最後の友人
「オフ会?」
「爺さんにしては珍しい提案だな?」
「どういう意味じゃそれ……」
その日の夜にログインしたゲーム内にて。
ワシは古本屋に言われた通りオフ会を提案してみた。
それに対して帰ってきた答えがこれじゃ……。
「気づかい上手ってことだよ。VRゲームでオフ会が結構リスキーな行為だって知ってんだろ?」
「うっ、まぁそうなんじゃが……」
「ちょっとまえにも、おじいさんのお孫さんがリアル割れして問題になりましたからね」
呆れたように肩を竦めるスティーブの正論と、エルが告げた割と身近で起こっておった、リアル割れが引き起こした問題の提示に、ワシはグウの音も出ずに黙ってしまう。
言われてみればその通り。いくらゲーム内で仲が良くても、現実の詳細を晒すというのは結構なリスクを伴う行為なのじゃ。
キャラクターの操作に問題が出るということで、ネカマという一昔前のVRMMO特有の問題はずいぶん減っておるが、リアルの顔に自信がない人物がネットゲームでイケメンプレイヤーをしていた場合も、リアル割れは嫌がられるじゃろう。
それがなくとも、オフ会で顔を合わせることができる例など、本当に限られておる。現実でも会っていいよと快く言ってくれる人物など、ゲームキャラと現実の本人にほとんど乖離がない場合か、違いがばれても気にしないメンタルを持っている人物ぐらいじゃ。
そして、そこをクリアしたとしてもリアルの情報を相手が悪用しないという信頼感がないと、絶対にオフ会は開けない。こいつになら素顔を明かしていいと思ってもらえる、鋼の信頼感がないと、オフ会の開催はほとんど成立しないのじゃ。
「やっぱり無理じゃのう……。すまん、変なこと言って」
「は? 別に嫌だとは言ってないだろ。ただ珍しいなといっただけで」
「え?」
「あ、あの……私一応学生なんで、うちの近場で開かれるというのなら、参加できます」
「えぇ!?」
じゃが、スティーブたちから返ってきたのは、意外なことに快諾じゃった。
「近場ってどこに住んでんの? 高校生以下ならあんまり遅い時間には開けないしな」
「え、えっと……横浜の大学に通っています。寮暮らしです」
「門限は?」
「一応ありますけど、深夜過ぎにならない限りは大丈夫です」
「おっと、なら時刻は夕方過ぎぐらいでいいか? そのくらいならもう大学の授業もないだろ。横浜ならちょうどいいし……それなら会場は俺がセッティングしてやるよ。ただ開くなら非番の日になるから、日にちが限られるんだよな。爺さんはいつぐらいがいい?」
「え? あ、いや……できるだけ早い方がいいというくらいは特にないのう。場所が横浜というのなら、ワシも電車を乗り継ぎさえすれば何とかいけるし」
「なら今度の木曜あたりでどうだ? 休日は仕事が忙しくてな……」
「ワシはかまわんが」
「あ、あの、私もその日になら授業は昼で終わりますから」
「なら待ち合わせ場所は……」
どういうわけか、ワシが目を白黒させている間に、とんとん拍子に決まっていくオフ会の予定。ワシはしばらくその光景を唖然として見つめていたが、
「え、え? ほ、本当にいいのか?」
「なんだよ今更」
「もう待ち合わせ場所まで決まっちゃったじゃないですか」
「いや、だが……」
いくらなんでも決めるのが簡単すぎるじゃろう!? と、ワシはわずかに困惑した様子で、間の抜けた言葉を放ってしまう。そんなワシの言葉に、スティーブとエルは互いに顔を見合わせた後。
「はぁ、さっき言ったみたいに、俺たちはこれでも爺さんをかってるんだぜ? あんたは気づかいができる奴だ。そんなアンタがセオリー破ってまでオフ会開こうとしているんだ。何か理由があるんだろ?」
「そうですよ。私たちでもそのくらいは分かっています。それに、お爺さんならきっと私たちのリアルを知っても、悪いことはしない。そう信じていますから」
そういって、笑いながら着々とオフ会について決めていく若者二人に、ワシの胸の中に熱いものがこみ上げてきよる。
「うっ。いかんのう……年をとったら涙腺が弱くなっていかん」
「いや、ここゲームだから、リアルの体の劣化は関係ないんじゃ……」
「あぁ、でも感情を反映しやすい設定になっているっていうのは聞いたことがありますね。はいおじいちゃん、ハンカチ」
そういって、こちらにハンカチを渡してくれるエルにお礼を告げながら、ワシは笑いながら泣いたのじゃった。
◆ ◆
それから三日後の事じゃった。
攻略組に依頼されておった、冷化ドリンクの製造をメーカーズの調薬師たちが終えたころの話。
あとは攻略組の装備じゃと、メーカーズは現在攻略キャンペーンと銘打って、攻略組の装備の新調を割安で行っておった。
とはいえ、割安といっても利益は出るラインをきちんと守っており、普段はなかなか装備の新調に来ない連中が続々と金を払ってくれるので、いつもよりも儲かっておるくらいじゃった。
