始まり
「ほぉ……これはなかなか」
とんとんと、地面に敷き詰められた白い石畳で足踏みをしながら、その感触が現実のものと遜色ないことにワシは驚く。
「いまどきのゲームはここまで来よったか……!」
若いころはゲームの中に入れたらと思ったもんじゃが、まさかそれを本当に実現してしまうとは。と、ワシがひとしきり感心しておる時じゃった。
「もしかしておじいちゃん?」
「ん?」
ワシは突然、見覚えのない金髪の美女にあった。おまけに胸部装甲がやたらと大きい……。その形に変形した初心者用の皮鎧が、なんか窮屈に見える。
「はて、どちらさんだったかのう?」
「いや、名前見てよっ! この名前で絶対登録するからって言っておいたでしょ!!」
「ん?」
そんな主張をした美女が、指をさした場所を見ると、そこにキャラクターネームが現れる。
ネーヴェ。確かイタリア語で雪を表すんだと、孫が言っておった名前じゃ。ということは、
「おぬし由紀子か? にしては盛りすぎじゃないかのう……」
全然わからんかったわ。と、ワシが呆れて一部に視線を注ぐと、孫は慌てて自分の胸を隠すようにかき抱き、キッとワシを睨み付けてくる。
「い、いいじゃないの別にっ!? ゲームの中でくらい理想の体型でいたって!! それよりおじいちゃんこそ、なんで現実とほとんど変わらない恰好なのよっ!! おまけに名前までGGYだし!?」
一応禿げるのは免れた真っ白な髪に、しわのよった顔。孫と同じ若干釣り目気味の瞳。確かにワシのキャラクター設定は現実のものとほぼ変わらん。
別にそれで不都合はないとおもうんじゃがのう。
「いまさら若作りするのもどうなんじゃと思って、キャラクターの見た目の設定は現実に合わせてみた」
「な、なんてことを……。このゲーム、アカウントの作り直しとかできないし、容姿や初期スキルの変更とかは課金しないとできないのにっ!?」
もしかして!? と、孫は慌てた様子でワシにステータスを見せるように指示し、ワシは四苦八苦しながらなんとかメニュー画面からステータスを呼び出し、孫にも見えるように可視状態にする。
『キャラクター名:GGY
種族:ドワーフ
筋力:5
防御力:4
魔力:1
器用:5
素早さ:1
メインスキル:《ハンマーLv.1》
サブスキル:《鍛冶Lv.1》《鑑定Lv.1》《採掘Lv.1》《器用上昇増加》《筋力上昇増加》
控え:《彫金Lv.1》《染色Lv.1》』
そして、孫はワシのスキルを見てめまいでも憶えたかのように、目元を抑えながら後ずさり、
「初期スキルに『ステータス上昇増加』系を入れておいて、『ステータス加算系』のスキル入れないなんて……何考えているのおじいちゃん!? あぁ、しかも二つもいれてるっ!?」
「なんじゃ? なんか問題あるのか?」
「大有りよっ!?」
ワシが首をかしげて尋ねると、孫ことネーヴェは憤った様子でワシに掴みかかってきた。
ちょ、年寄りはいたわらんかっ!?
