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運営の逆鱗

 要塞都市からほんの少し東に行った地点にある、とある草原。

 くるぶし程度の高さまで、均一に伸びた草に覆われたその平野に、ポツンと一匹いる真っ白な動物。

 その動物は草をむしゃむしゃ食べており、非常にのんきそうな雰囲気を醸し出しているが、その実ピンと伸びた団扇のような形をした耳をぴくぴくと動かし、周囲を警戒していた。

 最高レア度を誇る特殊(レア)モンスター――《用心兎(コーションラビット)》。

 その団扇のように広がる独特の形をした耳は、レーダーのような役割を果たしており、はるか遠方にいる外敵の存在を素早く察知する。

 そうこうしているうちに、両耳レーダーに何かがひっかかったのか、草を食んでいたコーションラビットは、瞬く間に食事をやめ、あたりを見廻す。

 そして、両耳が向いた方向へと視線を移した後、数秒後には身をひるがえしとんでもない速さで草原から離脱した。

 文字通りの脱兎。ついでに置き土産として、BB弾のような糞を数個ほど撒き散らし、コーションラビットはその場を後にする。

 同時に、その匂いにつられたと思われるモンスターたちが大量に森の中から平原に飛び出してくる。それとほぼ同時といったタイミングで、コーションラビットを狙って平原にやってきたと思われるプレイヤーたちが、平原を埋め尽くすモンスターにエンカウントし、


「げぇっ!? 関羽!?」


 そんなネタ臭あふれる台詞と共に、一斉に襲い掛かってきたモンスターたちによって蹂躙。デスペナルティーを受けながら、ポリゴンとなって砕け散った。

 そんな光景を、平原を見渡せる崖の上から見ていた女――YOICHIは、そっと嘆息しながらGGYから預かった、《スコープ》を弄びながらつぶやく。


『アイテム名:取付用スコープ

 性能:特殊アビリティ《ターゲットインサイト》付与

 内容:はるか遠くを見ることができる望遠鏡。視認が難しい距離の敵も、これを使うとまるで間近にいるように見ることができる。

 品質:☆☆☆☆☆★』


 このスコープ、最近爺さんたちが作っているらしい秘密兵器の部品らしいが、単独でも使用が可能という変わり種アイテムだ。

 今回YOICHIはこのアイテムの性能調査と、爺さんたちが最終目標に据えている《秘密兵器を使って倒したいモンスター》の調査に来たわけなのだが……。


「あれを狩るなんて、ちょっと難しいと思うんだけど……」


 現在ボスを除き10体ほど確認されているレアモンスターたち。その中でコーションラビットの討伐数は、YOICHIが誤射をし、偶然討ち取ってしまった一羽のみ。それが落とした《レアドロップ率+250%》という、とんでもない効果をつけているアクセサリーにつられ、多くのプレイヤーたちがコーションラビット討伐に挑んだが、結果はご覧のありさま。


「あんな生きているレーダーを、どうやって討ち取るっていうんだ、爺さん」


 あの時はホント運が良すぎただけなんだ。と、YOICHIはそっと嘆息しながら、スコープの性能確認と、コーションラビットの行動パターン調査の結果を教えるために、帰還用転移アイテムを使い要塞都市まで戻るのだった。



              ◆         ◆



「そうかっ! 見えたかっ!」

「見えたはいいけど結構な距離よ。お爺さんが言っていた距離にちょうど見晴らしがいい崖があったから、見ること自体は苦労しなかったけど、遠距離攻撃スキルの中で最大射程距離を持っている私の弓でもあの距離からの攻撃は不可能よ?」


 いったいどうやってあんな距離から攻撃を当てる気なの? と、不思議そうに首をかしげるYOICHIに、ワシ――GGYは傍らに置かれた巨大な鉄塊達を撫でた。

 数日前から開発を行ってきたあれ(・・)はとうとう実用段階までこぎつけつつある。

 あとは数回の試射を重ねた後、記念使用としてコーションラビットを討伐するだけなのじゃが……。


「そんなに無理そうかのう?」

「少なくとも人力ではね。爺さんたちお得意の銃関係のものでも作る気なのかもしれないけど、あれプレイヤーの筋力値が反映されない分、火力が低いでしょう? 腐っても相手はレアモンスターなんだから、防御力もそこそこよ? あんな遠距離からじゃ幾らスナイパーライフルを使っても攻撃が通らないと思うんだけど?」

