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黒死の運び手

 体がひび割れても、ペイルライダーの力は劣化することはなかった。

 いや、寧ろ体を覆っていた厚化粧がはがれたせいじゃろうか?


「さっきよりも……早いっ!?」


 瞬間移動も使っておらんのに、先ほどとは比較にならない速度で移動し、奴はワシらの前に現れる。

 かろうじて反応できたのは、素早さに特化しステータスを持っておるプレイヤーたちじゃが、それでも奴が振り上げた鎌が、ワシらに到達するまでに彼らが何かをできるわけもなく。


『滅びよ!』


 よりどす黒くなった紫色のエフェクトを伴った大鎌の斬撃が、ワシらに向かって降り注ぐ。

 じゃが、ワシの隣にはちょうど奴がやってきたところじゃ。


「《ガーディアンプライド》!!」


 ワシの隣に立っておったラクライが、半歩前へ踏み出し紫色の斬撃を受け止めた!

 攻撃の余波が突風となってワシらを叩く。同時にワシはラクライの盾から飛び散った黄色い衝撃エフェクトの中に、ダメージを与えたことを示す紅いエフェクトが、わずかに混じっておることに気付いた。


「ダメージ!? 最高峰ギルドの実力者タンクが、盾で攻撃を受けとめたにも関わらずダメージを食らったというのかっ!?」

「速度が上がった分攻撃力が増す。防御力をカンストでもしない限り、どうあったってやつの攻撃をノーダメージで受け止めることはできないのさ」


 自身の攻撃が受け止められたことに気付いたペイルライダーは、『おのれぇええええええええええええええ!!』と激しながらも一度後退。自身に向かって頭上から放たれる無数の遠距離攻撃を、大鎌を旋回させることではじき返しながら、こちらを睨み付け続ける。

 そんな奴の姿を見て、わずかにHPバーを削ったラクライは、にやりと笑みを浮かべ、


「ですが、それは裏を返せば防御力をカンストしているやつなら、特に問題なく奴の攻撃を受け止められるということ……」

「そんな奴がおるのか?」

「当然」


 ステータス値をカンストしたのは、爺さんたちだけではない。と、ラクライは呟き、


「ジークフリード!!」

「叫ばなくても聞こえているっつーの。まったく、うるさいところだなぁ、ここは」


 俺はのんびりゲームライフを楽しみたかったのに……。と、グチグチ文句を言いながら、一人の男がワイヤーの上から落下してきた。

 装備しているものは二枚の大盾。片手に一枚づつ持たれたそれを、ワシらをかばうように前面に押し出しながら、全身を重厚な鎧に包んだ男は、顔を隠すフルフェイスの下からボソリとつぶやく。


「《ザ・グレートウォール》!!」


 同時に男の体を、純白のエフェクトが包み込み、


『そこをどけぇえええええええええええええええええ!!』


 完全にワシとラクライに狙いをつけていたペイルライダーが、力づくでその防御をこじ開けようと、大鎌を振りかぶり、紫色を伴った飛ぶ斬撃を放ってきた!


「あんな攻撃まであるんかい!?」

「落ち着け。ジークフリードの後ろにいる限り、攻撃は届かん」

「人のことを便利な盾扱いしやがって……」


 あとで覚えていろよ。と、だるそうな声音が全身鎧――ジークフリードから聞こえた時じゃった。

 ブーメランのように旋回しながら飛来した三日月形の斬撃が、白いエフェクトを伴ったジークフリードに激突する!

 激しくエフェクトが飛び散り、まるでチェーンソーで金属を削ろうとしているかのような不快で激しい音が、あたり一帯に響き渡る。

 じゃが……飛び散るエフェクトの色は純粋な黄色!

 ジークフリードの頭上に浮かぶHPバーも、一切の損傷は見られなかった。


「これが……噂の《人型城壁》!!」


 とんでもない奴がおったもんじゃと、ワシはひとり顔を引きつらせる。



              ◆         ◆



 一撃でボスモンスターの足をへし折るお前はどうなんだよ。と、俺――Lycaonは、なにやらジークフリードを見て顔をひきつらせているクソジジイに、内心でツッコミを入れる。