孫にガクガク揺らされて、ワシが内心そう叫ぶ中、孫はわしのステータスの中で、《Lv》の項目がついていない二つのスキルを指差した。『器用上昇増加』と『筋力上昇増加』の二つを。
「いい!? 『ステータス上昇増加』系スキルっていうのは、ステータスが増加する際に、その増加数に上昇補正をかけるスキルなの。それで、このゲームでステータスを上げる方法は二つしかないの。一つはスキルによる増加。それがさっき言っていた『ステータス加算』スキルね? このステータス加算スキルはレベルがきちんとあって、そのレベルが上がるごとに加算される数値も上がるわ。しかもレベルが一つ上がるごとに、加算される数値は5ずつ増えていくの! たとえば初期のLv.1の加算は+5だけど、レベル2に上がるとさらに5増えて+10。Lv.3にあがるとさらに5プラスされて、加算数値は+15になるわけ。そこに上昇増加系のスキルが入ると、上昇される数値は二倍に増えるわ。つまり、レベルアップで上がる数値が5×2で10になって、Lv.2では+15。Lv.3では+25みたいにね。図にするとこうなるわけ!」
孫はそういうと、真っ白な画面をメニューから呼び出し、何かを走り書きする。というかこんなこともできるのか……。最近のゲームは便利じゃのう。とワシが驚く中、孫は何かを書き込んだ白画面をワシに飛ばしてきた。
『X=プレイヤーの元々のステータス
加算だけ :Lv.1:X+5 →+5→ Lv.2:X+10 →+5→ Lv.3:X+15
加算+上昇系:Lv.1:X+5 →+10(=5×2(上昇系補正))→ Lv.2:X+15 →+10→ Lv.3:X+25』
おぉ、これはわかりやすい。と、ワシは驚きながらそれを眺め、
「これかなりひどくないか? 加算系のスキルもっとるやつは、ワシの最高値のステータスである、筋力と器用を、素の状態でワシの二倍のステータスをもっておるというわけじゃし」
「モンスターがその分強いのよ。スライム相当の戦闘訓練モンスターも、素のステータスで倒せるんだけど、正直時間はかかりすぎて、狩りがどうこう言ってられないって。だから戦闘をメインにしていこうっていうプレイヤーは、絶対何らかの加算系スキルを持っているわ。その中でも最強を目指す人とかだったら、上昇系も合わせて持っている人が大半ね」
で、もう一つのステータスを上げる方法なんだけど。と、孫は表が書かれた白い画面をけし、苦虫をかみつぶしたような顔で一言。
「鍛えることよ」
「鍛える?」
「そ。現実世界と同じように、走れば素早さがあがるし、重いものをふるうと筋力がつく。細かい作業に慣れると器用が上がって、魔力を使う事象を起こせば魔力が、たくさんダメージを受けると防御力が上がるわ」
ほう。それはなかなかすごいシステムじゃ。と、ワシは感心する。ステータス加算系を持っとらん奴にもきちんと救済が与えられておるんじゃと。
だが、その予想は無情にも裏切られることとなった。
「でも、それによって上がる数値なんて一時間以上狩りを続けても、+1されるかどうかよ!? 普通加算系スキルの初期なら、10分狩りをすればLv.は二つも上がるのにっ! おまけに、ステータス上昇増加系のスキルもっていても、+1が二倍にされたところでステータスの上昇は+2が限界。正直言ってそれで強くなろうだなんて現実的じゃないわっ!?」
「なん……じゃと!?」
正直驚愕の真実じゃった。これは確かに失敗したようじゃ……。
つまりワシは
「どれだけ頑張っても、すっごく成長しにくいキャラになったと?」
「ま、まぁ……種族とメイン武器のおかげで筋力値はソコソコだし、ドワーフの鍛冶屋は器用の数値も上がりやすいって聞いたことあるけど……。正直ハンマーに器用はいらないし、上昇系をとっている人が有利なのは、どうあがいても変わらないから」
孫のダメ出しにすっかり意気消沈するワシ。久々に始めたゲームでまさかこんな落とし穴にはまってしまうとは、迂闊じゃった。
「ま、まぁワシは別に戦いにここに来たわけじゃないしのう。戦闘で役に立たんというのなら、せめて生産職として活躍して見せるわい」
「あ、いやおじいちゃん……。いい武器を作るためには、プレイヤースキルよりもまず、高いステータスが必要だから」
「……とどめさすのはやめてくれんかのう!?」
これはもう課金なりなんなりでもして、新しいキャラを作り直すか? と、ワシが思った時じゃった。
「あれ……その見た目と名前。もしかして《RYO》のネーヴェさんですかっ!?」
「え?」
「なんじゃ?」
突然、孫が話し掛けられたのは。
話し掛けてきたのは、続々と現れるTSOにログインしたプレイヤーの一人じゃった。青く短い髪をした、眼鏡をかけた理知的なプレイヤーで、その周りにはこれまたかなりの美系男性プレイヤーたちが控えておる。
「え、えっと……まぁそうですけど」
「やっぱりっ! 俺もあのゲームしていたんですよっ! いや凄かった、ゴブリン城攻城戦の時の、ソロでのゴブリンキング討伐っ!!」
「マジ!? あのネーヴェ!?」
「参加しているVRMMORPGのほとんどで、トップ陣営に名を連ねる、あのっ!?」
男たちの言葉を聞いて、にわかに周りが騒がしくなってきよった。
なんじゃ、孫……有名人なの?
