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勧告の使者

 漆黒の霧が辺りを包む。

 その霧に飲み込まれた人々は、次々と大地に伏せ、ピクリとも動かなくなった。

 そんな死体まみれの大地の中央には、ひとりの女性の姿。

 真っ青な馬に騎乗した彼女は、肩に担いだ大鎌を誇示するように胸を張り、そんな地獄絵図を見て独りニヤリと笑う。

 その途端強い風が吹き、豊満な彼女の体はそれによって砂のように吹き飛ばされた。

 あとに残るは真っ青な全身骨格。

 その姿を見た倒れていた一人が、絞り出すような声音で彼女の名前を口にした。


「ろ、《疾病の王ロード・オブ・ペイルライダー》」


 その呼び声に反応した青い全身骨格は、担いでいた大鎌を、名前を呼んだ人物に振り下した。


                       (予言者フェリアルの予知夢より抜粋)



              ◆         ◆



 ブリーフィングを終え、クエストエリアに入り込んだワシら――GGY達を待っていたのは、要塞都市正門の外側で整然と整列した純白の騎士団じゃった。

 実はこのイベント要塞騎士団と共同で行われるイベントじゃったりする。

 これにはストーリー的に騎士団と協力することになっているというのもあるが、ワールドボス討伐戦のように、プレイヤーが必ずクリアしなければならないイベントが、レイド単位でしかクリアできないようになっていた場合、ソロプレイをしているプレイヤーがいつまでたってもワールドボスを攻略できないという非常事態が発生してしまう。

 そこでソロプレイをしているプレイヤーは、要塞騎士団の中からランダムで選ばれた騎士を伴い、ワールドボスエリアに入り、要塞騎士団と協力してレイドボスを倒すことになっておるのじゃ。

 地味に女性騎士が当たる割合が高いイベントじゃったりするので、仲間がいるのにわざわざソロでこのイベントに挑んでいくやつもおるらしいが……。


「それは本末転倒ではないかのう……」

「女騎士の魅力の前には、そのようなことは些事だぜ、爺さん!!」

「カイゾウさんが言うと説得力があります……」


 女騎士の好感度上げのために、計五回ほどソロでワールドボス討伐に挑み、全部死に戻りしてきたカイゾウがサムズアップをし、エルが平坦な声を発しながらカイゾウに半眼を向けた。

 些事はいいのじゃがカイゾウ。おぬしはそれを言うことで、どんどんうちの女性メンバーからの好感度下げとるからの? とワシは内心でツッコミを入れるが、エルの冷たい視線に気づきつつもサムズアップをやめないカイゾウを見て、


「まぁ、若いんじゃし。バカやるのも仕事じゃろう」

「おうっ!」


 と、色々めんどくさくなって忠告はしない。

 そしてバカやった後、後悔・反省するのも若者の特権じゃしな……。という言葉はあえて言わずにおいた。

 自分で反省せんと意味ないしのう。


「それに、今回ワシらはレイド単位での挑戦じゃからのう。今回は要塞騎士団からの援護はないしのう」

「おう……」


 何やら凹んだ様子でがっくりと肩を落とすカイゾウに、ワシはうっすらと苦笑いを浮かべながら、イベント開始を攻略メンバーと共に待っておった。

 その時じゃった。


「お爺さん!」

「む?」


 聞き覚えのある声と共に、鎧でありながらどこか繊細な美しさを感じさせる、美麗な彫金が施された白甲冑の騎士がこちらに歩み寄ってきた。

 当然NPC騎士の知り合いなどそう多くないワシは、近寄ってきた人物がフルフェイスの兜を外す前に、その正体に気付いた。


「メルトリンデ、おぬしも参加か?」

「そういうお爺さんこそ。もう年なんだから、少しは自分の体をいたわったら?」


 兜の下から現れた、苦笑いを浮かべながらどこか本気で心配した様子を見せる美しい顔に、ワシは片眉を上げながらも、知り合いの女騎士と再会できたことに一応喜び握手を交わした。


