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見送るものの決意

親戚の集まりがあって忙しかったのだ(言い訳


更新遅れてごめんなさい(´・ω・`)

 無数の攻撃が乱舞し、刃王竜を滅多打ちにするのを眺めながら、戦闘に参加している《メーカーズ》の武闘派職人たちを指揮していた俺――スティーブは、爺さんたちの防衛拠点に降り立った刃王竜の方を不安げに見つめる。


 刃王竜のHPが全く危険域に達していない。怒涛のような攻撃を食らっているため、常時減少してはいるのだが、以前現れた時とは違いHPバーが10本ほどあるレイドボス相手では、数を用いた力押しを使ってもHPをすぐに削りきることは出来ないでいた。


「どう考えます? ヤマケンさん」

「前戦った時の経験から予想を述べると……攻撃力自体は上がった形跡は見受けられません。現にさきほど結界のHPバー一本を、半分まで削ったあのブレス。前線タンクが本気で防御した場合の被害がタンク職のHP7割程度だったことを考えるに、攻撃力は以前我々が戦ったころのままです。おそらくこの突発イベント……運営側もあまり設定を大規模に弄るようなことはできていないのだと思われます。実際これほど注目度が高い新年イベントで、新しいレイドボスが実装されていないでしょう? だからこそ、刃王竜そのものがシステム的に強化されていることは考えられない。つまりあのバカみたいなHPバーは、もともとある要因で増えるようになっていた、刃王竜固有の能力と、考えるのが妥当でしょうね」

「そのある要因って言うのは?」

「一番可能性があるのが、姿を現した時に周辺にいたプレイヤーの数。一度しか出現したことのないレイドボスだから正確なことは言えないけど、可能性はかなり高いと思います……」


 だとするとかなり拙いことになる。レイドボスの出現を見て、ほかのプレイヤーたちは、わずか数十人しか迎撃する人員がいない爺さんたちの方の刃王竜ではなく、圧倒的な物量で確実に刃王竜が倒せるこちらのエリアになだれ込んだのだ。

 どう考えても負ける方に行くよりかは、絶対勝てる方に行って報酬をもらいたいというのは人間心理としてはむしろ当然の事、俺以外の他のプレイヤーを責めることはできない。

 そうなった以上、当然刃王竜の総HPは推して知るべし。おまけに刃王竜はHPが三割をきり、激怒状態になると、刃となった鱗が逆立ち、刃の鎧に変貌するのだ。

 斬撃系の攻撃をうけとめ、魔法・物理遠距離攻撃は切り裂く。それによって与えられるダメージを大幅に軽減するという、嫌がらせ染みた能力だ。唯一まともにダメージを与えられるのは、鱗の刃ごと叩き潰せる重量級の打撃攻撃なのだが……あの巨体を持つ竜相手に、まず近接戦闘を挑めるメンツ自体が少ない。

 先ほどあげた前線のタンクか、攻撃を食らわないことを主眼に置いた軽量戦士。そして爺さんのように、筋力と器用値を馬鹿上げしてレイドボスでもある程度成功するようになっている、インターセプト使いぐらいしか、あの竜に近づくことはできないだろう。

 一応爺さん級の攻撃戦士も何人かいると言えばいるのだが、人の波にもまれてまともに身動きが取れていない。

 そして、


「来るぞっ!」


 戦場の誰かがそう叫ぶと同時に、刃王竜の喉が光り輝き、真紅の熱線が戦場を結界ごと薙ぎ払う。

 城壁の上にいる俺達――後方支援組は結界によって守られているためノーダメージなのだが、結界のHPバーがまた減少し、残りのバーが三本になる。

 近接プレイヤーたちの被害も甚大だ。

 熱線をよけきれなかった軽量プレイヤーや、盾を構え損ねたタンクプレイヤーが根こそぎ蒸発し、死亡タグが田んぼに生えた稲のように戦闘フィールドを覆い尽くす。

 攻撃に耐えきったタンクプレイヤーたちが範囲蘇生アイテムを使い、次々とプレイヤーを蘇生させていくのだが、その間にも刃王竜の尾による薙ぎ払いや、巨体を使った突進、連射可能な火球などで、蘇生中の隙を見せたタンクたちが狩られていき、近接プレイヤーたちは苦戦を強いられていた。

 幸いなのは城壁から遠距離攻撃である魔法が届く位置で戦ってくれていることか。そのおかげで結界がある限り、遠距離プレイヤーは被害を受けずに、一方的に刃王竜を攻撃できる。

 こちらの勝ちは揺るがない。間断なく放たれる遠距離攻撃のおかげで、今の調子なら結界のHPバーをすべて削りきられる前に、勝つことは可能だ。激怒状態になることを踏まえてもこの事実は揺るがない。

 だが、


「爺さんたちは死ぬだろうな」

「町の中を通す援軍も不可能。なにより確実に負けると決まっている戦に、援軍を送ってくれというのも無理でしょうね」

「俺たちが城壁の上を走って向かっても、この町は巨大すぎる。援護に向かっている間に終わっちまう。そして、レイドボスが相手じゃ、大軍ではなく個人で援護に行っても焼け石に水……」


 詰んでいるな。と、俺はそっと嘆息しながら、爺さんがいる方向へ視線を向けた。

 その時、俺の視界の右上に、パーティーメンバーから個人(ウィスパー)チャット申請が送られている事を示す、アイコンが浮かんでいることに気付いた。

 なんだ? と俺は首をかしげながら、その回線を開きパーティメンバー――YOICHIとエルに話しかける。


「どうした?」

『スティーブ。私仕事なさそうだから、お爺さんの様子見てくるわね?』

「え?」

『スティーブさん。私もついて行っていいですか? 攻撃手は足りているみたいですし』

「いや……うちのパーティーの二枚看板にぬけられるとさすがにまずいんですけどっ!?」


 というか、お前ら遠距離の花形だろうがっ!? と、俺は思わず悲鳴を上げた。

 だが、二人はそんな俺の悲鳴などに耳を傾けてはくれないのか、


『だって、刃王竜相手じゃ私の弓狙撃はいまいち効果薄いし、いてもいなくても一緒でしょ? というかダメージエフェクトが眩しすぎて見えないのよ、標的。あれ狙うくらいだったら、エフェクトの少ないお爺さんのところで戦った方がまだ活躍できるわ』

