超上昇の解説
インゴットを何とか作り、ランベルダに認められたらしい、翌日。
何度も繰り返してくれたランベルダの仕事を見て、何とか鍛冶のやり方を覚えたワシは、一応の経過報告をしに町長の食堂を訪れた。
その店先で、
「お! エル!!」
「お爺さん!」
こちらはどうやらわしよりも順調に進んだと思われるエルが、兎の真っ白な毛皮を使った、ジャケットを抱えて持ってきておった。
鑑定でそのジャケットを見てみると、
『アイテム名:兎皮のジャケット
種類:布製上着型防具
性能:防御力+10 魔力+9
内容:新人職人の手で作られた布製防具。柔らかな自然素材によって作られたため、魔力の循環を助ける効果がある。
品質:☆☆☆☆☆』
と結構な品質の装備じゃった。
掲示板で見たところ、布製防具の平均的な性能は防御力+20じゃったはずじゃ。
それに比べるといささか防御力は劣るが、他の防具にはない魔力の循環を助けた結果と思われる、『魔力+9』という前線の布防具には存在はしない効果じゃ。それを考えるとこのジャケットは、かなりの性能をもっておることになる。きっと前線にもって行ってもそれなりの値段で売ることができるじゃろう。
なにより、この町で流通している布装備の防御力は9が上限。エルの依頼達成は確実と言っていいじゃろう。
「おぉ、早いのうエルは……。ワシはようやく鍛冶のやり方がわかったところじゃというのに……」
「あ、あはははは。まぁ、私は現実でも洋服とか作っているので、やり方は大体わかっているんで。現実と比べると、はるかに工程も楽チンですし。あれ、でも鍛冶のやり方がわかったっていうことは、お爺さん職人さんにやり方習ったんですか?」
「あぁ。というか、仕事するから勝手に覗いて、技術盗めと言われた感じじゃのう」
「すごいじゃないですかっ! 私が場所貸してもらった職人さんなんて、私を工房に放り込んだ後、目も合わせてくれなかったんですよっ!!」
それはまたなんとも……。と、ワシは意外と頑なじゃった、この町の職人の態度に驚く。
まぁ、このクエストはその職人に認めてもらうためのクエストなんじゃから、クエストをクリアしとらん今は、それが普通なのかもしれんが……。だとしたらランベルダはなぜ、突然ワシに仕事を教える気になったのか?
ワシは内心で首をかしげながら、とりあえず最後の職人仲間であるスティーブの様子を見るために、食堂の扉を開く。
「おい、スティーブ! 経過報告に来たぞっ。エルはなんとクエストクリアじゃ!」
「やりましたよ、スティーブさん!」
ワシら二人がそんなことを言いながら、店の中に入ると……そこにはっ!?
「……………………………………………………」
「ブクブクブク………………………………」
猛毒(状態異常の極致。麻痺と毒と眠りと混乱と……etc とにかくすべてのバットステータスが付与される)状態になって痙攣する店主と、同じように猛毒になって、泡を吹いてぶっ倒れるスティーブがカウンターで突っ伏しておった。
「な、何がどうなってこうなっとる、おぬしらぁああああああああ!?」
「きゃぁあああああああああああああああ!? スティーブさぁあああああああん!?」
どう見ても事件現場にしか見えない食堂の様子に、ワシとエルは思わず悲鳴を上げた。
◆ ◆
「いやぁ……ひどい目にあった。料理が意外と簡単にできたから、今度はどこまで不味い料理ができるか挑戦してみたらあのざまだ。まさかこの世界の飯マズ料理が、あそこまでの威力を誇るとは……」
「何しとるんじゃお主は……」
あれから数分後。町中を駆けまわって解毒薬を集めた儂らの活躍によって、何とかトンデモ状態異常から回復したスティーブは、エルが汲んできてくれた水で口をゆすぎながら一心地ついていた。
どうやらわしが仕事を必死に覚えているうちに、割とあっさりクエストをクリアしたスティーブは暇を持て余してしまい、町長と合同で究極にまずい料理の制作に挑戦したらしい。
いざ料理に失敗したときに、どれくらいの被害が来るのか調べてみたかったのだそうだ。
その結果がどうやらあれのようで、
「なんか料理スキルじゃなくて、調薬スキルが上がっているんだが……」
「もはやあの料理が料理ではなく毒薬の領域ということなのじゃろうな……」
厨房で紫色の煙を上げる、様々なゲテ物食材が煮込まれた鍋を見て、ワシは思わず顔を引きつらせる。
町長もその鍋の中をのぞき「これどうしよう……深夜テンションで、妙な物作るんじゃなかった」と心底後悔した様子で呟いている。