そう言いたげなワシの疑問の視線を受けて、孫は若干恥ずかしそうな顔で頬をかく。
友達おらんなと思っておったら、現実ではなくこちらで友達作っておったのか……。安心したというべきか、むしろ不安になったと眉をしかめるべきか。
ワシがそんな複雑な心境でおった時じゃった。
「ん? そちらの方は……? もしかして、あの有名な『ノーザンクロス』の誰かですかっ!?」
「え、いや、違うの。この人私のおじいちゃんで……」
「おじいちゃん? それはいったい……ん、そのスキルは」
「あっ!? おじいちゃん! いますぐそれ消してっ!!」
眼鏡の青年に指摘され、何やら慌てふためいた様子で、さっきまで見ておったワシのステータスを消すように言ってくる孫。
いったいなんじゃ? と、ワシが驚いた時じゃった。
「うわ、何このステータス、低っ!?」
「おまけに上昇系入れているくせに加算系入れてないし、爺さんちゃんと攻略サイト読んだのかよ」
「むっ!」
何やら眼鏡の周りにおった二人のプレイヤーが、明らかに馬鹿にしきった感じの笑いをうかべて、ワシの方を見てきよった。
おまけに先ほどまで礼儀正しかった眼鏡まで、
「ちょっと、これはひどいですね……。まさかこんな素人の相手をしていたんですか、ネーヴェさん」
一気にこちらに向ける視線を、見下すようなものにかえてくる。
ここまで豹変具合がすごいと、いっそのこと感心すら覚えてしまうわい。無論腹は立っておるが。
「ちょ、失礼なこと言わないでっ! この人はわたしのリアルのおじいちゃんなんだからっ!!」
そんな奴らの言葉に、孫は憤った様子で怒声を上げ、ワシをかばうように前に立ってくれる。
正直嬉しかったが、孫にかばわれるワシってどうなんじゃろう……。と、ワシが内心首をかしげたとき、
「リアルのおじいちゃんって……まさか本当のご老人で?」
「ぶはははは! そりゃこんな初歩的なミスもするって!! おじいちゃんには最新機器は早すぎましたか~?」
「GGY無理すんな!!」
ゲラゲラ指をさしながら、ワシのことを眼鏡の仲間たちが笑い始めた。周りのプレイヤーたちも、言いすぎだろと言いながらも、ワシが老人だと聞いて苦笑いをしておる。
なんじゃ……老人がゲームプレイするのがそんなに悪いかっ!?
そして、トドメと言わんばかりに眼鏡をクイクイッと上げた眼鏡が、
「もしかして、お孫さんに寄生されるおつもりですか? お爺さん……そういう生活はリアルだけにしてはどうですか?」
プツーン。とワシの脳内で何かが切れる音がした。
孫が慌ててワシをかばおうとするが、そんなものはもう必要ない。ここまで侮辱されて黙っていられるほど、ワシも落ちぶれてはおらんわっ!!