まったく、スティーブの奴め……ずいぶんと商売上手なことをする。と、ワシは見る見るうちに上がっていくメーカーズの月利益のグラフを思い出しながら、寒い風が吹く賑やかな港にたたずんでいる。
場所はリアルの横浜港。
多くの人が集う観光港でもあるこの港には、平日じゃというのに結構な人々が集まっておった。
近くにいたワシと同い年ぐらいの老夫婦に話を聞くと、なんでも今日は噂に名高い豪華客船――セイントプリンス号に乗れる機会じゃということで、多くの客船ファンが集っているのじゃとか。
興味を持って、乗船券の値段を見てみると、ひとり分なんと9の後ろに0が四つという値段をしておった。
頭おかしいんじゃないかのう……。と貧乏人の僻みでそんなことを考えながら、ワシは頭にかぶせた紅い帽子を目深にかぶり、貧乏人には厳しい現実から目を背ける。
この帽子は待ち合わせで人違いをしないようにとスティーブが指定したもので、今日この日のためにわざわざ買ったものじゃ。
正直年寄りにはきつい色なのじゃが、まぁ今集まっている面々は結構はしゃいでおるため、特に気にしてはおらんようじゃった。
そんなことをワシが考えておると、
「あの……もしかして、GGYさんですか?」
「ん?」
突然声をかけられて目を上げると、そこにはベレー帽のような赤い帽子をかぶった、眼鏡をかけた大人しそうな印象の女の人が立っておった。
「ど、どうもはじめましてっ! 湖宮百合って言います!! あ、あの……lakeとLillyで、L.Lです!!」
人違いじゃったらどうしようと考えておるのか、やけにしゃちほこばった態度で頭を下げる湖宮百合ことエルに、ワシは苦笑いを浮かべながら帽子を取り、頭を下げる。
「これはこれは、ご丁寧に。GGYこと山本弘です。そんな緊張せんでええよ、エル。まちがっとらんから」
「よ、よかった……さっきスティーブさんだと思った人に声をかけたら間違えちゃって」
「そりゃ災難じゃったのう……」
ワシらのほかにも赤い帽子もっておるやつがおるとは、意外と油断ならんのう横浜。と、ワシがひとり感心しておると、
「おう、指定した時間十分前に来ているとは、感心感心」
何やら馴れ馴れしく声をかけてくる、くたびれた感じのクリーム色のコートを着た、白髪交じりの黒髪をオールバックにした中年男性が、ワシらに近寄ってきよった。いちおう頭には広島のとある球団の帽子が。
なぜ横浜でこれ? と、ワシが首をかしげておる間に、エルが確認を取ってくれる。
「えっと、もしかしてスティーブさんですか?」
「もしかしなくてもスティーブさんだよ。本名の方は一応名乗っておくか? 蜂須賀小六だ。よろしく」
なんと戦国武将と同じ名前か。とワシが驚いていると、スティーブは「親父が戦国大名マニアでな。苗字がこれなんだから名前はこれしかないとか言いやがって」と、苦笑い交じりに肩をすくめる。
まぁ、そんなこんなで集合できたはよかったが、
「あの、ところで集まるお店って?」
「ん? あぁ、うちの職場だよ。就航20周年記念に特別に横浜一周するっていうからさ、ちょうどいいと思って乗船券半額でもらったんだ」
「は?」
「えっと……それってもしかして、船に乗るってことですか?」
「もしかしなくてもそうだけど?」
そういいながらスティーブは背後を振り返り、ある船を指差した。
それは先ほどワシが話し掛けた老夫婦が言っておった、豪華客船。
「俺あそこで料理長していてな。今回は部下の料理の腕の再確認もかねて、お客さんとして乗船するんだよ」
「「………………………………」」
セイントプリンス号が浮かんでおった。
一生関係がないと思っておった、豪華客船への突然の乗船に、驚き固まるエルをしり目に、ワシは一つ頷き、
「おまえ、本当にセ○ールじゃったんじゃなぁ」
「本当は軍艦に乗りたかったんだけどなぁ。防衛大訓練がしんどくて、ついていけなかったんだよ」
あっけらかんと言いながら、スティーブは「ドッキリ大成功?」と、にやりと笑った。
◆ ◆
豪華客船の展望レストランから、海面に移る横浜の明かりを眺めながら、ワシらは優雅にフレンチを楽しんでおった。
「ま、間違ってません? 私マナー間違ってません!?」
「いいから落ち着けよ、エル。メシなんて楽しく食えれば食べ方なんてどうだっていいだろ?」
訂正。豪華客船の船上レストランなんて未経験なエルは、ガタガタ震えながらの食事をしておった。
まぁ、その気持ちはわからんでもないが……。とワシが辺りを見回すと、明らかにセレブにしか見えない、ドレスやらタキシードやらを着た紳士淑女の皆さんがずらり。チラホラ芸能人や、有名な政治家の姿も見える。政治家は贅沢しとらんで、政治せんかコラッ!! いまだに日本は不景気なままじゃぞ!?
