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若年と老獪

ようやくネットつながったぁああああああ!


 新生活の引っ越しして、さぁパソコンだと思ったら、ネットがつながらないという悲劇……。まぁ、仕事の研修も始まっていますので、最近帰ったらすぐ練る日々ですけど……。


極力更新早くできるように頑張ります。

 広場で始まった突然の決闘に、周りの人間は固唾をのんで行方を見守る。

 収めようとしていた厄介ごとを横からかっさらわれたワシも、情けないことに所在なさげにたたずみながら、そんな面々の中に加わっていた。

 それにしても意外じゃったのは、


「ワシの厄介ごとをあいつが進んでかっさらったことじゃのう……」


 ワシとLycaonは普段から罵りあい、最悪の場合は決闘騒ぎにまで発展するような間柄じゃ。そんなワシがばかにされているときは、あいつなら腹を抱えて笑うことはあっても、進んでワシを助けるような行動に出ることはないと思っていたのじゃが。


「不思議そうな顔をしていますね?」


 そんなことを考え、ワシの訝しげな表情で首をかしげるワシに話しかけてきたのは、呆れたような視線でLycaonを見つめるカリンちゃんじゃった。


「大方あのLycaonが、お爺さんを助けるような行動に出たのが信じられないってところですよね?」

「まぁ、わかりやすいくらいワシとあいつは仲悪かったしのう」

「えぇ……もう勘弁してくれって言うくらい、あいつはあなたに謝ることをしませんでしたからね」


 でも、だからってLycaonは物わかりが悪いわけではないんですよ。と、カリンちゃんは語った。


「あいつだってもうすぐ高校生だっていうのにこんなゲームしているようなハードゲーマーです。おじいさんの実力はゲーマーとして純粋に尊敬できるって言っていましたし、正直初めに爺だからと言ってバカにしたのは間違いだったとも認めていました。まぁ、本人には絶対に言うなよって言っていましたが」

「ほう。ワシの前でもそのくらい素直になれば許してやらんこともなかったろうに」

「そういう上から目線がムカつくから、絶対謝らないとも言っていましたが」


 何故被害者であるワシが譲歩してやる必要がある? と、ワシが心底不思議そうに首をかしげるのを見て「……Lycaonとお爺さんの仲の悪さって永遠に続きそうですよね」と、カリンちゃんはそっとため息をついた後、


「だからこそ、お爺さんをチートだなんだのと馬鹿にされたのが悔しかったんでしょうね。『俺を長年苦しめているやつを、チートだなんて安い言葉で片付けるな!』といった心情なんでしょう」

「あぁ、一昔前におったよなぁそんなキャラクター。なんじゃったっけ? 野菜人の王子とか?」

「白いドラゴンを操る決闘者社長さんとかですかね? まぁ、そんないいキャラアイツには絶対似合いませんけど」

「あぁ、わかるわかる。せいぜい初期に出てくる飲む茶ぐらいじゃろ?」

「外野うるせぇぞっ!!」


 ワシらの声が聞こえておったのか、Lycaonが盛大にこちらを振り返り怒号をぶつけてきた。

 当然対戦相手からは完全に視線を外しておる。相手がそんなデカイ隙を見逃すわけがない。


「戦闘中によそ見とは、ずいぶんと余裕だなっ!!」


 一喝と共に、相手は派手な鎧の音を響かせながら剣を片手にLycaonに突進してきた。

 相手のスキル構成はどうやらLycaonと同じ騎士型タンク。その代表ともいえる戦闘用アビリティである、片手剣の突進攻撃がLycaonを襲った。

 《サドンチャージ》。自分からタゲを外したモンスター相手に100%の確率でクリティカルをだし、ヘイト値を極端に稼ぐ騎士のアビリティ。突進単発攻撃ということもあり、その威力は片手剣のアビリティの中では破格の物。