 まぁ、今はそんなことやっている余裕は実はないんだが……。


「いまんところ俺たちいいところねぇよな、リーダー」

「リーダーあっさり轢かれちゃったし」

「う、うるせぇ!?」


 ペイルライダーの真正面に立っていた俺は、あの光のような突撃をもろに食らい、HPを全損して死んでしまっていた。

 攻撃のために盾をそらしてしまっていたのが痛かったなぁ……。少しでも盾を構えていれば、攻撃の軌道をそらすなりなんなりをしてダメージを減らせたのに。

 俺は内心でそんなことを考えつつも、俺の蘇生を行いHPを回復してくれている仲間に確認をとる。


「おい、あとどのくらいで回復する?」

「え? そんなに時間はかかんないわよ。話している間に全快するわ」

「そうか、だとすると回復しながら後退した方がいいかもな」

「え? どうして?」


 何かあるの? と、首をかしげるヒーラーに、おれは「ブリーフィングの内容を覚えていないのか?」と呆れながら、


「《ウィルス・ハーケン》が出たってことは、もうそろそろあれが来るってことだよ」


 俺達が奴を攻略できなかった、最大の原因の来訪を告げる。


「《石化の嵐》が吹き荒れるぞっ!」



              ◆         ◆



「ところでおぬし……あんな重装備でどうやって上から降ってきたんじゃ?」

「あんたのところのパワードスーツ使いに手伝ってもらった」

「あぁ……」


 誰の事かは大体わかる。と、ワシ――GGYは回復した前衛職たちが次々と立ち上がる背後を振り返った。

 そこにはいい笑顔をしたカイゾウが、ワシに向かってサムズアップをしておって。


「何得意げな顔しとるんじゃお主!?」

「生命力……真紅」

「あれ諸に攻撃食らってんじゃねぇか!?」


 慌ててカイゾウの回復にケンロウが向かうのを見送りながら、ワシはアイテムストレージから冷化ドリンクを取り出し準備を行う。


「一本目が削れたということは、もうそろそろあれが来るのじゃろう?」

「あぁ。こいつの効果は30分だったか? 一回飲めば効果が持続するなら、多分今飲んでおけば戦闘中は大丈夫だろうが」


 ワシとラクライが会話をしておるさなか、フィールドのあちこちから瓶を開封する音が聞こえ、次々と薬品が消費されていく気配が感じられた。

 と、同時に何度かジークフリードを攻撃したが、まったくダメージが通らないことに業を煮やしたのか、怒りに震える声音でペイルライダーが絶叫した。


『小賢しく矮小な人間風情が……。道に転がる小石風情が……石は石らしく、そこにただ転がっていればよいのだぁああああああああ!!』

「っ!? 来るぞっ!!」


 冷化ドリンクを飲んでいないものは、早くのめっ! と、ラクライの一喝に、事態に気付いていなかった何人かのプレイヤーが慌てて、冷化ドリンクをアイテムストレージから取り出した。

 その数約十数名。全体としては少ない方じゃが、削られてしまうと厄介な人数じゃ。

 なにせ、《石化》の状態異常回復薬は、まだ開発されておらん。

 どうやらこの世界にある素材では生産ができんらしく、ケンロウですら匙を投げてしまった代物じゃ。

 それはつまり、ここで石化の疾病異常を食らってしまうと、その人物は状態異常が回復する時間――凡そ3分の間、一切行動ができなくなるということ。

 その間、ペイルライダーはヘイト値に関係なく、石化した人物を優先的に攻撃することが、ブリーフィングで明かされておった。

 蘇生魔法の詠唱には時間がかかるし、HP回復の時間もかなりかかる。タンク職たちが前線復帰できるようになるまでと、同じ時間がかかると考えた方がいい。

 そんな時間と手間をかけておったら、こちらの戦いがかなり不利になることは間違いない。

 そうならないためにも、


「どうか間に合ってくれっ!」

「来るぞっ!」


 ワシが必死に祈りをささげながら、冷化ドリンクを飲み乾した瞬間、ペイルライダーの巨大な足が、フィールドの地面をかち割る勢いで踏みつけ(スタンプ)を連打する!


『石に成れ、人間!! その小癪な口を、永久に閉じるがいい!』


 同時に広がる踏みつけの衝撃。それは灰色のエフェクトを伴いながら、フィールド全体を舐め回し、ワシらを瞬く間に飲み込むっ!