「やかましいわ、胸糞の悪い小僧どもっ!! 寄生なんぞ誰がするかっ!! ワシは一人でもこのゲームを楽しんで見せるわっ!!」
「ちょ、おじいちゃん!?」
「孫っ!! とりあえずワシは一人でゲームすることにした! 手出しは無用じゃっ!! 孫は狩りなりなんなりしておれっ!!」
「ま、まっておじいちゃん!」
孫が何かを言ってワシに手を伸ばしてくるが、ワシはそれを振り払い、ワシを見て笑ってきよる若者たちの輪から外れ、町の中を歩きだした。
そして、ワシが完全に孫から離れたのを好機と見たのか、孫の周りには無数のプレイヤーが群がり、孫に「PTに入ってくれませんか?」「むしろうちのギルドにっ!」と騒ぎ出す。
当然そうなった孫がワシを追えるわけもなく、ワシはそのまま町の中へともぐりこみ、しばらく孫との連絡もたった。
◆ ◆
「と、大みえを切ったはいいものの……これからどうしたもんかのう」
そして孫から離れた数時間後。ワシはログインした広場からかなり離れた場所にある噴水に腰かけて、途方に暮れておった。
フィールドに出てモンスターと戦おうとはしてみたものの、あそこは今や戦場と言っていい状態じゃった。
幸先のいいスタートダッシュを決めるために、多くのプレイヤーたちが始まりの町周辺のフィールドに出て、ごった返しておったのじゃ。
おまけにたまたま誰かが取りこぼしたと思われるスライムを見つけても、ワシのハンマー攻撃は大振りかつ遅すぎるのか、攻撃が当たらず、そうやってあたふたしている間にほかのプレイヤーがそのスライムに攻撃してあっさり倒してしまった。
おまけに、横殴りじゃとそのプレイヤーに抗議すると、「とろとろしているお前が悪いんだ、ジジイ!」と言われてそいつの仲間に囲まれて、脅されてしまうしまつ。
このままでは殺されると慌ててワシは町に舞い戻り、今に至るわけなのじゃが……。
「はぁ、あんな啖呵きるんじゃなかったわい……」
歳を取ると短気になっていかん……。と、ワシはため息をつきながら、恥を忍んでキャラクターを作り直そうかと本気で考えておった。
そんな時じゃった。
「ん? 爺さん、こんなところで何してんの?」
「あぁ、なんじゃいったい?」
ワシがその声に反応して顔をあげると、そこには噴水を囲う商店の一つから出てきた、顔に赤い不可思議な模様の刺青をした、黒髪ヒューマンの青年がおった。
腰に差してある短剣から見るに、近接型の戦闘プレイヤーじゃろう。どうやら出てきた商店がパン屋だったらしく、両手で抱えて持っている紙袋からは、いろんな種類のパンが覗いておった。
「なんじゃ若いの。正直今ワシお前みたいな若い奴を見ると、『近頃の若いもんは……』って愚痴りたくなっておるんじゃが」
「いきなり意味もなく罵られる俺の身にもなってくれよ……。って、もしかしてあんたいま話題になっているGGY?」
「なぬ?」
話題になっているって? と、ワシが首をかしげると青年は、メニュー画面からあるウィンドウを開いた。
その上には『攻略掲示板』の文字が躍っており、スレッドの名前は『【我等のアイドル】GGY無理すんな【のジジイ】』と書かれておって。
内容は読まずともなんとなくわかった……。
「騒ぎになっているぜ? 初めのうちにログインしたプレイヤーたち相手に啖呵きったって。すごいな、ゲーム開始からすぐ入ってくるような奴らなんて、他のネトゲでトップはっているような連中ばっかだっていうのに」
「ふん。どうせ歳に似合わぬゲームをしておるくせに、やっていることは歳相応の偏屈ジジイとか言われとるんじゃろう」
「まぁ、そういう意見が大半だっていうのは否定しないが」
赤い入れ墨の青年はニヤリと笑いつつ、袋から飛び出ていたフランスパンをむさぼり、「出来立てのはずなのに、すげぇパサパサする……」と、パンの味に酷評を出した。
「でもあんた、ドワーフで鍛冶よりのスキル構成しているんだろ? だったら戦闘なんてできなくても、生産すりゃいいだろ」
「ふん。それもスキル的に大成せんと孫に言われてしまえば、やる気も失せるというもんじゃろう。一縷の望みをかけたフィールドでの戦闘も、言われた通り大した成果も挙げられんかったし……」
「ふ~ん。そりゃまた何とも」
厳しいお孫さんだな。と、青年は笑いながら、ワシの隣に腰かけた。