 おまけに相手は自分たちの味方をしてくれる職人が作った品質の高い装備に身を包んでおる。

 対するLycaonはいまだにワシとの和解が成立していないせいで、品質の低いモンスタードロップの安物を装備しておるのじゃ。ボスモンスターを倒した際に手に入れたと思われる高品質装備が各所にあると言えばあるのじゃが、それとて全体装備の20%といったところ。

 装備品の性能が如実に表れるゲーム世界において、Lycaonは初めから敵騎士――マイクロフトに対して不利な状態にあると言えた。じゃが、


「はぁ? 戦闘中? バカを言うな」


 それでもLycaonは、その突進を見ることもなくあっさりと盾で受け止め、


「これは決闘の形式をとった、ただの私刑(リンチ)だバカ野郎」


 盾本来の使い方をした。

 すなわちその丸みを生かして、敵の剣先を滑らせ、その体を自身の横方向に大きく泳がせたのだ。


「なっ!」


 盾を使った防御法の中で、高いプレイヤースキルが必要とされる高等テク。パリィと同様の意味合いを持つ名前が当てられた《パーリング》という技術じゃ。



              ◆         ◆



 防御技三大プレイヤースキルとして挙げられる、パリィ、インターセプト、パーリング。

 パリィは盾などの防御が可能な武装で相手の攻撃を真正面から受け止め、それを弾き返すといったもの。こちらはそれ専用のスキルやアビリティすらあるごくごく一般的な防御技で、成功率が高い上に一定確率で相手をのけぞらせ(ノックバック)大きな隙を作れると、TSOでは最もポピュラーな防御法として知られている。

 インターセプトはGGYの代名詞といわれる防御法で、敵の攻撃を自身の武器で真正面から受け止め、打ち返すといった防御法。

 高い器用値と筋力値が要求されるため使用者の数はあまり多くないが、パリィでは確率的にしか起きないノックバックをノーマルモンスター・ボスモンスター関係なく100%起こせると、防御法の中では最も人気が高い。

 対するパーリングはその二つの欠点(・・)が合わさったような扱いを受ける技術だ。

 成功率はインターセプト以上に低く、高いプレイヤースキルが要求され、ノックバックはおこらず、盾でしか発動できない。

 そんな不遇扱いを受けるパーリングを俺――Lycaonがマスターしたのは、初めはちょっとした贖罪をする気持ちからだった。

 こう見えても俺は最初に爺さんを馬鹿にしたことを悔やんではいたのだ。絶対謝りはしないが、それなりに悪いことをしたと思っていた。

 だからこそ、誰からも「使えない」とバカにされるこのスキルをマスターして、せめて同じ過ちを繰り返さないようにと、自分への戒めにすることにしたのだ。

 だが、このスキル使いこなせるようになればなかなかどうして、


「結構使えるんだよな」

「っ!」


 盾を使って、突進で狭くなっていた視野をおおわれた直後、その盾が剣先を滑らせて視界から消える。それによってマイクロフトには俺が突然盾ごと消えたように見えているはずだ。

 おまけに奴の体はパーリングによって盛大に泳いでおり、俺の眼前には無防備な背中が晒されていた。

 無論、俺はそこにためらうことなく剣を叩きつける。


「いって!?」


 突然背後からの衝撃と、視界の端に映っている自身のHPバーが減ったことに驚き、マイクロフトは攻撃がきた方向へと視線を向け、ようやく俺を見つけた。だが、


「気づくのが遅いなぁ」


 背中を鉄の塊である剣にぶっ叩かれたことによって、マイクロフトの体勢は致命的な状態に陥っていた。

 上体は大きく下がり、足は衝撃に耐えきれずつま先が滑る。

 マイクロフトの体はそれによって宙に浮き、顔から地面に転倒することになった。

 のけぞりなどの比ではない、圧倒的な無防備な体勢。状態異常扱いなどない、ごくごく自然な無様な姿。

 マイクロフトは転倒していた。


「うわっ! こ、ここでこけるだと!?」


 スキルなどのアシストによって、体幹が安定するこのゲームでは、転倒するということは実はあまりない。よほど無理な体勢になるか、巨大な相手に吹き飛ばされるでもしない限り、転倒することなどまずないといっていい。