『《石化の疾風(ストーンゲイルっ)》!!』


 フィールドを、灰色の風が蹂躙した。



              ◆         ◆



「これ、俺達はワイヤーの上にいればあれの攻撃食らわんのだな……」

「初めての発見ね。ワイヤーの足場は今回初めての試みだから、《石化の疾風(ストーンゲイル)》の影響を受けるかどうかはちょっとわからなかったのよね」


 そんな下の騒動をワイヤーの上から眺めていた俺――スティーブは、床から壁まで駆け上り、後衛職すら飲み込む灰色の津波を眺めていた。

 俺達が乗っているワイヤーは、風が伝うには細すぎるのか、先ほどから灰色の突風は登って来ていない。

 せっかく冷化ドリンク飲んだのに、無駄になったな……。と、俺は内心で考えながら、下で諸に灰色の突風を食らっている前衛たちへと視線を移した。

 だが、普通では考えられない光景が展開されていた。

 ペイルライダーを中心に波紋状に広がる灰色の突風が、プレイヤーたちに近づくと、まるで見えない球形の壁にぶつかったかのようにその軌道をゆがめ、いびつな模様をかたどりながらプレイヤーをよけていっている。

 その原因は先ほど俺達も飲んだ、冷化ドリンクにあった。


「冷化ドリンクは飲んだ存在の周囲に、断熱・保冷の結界を作り出して使用者の体を冷やす魔法薬だ。本来は火山地帯や、砂漠などで快適に過ごすために作られたアイテムらしいが……今回のボス戦ではちょっと特別な役割を持っている」

「火炎系の魔法で殺菌したり色々対策は打っていたんだけど……」


 それじゃ効かなかったのよね。と悔しげにほぞをかむネーヴェに、それも仕方ないと俺は一つ頷く。

 細菌や殺菌を消毒する場合、最も広く知られている手段は熱湯消毒だろう。

 それは細菌やウィルスの類が基本的に熱に弱く、たいていのものは火を通せば死んでしまうからだ。

 職業が料理人でなくとも、この程度の事ならば小学校の家庭科でも習うはず。

 その知識を生かして、プレイヤーを殺しに来ているとしか思えない石化病を、何とか緩和しようと前線プレイヤーたちは炎魔法を使ったり、体の温度と攻撃力を上げると同時に、若干魔力値が下がってしまう《ヒートアップ》といったエンチャントを使ったりして、各種予防に努めたのだが、そのすべてが見事に空まわった。

 あらゆる熱を使った病原菌対策を、石化の突風は素通りしてきたからだ。

 もはや打つ手は石化の解除薬を作るくらいしか……しかしあれはメーカーズが制作不能と断言しているし。と、前線プレイヤーたちが頭を悩ませているときに突然現れたのが、俺たちがクエストをクリアして見つけた、冷化ドリンクだった。

 そして、その冷化ドリンクがボスモンスター攻略のかけらとなり、俺たちの助けとなった。


「まさか石化病のウィルスが冷気に弱かったとはね。完全に盲点だったわ……」

「まぁ、珍しいタイプだが、冷気に弱いウィルスってやつもいるらしいしな」


 人間が心地よいと感じる程度の冷気ですら、そのウィルスは耐えられないのか、灰色の疾風は保冷空間に触れた瞬間、まるで同極同士を向け合った磁石か何かのようにその空間だけを避けて通る。

 おまけに、


「あの吸血鬼の言葉が真実なら、冷化ドリンクはもっとでかい効果を俺達に与えてくれている」


 そう言った瞬間、アビリティのモーション時間が終わったのか、あたりに轟いていたスタンプ音は沈静化し、灰色の風は空気にとけるように消えてなくなる。そして、


『ば、バカな……石化が効いていない。いや、それ以上に……どこへ行ったぁああああ!?』


 眼下の奥に灯る蒼い炎をごうごうと燃え上がらせながら、ペイルライダーは絶叫した。

 その言葉から推察するに、奴は確実に俺たちプレイヤーの居場所を見失っている。

 魔眼《検熱眼(サーモ)》。蛇のピット器官と同じように、相手の体温を計測してそこに動物がいるかどうかを判断する、熱を検知する瞳。

 三番目の中ボスとして立ちふさがった某吸血鬼も、この魔眼を持っていたおかげで、姿を消していたプレイヤーの一撃を悠々と躱して見せた。

 不意打ちを専門とするアサシンプレイや忍者プレイをしているプレイヤーにとって、まさしく天敵と言っていい無茶苦茶な魔眼。

 だが、その魔眼が今回はペイルライダーを追い詰める要因となった。

 

「そりゃそうだろう。俺達の発熱を完全に隠しきる結界に、俺たちは今守られているんだぜ。まともな機能を持つ目を棄てて、魔眼すべてに視覚を頼りきっているアンタじゃ、冷化ドリンクを飲んだ俺達には勝てねぇよ」