『私より戦闘に特化した魔法使いなんて、この場にいくらでもいるじゃないですか……。だったら私たちは、大事な仲間のお爺さんのところに行ってきます!』

「だがなぁ……」

『なにより、前線で戦っているあの子……危なっかしくて見てられないわ』


 YOICHIが告げたあの子――メルトリンデの不調は俺の目から見ても明らかだった。

 明らかに目の前の戦闘に集中していない。彼女は刃王竜が降り立ってからずっと背後――正確には町を挟んで正反対の位置で戦っている爺さんのことを気にかけているんだろう。

 プレイヤーたちは必要に彼女にかまう為、かろうじて死んではいないが……一瞬の判断ミスが、生死を分かつレイドボスとの近接戦闘で、あれは確かに危ない。見ているだけのこちらもさきほどからハラハラしっぱなしだ。

『だから、あの子には『私たちが援護に行ったから心配するな』って言ってあげなさい』

『前線タンクの一人がまともな動きをするようになれば、状況はずいぶん変わるはずです。いてもいなくてもわからないプレイヤーが二人ぬけるだけで、その余裕が確保できるならやるべきです』

「むぅ……」


 俺は必死にレイド戦指揮官の一人として、考える。このままYOICHIたちに攻撃を続けさせた際の総ダメージ数と、メルトリンデがまともに動くようになった際の効率アップを天秤にかける。

 町の反対側に移動してしまっては、今の戦闘フィールドからは完全に離れる。そうなると、たとえレイドボスを討伐したとしても、戦闘に参加したことによる報酬はもらえない。報酬をもらうためには、戦闘に参加した後、敵モンスターが倒されるまで、その戦闘フィールドにいることが必須条件だからだ。

 メーカーズの運営者としても、レイド戦指揮官としても、ここで報酬をもらえる人間を二人も減らすのはかなりの損失になることは分かりきっていた。

 だから俺は、


「仕方ない……行って来い」

『……えっ!?』

「何驚いているんだYOICHI」

『いえ……言ったはいいけど、絶対断わられると思っていて』

『ほらYOICHIさん! 私の言ったとおりでしょっ!』


 何やら自慢げなエルの言葉に、苦笑いを浮かべながら、俺は驚いているYOICHIに、


「なめんなよ、狙撃屋。効率云々で爺さんを見捨てるのは確かに簡単だ。誰よりも得したいって考えるなら、そっちの方が賢いんだろう。だがなぁ、効率重視でゲームしているようなら、俺はハナからクランのリーダーになんてなってねぇよ。わずらわしい組織管理なんざ、俺の専門外だからなっ!!」


 自慢げな笑みを顔に浮かべつつ、啖呵を切ってやった。


『じゃぁどうして?』

「俺がクランリーダーになった理由は二つほどある。一つは将来の独立したときの予行演習として、経営をある程度シミュレーションしてみたかったから。もう一つは……」

 

 そこで俺は、メーカーズのマークが刺繍されている服の襟に視線を飛ばした。

 俺の包丁と、爺さんの金鎚と、エルの裁縫針が交差している、刺繍を。


「久しぶりにできた新しいダチと一緒に、バカやりながら、面白おかしく、でかいことをやって……最後に腹を抱えて笑う為だ」


 だからこそ……。


「俺に爺さんを見捨てるなんて選択肢は、最初から存在してねぇのさ」

『……呆れた。ずいぶんと古臭い友情論ね』


 そう言いつつ、絶対負けるってわかっている戦場に、爺さんを助けに行くために赴くお前も大概だが。と、俺は内心でそう言いかえしながら、


「パーティーからは外しておいた。お前ら二人で組んで、さっさと行って来い。こっちも余裕ができたら、うちで指揮しているメーカーズメンバーを小隊単位でそっちに送っていく。爺さんにはこう伝えろ……『お前の意地に、俺達も付き合ってやる。泥船に乗せたら承知しねぇぞ』ってな」


 その言葉を最後に、ウィスパーチャットを切断した俺は、続いてクランチャットを使い全メーカーズメンバーに号令を飛ばす。


「さてお前ら。うちのご老体がピンチだそうだ。チャッチャと片付けて、しこたま恩を売りに行くぞっ! その恩のお返しは、《レイド戦打ち上げ会》での奢りだ!! 今日で爺さんの財布をすっからかんにしてやるぞっ!」

『応っ!!』


 一斉に帰ってくる野太い職人たちの合唱に、俺の口元は自然と吊り上っていった。



              ◆         ◆



「HPバーが二本か……。レイドボスにしては少ないかのう?」

「うん。でも、前戦った時は一本だったから、それを踏まえて考えると今回は多いくらいだよ?」


 間近で聞こえる咆哮。まるで壁のような鱗に覆われた体。

 その壁に向かってワシ――GGYは力強く自身のハンマーを叩きつける。

 金属と金属がこすれ合う音と共に、火花が飛び散り、するどい刃王竜の鱗をナマクラになるまでひしゃげさせる。

 結構痛いのか、頭上の刃王竜の頭から悲鳴のようなうめき声が響き渡った。

 刃王竜降臨からはや五分。ワシは現在刃王竜の足元にて、ハンマーを握り締め戦っておった。


『お爺さん! 《踏みつけ(スタンプ)》による振動攻撃、来ます!』

「了解じゃ!」


 ウィスパーチャットから送られてくるノブナガの予想に、ワシは素早くハンマーを旋回させ、


「《アースウェーブ》っ!!」


 モンスタースタンプと同じ《激震》の効果を一瞬発生させる、ハンマーのアビリティーを発動した。

 本来なら二足歩行型のモンスターや、プレイヤーの動きを阻害する地震のような振動を起こす、アビリティなのじゃが……。実はこのアビリティ、別の存在が放った《激震効果》を持つ一撃と同時発動させることによって、先に発動した激震効果を打ち消す能力を持っておる。

