいだし、もうそろそろしたらお昼時だ。オーナーがあんな状態だから、料理の仕込みは俺がやらんと」
「あら! だったら私も手伝わせてくれないかしら! チョットでも多く勉強させてっ! ついでにその可愛らしいお尻も触らせてっ!」
「死ね!」
スティーブとアキラが立ち上がり、おのおのが料理に髪が落ちないよう頭にバンダナや帽子をかぶる。
口でなんと言っていようがその表情は真剣そのもの。流石は廃人職人たちじゃ、とワシは感心し、
「ついでにワシもここで飯を食ていくかのう。ん? そういえば今日はそのほかにも、相談しなければならないことがあったような……」
何か大事なことを忘れているような……。と、首をかしげ、
◆ ◆
ゲーム内での就寝直後。ワシのメニュー画面にメールが届いたと通知が入り、いったい誰じゃとメールを開くと。
『from:ネーヴェ
本文:お、おじいちゃん……。メール届いていますか? もしかして怒っていますか?』
「し、しまったぁあああああああああああああ!? 孫からのダンジョンのお誘いすっかり忘れとったぁああああ!?」
自分がとんでもない失態を犯したことをようやく悟り、慌ててチャットメールを送り孫に謝罪のメッセージを送った。
だ、ダンジョンに行く相談すらできなかっただとっ!?
あ、スキルとステータスの数値を下方修正しています。気になる方は数値の変動を確かめておいてください^^;