ドレスコードにひっかかるということで、一応ワシらもスティーブのおごりでレンタルした、タキシードとドレスに着替えておったが、場違い感が半端ないわい。
おまけに、マナーなんて気にすんなと言っておきながら、スティーブは地味に完璧マナーで食事を進めておるし……。
これほど厭味ったらしいことはないじゃろう。と、ワシは内心で考えながら、頭の隅で埃をかぶっておった、中学の頃に校外学習で学んだ地元ホテルでのマナー講座を必死に思い出しながら、食事を何とか進めておった。
そうこうしておるうちに、ウェイターが食べ終わった皿を下げ、最後のデザートを持ってくる。
横浜港一周の旅ももはや折り返し地点に来ておる。時間としては良い頃合いじゃろう。
スティーブもそう判断したのか、紅いワインを再び頼みながら、ワシの方へ向き直る。
「で、爺さん。あんたがわざわざあっちではなく、こっちで俺たちに会おうとした理由はなんだ」
「ほ……。よ、ようやく終わった。って、そういえば今日の本題はそっちでしたね? スティーブさんのたちの悪い悪戯ですっかり忘れていましたけど」
なんだよ。夢のような時間だったろ? 心構えができていればですよ。突然こんなところに放り込まれたら肝が縮みます。と、まるでゲームの中と変わらない言い合いを繰り広げる二人に、ほんの少し笑みをこぼしながら、ワシは覚悟を決めた。
ワシのためにここまでしてくれた二人に、これを黙っておくのはむしろ失礼じゃと。
だから、
「のうスティーブにエル。ワシな、三カ月ほど後にTSOをやめることになる」
「は?」
「え!?」
ワシはそっと、だがしっかりと、スティーブとエルに、今日の本題を切り出した。
「やめるって……家庭の事情とか? なんか仕事が忙しいとか」
「そんなわけあるかい。ワシはもう仕事しとらん年寄りじゃぞ」
「だよな……」
「あ! 今になって大学に通いたくなったとかでは!?」
「違うのう。さすがにそこまでチャレンジャーではないわい」
「じゃぁ……」
いったいどうして? と、エルは不思議そうにつぶやいた。
さすがに彼らは正解にたどり着くことはできんようじゃった。当然じゃ、寧ろたどり着いたとしてもそれを口に出すのは、人間としてどうかと思うしのう。
だからこそ、正解はワシの口から告げてやるしかない。
「ワシはのう。どうも末期ガンらしい」
「――っ!」
「え……?」
ワシが告げたゲームを辞める理由に、スティーブとエルは思わず息をのんでおった。
痛々しい沈黙がワシらの周囲を満たす。
レストランの端にあった舞台では、とある有名歌手があらわれ、リサイタルを開いておるが、その歌声も今のワシらには届かんかった。
「うそ……じゃないみたいだな」
「そんな、じゃぁ」
「余命は三カ月じゃと医者に言われた。幸いなことに、治験をしておったから発見自体は割とすぐにできたのが救いじゃが」
「な、治るんですか!?」
「末期じゃといったじゃろう。どんな手を尽くしても、完全な治癒ができる確率はごくごく低いと言われたわい」
「…………………………………」
突然のワシの告白に、絶句するしかないエル。そんな彼女に、申し訳ないことをしたのうと、ワシは「重い話をしてしまってすまん」と謝罪する。
その傍らでは、眉をしかめながらもワインをあおったスティーブが、そっとため息をついていた。
「まぁ、爺さんも見た感じ歳だからな。そういった可能性はいつでもあったろうさ。うちの親父も似たような死に方したし」
「でも……何か方法が。そ、そうだ! 抗癌剤とか放射線治療とか、最近はいろいろあるって」
「いや、余命三カ月なんて言われている段階で、フラフラ外を出歩いているってことは、それは断ったんだろう?」
「まぁ、のう」
スティーブの鋭い指摘に、ワシは「相変わらず鋭い奴じゃ」と苦笑いを浮かべながら頷く。
だが、それに納得がいかないのはやはり若いエルじゃった。
借り物のドレスを汚さないようにと、極力大きな動きをするのを嫌がっていたエルが、初めて、
「どうして!?」
と叫びテーブルをたたきながら、椅子から飛び上がるように立ち上がった。