 そのため、大型モンスターのほとんどが放つことができる、《モンスタースタンプ》による行動阻害を完全無効化させることができ、こういった大型モンスターとの戦闘時には何かと重宝するのじゃ。

 代わりに、


「発動後の隙がデカいという難点もあるが……」


 ワシがそう言うと同時に、まるで鞭のようにしなった刃王竜の尾が、ワシの体に向かって薙ぎ払うように振るわれる。

 鞭のようにと形容したが、この巨体じゃ。尻尾であろうとも大きさそのものは丸太級。食らえばろくなことにならんことは請け合いじゃ。

 じゃが、


「一人で戦っておるわけではないからのう」

「よくわかってんじゃねぇか」


 その言葉と共にワシの前に飛び出したのは、純白の盾を作り出したジョン。

 ワシの護衛をしてくれておるこやつは、手を変え、品を変え刃王竜の注意をワシからそらしつつ、ワシのことをうまい具合に守ってくれる。

 さすがは《万能》といったところ。伊達に器用貧乏なスキル構成をしていないと見える。


「今失礼なこと考えなかったか?」

「勘違いじゃろう?」


 シレッと大嘘をぶっこきながら、火花のような衝撃エフェクトを放ちつつ、盾によってしのぎきられる尾の一撃を見送ったワシは、再び壁のような竜の脛に、ハンマーの一撃を叩き込んだ!

 無論、竜であろうとこんな場所に鉄槌の一撃を食らって、無事であるはずがない。

 ふたたび頭上で上がる激痛の悲鳴。怒りに燃える瞳が、再びワシを貫く。

 ちょうどその時に時間が来たのか、ジョンがワシの前に立ちながら叫んだ。


「リキャストタイムが終わった! ブレスが来るぞっ!」

「了解じゃ!」


 そう言って、ワシは慌ててのたのたと竜から離れ走り出す。いちおう暇を見ては走っておるのじゃが、システム的なアシストがないワシの疾走速度はあまりに貧弱じゃ。

 背中に背負っておる鉄槌の重量も重なり、ワシは走っておるとは分からんような亀の歩みでしか走れん。

 じゃが、そうも言っておられん状況じゃ。

 刃王竜のタゲがワシにすべて割り振られている今、刃王竜のブレスを城壁方面に当てないためにも、ワシは少しでも城壁から離れた方向に移動する必要がある。

 刃王竜の長い首が、その巨体に似合わぬ速度で旋回。ワシを完全にロックオンしながら、外からでもわかるまばゆい輝きを喉の奥で生成、


【グルゥァ!!】


 まるで戦車の発砲音ような音を響かせ、ワシに向かって収束した熱線を撃ち放つ!

 まともにくらえば即蒸発。用意できる最上級の防具に身を包んでおるとはいえ、ワシ本人のステータスは紙その物。耐えきるという選択肢は最初から存在せん。

 じゃからワシは、


「ジョン! ノブナガっ!」

「了解だっ!」

『援護します!』


 ワシの叫び声に、即応する声は二つ。

 ワシの背後で守りを固めておったジョンは、手に持っていた耐久度が減っている盾をそのまま投げ捨て、新しい盾を二枚、両手にもつように精製。

 それを重ねるように構え、真っ向から熱線の攻撃を迎撃する。

 火花のような衝撃エフェクトが飛び散り、見る見るうちに赤熱し、武器の寿命である耐久度を削られていく盾。

 じゃが、その状況を長引かせることはない。

 二つ目の声である、城壁上で魔法を発動したノブナガの攻撃が、刃王竜の頭部に叩き込まれたからじゃ。

 その魔法は、刃王竜の頭部とほぼ変わらん、巨大な棘付鉄球を出現させる魔法陣!


「《クイックサモン》1!!」


 

『アイテム名:ギガモーニングスター

 性能:筋力+350 《装備不可》

 内容:鍛冶職人GGYが制作した、鉄球鎚(モーニングスター)。武器の限界まで巨大化されており、唯一まともに持ち上げられるのは筋力値500を超えた猛者のみ。単純な構造をしているため、耐久度は非常に高く、その巨大さゆえに破壊力も高い。ただし、巨大すぎるため装備不能。

品質:☆☆☆☆☆★★★★★』


 以前ノブナガからの依頼で、武器の巨大化に挑戦した際作り出された、化物鉄球。装備不能という武器として致命的な欠点を持っている割には、攻撃力はあまり上がらなかった欠陥品じゃが、改めて攻撃で使われているところを見ると、とんでもないド迫力じゃな。と、ワシはひとり感心する。

 それによって刃王竜の頭部からは、ダメージエフェクトを表す真紅の光が飛び散り、口は強制的に閉じられた。

 攻撃を途中でキャンセルした《中断ボーナス》と、中断ボーナスと連続して発生する、ブレス系特有のダメージである、逃げ場を失った口腔内でのブレスの暴発――《暴発ダメージ》が重なり、刃王竜の頭部から爆発するような真っ赤なダメージエフェクトが飛び散った。

 そのダメージエフェクトが消えた後、刃王竜の頭部には混乱を示すリング状のエフェクトがあり、二本あった角の片方も、見事にへし折られておった。暫く相手の行動を制限できる状態異常発動と、部位破壊の成功。ソコソコのダメージを与えたのがワシらにわかる。