「とにかく、俺たちのうち二人はクエストクリアして、これから本格的に職人としての腕を上げていくわけだが……」
スティーブはそう言って、ワシの方を見て、
「一番の大金星を挙げたのは爺さんみたいだな……。まさか、一日で《超上昇》までランクアップさせるなんて……」
「それが気になっておったんじゃが、この《筋力超上昇Lv.1》っていったいなんなんじゃよ?」
前はなかったレベルまであるし……。と、ワシが尋ねると、スティーブは肩を竦め、
「こいつは俺しか知らない隠し要素だから、極力内緒で頼むぜ?」
とワシに告げ、自分のスキル欄を開く。
そこにはワシと同じ《器用上昇増加》と《素早さ上昇増加》の二つのスキルがあった。そして、これをとるならこれがないと話にならないと孫が言っておった《加算》スキルが存在しとらん。
「爺さんは不思議に思わなかったのか? この世界はスキルのLv.がものを言う。スキルスロットを増やすのだって、予備を除いたすべてのスキルの平均が、既定値に届くことが条件になっているんだぜ? なのに、最初のスキル選択からLv.がないスキルがあるなんておかしいだろ?」
「む、言われてみれば」
スキルのLv.が存在しないということは、そのスキルのLv.は必然的に0となり、保有スキルの平均Lv.上昇に、大きな後れを出すことになる。そうなると、それをとったプレイヤーととらなかったプレイヤーとに、大きな差ができてしまう。
「いくら運営が鬼畜だからって、さすがにキャラクターメイクの時から、選んだら即終わってしまうような、地雷スキルは入れないと俺は考えた。そんで、このLv.がないスキルには、何か特別な隠し要素があるんじゃないかと思って、βテストではそれを調べてみたんだよ。そしたら」
「ワシが超上昇を手に入れた、あの隠しクエストをクリアしたと」
「そういうこと。どうやら、この上昇増加系スキルは、もともとこのスキルに進化させて使うためのものだったらしいんだわ。んで、ベータで検証してみたところどうもこのスキルの進化条件は『加算系スキルを入れずに、このスキルのみで、上昇増加がかかっているステータスを50以上にすること』みたいなんだわ」
「なるほどのう。つまりこのスキルの本当の狙いは、スキルの上昇に補正をかけるわけではなく、本当の意味でステータスを鍛えるための物じゃったというわけじゃな? だが、そうなるとこのスキルの効果が気になるのう? 別段これといった変化があるように感じとらんのじゃが?」
むしろ、このスキルになってからステータスの上りが悪くなった気が。と、ワシが首をかしげておると、そりゃ仕方ないとスティーブは苦笑いを浮かべる。
「超上昇の効果は、『スキルや、武器によらずステータスが上がる際、その上がる数値をスキルレベル分倍加する』だからな。Lv.1の場合は一倍。つまり、増加上昇の時とはちがい、鍛えてもスキルの数値は1しか上がらないんだわ」
「なんじゃそれは……」
性能が悪くなっておるじゃないか。と、ワシはその話を聞き思わず眉をしかめる。だが、スティーブはそんなワシの態度を見て「おいおい、よく考えろよ」と笑いながら、
「いいか爺さん。Lv.1の時はそうだが、そのままLv.が上がっていってみろよ? Lv.2の時は、2倍になって、3の時は3倍になる。最終的にこの世界ではスキルレベルを30まで上げられるから……1時間ちょっと鍛えるだけで、爺さんの基礎ステータスはいきなり30も増えるんだぞ?」
「むっ!」
そう言われるとこのスキルの凄さがわかってきよる。なるほど、これはたしかの超上昇じゃ。
ワシがそう思い納得していると、さらにスティーブは爆弾発言を発する。
「しかも、加算系のステータス上昇は、Lv.上限に至ると同時に止まるが、ステータスの上昇は、運営が設定したこの世界のステータス上限まで止まらないんだ。そんで、その世界のステータス上限は、当然のごとく加算系ステータス上昇のはるか上をいっている。つまり」
「鍛えれば鍛えるほど、最終的なステータスの数値はこちらのスキルの方が勝つ可能性があるということかの?」
「ま、粘り強く鍛えられればの話だが」
スティーブは最後にそう理を入れたあと、
「でも、そっちの方が燃えるだろう?」
無論! と、ワシは思わず不敵な笑みを浮かべながら、力強く頷いた。
GGY無理すんなと散々バカにしてきたやつらを、見返すことができるかもしれん。なによりも、自分のキャラクターに無限の可能性がひそんでいるというだけで、ワシの心は高ぶった。
ゲームをする者にとって、鍛えがいのあるキャラクターというのはそれだけて高ぶるものじゃろう?