周りの視線が一瞬にしてこちらに集まるのを察して、すごすご顔を赤くして座ったが。
なにかあったのか? と、ウェイターがこちらにやってくるが、そちらはスティーブが手を振ることによって止めてくれた。どうやら本当にこの船の乗員には顔が効くらしい。
ワシはそのことに素直に感心しつつ、周りの注目がようやくなくなった頃に、重い口を開いた。
「尊厳死、って知っておるかのう?」
「一応は、学校の授業で習いますから」
「要は、ワシはそれを選んだ。抗がん剤で毎日信じられない嘔吐感に悩んだり、頭の髪の毛が見る見るうちにぬけたり、それによっておこる苦痛を、ワシが耐えられるとは思わなんだ。何分ワシは老いぼれじゃ。今更、生にしがみついてやりたいことがあるわけでもないしのう……。やったとしても、恐らく途中で挫折しておったじゃろう」
「…………………………………」
「だから、娘や孫にそんな姿を見せて、苦しい思いをさせるよりも……少しでも人間らしい姿で死にたいと、ワシは考えたんじゃ。それに、その治療を受けるとなるとTSOにログインができん病院に、即入院することになる。それはワシとしては選べん道じゃった」
「ということは、爺さんは死ぬまであのゲームにログインするつもりか?」
「無論」
まだワールドボスも討伐できておらんしのう。と、ワシはできるだけ穏やかに見えるような笑みを苦労して浮かべながら、グラスに残っていたシャンパンを口に含む。
「だからすまんが、ワシは三か月後……ひょっとするともっと早くにゲームにログインができなくなるかもしれん。そのことを、おぬしたちには面と向かって教えておきたくてのう」
「……わかった。クランの運営体制も、爺さんがいなくても大丈夫なようにある程度調整しておく」
「すまんな。苦労を掛ける」
淡々と、事務的に、こちらの希望をかなえる努力をしてくれることを、約束してくれたスティーブに、ワシはほっと安堵の息をつきながら、一つ肩から重荷が下りたのを感じた。
その時じゃった。
「どうして……」
「ん?」
「どうして……そんな大事なことを、私たちなんかに教えてくれたんですか?」
エルが、涙を流しながらワシにそんな疑問をぶつけてきたのは。
幸いなことに防水仕様じゃったのか、エルの化粧はとけておらんが、やはり女の子を泣かせたという事実は、相応に居心地の悪い雰囲気をワシに提供してくる。
ワシは苦い顔でスティーブに救援を求めるが、スティーブの奴は素知らぬ顔でウェイターにつがれたワインを飲んでおった。
こやつっ! と、ワシはちょっとだけ友達がいのないスティーブに苛立つが、泣かしたのはワシなので、口ごもりながらも静かに涙を流すエルに、
「なんというか……おぬしたちには言っておきたかったんじゃ」
「え?」
素直な気持ちを告げることにした。
「クランの運営がどうとか……ワシが突然ぬけたら困るじゃろうとか、そういった考えも無論あった。じゃが、それよりもワシがお前たちにこの話をしたのは……お前たちがワシの大切な遊び仲間じゃったからじゃろう」
「な、かま?」
「うむ。遊び仲間じゃ」
おうむ返しに問うてくるエルに、ほら涙をふかんか。とワシはゲームとは逆にハンカチを貸しながら、話を続ける。
「ワシはのう、正直言うとあのゲームに真剣にのめり込む気はなかったんじゃ。せいぜいボケ防止のために、極力楽しめる題材を医者に提供されたから、それに乗っただけにすぎん。じゃが、思ったよりも今のゲームは昔のゲームと様変わりしとってのう。昔MMORPGの廃人しておったから、うまく立ち回れるじゃろうと思ったらとんでもない。ワシはログイン早々早速吊るし上げを食らってしもうた」
「随分話題になっていたからな」
「り、Lycaonさんたちの仕業でしたっけ? いいかげん許してあげたらどうですか?」
ダメじゃな。本人はまだ頭下げとらんし。と、内心で頑固ジジイのようなことを考えながら、ワシはエルたちと今はそれ関係ないからのう? と手を振り誤魔化す。
「当然そんなことになったワシがゲームを楽しめるわけもなく、スタートダッシュにも乗り遅れて、もうこのゲームやめるかと考えておった時……声をかけてくれたのがスティーブじゃった。そんなワシと、一緒にいてくれたのがエルじゃった」