 城の方から歓声が上がり、刃王竜を囲っておった数少ない近接プレイヤーたちも、とどろくような鬨の声を上げる。


「これで結構削れたじゃろう?」

「おかげで俺のアイテムボックスがずいぶん軽くなっちまったがな……」


 ジョンは愚痴を吐くように苦笑いしながら、真っ赤に赤熱する盾を投げ捨てる。

 地面に落ちると同時に、限界を迎え砕け散る盾。それに内心で礼をしながら、ワシは刃王竜の頭上に浮かぶHPバーに視線を走らせた。

 二本あるうち一本が真っ黒になったHPバーに……。


「……とはいえ、ようやく折り返しに来たといったところか」

「先はまだまだ長いな」


 戦闘開始から実に30分。15分おきに来る刃王竜のブレスを城壁にむかって撃たせないように、タゲを交代でとりながら、城壁とは反対方向で刃王竜と戦う、ワシら近接戦闘班の疲労は、先の要塞都市防衛戦でのものと合わさりピークに達しておった。

 正直シャレにならん。三十分間ひたすら攻撃を叩き込み続けてこれじゃ。

 騎士団は全員メインスキルが《ナイト》であるため、城壁からの援護は、数少ないプレイヤーの魔法使いしか期待できない。

 そのため、ワシら防衛拠点側の主なダメージは、近接班が与えねばならんわけじゃが、もとより刃のような鋼鉄の鱗に身を包む刃王竜は、物理攻撃が効きにくい。

 反対側のように数を頼ることができ、城壁からの間断ない魔法攻撃が期待できたのなら、もう少し楽に戦えたのじゃろうが……。と、思わず天を仰ぐワシの耳に、


「おじいちゃん、無いものねだりしている暇はないみたいよ」

「孫……」


 苦いものを含んだ声音と共に、アビリティを切り姿を現した孫の指摘に、ワシは刃王竜へと視線を戻した。

 そこには、ボスモンスターであるにしても通常では考えられない速さで混乱を解き、怒り狂った瞳をワシらプレイヤーに向けてくる刃王竜。

 あれだけのダメージを食らったというのに、混乱から回復した刃王竜の足取りはしっかりしており、突進を行うための前動作へと移っていた。

 そうじゃ。敵はレイドボス刃王竜……ないものねだりをして隙を見せて良い相手ではない。

 孫の指摘で、思考を入れ替えたワシはハンマーを構え、周囲の者に散開するよう指示する。

 まるで引き潮のごとく左右に割れ、刃王竜の突進攻撃範囲内から離脱する近接戦闘班。

 じゃが、それを見ても刃王竜の視線は、揺らがずワシの方を向いておった。

 どうやらタゲはまだワシに残っておるようじゃ。これは好都合。


「孫、ジョン! ワシの後ろへ! 近接班! ワシが刃王竜の突進を止めたら(・・・・)側面から、この化物を叩けっ!」

『おうっ!』


 レイドボスの突進を止める。

 現実世界ならば、体格差的に試すことすら無謀なその一言を、周りの奴らは何ら疑うこともなく信じ。ワシの指示通りに動いてくれる。

 一時間にも満たないわずかな戦闘で、ここまでワシを信頼してくれる仲間たちに、ワシは思わず笑みを浮かべながら、


「のう孫」

「なに、おじいちゃん?」

「ワシ……このゲームを続けてよかったわい」

「やめておじいちゃん! 死亡フラグっぽい!」


 なんじゃ、人がせっかく素直に感謝の気持ちを述べたのに。と、ワシが膨れている間に、刃王竜が突進を開始した。

 背中の巨大な翼をたたみ、巨体からは信じられないような速度で突進を開始する刃王竜。

 見た感じでたとえるなら、トップスピードに乗った新幹線。

 通常ならまともに相手をしていい速度ではない。

 じゃが、ここはゲームの世界。

 あらゆる無茶が通り、物理方式がすっこむファンタジー世界じゃ。


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 じゃからワシは、先ほど(・・・)と同じようにハンマーを腰だめに構え、


「《ギガント……」


 刃王竜の鼻先が、目と鼻の先に到達した瞬間、地面に半ば足を埋め込むような、強力な震脚を叩き込み、体を固定。

 全身の筋肉をひねりながら、横方向に振り回した鉄槌を、刃王竜の鼻先に叩き込む。

 持っておるのはリボルパイルハンマー。

 あの鉄杭を打ち出す回転鉄槌が、真っ赤なマズルフラッシュを輝かせながら、ハンマーによる衝撃と鉄杭による刺突を、ほぼ同時に刃王竜の鼻先に叩き込んだ。

 飛沫の様なダメージエフェクト!


「ブロォウ》!!」


 一瞬衝撃で波打つ刃王竜の顔。

 その頭には再び、輝く円環が出現した。


「打撃系武装って割と汚いわよね……。何もしなくても武器自体に、相手を《混乱》させる能力が付与されるんだもん」

「原理的には、衝撃が脳に伝わってシェイクするんじゃという話じゃが……。現実ではそんなにうまくいかんよなぁ」

「あぁ。現実で、ハンマーを使って思いっきりぶっ叩かれたら、頭がザクロになるからな」


 普通に殺人事件じゃ。と、ジョンの一言に「ワシ割と酷いことしておるのでは?」と思わず顔を引きつらせるワシをしり目に、再び動きが止まった刃王竜に向かい、側面から近接プレイヤーたちがなだれ込む。