「あぁ、そのへんに関しては問題ないわい」


 なにせ、単体攻撃力のみで神器級の筋力値補整かかるからのう。と、思わずつぶやいてしまったワシに、YOICHIが思わずといった様子で半眼を向けてきよった。


「爺さん……何を作ったの?」

「なにって……ロマンを?」

「そういうこと聞いているんじゃなくて、何を作ったのか詳しい説明をしろと言っているのよっ!」


 呆れきった口調から、詰問じみたきつい口調に変わったYOICHIに、流石のワシも観念し肩をすくめながら話し出す。

 バズーカの誤射風景がいまだに忘れられんのか、最近YOICHIはワシらの秘密兵器に関して白い目を向けてきよる。まったく悲しいことじゃ……。と、ワシは独りごちながら、


「戦車用のライフルを」

「頭おかしいんじゃないのっ!?」


 正直に答えて、YOICHIに罵倒された。



              ◆         ◆



「やぁ、お爺さん。また面白いものを作っているようですね?」

「ん? ノブナガか」


 こいつもこいつでよくワシのところに来よるよな。とワシは、工房の扉を開き我がもの顔で入ってきたお得意様に半眼を向ける。


「何か買い取りたいなら店に来いと言っているじゃろうが。わざわざ工房まで来るな。ここはワシだけの工房じゃないんじゃぞ? 幸い今はエルとスティーブはおらんから、迷惑にはならんじゃろうが」

「いや、まぁそれは分かっていますけど……対戦車ライフルを作られたんでしょう? 強力な遠距離攻撃手段が乏しい俺としては、ぜひとも見ておきたいんですよ」


 何を言っておるのか。と、ワシはノブナガの言葉に呆れながら、刃王竜をたたき落とした巨大な鉄球の姿を思い出しつつ、鼻を鳴らす。

 そんなワシの態度に、ノブナガは苦笑いを浮かべながら、ワシの傍らに布をかけられ鎮座している、鉄塊へと視線を向けた。


「それで、そちらが完成品ですか?」

「まだ試射ができておらんから、完全な完成とは言い切れんがな。フレーバーテキストを見る限りは問題ないが、やはりこの世界の武器は何が起こるかわからんからのう」

「大分前に作られた炎の魔剣も、狙い通り炎を出す剣になったのはいいけど、柄まで発熱して持てなかったんでしたっけ?」

「あれはちょっとした悲劇じゃったな……」


 魔剣を作り出した鍛冶師が、自分ですら持つことができない地面に突き立った魔剣を前に、四肢をついてうなだれる光景は誰もが涙を禁じ得なかった。

 結局あの魔剣は《TSOの選定の剣(エクスカリバー)》と呼ばれるようになり、ちょっとした観光名所になっておるのが唯一の救いか。


「それで、そちらの銃は今から試射に? なんでしたら私が試射役をやりますが?」

「あぁ。それに関しては問題ない。すでに先約がおって、狙撃の練習もしてもらっておるしのう。そっちに頼む予定じゃ」

「狙撃の練習? 現実でですか? こっちにはまだ狙撃銃なんてないでしょうし……」

「まぁのう」

「海外の方……いや、待ってください。もしかしてあの()ですか!?」


 いったい誰だ? と暫く思い悩んだ後、ようやくその人物に思い至ったのか、ノブナガは苦虫をかみつぶしたような顔になる。


「いったいあの娘はどこを目指しているんでしょうね……」

「いうな。この道に引きずり込んだワシが一番気にしているんじゃから……」

「初めての試射ということは、この銃は安全の保障がされていないのでしょう? 大丈夫なんですか?」

「全然大丈夫ではないのう。ワシとしては前線タンクの誰かにやってほしかったのじゃが。最初の試射は、的に命中させるよりも暴発を食らっても大丈夫な奴にしてほしかったしのう……。ただ、あいつよほど完成を楽しみにしておったのか『絶対私がやるっ』と言ってきかなくてのう」