「衣が剥げて強くなったと勘違いしたんじゃないの? 申し訳ないけど……まだまだここから、私たちの一方的な攻めが続くわよ」

『っ!? 声が……おのれ、隠れていないで出てこいっ!』


 おっと、声は聞こえるのか? と、俺は慌てて口をふさぐ。

 だが、その時だった。


「隠れるぅ? 舐めたこと抜かしてんじゃねぇぞ。勝手に見えなくなっただけのくせしやがって」

『っ!』


 俺達が乗っているワイヤーを使い、ペイルライダーの顔まで跳躍した男が一人。

 籠手に覆われた拳を、ギリギリと握りしめ、


「文句があるなら……いますぐあのボインボインのねーちゃんに戻れやぁああああああああああ!!」


 血涙を流しながら絶叫した男――覇王龍の一撃が、ひびの入ったペイルライダーの体表をさらに細かく砕け散らせる。



              ◆         ◆



「なんちゅうこと叫んどるんじゃあいつは……」


 頭上から響き渡ってきたもてない男の壮絶な絶叫に、ワシ――GGYは思わず半眼になりながら回復中のカイゾウたちと合流した。

 冷化ドリンクの効果で今ワシらの姿はペイルライダーに認識されておらん。集まるなら今がチャンスじゃろうと判断してのことじゃった。


「おう、カイゾウ。HPは多少ましになったかのう? まったく、非戦闘員なのに無茶しよって」

「あんたにだけは言われたくないけどなっ! むしろ一般職人でしかない俺が、あの一撃を食らってまだ生きているというところを評価してほしいくらいだ!」


 一般人? と、ワシの背後でAliceが盛大に首をかしげておるが、それを深く掘り下げると話が続かんので、ワシはひとまずスルーしておく。


「それにしても、ここからはかなり順調じゃのう」

「二本目はかなり楽に削れるだろうとブリーフィングでは言われていたからな。今こそ最大ダメージを与えてMVPをとるチャンスだと、みんな張り切っているみたいだ」


 ケンロウが言った通り、ペイルライダーの周囲はもはや無数のエフェクトで埋め尽くされていた。

 覇王龍の拳のラッシュ、ラクライが率いる前線タンクたちの斬撃攻撃。ワイヤーを飛び回る軽量戦士たちの軽やかな連撃、そして、


「クイックサモン――《ギガモーニングスター》!!」

「《クリスタルアイスバーグ》!!」


 ノブナガの巨大な鉄槌と、エルの氷山の落下が盛大にペイルライダーの頭部を打撃し、轟音と共にその体を大地に伏せさせた。


『お、おのれえぇええええええええええええええええ!!』


 もはや見えないからと、戸惑っている場合ではないと判断したのか、ペイルライダーは怒号を上げながら、がむしゃらに両手両足をばたつかせ、あたり一帯を攻撃する。

 そのランダムな攻撃に何人か直撃を食らってしまうが、所詮はただの悪あがき。大したダメージは入っておらず、寧ろそれによってできた大きな隙をさらに突かれるという悪循環が、ペイルライダーに発生しておった。


「見たところ、二本目が削りきられるまで大した時間はかからんのう」

「だが、まだあいつには奥の手が残っている」


 そう言われれば。と、ワシは石化とセットで語られておったペイルライダーのある最悪な一撃を思い出し、思わず背筋を震わせた。

 そして、噂をすると影が差す。ワシらがその奥の手の話をしていたことを聞いておったのかどうかはしらんが、


『くっ! 我が僕よ……忌まわしき不可視の者共を、食いあらし、食い滅ぼせっ!』


 ペイルライダーが拳を地面にたたきつけ、その奥の手を発動したっ!



              ◆         ◆



「いやぁああああああああああああああああああああああああ!?」

「落ち着きなさいエル。大丈夫、デュラハンの軍勢突進と同じで、ただのエフェクトだから」

「だとしてもいやぁああああああああああああああ!!」


 ペイルライダーが発動した奥の手のビジュアルのおぞましさに、私――YOICHIの隣にいたエルが悲鳴を上げるのを聞き、私は慌ててエルの手を握り落ち着かせようとする。

 だってそうしないとこの子、味方がいるところにまで大規模魔法を放って、奥の手を一網打尽にしようとするからっ!