 同時に、多くの弱点を抱える顔面が、目の前で無防備にさらされているという好機を見逃さず、ジョンと孫はそのまま武器を手に持ち、強力なアビリティを同時に叩き込んだ。

 見る見るうちに削られていくHP。

 さすがに刃王竜もその状態で黙っている気はなかったのか、またとんでもない速度で混乱状態を回復させ、尾の薙ぎ払いを使い自分に群がる敵をはねのける。

 じゃが悲しきかな。どれほど高度なAIを積まれていようとも、所詮竜は竜。できる攻撃など限られる。

 尾の一撃は騎士団の重厚な盾によって見事に防がれ、

 頭を無防備にさらす突進や、咬みつきといった攻撃はワシの鉄槌の恰好の餌食。

 口から吐くブレス系は、暴発ダメージを狙うノブナガが完全無効化し。

 唯一一撃での死を与える熱線も、ジョンとノブナガがいればなんとか耐えしのげる。

 順調に削られていく刃王竜のHPに、ワシは内心でガッツポーズをとった。


「いける……このままいけば、刃王竜に勝てるぞっ!」


 ワシがそう確信した時じゃった。


「待っておじいちゃん!」

「ん? 何じゃ孫……」

「一つ言い忘れていたんだけど、刃王竜は激怒状態になると……」


 孫からの釘が刺さると同時に、刃王竜のHP残量が、三割に到達した。

 そして、


【調子に乗るなよ……人間風情がぁあああああああああああああ!!】


「っ!?」

「うわっ!?」


 間近で起こった、雷鳴が如き刃王竜の一喝が、ワシらの戦場を席巻する。

 思わず耳を塞ぎ、しゃがみ込むワシらをしり目に、刃王竜はとうとうその巨大な翼を広げ、天へと舞い上がった。

 目の前の山のような巨体が空に舞い上がるという非常識な光景に、ワシらは思わず顔を引きつらせる。

 何よりも、刃王竜が激怒状態になることによって変貌したビジュアルの変化が、ワシらを威圧した。

 逆立つ刃の鱗に、その隙間からあふれ出る真っ赤な光。

 その光の効果のせいか、黒く色を変える刃の鱗は、一本一本が伝説の剣のような切れ味を持って、他者の干渉を完全に遮断した。


【本当の恐怖……竜の恐ろしさ。貴様等の身に刻み込んでくれるっ!】


 そして、その宣言と同時に、刃王竜の口からは光があふれ出て、


【散るがよい】


 上空から、ワシら近接班がいる大地を薙ぎ払った。


「飛ぶとか汚いじゃろぉおおオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 ワシがそんな悲鳴を上げているうちに、真紅の閃光はワシに向かって降り注ぎ、巨大な爆発を起こし戦場を飲み込む。

 熱線の直撃を食らったワシは、当然と言わんばかりにHPを削りきられ、死亡タグを残して一時的に戦場から退場することとなった。



              ◆         ◆



 数十秒後。ワシからタゲが移ってしまったプレイヤーが、上空から次々と降り注いで来る炎弾を食らい蒸発していくのを見ていたワシは、孫の蘇生アイテムによって何とか戦いに復帰することができた。

 じゃが、


「飛ばれるとはのう……。ちょっとワシら近接班だけではどうしようもないのう」

「言っておくけど、刃王竜は言うほど飛ぶのは得意じゃないのよ。今だって一定の高さでホバーしているだけでしょう。だから翼あたりに強力な遠距離攻撃を複数当てられれば、割とすぐに落とせるんだけど」

「無論そこには、レイドボス基準でも強力な……という但し書きが着くわけじゃろ?」

「少なくとも、うちの城壁上にいる遠距離攻撃プレイヤーの質と数では、ちょっと威力不足ね」


 そんな孫からの最後通告。最後の最後で絶望的な事態に陥ったことを、ワシは思い知らされた。


「勝てると思ったんじゃが……」

「まぁ、レイドボス相手にこの人数であそこまで追い詰めることができたのは、誇っていいと思うよ、おじいちゃん」

「うむ。我々騎士団も『援軍が来るまで無理をするな』という待機宣言を受けているのである。これ以上ご老体が無理をすることはない」


 幸いなことに、騎士団たちはワシらプレイヤーよりもヘイト値が低かったのか、今のところ被害にあっておるやつはおらん。

 負けるにしても、最悪の負け方だけは阻止できそうじゃった。

 じゃが、


「せっかく孫と共闘できる機会なんじゃから……どうせなら勝っておきたかったのう」

「おじいちゃん……」


 ワシの一言に、孫が辛そうに俯いた時じゃった。


 城壁から放たれた、エフェクトを伴った一本の矢が、刃王竜の翼にぶつかり、派手なダメージエフェクトを飛び散らせたのは。

 かなり強力な一撃じゃったのか、上空で安定して飛んでおった刃王竜の体が大きくよろめき、好き勝手に放っていた炎弾の攻撃が一時的に止まる。

 これは……もしやっ!


「なにっ!?」

「強力な弓矢の攻撃……まさか!?」

「あぁ? なんだ、あいつ結局自分もこっちに来たのかよ……」


 驚くワシらをしり目に、炎弾の攻撃がやんだのを見てワシらに近づいてきたジョンが、目を眇めながら城壁の方を見つめた。

 同時に、ワシらの耳に全体チャットを通して二人の女の声が届けられる。


『鱗の隙間から光が漏れているってことは、そこは要するに鱗がない場所なんでしょう? 狙い放題の当て放題で、私としてはウハウハが止まらないわね』

『お爺さん! 助けに来ましたよっ!!』


 同時に、城壁の上で巨大な魔法陣エフェクトが広がり、広範囲攻撃魔法が発動準備に入ったことを知らせてくる。

 間違いない。


「エル! YOICHIっ! 来てくれたのかっ!?」

『あっちじゃ私たちやることなかったしね』

『スティーブンさんからの伝言もありますよっ! 『お前の意地に、俺達も付き合ってやる。泥船に乗せたら承知しねぇぞ』だそうです。あと、祝勝会はお爺さんのおごりだって。負けても奢らせるって言ってましたけど』

「それは聞きたくなかったかのうっ!?」


 ワシらがそんな軽口をたたいている間に、


「じぃいいいいいいいいいいいさぁあああああああああああああん! 助けに来たぞぉおおおおお!!」

「っ!? うるさいわい、カイゾウ!」


 城壁の上に登り、大声を上げるという原始的な連絡手段を使ってきた、魔改造好きのバカ――MA☆改造。その傍らには、カイゾウとワシと一緒によく悪ふざけをする、マッド発明者のバカプレイヤー共。