「それに、一応私も幹部クラスの百騎長ですもの。参加しないわけがないでしょう」

「言われてみれば。中間管理職がちょっと上がったんじゃったんじゃったか?」

「ははは。喧嘩売ってんですか?」


 お互いさまじゃろう。と、ワシはそっけなく返しながら、握手したままの手をぎゅっと握り返す。


「今日のワシは偏屈な鍛冶屋の爺さんではなく、ひとりの戦士としてここに来ておる。年寄りじゃから、女じゃからと言って余計な気遣いは逆に失礼になるとは思わんか、若いの?」

「むっ」


 そして、ワシが内心で腹を立てたことについて指摘すると、メルトリンデは素直に驚いた顔になり、その後表情を引き締めた。


「そうですね。それに関しては私が悪かった。謝りましょう、戦士GGY(ジージーワイ)。私の背中、あなたにお任せします」

「心得た。そちらこそ、ワシの背中をしっかり守ってくれよ? 後呼び方はジジイでかまわんって」

「いや、さすがにそういうわけでは……」


 最後にそう言って苦笑を浮かべるメルトリンデに、ワシは内心でウンウンと頷いた。


「それにしても……あぁ、どっかの誰かさんもこのくらい素直じゃったらのう」

「あの、お爺さん……口から出てる」

「Lycaonの奴がすごい形相で睨んでんぞ?」


 おや、うっかり。と、ワシが慌てて口を抑えると同時に、攻略組の片隅で「離せカリンっ! あのジジイ殴りに行かせろっ!」「これからクエストはじまるっていうのに何言ってんの!!」と揉めるような声が響き渡った。

 ワシはその声が聞こえる方向を見ないように、口笛を吹きながら整列した騎士たちの先頭に立つ人物へと視線を戻す。そんなワシの態度に呆れたような表情を見せながら、メーカーズの面々もそちらの方へと視線を戻した。

 そこに立っている人物は、純白の鎧に身を包んだ、白い髪と白いひげを生やした屈強な老兵。

 《現要塞騎士団団長》ローラン・ヴィ・マルクト・セフィラ。設定上はワシと同い年の老人なのじゃが、その姿は現実世界のワシと比べ物にならないほどの生命力にあふれている。まさしく生きる伝説の老兵といわれるとしっくりくるビジュアルをした爺さんじゃ。

 ああいう年の取り方は一種の憧れじゃよな。日本であんな感じになっていると逆にビビられるが……。と、ワシが内心で考えている間に、ローランの口がゆっくりと開く。

 イベントがようやく始まるのじゃ。


「諸君。魔王軍が我等の国を侵略し始めて幾星霜の年月が流れた。我々この世界の住人達は、魔王軍の数と圧倒的力になすすべもなく転戦を繰り返し、その活動領域を年々狭めていく苦汁を強いられていた。だが、そんな屈辱の日々も今日で終わりだ。我等はこの戦いにて、我等を苦しめ続けた魔王軍との決着をつけるっ!」


 整然と並んだ軍勢。その頭上から響き渡る草がれた、しかし張りのある朗々とした声は、騎士一人一人の耳を通して心に響き渡り、あたりに静かな熱気がつつみ始めた。

 それはワシらプレイヤーも同じじゃ。

 いよいよ、この世界の大一番が始まると言うのじゃから、興奮しない奴はTSOプレイヤーではない。


「いざ進むがいい、勇猛なる我らが騎士たちよ! 盛大に暴れるがいい、果敢なる転生者たちよっ! 今日この日、この瞬間が……貴様らが主役の、英雄伝の幕開けであるっ!」

『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』


 盾と剣をぶつけ打ち鳴らす騎士団に、拳を振り上げ鬨の声を上げるワシら転生者たち。

 そんなワシらの姿を満足げに眺めたローランは、手を振り上げ奴らがいる方向へと振り下ろした。


「往くぞっ!! 全軍、我に続けっ!! 目標……死霊王の砦!!」


 轟音と共に、魔法陣から召喚された逞しい馬たちに、騎士団とワシらは騎乗する。この馬は今回のイベントで使える特別な乗り物で、騎乗スキルがなくとも乗りこなすことができる、なかなか便利な馬じゃ。