 だが、このパーリングは相手の体勢を積極的に崩す技術。それによって相手の体勢は本来ならありえない、《システム的に不安定な体勢》に陥り、転倒しやすくなるのだ。あとは間髪入れずそこに攻撃を入れてやるだけで、相手はあっさり転倒。現実世界ですら無防備とされる、地面に這いつくばるような状態に即座に陥る。

 これは俺がパーリングを鍛えているうちにわかった事実で、攻略掲示板にも掲示していない、俺の奥の手の一つだ。

 そのため、マイクロフトは俺が何をしたのかわからない。

 攻略掲示板に頼り切った状態でここまで来た男には、俺のしたことが分かっていない。


「な、なにをした!?」

「答えると思うか?」


 だからこそ、理不尽だと言いたげな顔をするマイクロフトは、立ち上がるでもなく、逃げるために体を転がすでもなく、ただ「卑怯だ」と言いたげな顔で俺を睨み付けてきた。

 バカかお前は。


「それに、戦闘中に雑談とは。ずいぶんと余裕だな?」

「しまっ!?」


 さきほどのお返しだ。と俺はシレッと言葉を発し、マイクロフトの腹をけり上げその体を宙に浮かせる。

 騎士は防御力の方が高いジョブスキルだが、一応は前衛職。筋力値とてそれ相応に高い。

 俺の貧弱なけり技でも、転んだ相手の体を数センチ宙に浮かせる程度の威力は出る。

 もっとも、敵のHPはその頑丈な鎧に阻まれて、蹴るだけでは減らないが……それは問題ない。

 俺の本来の目的は、相手を自由にさせない体勢に陥らせること。

 一瞬だけ宙に浮いていたマイクロフトの体が、あおむけになって地面に落ちた。

 さて、その体に教えてやろう。


「攻略掲示板を見ておまえは考えていただろう? 良い装備をしてスキルのレベルさえあげれば、自分たちでも前線組に勝てると」

「そ、そうだろう! ゲームなんてどれだけきれいごとを語ろうが、突き詰めればレベルの差で優劣が決まるだろうがっ!」

「ならその勘違いを正してやる。レベルの高低が、装備品の優劣が、戦闘における絶対的勝敗の要因になりえないと」


 貧弱なモンスタードロップ装備で身を包みながら、俺は叫んだ。


「誰かにすがることしかできなかったお前らと、自分で切り開く道を選んだ奴らとの、違いってやつをなっ!」


 と同時に、俺はマイクロフトの膝にある鎧の隙間めがけて、剣を振り下した。



              ◆         ◆



「えぐい攻撃を決めよったな」


 真っ赤なダメージエフェクトが飛び散ると同時に、血のしずくアイコンがHPバーの上に浮かんだマイクロフトを見て、ワシ――GGYは思わず顔を引きつらせる。

 活動を阻害するほどの傷を受けた際に発生するバッドステータス――《阻害負傷》。

 《四肢欠損》の下位互換に位置するこのバッドステータスの効果は、行動速度の著しい低下と、一定確率での転倒効果。

 とはいえ、この手の負傷系バッドステータスは、状態異常専用の回復アビリティではなく、一般のHP回復用のアビリティで治ってしまう為、パーティー同士の集団戦闘においてはあまり脅威扱いされない状態異常じゃ。

 じゃが、今はサシでの決闘。誰の介入も起こりえない、一対一の戦いじゃ。

 自力でのHP回復手段を基本的にもっていない騎士にとって、その状態異常は致命的と言えた。


「くそっ! 汚い攻撃しやがってっ!」


 広く知られた状態異常じゃ。掲示板の知識しか知らんマイクロフトも……いや、掲示板の知識に誰よりも縋っていたマイクロフトであるからこそ、決闘で《阻害負傷》を食らうことがどれほどまずいことかは理解しているらしい。