 困ったものじゃ。とワシが小さく嘆息するのをみて、ノブナガは「ご愁傷様です」と苦笑い。


「まぁ、これが完成したら痛い目を見てもらう予定じゃから、あいつの銃狂いも少しは落ち着くじゃろう」

「痛い目? それはどういう……」

「それはやってみてのお楽しみじゃな。あ、というわけで、お主にはしばらくアンチマテリアル売れんからそのつもりで」

「ちょっ!?」


 それってどういうことですかっ!? と、悲鳴を上げるノブナガをしり目に、ワシは布を巻きつけた鉄塊を担ぎ、工房の裏にある試射場に向かうのじゃった。

 そしてその数分後。試射場にあったすべての的のど真ん中に風穴があいたわけじゃが……。ほんとあいつはいったいどこを目指しておるんじゃ……。



              ◆         ◆



ゲーム内音声チャットログより抜粋。


GGY:ま た せ た な (`・ω・´)キリッ!! ターゲット発見じゃ


L.L.:おじいさん、顔文字どうやって……。いや、今はいいです。了解。これより射撃体勢に入ります。


MA☆改造:周辺モンスターの駆逐完了。いつでも行けるぜ


Tomo:家無し君は感知線超えないでね? 二回目やったらさすがにお説教だよ?


AUO:わ、わかっている! (おれ)の心配など、雑種のくせに生意気だぞっ!!


ケンロウ:その《おれ》の変換ってどうやっているんだ? すごい気になるんだが……


GGY:雑談はあとにせい。きよったぞ



              ◆         ◆



 とある深い森の中にポツンと広がる緑の広場。

 その緑色の広場に、目立つ真っ白な体毛をした丸耳の兎が入ってきた。

 崖の上からそれを見ていた私――L.L.は、その兎に向けて銃口を向け、スコープを覗き込む。

 私の隣には、スコープ作成のついでにできた双眼鏡を覗き込むお爺さんがいた。


「エル。焦ることはない。あいつの感知範囲も何度かした調査で割れておる。この距離なら絶対に気付かれんし、広場に入り込みそうなモンスターもカイゾウたちが駆逐した。お前はただ一心に、的に当てることだけを考えていればいい」

「了解」


 リアリティが売りなこのゲームも、さすがに狙撃に関する必要事項はずいぶんと省かれている。現実の狙撃手がやっていることまで持ち込むと、ゲームが楽しめなくなるからだろう。下手をすると大学ランクの数学的教養が必要だし。

 そのため周囲の風の強さや、重力影響の計算など、狙撃を成功させるには絶対に調査が必要といわれる要素をこのゲームでは調べなくてもいい。

 エアガンとはいえ狙撃の練習してきた私にはちょっと物足りないけど……。と、私は独りごちながら、コーションラビットの動きを追いかけ、常にスコープに収め続ける。

 一時間ほど前もあの兎は広場に入ってきたのだけれど、AUO君が間違えて索敵範囲に入ってしまって、撃つ前に逃げられてしまい悔しい思いをしてしまった。

 だからこそ、今度は逃がさない……!!


「……あたって」


 コーションラビットの動きが止まり、再確認と言わんばかりに全方位に動く耳を回し、あたりに敵がいないかどうかを確認。ゆっくりと、草原の草に口を近づけていく。

 生物が最も油断する状態。食事中のこの瞬間を狙って、


「いや、当てるっ!!」


 引き金を、引いた!