 このゲームで動物などに騎乗しようと思うと、騎乗スキルをとる必要があるのじゃが……今回だけは特別とのこと。

 リアルでもめったにできない乗馬体験に、ワシはほんの少しワクワクしておったが、


「じゃぁお爺さん、しっかり捕まってくださいね?」

「了解……じゃっ!?」


 エルと共に乗った馬が、進軍を開始した騎士に追従しようと加速した瞬間、そのワクワクは絶望に変わった。



              ◆         ◆



「おぼろろろろろろ……。揺れすぎ、早すぎ、不安定すぎ……」


 数分後。ストーリークエストや、各種イベントで攻略していった敵拠点を素通りし、ワシらはボスモンスターがいるはずの砦に到達。そこに陣を張っていた。

 その陣の中で、ワシは四肢をついて盛大に嘔吐。初めての乗馬体験に、盛大な後悔をしておった。

 ゲームの中なので戻せるはずなどないはずなのじゃが、ワシの口からは何やらキラキラしたエフェクトが流れ出ておるし……。現実で戻しとらんじゃろうなワシ……。


「馬なんだから仕方ないじゃないですか……」

「バイクか車だとでも思っていたのか爺さん?」

「その言い方は非道。少しは私たちに気づかいを……うぇ」

「女の子が戻すんじゃないぞ、Alice。さすがにそれは超えてはならん一線だ」


 そんなワシの背中をさすってくれるエルをしり目に、呆れたような視線を向けるスティーブ。その背後ではワシと同じような状態になったAliceが、カイゾウに介抱されており、ケンロウが状態異常回復用のアイテムをワシらに渡してくれた。

 ありがたいが効くのかこれ? と、ワシはほんの少し疑問を抱きながら、ケンロウの好意を無駄にするわけにもいかず、毒々しい青色の飲み物を一応飲み乾しておく。

 それによって気分が少し楽になったワシは、今後の予定について、スティーブに問いただしてみた。


「で、この後はいったいどうするんじゃったか?」

「今回のワールドボス討伐クエスト――《死霊城陥落》は、大きく分けて三つの段階があることは、さっきのブリーフィングでも聞いていただろう?」


 そう言いつつ、スティーブがアイテムボックスから取り出したのは、先ほどのブリーフィングの最中配られた行動計画書じゃ。

 普通のイベントならこんなものはいらんのじゃが、何せ今回は軍勢単位のプレイヤーが協力して行うレイド戦。ある程度の指針を文書化しておかないと、戦場に無用な混乱が起こることが予想されたため、急遽作成されたものじゃった。


「第一段階は、騎士団と協力しての攻城イベントだ。時間内に正面に見える城の大門を攻め落とし城内に進入する」


 そういってスティーブが指差した先には、ワシらを待ち構えるまがまがしい漆黒の城。

 西洋の城というほど上等ではなく、まるで岩をそのまま切り出したかのような、荒々しい岩壁と、先が存在しない崖を背後に構えたその岩のような城は、まさしくおとぎ話に出てくる魔王の城。

 もうワールドボスと言わずここが魔王の城でいいじゃろうと言わんばかりの、雰囲気溢れるその城に、ワシは思わず苦笑いを浮かべた。


「運営気合入れすぎじゃな」

「魔王様の拠点どうするんでしょう。これ以上となるとハードルが上がり過ぎでは……」

「案外そこをひねって普通の民家に成ったりしてな……」

「ここの運営だとあながちあり得ない話じゃないのが怖いな。あ、爺さん飲み終わった瓶ポイ捨てすんなよ。リサイクルアビリティつかったらまだ使えるんだぞそれ」

「いや、魔王女説が有力だから、案外メルヘンチックな白いお城じゃないのか? 夢の国にあるアレ的な。俺としては、魔改造してロケット噴射して空を飛ぶ城でも何ら問題はないがなっ!!」

「常考。それ実現して、どうやって乗り込む……」


 閑話休題。


「城内侵入後は、騎士団と別れて別行動だ。ソロだとここで騎士団もついてくるみたいだけど、今回俺たちはレイド単位だし多分騎士団の援護はない。城は一種のダンジョンになっているらしいから、次々と現れる敵兵を打倒しながら、ボスモンスターの部屋まで向かう。マッピングはすでに済んでいるから、迷うことはないはずだ。廊下を封鎖するように三列に盾職を並べて、間に回復。最後方に魔法使い・物理遠距離攻撃職を入れて出てくるモンスターを徹底的にたたくだって。ちなみに俺たちは後方待機」