「でも俺は爺さんなら結構いい線行くと思うけどな~」
「なぬ?」
「ふふふ。実は俺βテスターでさ。そこで見つけたちょっと面白い情報を持ってんだよ」
少年はそういうと、ワシに向かってパンを投げてよこした。ワシは宙を舞うパンを慌てて受け止め、「食べ物を粗末にするなっ!」と言う意味を込めて、少年を睨み付ける。
少年はそんなワシの視線を、肩をすくめることでいなし、
「だから俺と一緒に職人街行こうぜっ! あそこの界隈、職人がじいさんばあさんばかりでさ……俺みたいな若者が行くと、『まったく最近の若いもんは』の大合唱がひどくて……」
「……ようするに?」
「爺さんなら、同じご老人のよしみで、いろいろ許してくれるかなって」
「……………………………………………………」
妙な奴につかまった。と、ワシは嘆息しながら、どちらにしろ行くつもりだったしと、若者の言葉に乗ることにする。
なにより、この始まりの町広すぎて、職人街の場所がわからんかったしな……。若者に助けられるというのは気にくわんが、背に腹は代えられん。
「ゲームキャラが本当にそんな反応するのか? あぁ、ワシの名前はGGYじゃよ。呼び方は爺さんでかまわん」
「いやいや、最近のNPCのAI凄いんだぜ! マジ人間と変わらんから!! あ、俺の名前はスティーブンだ。スティーブでいいぜ!」
そう言いながら、プレイヤーとは思えない老人のワシと、パンが入った袋を抱えた刺青少年スティーブとの、奇妙なコンビが結成された。
◆ ◆
鍛冶屋から響き渡る金鎚をふるう音。
怪しげな薬屋の奥で、安楽椅子に座って黒猫を撫でる老婆。
気難しそうな顔で新聞を読みふける、武具屋の店主。
明らかに服屋とは思えない、筋肉で盛り上がった上半身に、ぴちぴちの服とエプロンを装備した、歴戦の傭兵っぽい店員と……。
なるほど、ここにはたしかに老人が多すぎる……。と、ワシは、スティーブに案内されて訪れた職人街を見て、顔をひきつらせた。
というか、
「ここ本当に初心者用の技術を教えてくれる場所なのかの?」
「間違いないって! ゲームが始まる前に、ベータの時生産職をしていた奴らが書いた掲示板見たから!!」
そう言って、スティーブは再び掲示板のウィンドウを開き、
「ん?」
「なんじゃ?」
突然固まった。
どうしたのじゃ? と、ワシが尋ねてみても、なにやらせわしなく目を動かすだけで答えてくれない。
いったいなんだというんじゃ……。と、ワシもメニュー画面から攻略掲示板を開き、《生産職 チュートリアル》で検索をかけてみると、
「…………………………………………」
『【警告】ベータからの仕様変更項目
・うんぬん
・かんぬん
・生産職チュートリアルが、始まりの広場前の生産職ギルドに変更』
スレッドが立った時刻を見ると、このゲームにログインできるようになってから数分後に立ったスレッドじゃった。ワシは思わず半眼になり、固まっているスティーブを見つめる。
「おい」
「いや、だってしゃーないじゃん!? 仕様変わっているなんて俺しらねーし!?」
慌てて言い訳をしてくるスティーブンに何とも言えない気分になりながら、まぁこの際仕方ないかとため息をつく。
仕様が変わった理由を見ると『職人街まで行くのに、道が入り組みすぎていてわかりにくい』とか、『というか、職人が偏屈者多すぎて楽しくゲームができない』とかが理由に上がっていた。
それらの意見を基に、運営が生産職救済のために、新しく通いやすい職人育成機関を作ったのも、納得できる話じゃった。
まぁ、おかげでワシらは無駄足を踏んだわけじゃが……。
「とはいえあの広場か……」
正直嫌な記憶がよみがえるから、近づきたくないんじゃが……。と、ワシが眉をしかめていた時じゃった。
「だから、うちではもう弟子とってねぇって言ってんだろっ!!」
「で、でもベータではここで教えてもらったって……」
「帰んな、嬢ちゃん! うちの町ではもう弟子は取らないって決まったんだよ!!」
そんな叫び声が聞こえたかと思うと、突然一つの商店の扉があけ放たれ、ひとりの少女が叩きだされてきた。
長い耳をした少女はおそらく魔法が得意なエルフ。カーソルは青じゃからまず間違いなくプレイヤーじゃ。