 轟音と共に私の体に衝撃が走る。わずかにHPバーが削れたけど、武器反動を殺し切れない場合に起こる《混乱》の状態異常は見受けられない。おじいさんが衝撃吸収機能をうまく作ったらしい。

 音より早く飛来する弾丸は、発砲音を置き去りにしてコーションラビットに到達する。そして、


『キュン!?』


 距離が遠すぎてヘロヘロになった巨大な鉄の塊は、コーションラビットの頭に見事的中し、その体をよろめかせた。

 ……それだけだった。

 突然の衝撃に驚いたのか、コーションラビットは慌てた様子で草原から出ていき、森の中に姿を消す。

 それを見た私はスコープから目をはなし、そっとため息をついた後。


「お爺さん」

「なんじゃ……」

「飛距離がもうちょっと欲しいのだけれど」

「あいにくこれが限界じゃのう……」


 お爺さんが告げたその言葉に、私は「はぁ……」と疲れ切ったため息をつくしかなかった。



              ◆         ◆



「やっぱり飛距離が足りんか……」

「火薬爆発のエネルギーから弾丸加速の運動エネルギーになる際のロスが多すぎるんじゃ?」

「火薬は現段階でできる最高品質のものを使っているよ。問題があるのなら銃の方だ」

「衝撃吸収機構が効きすぎて、エネルギーを殺しておるんじゃろう。ただ、これ以下のものにすると、一発撃つだけでHPを全損する化物銃になってしまうからのう。むろん防御力が高い前線タンクになら十分に扱えるものなのじゃろうが」

「そんな銃は実用武器とは言いません」


 じゃろうな。と、凹んだ様子で膝を抱えるエルの言葉に苦笑いを浮かべながら、ワシ――GGYは彼女の隣の鎮座した鉄の塊――アンチマテリアルライフルを見つめた。


『アイテム名:異世界の対物(アンチマテリアル)狙撃投石器

 性能:筋力+456 武装アビリティ《リロード》《ショット》《装備者筋力ステータス無効》

 内容:鍛冶職人GGYが作り出した投石器。この世界には存在しない概念で作られた投石器。本来人力で飛ばすべき団栗型礫を、火薬の力で飛ばす。これによって飛ばされた礫は高速回転を行い、装備している人間が狙った場所を正確に貫く。

 通常の投石器より弾頭が巨大化されているため、破壊力は抜群なのだが、弾丸を撃ち出す機構に無駄が多く、狙撃投石機にしては短い有効射程しかもっていない。

 品質:☆☆☆☆☆★★』


 さすがは現実世界で対戦車用に開発された化物銃といったところか。使用者のステータスが反映されないにしても、その威力は以前作った神器《黒小人の造形鎚》に届きかねないものじゃ。

 とはいえ、狙撃用のライフルを語るには射程が短く、獲物であるコーションラビットの索敵範囲外から、ギリギリヘロヘロの弾丸を届けることができる程度の射程距離しかもっておらん。

 もうちょっと距離が近ければ、十分ダメージを与えられる程度の攻撃力を確保できるのじゃが、そうなると狙撃じゃない上に、殺気による射撃予測線がコーションラビットに届いてしまい、逃げられてしまうしのう。


「もうそろそろ、ワールドボス討伐も近いからこれ以上銃開発に労力は割けん。ここまでじゃな」

「あぁ、クソッ! 形はいい感じになったのに」

「無念です……」

「まぁ、仕方がないな……」

「次の世界の技術力に期待しますか」


 ワシの言葉に改造は舌打ちを漏らし、Tomoはうなだれ、ロウケンは肩を竦め、家無しは思考を切り替える。

 ワシとしても死ぬ前に作品を完成させられなかったのは残念じゃが、ライフル開発における基礎概念だけは生み出せたのじゃ。あとは後続に任せて去るというのも、年よりの生き方としては悪くはないじゃろう。と、ひとまずの満足を感じることができたので、脳内に浮かんできた思い残し帳の「銃開発」の欄に三角印を入れておく。

 ベストではないが……ベターな結果じゃろう。と、ひとり笑いながら。

 こうして、ワシの最後の銃開発は幕を閉じることとなった。

 ……そう思っていたのじゃが、


「あ、そうだ、お爺さん! 魔力弾は!? これ用に新しいのができたと聞いていますが」

「む? そうじゃったな」


 その結末は、エルが告げたその言葉によってあっという間に覆った。

 エルの言葉に(アイテムストレージ)に入れていた巨大な薬莢の存在を思い出したワシは、アイテムストレージからそれを取出し、エルに渡す。


「弾丸の巨大化に伴って込められる魔力も増えておるぞ? これならば上級魔法すら封入可能じゃ。とはいえ、本当にそれをしようとなると結構な時間とMPが消費されるがのう。魔法を込める時間がだいたい一時間で、消費されるMPも通常の上級魔法発動時の消費MPの二倍。使い勝手が非常に悪い上に、時間が結構潰されてしまうから……まぁ、奥の手というかネタ武器になりそうじゃな」