「まぁ、本格的な戦闘は攻略組に任せるのが吉じゃろうしな。せいぜいエルがちょっかい出せるくらいじゃろう?」

「静止請願。城が壊れる」

「さ、流石に自重しますってAliceっ!」


 自重しなければ壊せるとでも言いたいのか。と、ワシはエルがサラッと吐き出した言葉に目を剥く。エルの魔法はそれがあながち不可能ではない威力を持っておるからたちが悪い。

 実際できると言われれば出来そうじゃ……。

 スティーブもそう思ってしまったのか、顔をわずかにひきつらせながら、


「さ、流石に城は破壊不能オブジェクトだからそんなことはありえないと思うが……ほんと自重してくれよ、エル。とにかく、城の内部を駆け抜けたら、ボス部屋に到着。入口手前に安全地帯があって、そこで小休止を挟んだ後ボス戦に突入だ」

「簡単に言っているがクラマスよ、ブッチャケいうと攻城戦そんなに早く終わると思うか?」

『……………………………』


 ケンロウの言葉に、ワシらの間に沈黙が流れる。

 このワールドボス攻略戦。一番の問題はボスモンスターじゃが、一番めんどくさいのは前半の攻城戦じゃと言われている。

 なにせこの攻城戦、本気でリアルの攻城戦と変わらん。

 相手は城壁の上から矢を雨のように降り注がせ、壁に取りついた相手には油をぶっかけて火をつけるということまでやってのけるのじゃ。

 現在スキルLv.をカンストした前線攻略組ならば、クリアできないこともないイベントなのじゃが、苦戦は必至。アイテムも相当数消費することになることは自明の理じゃった。


「最高クリアタイムってどのくらいだったか?」

「確か《連合》の9時間だったと思うけど……」

「現実での三時間か。ベストメンバーがそろっているとはいえ結構かかりそうだな……」


 ワシらがそんなことを言っている間に、


「ん? 動き出したか」

「うむ。騎士団が城に向かって開戦の使者を送り出したな」


 白い旗を掲げた一人の騎士が、岩山の城に向かって進んでいく。

 攻城戦開戦イベントが、粛々と進行しつつあった。


「要塞都市グランウォール所属、《要塞騎士団》である。諸君らは現在われわれに包囲されている。だが、こちらも無駄な消耗は避けたい。このまま人類領域から撤退するというのなら、こちらは軍を引く用意がある」


 まずは降伏勧告。敵は今までのモンスターたちとは違う知性ある敵じゃ。

 まず受け入れられんじゃろうが、この行動に対する反応を見て、敵の性格をはかる。

 そんな目的のもとに行われたその勧告に対して、敵の返答は簡潔じゃった。

 城壁越しに轟渡る無数の獣たちの咆哮。

 同時に、城壁の頂上に一つの影が立ち上がった。

 背格好からして人のように見えたそれは、両の眼窩から紅蓮の炎を噴出させる動骨(スケルトン)

 通常の骨とは違い、真紅に染まったそのスケルトンは、戦場全土に届く張りのある声で、こちらの降伏勧告を切り捨てた。


『下らんなぁ人間。お前はここまで笑いを取りに来たのか? ここまで来た私たちに、もはや平和的解決なんて言葉は存在しないだろ』


 ごうごうと燃え上がる眼窩の炎を、城壁上を駆け抜ける突風にたなびかせながら、紅の骸骨は笑うように口を広げる。


『来い、下等な人類共。邪魔な理性・知性などかなぐり捨て、獣と落ちて攻め入るがいい。狂気に落ちて他者を傷つけるがいい。我等がそれを嗤って平らげてやろう』

「返答、確かに受け取った」


 瞬間、降伏勧告の使者が素早く騎手を返し、こちらの陣地に戻り始めた。

 それを見たローラン騎士団長が、目も覚めるような速度で鞘から剣を引き抜き、城壁に向かって振り下した。


「開戦だ! 第一騎士連隊、近接転生者大隊、突撃であるっ!!」

『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』


 ローランが持つアシストスキル『指揮』の効果によって、特別なバフを受けた騎士とワシらプレイヤーの軍団が、騎馬に乗りながらとんでもない速さで城壁へと進撃した。


 最後のイベントが始まる!!

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