「まぁ、デメリットとして他のスキルよりLv.が上がりにくいっていうのもあるが、爺さんならすぐにLv.2に上がるだろう。本当は1日で上がるようなもんでも……というか、本当によく1日でステータス100を上げたな? 1日中重量ダンベル持ち上げ続けでもしたのか?」
「あぁ、さすがにそれはないが、似たようなことはしとったのう……。ほら、鍛冶ってあのクソ重いハンマーを持ち上げて鉄を打つ仕事じゃから、それを延々と続けておったら……」
「あぁ……それで。戦闘と比べると確かに効率はいいよな。延々とハンマー振るっていうのは。戦闘は集中を切らさないために休み休み行うが、鍛冶は短調作業な分その休みの回数を減らせるからな」
だがだとしても、どれだけの時間ハンマー降り続けたんだよ。と、呆れたようにつぶやくスティーブに、ワシは苦笑いを浮かべて「無駄に歳とっとるわけではないんじゃよ」とだけ答えておいた。
そして、ワシらはしばらくの間、新しいスキルの詳しい性能について話し合い、意外なことにエルも加算系のスキルを持たず、上昇増加だけをとっていると知り、互いにトップの奴らを驚かせてやろうと約束した。
その後、もういい時間だからということで、町長の許しをもらって食堂の一角を借りログアウト。
この日のゲームを終えたのじゃった。
◆ ◆
その翌日。医者からの定期連絡をもらい、経過報告をした後、ワシは本日2回目のログインをした。
朝から昼までは医者に言われて適度に体を動かすために、近所を散歩しておったからじゃ。
なんでも、VRゲームをする場合、一番注意をしなければいけないのは運動不足になることらしい。
はまりすぎるとご飯も食べずに、VRゲームの食事だけで済ましてしまい、体調を崩す人も出てくるため、朝昼晩の食事はしっかりとること。そして、朝から昼にかけては極力体を動かし、運動不足にならないよう心掛けることを厳命された。
まぁ、一応体を気遣ってくれてのことなので、それに逆らう理由もなくワシは黙って朝から昼にかけては散歩に時間を費やし、近所の顔なじみの店や、古本屋などに立ち寄っておったのじゃ。
その際、古本屋の店主をしておる幼馴染から、
「なんかお前この前会った時と比べて生き生きとしてないか?」
と言われたので、
「新しい趣味を見つけたんじゃよ」
とだけ答えておいた。あちらも店番するだけでは暇なのか、いったいそれはなんだとしつこく食い下がってきたが、この年でゲームをしているとバレてしまうのも、なんだか気恥ずかしいので、ワシは最後までその質問をはぐらかして、答えは言わんかった……。
そして、お昼に入ってからは食事を終え1度目のログイン。お昼12時から夕方17時までひたすら鍛冶に打ち込み、スキルレベルを上げることに全力をかけた。
その間にたまたま作ったマインゴーシュのせいでランベルダと取っ組み合いの喧嘩をすることになったが、まぁそれは些細なことじゃろう。
とりあえず、その喧嘩が終わった後は、ランベルダに言われた通り黙って包丁を作り、町長のクエストを何とか達成したことだけは記しておく。
それよりも……。
「まずいのう……。こんなにログインしたくないと思ったのは初めてかもしれん」
喧嘩の原因になった、マインゴーシュが掲示板で話題になっておった。
鍛冶掲示板では当然でておるし、攻略組が情報収集しておるガチ戦闘組掲示板でも、ワシのマインゴーシュが話題になって、草の根掻き分けてでもワシを探し出せと書いてある。
正直ワシとしてはようやく、GGY無理すんなと言われなくなって、嬉しいと言えば嬉しいのじゃが、攻略組の掲示板の方は熱意が尋常ではないので、捕まればえらいことになりそうだという恐怖の気持ちの方が強い……。
これはログインと同時に、スティーブに事情を話してどこかに雲隠れをするべきか? と考えつつ、ワシは今後騒がしくなるであろうゲーム内の日常に、ほんの少し嘆息した時じゃった。
「ん?」
ワシのパソコンの方に1通のメールが届いておることに気付いたのは?
「なんじゃ? ネットでワシにメールを送ってくる奴がいるとは、珍しいのう」
職場を定年退職してからはすっかりネットを使わなくなったと、ワシの知り合いは知っておる。だから、知り合いからの通信手段は、たいてい手紙か携帯電話じゃ。
だというのに、メールが送られて来とるとは……解せぬ。
「いったい誰じゃろう? 長年放置していたスパムが来ておるとか?」
そんな可能性を告げながらワシがそのメールを開くと、
「む!?」
そこには孫のメールアドレスが書かれておった。内容は、
『from:由紀子
本文:おじいちゃん。不快な思いさせてごめんなさい。
その侘びと言ってはなんですが、おじいちゃんの周りが何やら騒がしいことになりそうなので、メールを送らせていただきます。よかったら、私たちと一緒にしばらくダンジョンに潜りませんか?』
それは、ワシがはじめていく冒険のお誘いじゃった。
解説回になってしまった。
そして今考えてみたら、ゲーム内のステータス上昇数値考えるのがめんどくさい!?
計算してみると、加算系で、余裕で1万行きそうなステータスができるのですがこれいかに?
2014/09/07 ステータス・スキルの数値をもろもろを下方修正。極力三ケタを超えないようにしました。