「なるほど。でも上級魔法が込められるのはありがたいですよっ! これさえあれば、弾丸状になって飛来する上級魔法というロマン攻撃が……」


 そこまで言いかけたとき、エルは何かに気付いたかのように固まった。


「ん? どうした?」


 はよ魔力を込めんか。と、撤収準備に移りつつも、アンチマテリアルライフル用魔力薬莢の威力は確かめたいと思っていたワシらも、そんなエルの異常に気付きいったん作業の手を止める。

 エルはそんなワシらの方を向き、


「あの……これを使ったら、この距離からでもコーションラビットを射抜けるのでは? たりない射程は、射程が長い上級魔法を使えば十分補えそうですし」

「「「「「……あ」」」」」


 そのエルの思い付きは即座に実行に移された。



              ◆         ◆



 その兎は警戒心が強かった。

 一般的なモンスターと比べると比較的頑丈な体毛と皮を持ち、幸運を呼び込む自分の属性も熟知していた。

 兎型のモンスターどころか、この界隈にいる大型モンスターでも、仕留められないステータスを持っていることを自覚していた。

 だが、それでもその兎は万全を期す。

 見晴らしのいい広場でしか食事をせず、聴覚どころかあらゆる五感が搭載された自慢の耳で敵を察知し、その耳に何か反応があれば、脱兎となってその場から逃げ出した。

 戦う? 何故そんなことをしなければならない。

 自分の逃げ足は速く誰も追いつけない。命を懸けて戦わずとも、この小さな体の燃費はよろしく、二三日食事をとれなくても大丈夫だ。

 わざわざ命を懸けて戦い、何かを勝ち取らなければならない理由がこの兎には存在しなかった。

 だからこそ、この兎は今まで誰にも襲われることなく、平和な生涯を送ってこれた。

 今日も明日もそんな生活が続き、自分の命が失われる要因など、老衰や病死以外ないと思っていた。

 だが、その兎の絶対的自信は、


「きゅぅ?」


 自分の側頭部を打ち抜いた、不可視の風の弾丸によって覆った。

 自分の頭をかき回し、反対側に抜けたそれは地面に着弾。

 いったい何が起こったと言いたげな顔をする兎の前で、地面にめり込んだ不可視のそれは瞬く間に肥大し、


「!?」


 兎が悲鳴を上げる前に、草原にあったすべてを薙ぎ払った。



…†…†…………†…†…



 《ブレイドタイフーン》。プレイヤーたちに嫌われる風属性魔法の最上級攻撃魔法。

 風魔法は基本的に見えづらく、緑のエフェクトがわずかに見え隠れするぐらいで、あとはほとんど透明じゃ。

 そのためプレイヤー同士の戦闘では無類の隠密性能を発揮し、気が付いたら切り刻まれているという被害が続出している。

 そんな攻撃のなかでも上位といわれる攻撃を食らった以上、幾らレアモンスターとはいえ一匹の兎が無事でいられるわけもなかった。

 広場を覆い尽くす巨大な竜巻が、所々を緑色に光らせながら中にいるすべての物を蹂躙する。

 本来この魔法は発動した魔法使いの杖の先から、槍のように横方向に伸び、前方にいる敵を薙ぎ払う魔法なのだが、魔法薬莢によって弾丸化されたそれは着弾と同時に着弾箇所に嵐を巻き起こす魔法に変貌したらしい。