 先ほどまではまだ見ることができた理性的な色が、瞳から完全に消え去る。

 じゃが、対人戦闘では冷静さを失った方が負ける。この勝負もはや先は見えた。


「汚い? ただの状態異常攻撃だぞ。誰もが使っているし、誰もがやっている……ただの戦略だ」

「黙れぇっ! 汚い手で俺をこかしやがって……いったいどんなチート使いやがった!!」


 絶叫するマイクロフトは、猪突猛進という言葉を表すがごとく愚直な突進を敢行した。

 盾を前面に押し出した、エフェクトを纏った高速突撃。《バッシュチャージ》と名付けられているこのアビリティは、基本的に鎧をまとって鈍重な騎士の移動速度を、一時的に上げてくれることから、騎士が使う移動専用の便利アビリティとして知られておるが、その実威力もかなり高い。戦闘アビリティとしてもかなり優秀な技なのじゃが……それはLycaonに対して悪手じゃ。

 さきほどの戦い方からして気づいたじゃろう。Lycaonが極めたのは、力でたたき伏せるワシとは正反対の技術。


「またチートか。自分が持っていない力をふるうやつ全員に、お前はそう言ってバカな罵りをぶつけることしかしなかった。自分が知恵を絞って、その力を手に入れようと努力することもなく」


 Lycaonはそういうと、自分に向かってくるマイクロフトの盾を迎え撃つように、腰を落として盾を構えた。同時にLycaonを包み込むエフェクトは、Lycaonがアビリティを使ったことをワシらに示す。

 《ガーディアンプライド》。騎士スキルがカンストした際に手に入れることができる、騎士専用の防御スキル。ありとあらゆる行動が10秒ほど禁止される代わりに、その間このアビリティを発動したプレイヤーは、外側からありとあらゆる干渉を受けることがなくなる。つまり、システム的に不死状態になるわけじゃ。

 当然、マイクロフトの攻撃が効くわけもない。おまけに、Lycaonはあらかじめマイクロフトの攻撃が当たる位置を計算しておったのか、ちょうど双方の盾の端と端がぶつかり、


「っ!?」


 火花の代わりに黄色の衝撃エフェクトが飛び散り、Lycaonの盾の丸みをマイクロフトの盾が滑る。

 システム的に直進しかできないはずの《バッシュチャージ》は、Lycaonの盾によって軌道を無理やり変えられ、失敗判定。マイクロフトの体を覆っていたエフェクトが雪のように飛び散り、バランスを崩したマイクロフトは衝突した車から投げ出されたかのように、宙で一回転しながら吹っ飛び、地面にたたきつけられた。

 魔法使い系のアビリティなどでよく発生する《アビリティファンブル》。魔法使いたちの呪文詠唱失敗などによっておこるこの現象は、魔法使いにしか起きない現象じゃと思われておるが、じつは騎士などといった近接スキルのアビリティでも発生しうる。

 近接スキルでアビリティファンブルが発生しにくいのは、あくまで自分の体を使ったアビリティなどが多いため、魔法よりも安定性が高く、アビリティがシステム的に継続不能な状態になるまで、阻害されることが少ないからじゃ。

 じゃが、それはつまり、そのシステム的に継続不能な状態に陥らせることができれば、近接スキルアビリティであってもファンブルさせることは可能じゃということに他ならない。

 そして、ファンブルさせられたアビリティは、魔法の時と同じように暴発。爆発した運動エネルギーはそのままプレイヤーに跳ね返り、宙を一回転させるほどの衝撃をマイクロフトに与えたのじゃ。


「ぐうっ!? それの何が悪い……大体の人間がそうだろうがっ! いまどきのゲームなんて、攻略本片手じゃないと、楽しめないんだよっ!」

「あぁ、そうだな。そういったやつが大半なのは、俺も認めるところだ」

「だったらぁ!」

「だがなぁ……だからこそそいつらは、先に進んでレールを敷く奴らの邪魔をしちゃいけないんだよっ! 文句があるというのなら、まずはお前が自分で……レールを敷けばいいだろうがっ!!」