叩きだされた商店は……先ほどワシが驚いて見ておった、あの元傭兵にしか見えないおっさんの服屋じゃった。
「そんなぁ……」
何やら落ち込み、うなだれる少女に、スティーブが慌てて駆け寄る。
「おいおい、大丈夫かよ、あんた。噂にたがわぬ偏屈っぷりらしいな、この町」
「ふぇ!? だ、大丈夫ですっ! 気づかってくれてありがとうございます」
気づかうように手を伸ばすスティーブに、エルフの少女は慌てて立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。
「あのぉ、ここに来たってことはお二人も生産職志望のひとですか?」
「おう! 俺は料理人兼調薬師になりたくてここに来たんだ! 名前はスティーブン! 将来の夢は、ドー○ングコンソメスープを作ることっ!! こっちの爺さんが、今話題沸騰中のアイドルの爺さんだ!」
「流石にその夢は諦めてほしいんじゃが……。あと、誰が話題沸騰中のアイドルジジイじゃ。語弊がありすぎるじゃろう。それに料理人志望とか初耳じゃのう……。GGYじゃ。呼び方は爺さんでかまわんぞ? ちなみにワシは鍛冶屋になりたくてのう。と言っても、ここに来たのは無駄足じゃったようじゃが」
「あ! さ、裁縫師志望のL.Lです。エルって呼んでください! ところで無駄足って……?」
どういうことです? と、首をかしげるエルに、ワシとスティーブは先ほど掲示板で見た新事実をエルに説明した。
それを聞いたエルは「道理で」と納得した様子で、
「この職人街にある、どの裁縫屋さんを尋ねても、チュートリアルクエストが出ないわけですね……」
「そういうことじゃ。というわけで、さっさと職人ギルドにいこうかのう」
あそこに行くのはあまり気が進まんが……。と、ワシは言いながら、さっさとこの職人街から踵を返した時、
「待ちな、爺さん」
「ん?」
突然、スティーブがワシを呼び止めた。
「なんじゃスティーブ。ここにはもう用はないじゃろう?」
「何言ってんだよ! これからじゃないかっ!! いいか爺さん……確かにここではもう生産職用のチュートリアルクエストはやっていないのかもしれない。だがよく考えてみろ……だったらなぜここは、いまだにこの世界に存在している?」
「なぜって……」
消すのが面倒だったからではないのか? と、ワシが適当に答えると「これだから最近のジジイは」と肩を竦められた。思わずハンマーを手に取るワシに、エルが必死に縋りついてとめる。
「貴重な容量さいてまで、無駄な施設を運営が残すかよ。ということはだ……ここにはもしかしたら、ベータにはなかった隠し要素があるかもしれないってことだ!」
「隠し要素ですか?」
「ふむ、言われてみれば確かに……」
そう言われると説得力はあるが。と、ワシはエルと一緒に顔を見合わせ、本当かどうか考えてみる。
「じゃが、その隠し要素があったとして、それはいったいどこにあるのじゃ」
「様子がおかしいと思って、私も服屋さんのほかに、近所の人にいろいろ聞いてみたんですけど、どれも似たような反応しか返ってきませんでしたよ?」
だが、一応調査はしたらしいエルの報告を聞いても、スティーブの自信にあふれた表情は曇らなかった。
「ちっちっちっ! エルちゃん。近所調べただけじゃまだ足りないって。実はこの町の奥の方に、この町を取り仕切っている食堂があるんだよ。そこにいる町の町長に話を聞けば……」
スティーブはそう言って、町の奥を指差した。
そこにはぼろっちい小さな食堂があった。その食堂の名は、
「もしかしたら、もしかするかもしれんだろう?」
《町長の気まぐれ食堂》……。
もうちょっとひねった名前は思いつかんかったんかい……。と、ワシは思わず半眼になった。
◆ ◆
気まぐれ食堂を訪れたワシらが扉を開くと、来客を告げる鐘の音がなり、料理を頼むと思われるカウンターに立っていた、目つきの鋭い店主がこちらを見た。
「……いらっしゃい」
客のいない店内に、見た目にたがわぬ渋い声が響く。そして、ここに座れと言いたげに、自分の目の前のカウンター席を視線で示す店主。
ワシらはその指示に従い、カウンター席へと腰かけた。もっとも、店主の雰囲気に威圧されたのか、エルはワシの後ろに隠れてびくびくしておるが。
「ご注文は」
「チュートリアルクエストを」