 そやつらの手には、なにやら筒のようなものが抱えられており……。


「ちょ!?」

「ん? どうしたのおじいちゃん?」

「やろぉおどもぉおおおお! 今日という日を俺はうれしく思うっ! なぜかって? 誰に気兼ねをすることなく、新兵器の実験ができるからだっ! 爺の救出? 二の次でかまわん! とにかくひたすらぶっ放してデータをとれっ! 俺達の、合言葉はぁああ!」

『メーカーズの科学力は世界一ィイイイイイイイイイイイ!!』


 ファンタジー世界で科学力を誇るな。と、ワシは思わず、自分が筆頭になって悪ふざけをしたことを棚上げしつつ、内心でツッコミを入れる。そして、


「逃げるぞっ! あと百メートルくらい城壁から離れるんじゃっ!」

「いったいどうしたのおじいちゃん!?」

「何があるってんだよっ?」

「うむっ! 腹から声が出ているいい御仁であったが、何かするのかっ!」

 

 話しておる時間はない。と、ワシは踵を返し城壁から離れ、不思議そうに近接戦闘組が後に続く。だが、その逃走の最中に、


「発射っ!」

「少しくらい待とうって気づかいはないのか、カイゾウっ!?」


 無慈悲に、城壁から飛んできた死刑宣告にワシは思わず悲鳴を上げる。

 同時に、10人ほどいた城壁の上に立っているメーカーズ集団が、筒を肩に担ぎ目算で刃王竜をロックオン。

 バシュッという、ガスが一気に抜けるような音と共に、楕円形の物体がくくりつけられた鋼の矢が、尻から火を噴きながら勢いよく刃王竜の背中に直撃した。

 同時に起こる、大爆発っ!!


「―――!?」


 あんぐり口を開けて、刃王竜の背中に次々と咲く紅蓮の炎に、孫はしばらく固まった後。


「おじいちゃん……何あれ?」

「バズーカ砲じゃけど何か?」

「……相変わらずお前たちは先を生きているな」


 どうやって実現した? と信じがたいものを見るような目でこちらを見てくるジョンに、ワシはとりあえず照れておく。


「褒めてねぇよ!?」

「戯けっ!? あれ造るの結構大変だったんじゃぞっ!? システム的にセーフにするためには、現実世界で仕組みを仕入れて設計図引かねばならんのじゃから! いやぁ、ほんと大変じゃったわい。古本屋がおらんかったら手に入らんかった……バズーカ砲の設計図」

「おじいちゃん!? あの人本当に古本屋なのっ!?」


 武器商人的何かじゃない!? と、孫は何かを心配した様子で聞いてくるが、何を馬鹿な。あいつの家は代々古本屋じゃ。あいつのおじいさんあたりが戦時中に出世して、旧大日本帝国陸軍の偉いさんになったとかいう話は聞いたことあるが……。


「あとちなみに……一歩でも早く逃げんかい。危ないじゃろうが」

「危ないとは何がである……」


 か? と筋肉騎士が問いかけたとき、


「ぎゃぁああああああああああ!?」


 ワシの後ろを歩いておったプレイヤーの頭上に、弾頭が落下。地上にきたねぇ花火が咲く。


『…………………』


 思わず無言になる近接戦闘班の面々に、ワシは残酷な事実を告げねばならなんだ。


「いやぁ、設計図が古すぎてのう……照準機能が色々狂っておるんじゃよ」

「あちらの戦場では同士討ちをクランリーダーに止められていたせいで、好き勝手撃てなかったからなっ! ここみたいに人が少ないなら、味方の被害は最小限に抑えられるっ!」

『ここでも同士討ちするなよっ!?』


 カイゾウのいい笑顔を浮かべていることがわかる快活な戯言に、近接戦闘班は悲鳴を上げながら、必死の形相でワシを追い抜き逃げていく。


「あぁ、おいこら! おいていくなっ! ワシ足が遅いんじゃって!?」

「ふざけんじゃねェ!? お前が作ったんだから甘んじて受け入れて、責任とれやっ!」

「なにおうっ!? おかげで危機的状況からは脱したじゃろうがっ!」


 ジョンとそんな言い合いをするワシに、孫は苦笑いを浮かべながらついていく。

 バズーカ砲の炸裂弾頭がかなり効いたのか、頭上にいる刃王竜はすでにホバー状態を維持できなくなり、フラフラと最後の力を振り絞り、ワシらに向かって降下を始めていた。

 じゃがまだ高い。ワシらの武器が届かん。

 そうワシが考えたとき、


『トドメ……行きますっ!!』


 全体チャットに響き渡る、とある裁縫屋の大魔法発動宣言。

 同時に城壁に展開されていた魔法陣は一気に収縮し、代わりに刃王竜の頭上に巨大な魔法陣が展開された。


【なぁッ!?】


 とつぜん頭上から降り注いだ、高純度の魔力が発する蒼い光に、刃王竜は天を見上げる。

 そして、


「《クリスタル・アイスバーグ》!!」


 魔法陣から出現したのは、見まごうことのない巨大な氷山。

 クリスタルの名にたがわない透明なそれは、重力によって振り下ろされる巨大なハンマーの代わりとなり、刃王竜を押しつぶした!!