 最期には開き直り、無様に地面を這いつくばりながら絶叫するマイクロフト。Lycaonはその最後のあがきをバッサリ切り捨て、10秒の拘束時間から解放される。

 Lycaonの云う通り。そのトレーサー根性を治さん限り、おぬしはLycaonには届かんよ。とワシは内心で嘆息する。

 チートという言葉で目を曇らせなければ、Lycaonの戦闘スタイルはひどくわかりやすい。

 それは即ち、柔術。

 相手の力を受け流し、相手の体勢を崩し、転倒させたり、投げ飛ばしたりする、剛に対抗しうる武術の二大極地の一つ。

 Lycaonはワシの叩き潰しに対抗するために、それをゲームで再現できる技術をひたすら鍛え上げ……前線組に高品質装備なしでも認められるほどの実力を身に着けたのじゃ。

 そんな奴の努力の結晶を、考えることを放棄した人間が、打ち壊せるはずがない。


「まぁ、それでもワシのハンマーにはなお勝てんが」

「筋力値カンストしているお爺さんの攻撃を受け止められるプレイヤーなんていないと思います」


 いや、防御力値をカンストしているプレイヤーならあるいは……。と、ワシは慌てて言い訳するが、カリンちゃんはワシを白い目で見てくる。

 な、なんじゃその目は!? 確かにワシの筋力値に関してはLycaonに教えておらんが、敵にわざわざ塩を送っておらんだけじゃし!? 文句言われる筋合いはないんじゃけど!?

 と、ワシが内心で言い訳しながら、カリンちゃんの目線から逃れていた時じゃった。

 決着がつく。


「くそっ! くそっ!! チーターめ! 廃人どもめっ! ゲームで強いことがそんなに偉いのかっ!」

「偉くはないさ。だが」


 醜悪な罵声を発するマイクロフトに、Lycaonはゆっくりと歩み寄り、


「このゲームを全身全霊で楽しんでいる俺たちの、邪魔をするんじゃない」


 その言葉を最後に、Lycaonはマイクロフトの首に向かって剣を一閃。鎧と兜の間に潜り込んだ刃のきらめきは、真っ赤なエフェクト共に、とうにレッドゾーンに入り込んでいたマイクロフトのHPを消し飛ばした。



              ◆         ◆



 まばゆいエフェクト共に、マイクロフトの体がポリゴン片になって砕け散るのを見て、場に二種類の沈黙が降り立った。

 一つは、こちらにイチャモンをつけにきよった二級線攻略組プレイヤーたちの物。

 自分たちの代表がやられてしまい統率を失った彼らは、顔を青くしてこちらを恐れるように眺めておった。

 所詮は先導された烏合の衆といったところか。明確な怒りを発してくれる代表を失った彼らには、もはや前線トッププレイヤーたちに喧嘩を売る気概はないように見えた。

 もう一方はワシら前線トッププレイヤーたちの、困惑したような沈黙じゃった。

 ワシらが言いたいことはLycaonがすべて言ってくれたし、鬱憤も決闘で晴らしてくれた。今更ワシらにとってはこの騒動を長引かせるメリットはなく、今後の二級線プレイヤーたちとの関係も考慮して、ここらで手打ちにしたいというのがワシらの総意じゃった。

 とはいえ、代表を失ってしまった団体相手に、どのようにアプローチすればこの場を穏便におさめることができるのか……。下手なことを言えば、こちらへの不満を再燃させかねんし……。

 と、攻略組は困り果てた様子で、青ざめた二級線プレイヤーたちを見つめておったのじゃが。

 ふむ。ならばそろそろワシの出番か?