正直あれには救われたわい。と、ワシは普段は隠していた本音を、小さく漏らす。その言葉に驚いたのか、エルとスティーブの動きがわずかに止まった。
「だってそうじゃろう。やっぱり年寄りにVRゲームなんか無理なのかのう? もっと年相応のボケ防止手段を考えるべきか。と、やさぐれた気持ちで考えておった時に、お前たちはワシの手を引いてくれた。あのゲームの楽しさを教えてくれた。正直そこからのゲームの日々は楽しい毎日じゃったよ。50年も60年も若返った気がした」
人生初めての鍛冶に挑戦し、
たくさんの強敵を打倒し、
バカなアイディアを実現するために、たくさんの人と頭を悩ませ、
目標を達成したときは、若者みたいにバカ騒ぎした。
「そんな楽しい毎日が送れたのは、ひとえにおぬしたちのおかげじゃった」
「じいさん……」
「お爺さん」
いつのまにか、エルどころかスティーブの奴まで泣いておった。
おいおい、更年期障害になるには少し早すぎるじゃろう? と考えておると、いつのまにかワシの目からもあたたかいモノがあふれておった。
本当に……年を取ると涙腺が緩んでいかん。
「じゃから、のう……死ぬ前に、一度でいいからお主たちに会って、礼を言っておきたかったんじゃ。ありがとう……お前たちのおかげで、最後にワシは本当に楽しい日々を送ることができた」
そう言って頭を下げるワシに、スティーブは無言のまま肩をたたき、エルは席から立ち上がりワシを抱きしめてくれた。
周りからの視線が突き刺さってくるが知ったことか。
今ワシは、生涯で一番の幸せを感じておるのじゃから。
◆ ◆
「あぁ、くそ……最後に泣かされたのが納得いかねえ」
「いいじゃないですか、私久々に思いっきり泣いてすっきりした気分ですよ? って、どうしたんですかお爺さん?」
「いや……。今思い出すと今更羞恥心が、公衆の面前で何しとるんじゃワシ」
「いまさら!?」
あれから数時間後。船から降りたワシとスティーブは横浜港でうなだれておった。そんなワシらの傍らでは、かいがいしくこちらの世話をしてくれるエルの姿が。
どこからどうみても、若い女の子に介護されるダメ老人二人の図じゃった。
「まだ俺はジジイじゃねェ」
「そう言っておるうちにすぐじゃぞ。定年退職の時期が来るのは」
「いいし! 俺60越えたら舟下りて陸で自前の店開く予定だからっ! 生涯現役だから!!」
「あ、それ開いたら私も呼んでください」
「うむ。孫も呼んでやってくれ。ついでにワシの遺影の入店許可も」
「おいやめろ、俺の夢の店にしみったれたもの飾らせるな」
なんと無礼なっ! と怒り狂うワシに、営業妨害で訴えんぞとメンチ切ってくるスティーブ。そんなワシらの姿を見て、クスリと笑みをもらすエル。
まるでゲームの中のような気やすい関係を築けたワシらを、いつの間にか降り出しておった雪が、温かく見守ってくれておった。
「じゃぁ、そろそろ帰るか。爺さん電車だろ? エルはこっちで送っていくわ」
「了解じゃ。遅くまでつきあわせてすまんのう、エル」
「いえ。一生に一度しかできないような経験ができて、楽しかったですっ!」
でも今度はいきなりじゃない方が助かります。最後にエルがボソリと漏らした本音の言葉に、ワシとスティーブは苦笑いを浮かべ、
「じゃぁ、またあの世界で!」
「おう! せいぜいあちらでも余生を楽しむとするわい」
「ワールドボス討伐も、頑張りましょうねッ!!」
ワシらは円陣を組むように、互いの手に手を合わせ、
「ラスト三カ月、爺が化けて出ないように」
「お爺さんが笑って逝けるように!」
「お前たちに感謝をこめて!」
それを思いっきり振り上げ、互いにハイタッチを交わした。
「メーカーズ! 全力全開!」
「「おぉおおおおおおおおおおおおおお!!」」
今年、横浜で初雪が降った日。
ワシは死んでも忘れない……友人二人を手に入れた。
次回からはようやくゲーム回。
孫とのパーティープレイと、神器級武装の制作、メーカーズでの後任指名……まぁ、いろいろやる予定ですが、どれからやろうかな……。