              ◆         ◆



「あれ食らって生きているとか、ゲーム世界じゃないとありえんと思うわけじゃよ……」

「演出の割にダメージが少ないのが、このゲームの難点だと私も思う」


 あれだけのでたらめな対空攻撃を食らったため、流石の刃王竜も地面に引きずり降ろされておった。

 じゃが、奴はいまだに健在。HPバーがもはや数ドットしか残っていない満身創痍の状態であっても、あたりに転がる氷山によって《凍え》状態のバッドステータスを食らい、動きがかなり緩慢になっていても、なおワシらに向かい牙をむく。


『トドメは譲ってあげるわおじいちゃん』

『ネーヴェさんとの花道、しっかり飾ってくださいっ!』


 そして、ワシとネーヴェはそんなYOICHIとエルの応援に押されて、砕けた氷山によって様変わりした平原で、刃王竜と対峙した。


「すまんのう。ワシとの思い出づくりというより、皆との思い出づくりになってしまった」


 最後にワシは、わざわざ孫がゴールデンシープと分かれてこのイベントに参加した理由である、「ワシとの思い出づくり」があまり果たせなかったことを、孫に詫びておいた。

 戦っている間は必死すぎてあまり気にならんかったのじゃが、今振り返ると少々これは目的と違ったなぁ。と、思ってしまったのじゃ。


「いいよ、おじいちゃん」


 じゃが孫は、特に気にした様子も見せないまま、ニッコリとワシに微笑みかけた。

 子供のころから見ておる、変わらない快活な笑み。そんな孫の笑みに少しほっこりするワシ。


「私のおじいちゃんは、こんなにたくさんの人に助けてもらえる人なんだって……すごい人なんだって。今日は一杯教えてもらえたから」


 孫はそんなワシを見て、誇らしげに胸を張り。


「やっぱりおじいちゃんは、私の最高のおじいちゃんだよ!」


 そう孫に行ってもらえて、ワシは思わず絶句し、


「うぅ……」

「えぇ!? ここで泣いちゃう!?」

「すまんのう……最近涙腺が緩くて」

「もう! まだ終わってないからねおじいちゃん!」


 思わず涙を流すワシの背中をたたき、孫はこちらに向かって突進してきた刃王竜を見て、


「じゃぁ、おじいちゃん!」

「言われずもがなっ!!」


 一度ワシから距離を取り、後退。

 ワシはハンマーを構え、刃王竜を前のように迎撃しようとした。

 じゃが、


「っ!?」


 ワシの眼前に到達した瞬間、唐突に刃王竜の突撃が止まる。同時に奴は後ろ足で体を支えながら立ち上がり、ドラゴンにしては強靭な両前足を挟み込むような角度でワシにたたきつけてきたっ!

 おそらく危機的状況に陥り、行動ルーチンが変わったのじゃろう。最後の最後に面倒なものを仕込んでくれる。

 じゃが、


「孫に褒めてもらえたワシに、敵はおらんぞ……刃王竜っ!」


 GGY(じじい)を舐めるなっ! と、ワシは大喝をしハンマーをふるう勢いを使い、後方に一気に飛び退く。

 同時に地面にたたきつけられた両前足が、軽度の激震効果をもたらすが、跳躍することで一時的に地面から離れておったワシには効かん。

 そしてワシは、激震が終わったころに着地し、目の前で無防備に地面に埋まっている前足めがけて、


「どっせぇええええええええええええええい!」


 リボルパイルハンマーを振り下し、両前足をさらに地面に深く埋め込んだ。

 それによって両前足が抜けなくなったのか、一瞬だけ刃王竜の動きが止まる。その隙を孫は見逃さない。


「行ってきますっ!」


 ワシにそう一声かけた後、ワシの傍らを駆け抜けた孫は、地面に埋まった両腕を足場代わりに、刃王竜の頭まで駆けあがり、唖然とした様子の頭部まで到達。


【バカな……この程度の数の人間に、私が負けるというのかっ!】

「それが断末魔の叫びなんて、レイドボスのくせに小物臭いわね」


 もっとカッコイイセリフが吐けるようになってから、出直してきなさいっ! そんな孫の無茶なセリフと同時に、孫の双短剣スキルのアビリティが発動。


「《クリティカルストーム》っ!!」


 紅い連撃が刃王竜の頭部を埋め尽くし、HPバーに残っていたわずかな赤色を、完全に消し飛ばした。



              ◆         ◆



「というわけで、刃王竜二頭の討伐と……爺さんたちの《レイドボス少人数討伐ボーナス》の入手を祝って! かんぱああああああああああああああああい!!」

『かんぱぁああああああああああああああああああああああああああああああああい!!』

「おい加減せぇよ!? 絶対無茶な注文とかするんじゃないぞっ!」

「スティーブ? 取りあえず、イビルエビの姿造りと、干しワビアの姿煮三つ」

「それスティーブの店で一番高い料理二品じゃろうがっ!? YOICHI、自重してお願いじゃからっ!」

「スティーブ! とりあえず、このオーダー表に乗っている料理ぜんぶっ!」

「無茶な注文するなといったじゃろうがぁあああああ!! 今回手に入れたレアドロップどころか、銃開発のために貯めていた資金すら空になってしまうじゃろうが!」

「むしろ積極的に頼みたくなったわ! もう二度と悪ふざけの産物なんて作らせねぇ!」


 巨大クラン――メーカーズの拠点である職人街にて。祝勝会ということで、本日は露店出張を行っている、スティーブの食堂の料理が雨あられとふるまわれていた。

 どうやらお代はわたし――ネーヴェ――のおじいちゃんGGYのようで、さっきからおじいちゃんは元気にパーティー参加者の間を駆け回り、無茶な注文をする人に、ギャーギャー抗議をしていく。

 戦っているときはかっこよかったんだけどなぁ……。今はちょっとだけみみっちく見えるおじいちゃんに、私は小さく苦笑いを浮かべながら、スティーブさんが持ってきてくれた料理に舌鼓を打っていた。