 妙な膠着状態に陥った周りを見て、ワシは一歩前に出る。

 この状況を終わらせるには、ひとりくらいは悪役が必要じゃ。


「さて、代表同士の決着はついたようじゃのう。こちらの勝ちで、双方異存はないな」

「くっ……」


 ワシが張り上げた声に、二級線プレイヤーの中から、歯噛みをするような声が響いてきた。

 そうじゃろう。たとえ代表が打倒されたとしても、だからと言って今までため込んできた不満全てが消えるわけではない。力ずくで頭を押さえられただけでは、恐怖を覚えるだけであって不満の炎は消えないのじゃ。

 だからこそ、今度はその不満の炎に対し、向かっていく対象を作ってやる。


「とはいえ、勝手にでしゃばっていた奴が勝手に負けただけの勝負に、お主らも納得しがたいじゃろう? ワシらトッププレイヤーとしても、今後このような軋轢が生まれるのは好ましくない。オンラインゲームは仲良くする物じゃしな」


 そんなワシの言葉に、先ほどまで悔しげに歯噛みをしていた二級線プレイヤーたちは、何を言いたいのかと言いたげに、戸惑いの色を顔に浮かべる。じゃがその顔は、一、二分後に憤怒の表情へと変わることになる。


「そこでじゃ、ワシの権限で《メーカーズ》が、お主らがほしいと言っただけの金を工面してやろう。よかったのう、無利子無利息無返済のただのお金譲渡じゃぞ? これでお主らも納得じゃろう?」

「え?」


 ワシのその提案に、幾人かの二級線プレイヤーたちは、どよめき一瞬だけこちらに対する敵意が薄れた。じゃが、それもつかの間。聡い連中がワシの言葉の真意に気付き、殺気だった怒号を上げるまでじゃ。


「それはつまり……金で解決してやるから、多少の理不尽には目をつぶれってことか?」

「なんじゃ? 施しがほしかったんじゃろう、物乞い共。いっちょまえのプライドなんぞ、いまさらお主らに語ることができるとおもっとるのか?」


 瞬間、あたりには再び沈黙が満ち溢れた。先ほどまでの困惑が入ったものではない、明らかな嵐の前の静けさ。

 じゃが、ワシはそれを気にかけることもなく、長年の経験からたぶん相手が苛立つじゃろうというオーバーな仕草で額を抑えながら、「度し難い奴らめ」と言いたげに言葉を重ねた。


「お主らがさきほどまで主張しとったことはまさにそうじゃろうが。ワシらが必死になって手に入れた情報をタダでよこせ。自分たちをタダで強くしろ。それを物乞いと言わずに何と呼ぶ? その姿があまりに憐れみを誘ったから、ワシからお主らにせめてものプレゼントをと思ったから、このような破格な申し出をしておるのじゃろうが?」

「ふざけるなぁ!」

「なめてんじゃねぇぞ、クソジジイ!」

「ゲーマーにはゲーマーの意地があるんだよっ!!」


 ごうごうと響き渡る二級線プレイヤーたちの怒号が、あたり一帯を満たした。

 それはそうじゃろう。物乞い扱いされてキレぬような奴らは、よほど人生をあきらめているやつか、実際そのような生活をしたことがある人間じゃ。

 ネットゲームをしている時点でその人物にはそれ相応の財力があるか、もしくはそれに代わるバックアップ(お金を出してくれる親がいるとか)があるかのどちらか。

 少なくとも、物乞い扱いをされて黙っていられるようなメンタルの持ち主は少ない。とワシは踏んでおった。

 そして、ワシの予想通り二級線プレイヤーたちは怒号を上げ、前線プレイヤーたちに向けていた敵意を、ワシに向けつつあった。

 そして、トドメと言わんばかりに、


「若いからって、見下してんじゃねぇぞクソジジイ!」


 ワシに確実に手を出してくるだろうと思って負った少年が一人、ワシに向かって殴りかかってきた。

 そいつは先ほどまでワシら前線組の代表として戦っておった少年――Lycaonじゃった。

 非戦闘エリアであるがゆえに、その拳は突然現れた赤色の警告文が記された障壁に阻まれるが、ド派手な警告音と共に広がったそれの演出は、周りの空気を持っていくには十分な威力を持っておった。