 風の加護もあったせいか、飛距離はさきほどの実体弾の倍以上。ぶっちゃけ現実の狙撃銃でも出せない距離をたたき出した。


「やりました! やりましたよお爺さん!」


 なにより、魔法を封入したのが魔力ステータスをカンストしてしまっているエルだから手に負えない。

 竜巻が消えた後、そこにコーションラビットの姿など当然なく、


「お守りゲットですぅううう!」


 そのコーションラビットが落としたと思われるドロップアイテムを取出し、エルはうれしげに飛び跳ねた。

 ワシらはそれをひきつった笑みで眺めながら、


「爺さん、メール来てるぞ?」

「多分運営からじゃろうな……。どれどれ」

「なんて書いてありましたか?」

「……《自重しろ》と。あとちょっと話があるから後で電話なり音声チャットをしてくれと」

「とうとう運営の逆鱗に触れてしまったか……」

「爺さん、別のゲームでもまた会おうぜ!?」

「勝手に人のアカウント凍結させるのやめてくれんかのう!?」


 とうとう運営からの呼び出しを食らってしまうのじゃった……。

 この年で説教のために呼び出されるとは……完全に予想外じゃったわい。



              ◆         ◆



 結局あのアンチマテリアルライフルには盛大なパッチが当てられることになり、装備に必要な要求ステータスが馬鹿上げされる結果になった。

 結果、ワシが作ったアンチマテリアルライフルはただの置物に成り下がり、ワシの店のインテリアとしてその雄姿見せてくれておる。


「あ~あ。せっかく杖と並びそうな、魔法使い用の遠距離攻撃銃ができたのに」

「いや、べつに魔法使い専用というわけではないぞ?」


 そして、お気に入りの銃を奪われたエルは、アンチマテリアルライフルの雄姿が忘れられないのか、最近ワシの店によく入り浸るようになっておった。

 いまもワシが店の奥から持ってきたせんべいをかじりながら、恨みがましい視線でじっとアンチマテリアルライフルを見つめておる。

 そんな目で見つめたところで、装備要求値は下がったりせんぞ?


「それにしても本当に惜しいことをした」

「でしょ! お爺さんもそう思いますよねっ!」

「あぁ、まったくじゃ。せっかくお主の銃狂いに歯止めをかけるチャンスじゃったのに」

「そうそう! ……ん?」


 どういうことです? と、エルは突然ワシが放ったその一言が気になったのか、冷や汗を流しながらワシに視線を向けてきよる。

 ゲーマー的な勘が働き、ヤバい状況に陥っていたという事実を、いまさら理解したらしい。

 ほんと……惜しいことをしたわい。


「あのまま銃が使えるようならば、お主がコーションラビットをその銃で討ち取ったと掲示板で広める予定じゃったんじゃよ。明らかにオーバーキルすぎるから、もう一丁は絶対作らんという情報を載せてな? するとどうなったと思う?」

「み、みんな銃の素晴らしさを知って、お爺さんの店に殺到する」

「現実逃避はやめたらどうじゃ?」

「……私にコーションラビット乱獲するように依頼が来ます」

「特にワールドボス攻略戦が近いからのう。レアドロップ増大なんて効果を持つ装飾品なら、だれでも喉から手が出るほど欲しいはずじゃ。前線組はこぞってお主に依頼を出すじゃろう。断っても断っても押しかけてきて、最後には町に出るだけで追っかけ回されて……。おぬしのファンたちも少しでもお近づきになれる機会があるならと、やってくること請け合いじゃし? おぉ! エルは大人気じゃなぁ!」

「……………………………………」


 エルの顔色が一気に悪くなるが、そんなことを気にしていては、矯正などできはしまい。ワシは心を鬼にして、言葉でエルを責めたてる。


「ふむ。よくよく考えたら今からでも遅くないのう。詳しい情報は関係者しか知らんのじゃから、今からでも情報を拡散して……」

「じょ、冗談ですよね?」

「ん?」


 そして、エルを真人間に戻すためにとどめの一言。


「人の家の会話勝手に盗み聞きする銃狂いに、なんで冗談などいう必要がある?」

「お願いですお爺さん! 反省していますから、それだけは勘弁してぇえええええええええ!!」


 こうして、見境のないエルの銃狂いを何とか鎮めることに成功したワシは、思い残しノートの「銃開発」の欄に記された三角をけし、二重丸をつけることになるのじゃった。

さすがに怒られました……。

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