だが、そんな中でも態度を崩さんのがこのスティーブじゃった。奴は店主が放つ威圧感に負けることなく、不敵に笑いながら平然とそんな言葉を呟く。
それに目を眇めたのが、店主だった。
白いものが混じり始めた髪をガリガリとかきながら、店主はため息を一つ付いて、
「あんた……冒険者か。うちの町じゃもう弟子は取ってねぇ。中央広場前のギルドに行ってきな。そっちの方が懇切丁寧に教えてくれるだろうよ」
「おいおい、俺はこの町で職人の技を習いたいって言ってんだぜ、店主? ギルドのような十把一絡げの、生産職工場的な教えじゃなく、この町独特のオンリーワンな職人を育てる教えをうけたいと言っている」
「ほう……」
若いくせに見どころがあることを言うじゃねぇか。と、店主が驚くのを見て、ワシは話についていけず、スティーブに問いかける。
「どういうことじゃ?」
「ベータの職人街は結構面白いところでさ。同じ種類の職業の店が、結構あったりしたんだよ。とはいえ、その職業の内容が全く同じかと言われるとそうじゃない。それぞれの店がそれぞれの技術に特化した、面白い特徴を持っていたんだ。たとえば爺さんがなろうとしている鍛冶屋なら、刀が得意な『刀鍛冶』、そのほかの武器に特化した武装各種の鍛冶屋。日常品を作っている『金属鍛冶屋』、防具の類を作っている『金属防具屋』……そのほかにもいろいろあったんだぜ。そんで、プレイヤーはその中から、自分の特化したい生産職を選んで、そこに弟子入りしていたんだよ。もっとも、ほとんどの生産職が一気にすべての技術をマスターしたいのに、いろんな店を回らないといけないのが面倒ってことで、運営に苦情を出したわけだが……」
「ふん。近頃のガキどもは全く軟弱な……。いろんな技術を覚えたいなら、店まわるくらいは修行の一環だと割り切らなきゃならねぇ。それもできんようなら、初めから生産職なんぞにならなきゃいいんだよ」
店主はスティーブの話を聞いて、辛辣に呟き鼻を鳴らす。
「だが、最近の若い奴らはそれすら理解できない奴が多くてな。総合的な技術を教えるギルドができてからは、うちの町には見向きもしなくなりやがった。まぁそれはいい。俺らの腕が落ちたわけじゃねぇし、客は変わらずこっちについてくれる。だがなぁ、ギルドに教えを乞うた連中は、『化石の町』だの『時代遅れの職人たちしかいない町』だの、俺たちの町のことを馬鹿にしやがるっ!」
ふざけやがって。と、店主は明らかな憤りを発しながら、吐き捨てた。
「だから俺たちは弟子をとるのを辞めた。あんなくだらない奴らのために、自分たちの技を教えてやるのがばからしくなったのさ」
「そんな理由が……」
まぁ、それなら仕方ないとワシも思う。最近の若い者は、年寄りに対する敬意が足りんような気がするからのう……。
あの眼鏡とか特に……。
ワシがそう考えながら、いまだに思い出すだけで腹が立つ、慇懃無礼なあの男の顔を思い出し、店主の言葉に頷いていた時じゃった。
「だが、お前らはちと違うようだな。小僧、爺さん、小娘。名前と志望職種は?」
何やら雲行きが変わった。店主はこちらを見てニヤリと笑い、そんな問いをワシらにぶつけてきた。
そんな人間らしい店主の姿に、言われた通り今のAIはすごいのうと感心しながら、
「スティーブンだ。志望職種は調薬師と料理人」
「GGYじゃ。志望は鍛冶屋全般かのう?」
「L.Lです! し、志望は裁縫師です!!」
ワシらは返事を返す。すると、ワシらの目の前にウィンドウが開いた。
クエストじゃ!!
「あんたたちはギルドに直行する連中とは、目の輝きが違う気がする。だからあんたらならうちの町で鍛えてやってもいいぜ? ただし、その前にアンタたちに、一流職人になる資質があるかどうか……試させてもらう」
開いたクエスト画面には、貸出されたクエスト用に鍛冶屋初心者用キットと、クエスト内容が書かれておった。
『クエスト:職人の資質を示すべし
内容 :貸出された初心者生産キットを使って、始まりの町で市販されている製品よりも、高品質なアイテムを作れっ!!
報酬 :職人街での全関係店舗での弟子入り許可。控えを含めた生産系スキルに対する経験値100。報奨金5000G
難易度 :☆☆』
ワシがようやく、このゲームの世界に入り込んだ気がした瞬間じゃった。