「あぁ、そうだろうさ。あんたから見たらあいつらは物乞いに見えただろうさ。若さを笠に着て何も知らない、哀れむべきバカなクソガキに見えただろうさ! だがなぁ、あいつらだってわかっているはずだ……。あんたのせいで、あいつらと似たような立場にいた俺が、あそこまで這い上がったのをみて、理解しているはずだ。自分たちもきっと、俺のようにあんたに食らいつく牙を磨けるとっ!」


 Lycaonのその言葉に、二級線プレイヤーたちの瞳に力が宿る。いつか必ずワシを打倒し、見返してやると言わんばかりの力が。


「お前の施しなんざいるか、クソジジイ! ジジイはジジイらしく、俺たち若いのの踏み台になってやがれっ!!」


 Lycaonの堂々とした宣戦布告に、二級線プレイヤーたちからは歓声と鬨の声が響き渡った。

 こうして、この日を境に二級線プレイヤーたちが、前線組に追いつくために怒涛の、追い上げを見せることとなる。

 その指揮官として彼らを率いたのは、マイクロフトとガンを飛ばしあいながらも、二大巨頭として彼らを導いた、雑踏舞踏のリーダーじゃというのは、言わずとももうわかるじゃろう。

 そして、この攻略前の大騒ぎにはひとまず終止符が打たれ、若いプレイヤーたちにはモンスターに代わる新たな討伐対象として――GGY、つまりワシが登録されたのじゃった。



              ◆         ◆



「お爺ちゃん、なんであんなことしたの」


 あれから数分後。二級線プレイヤーたちが三々五々に散っていったのを確認した後、前線組はようやくワールドボス攻略のブリーフィングに入った。

 予定よりかなり押しておる時間であるからか、ブリーフィングにちゃちゃが入ることはなく、話し合いは順調に進んでおると言えるじゃろう。

 ただ一つ、《雑踏舞踏》リーダー・Lycaonがワシに対して殺気立った視線を向けておることを除いては。


「どうせワシはもうすぐいなくなるからのう。最後に何か、このゲームのためにしておきたかったからかのう?」

「あきれた。そんな理由であの人たち全員敵に回すような発言したの?」


 メーカーズの隣に控えておったゴールデンシープの代表三人のうちに入っておった孫――ネーヴェは、同じく代表としてスティーブの後ろに控えておったワシの言葉に、呆れたと言いたげに肩をすくめる。

 最後ぐらい楽しい思い出で締めればいいのにと、その顔は語っていた。

 そんな孫に、ワシも「できればそうしたかったんじゃがのう」と苦笑いを返しながら、


「じゃがなぁ、あいつも言っておったように、年よりは若い者のために道を作って、踏み台になって何ぼじゃからな。多少の悪役になるくらい、老い先短い命を使ってもよいのなら、お安い御用じゃろう」

「まったく、おじいちゃんは若い人に甘すぎるよ?」


 え? 結構厳しいつもりなんじゃが? と、ワシが思わず首をかしげたときだった。


「何笑ってんだクソジジイ!」

「Lycaon。静かに。推薦した私の顔を潰す気ですか?」


 ワシの苦笑いが癇に障ったのか、怒号を上げてLycaonが立ち上がり、それを後ろに控えていたカリンちゃんと、もう一人の代表が抑え込み、にこやかな笑みをうかべたラクライがブットイ釘を飛ばした。

 そんな騒ぎによって俄かに騒がしくなるブリーフィングに、ワシはそっとため息をついた後、


「まぁ、若いにしてももう少し落ち着きってもんを持ってほしいがのう」

「お爺ちゃん。騒げるのは若者の特権だよ?」


 そこだけは同意しかねる。と、決闘をワシに挑もうとするLycaonを、必死に抑える《雑踏舞踏》の面々を見ながら、ワシは肩をすくめるのじゃった。

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