「とにかく杖を下ろしなさいっ!? 何する気なのあなたっ!?」

「ねずみ嫌いねずみ嫌いねずみ嫌いねずみ嫌い……ハムスターなら堪えられたのにっ!?」

「ハムスターも我慢しなきゃダメなの!?」


 チョット筋金入りすぎないかしら!? と私が驚いている中、ペイルライダーが放った範囲攻撃――《ペスト・ラット》はちょこまかとフィールドを疾走しながら、プレイヤーたちに襲い掛かる。

 《ペスト・ラット》とはその名の通り、即死状態異常の病気ペストをプレイヤーに付与する紫色の鼠を、大量に召喚するペイルライダーの奥の手だ。

 このねずみに咬まれたプレイヤーは100%の確率でペストを発症し、あたりにいるプレイヤーにそれを伝染させながら、わずか10秒足らずで命を落とす。

 某情報サイトではペイルライダーは《疫病や野獣をもちいて、地上の人間を死に至らしめる役目を担っているとされる》と書かれているが、この能力はまさにそのペイルライダーを象徴するものだと言っていい。

 おまけに召喚されるねずみは可愛らしいマウスなどではなく、生理的嫌悪が先に立つ《ドブネズミ》だ。それが津波のように召喚されて押し寄せる光景は、それだけで女性プレイヤーの精神にダメージを与えるのに、十分な威力を持っていた。

 実際エル以外にも、上に登ってくるねずみを見て何人かの女性プレイヤーが悲鳴を上げている。


「いやぁああああああ!? こないで、こっちこないでぇええええ!!」

「ちょ、あぶな!? カリン!? 危ないって!?」


 雑踏舞踏の後衛組が何やら揉めているが、今はどこも似たような状況なので気にかけてあげる余裕はない。

 とにかく、早くこのねずみたちを駆除しないと。と、私はアイテムストレージから実体化した矢を握り、素早く近場にいたネズミに投擲する。

 《長弓》の近接戦闘補助アビリティ《投矢》の発動によって強化されたその攻撃は、橙色の光を伴い宙を駆け、上に登ってきた紫色の鼠を一撃。それをあっさりと砕け散らせる。

 そう、このねずみ、もともとは技のエフェクトでしかない故か耐久度がかなり低い。アビリティを使わなくても一般的な武器の攻撃だけでも砕け散らせることができるくらいだ。

 そのため、対処法は非常に簡単で、手に持っている武器を使って殴りつけることさえできれば、咬まれる前に鼠を駆除することは可能だったりする。

 ただ数が多いのと、ビジュアル的に苦手という人がいるので、戦場が混乱することは必定。

 おまけに石化病がまともに機能しているときは、動けない状態の体をこのねずみに這い回られながら一咬みされるという、トラウマ確定な殺され方をした人間が多く、鼠に対する対処がいまいちはかどっていないのが現状だ。

 下も随分苦労しているわね。と、私は独りごちながら、怒号や悲鳴が聞こえる近接プレイヤーがいる下の方へと視線を移す。

 って、ん?


「なんでこのねずみたち、私たちの位置を正確につかんでいるの?」

「え? 鼠だからでは?」

「いや、だってこいつらあくまで技のエフェクトだから、ペイルライダーが対象をしっかり認識していないと、ターゲティングはできないんじゃ」

「ねずみの姿をしているんですから、固有に目はもっているじゃないですか。それを使って狙いを定めているんじゃ……ほら、あのねずみの目はふつうの目ですし」


 そんなもんかしらね。と、私は独りごちながら、再び鼠の駆除に戻ろうとして、


「ん? それってちょっとまずいんじゃ」

『見つけたぞ、石ころどもがっ!!』

「っ!!」


 私がそれに気付いたときにはもう遅かった。

 ついうっかり、さきほど触ってしまった鼠には体温があった。

 毛並から、脈動までやけにリアルだったのが印象に残っていたので、そのことはよく覚えている。

 ならば、その体温があるねずみが敵対象として群がっていく場所には、当然プレイヤーがいるわけで……ペイルライダーはその体温あるねずみが群がる場所に目を向け、見えないプレイヤーの姿を補足していた。


「まずいわ……これただの即死魔法じゃない!」


 冷化ドリンクをプレイヤーが使った際に使われる、感知用のアビリティでもあったのよっ! と私が叫ぶ前に、


『先ほどまではずいぶん調子に乗ってくれたが……わきまえろよっ、人間っ!!』


 大鎌の一撃が、油断してねずみに対処をしていたプレイヤー十数人を、根こそぎ薙ぎ払った!


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