 そんなとき、


「思い出づくりはできたかい?」

「あ、ヤマケンさん!」


 今回は分かれて戦っていた、私が所属するクランのリーダーの登場に、私は慌てて立ち上がる。


「今回は、我儘聞いてもらって、ありがとうございましたっ!」

「いえいえ。こちらこそ、助けに行ってあげられなくてすいません。思った以上に激怒状態からの討伐が長引いてしまって……」

「あぁ……HPバーが三本残った状態で激怒に入っちゃったんでしたっけ?」

「えぇ。迂闊でした……HPが三割に成ったら激怒状態になるってことは、バーが十本あるあの龍は、バー三本の時に激怒状態になると、少し考えればわかったでしょうに」


 おかげで地獄を見ましたよ……。と、少しだけ黄昏るヤマケンさんに、私は思わず顔を引きつらせる。

 あのあと、普通のレイドボスと何ら変わらないHP量で激怒状態に入った、もう一頭の刃王竜討伐はかなり凄惨な状態になったらしい。

 何度も宙を舞い、即死級攻撃と、半死級攻撃の連撃をぶっ放してくる刃王竜は、手の付けようがなかったらしい。

 おまけに慌てた一人の遠距離プレイヤーが、ヘイト管理を忘れて大ダメージを与えてしまったから大変。

 タゲが城壁側に移ってしまい、結界はわずか数分で破壊。城壁上にいた遠距離攻撃プレイヤーたちはほぼ壊滅してしまい。地面に引きずり降ろされる心配がなくなった刃王竜は、悠々下にいた近接プレイヤーたちを蹂躙したらしい。

 最終的には生き延びていたメルトリンデさんがお助けイベント『受け継がれし意志』を発動させて、壊れていたはずの神器級武装《魔剣グラム》を覚醒させて、残りHPを数ドットまで減らしたことで何とか勝ったらしい。

 ただしあちら側の被害は甚大で、城壁は完全に崩落。住宅街にも被害が出ていて、クエスト評価は最低ランク。刃王竜のレアドロップも、被害の補償ということで、システム的に大幅にカットされちゃったらしい。


「それ考えると、今回は爺さんの助けに行った方が勝ち馬でしたねっ!」

「えぇ! しばらくは刃王竜のレアドロップでウハウハ生活よっ! 使わない奴オークションに出したらすごい値段ついたからっ!」

「私も新しく出た武装をゴーレム化したら、すごい強力なものが出来上がりましたよっ!」


 そんなことを言ってハイタッチを交わすノブナガとYOICHIをしり目に、私とヤマケンさんは話を続ける。


「これで、お爺さんの思い残しはあと少しですか……。寂しくなりますね」

「はい。でも」


 私はさびしいなんて思ってあげないんです。と、私は小さく呟いた。

 おじいちゃんがいなくなるのは……つらい。ずっと面倒を見てくれて、ずっと一緒に遊んでくれた、お父さんとお母さんと同じくらいに大切な人。

 だけど、


「おじいちゃんは……たとえもう長くない人生だとしても、精一杯楽しんで生きているんだって、今日教えてもらいましたから」


 NPCの騎士を守るために立ち上がり、絶対勝てないと言われたレイドボスに、たくさんの人の手を借りて勝ったおじいちゃん。

 その背中にはたくさんの人の手が添えられていた。

 たくさんの人の笑顔があった。だから、


「見送ってあげるときは……寂しいなんて言って泣かないで、『いい人生だったね』って、笑って見送ってあげようと思います」

「そうですか……」


 きっとお爺さんも、その方が喜びますね。と、ヤマケンさんは言ってくれた。



              ◆         ◆



 とまぁ、そんなしんみりした空気は割と長くは続かなくて、


「おぉ! ご老人殿っ! 今日の活躍は見事でしたなっ!!」

「ん? 筋肉騎士っ!? おのれ! 貴様までワシの財布を圧迫するつもりかっ!?」

「そしてなにやら今は追い詰められておりますなぁ!?」


 小柄な騎士を伴った、あの筋肉さんがおじいちゃんに近づいてきたの。

 なんだろう? と、私が首をかしげていると、


「実はわが妹が御老人にぜひともお礼をしたいと言っとりましてな。こちらの支払いも、吾輩のポケットマネーからいくらか出しましょう。刃王竜から助けてもらったことを考えると、軽いお礼ですが」

「なんと!? おぬしホントいい奴じゃのう! なんでハズレ扱いされておるのかわからんくらいじゃ。今度武器に不具合が出たらワシのところに来い! 特別にただで見てやる……って、妹?」


 そんな奴がおったのか? と、ひとしきり喜んだあと、おじいちゃんはようやく筋肉さんの後ろにいる小柄な騎士に気付いたのか、首をかしげた。

 そして、おじいちゃんの視線を受けてフルフェイスの兜を問った小柄な騎士さんは、


「兄を助けてくださり……本当にありがとうございましたっ! あの人数であれほどの大軍に立ち向かったと聞いたときには、もう死んだものと覚悟していたので……。また兄の元気な顔を見れて本当にうれしく思います。おじいさん、あなたには無上の感謝を!!」


 情熱的な赤い髪を肩口でそろえた美人さんが、泣き笑いをしながらおじいちゃんに抱き付き、その頬に熱烈な口づけをした。


「……………………」


 思わずあんぐりと口を開ける私に、おやおやというヤマケンさんの苦笑い交じりの言葉が聞こえる。

 周りも大体似たような評価だったのか、その光景を見て皆さん固まった後、


「お、お爺さんが……私が事後処理で苦労している間に、若い娘を引っかけたぁああ!」


 いつのまにかやってきていたメルトリンデさんが悲鳴を上げると同時に、あたり一帯に怒号が響き渡った。


「吊るせぇええええええ!」

「ジジイのくせに女騎士にフラグだとっ!? それも二本も!?」

「お゛の゛れ゛ゆ゛る゛さ゛ん゛!!」

「どうやって発音した今の……」

「そんなことどうでもいい! できるだけ丈夫なロープもってこい!」

「おいやめんかお主らっ!? 年寄りはいたわれっ!?」


 一瞬で阿鼻叫喚の地獄絵図となり、若い男の人たちに拘束され、ワッショイワッショイどこかに担がれていくおじいちゃんの姿に、


「あ、あわわわわわわわ!?」

「あの、早く助けに行かないと今日がお爺さんの命日に成りますよ?」

「ま、待って!? 待ってぇええええええええええええ!?」


 私は慌てて、やれやれと言いたげに肩をすくめるヤマケンさんに見送られ、おじいちゃんを追いかけた。

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