転生システム
「ゆくのか、この世ならざる世界より、生まれ変わりし者達よ」
「まぁ、それも仕方あるまい。おぬしたちはこの世界にいる魔王の尖兵を倒すために転生させられたのじゃからな」
「ならば行くがよい。おぬしらが前線と呼ぶ、さらに奥の奥にある都――元王都。奴はそこに坐しお主らを待っておる」
「奪われた町を奪還しながら、奴のもとへと急ぐのじゃ」
「奴の名前? それは誰も知らん。奴を目にして生きて帰ったものは誰もおらんからじゃ」
「だが奴の側近である、奴の軍団の将校たちは奴をこう呼んでおった」
「骸の王――《苦骸王》と」
――始まりの町、ストーリークエストクリア後の村長の台詞より抜粋。
◆ ◆
「なんと、ラスボスがとうとう見つかったのかっ!?」
「このゲームではワールドボスだよ、おじいちゃん」
「どっちでもええわい。ラスボスには違いないじゃろう?」
魔法銃や、様々な種類の弾丸の完成によって、ひとまず終止符を打つことになった銃開発。
それによってワシ――GGYは、久々に銃以外の武器の制作をやるつもりになり、自分の工房でハンマーをふるっておった。
そんな時じゃった、ゴールデンシープの面々が、武器のメンテをするついでにそんな報告を持ってきたのは。
「前線のプレイヤーの三割が所属する大型クラン《転生者連合》の連中が見つけたらしいよ。もう偵察がてらの、戦闘も済んでいるらしいし」
「ほほう……。それはまた」
ずいぶんと拙速な判断をするクランのようじゃな。と、ワシは感心半分、呆れ半分といった評価を下しながら、孫の短剣を修繕するため、いくつかの材料と孫の武器を並べながらメニュー画面のアビリティ欄に出ている《武器修繕》のアビリティを選択する。
武装の修繕は、鍛冶系スキルが教えてくれる必要な材料を、耐久度が減っておる武器に、アビリティ画面を操作して融合させるだけで終わるので、正直たいした手間ではないのじゃ。
じゃからこそ、普段作業をするときは誰にも話し掛けないように言っておるワシも、修繕の時はこうして片手間で孫との雑談を楽しみ、ゲームでできた友人たちから攻略の情報を集めることができる。
「まぁ、いずれは誰かが死に戻り覚悟で戦いを挑まねばならん敵じゃろうが……もう少し情報が出そろってからでも、それは遅くないとは思うんじゃ」
「まぁ、お爺さんが言いたいことももっともだとは思いますが、真っ先にボスモンスターを倒した方には、《初撃退ボーナス》として、レアアイテムや一定時間どころではなく、一定期間のレアバフなどが与えられますからね。《連合》の人たちは大方それに目がくらんだんでしょう。もとより死に戻りは必至の、勝てば儲けもの程度の戦いですしね」
ワシが年寄りらしい慎重論を唱えた傍らでは、ワシが修繕した武器の調子を見ていたヤマケンが苦笑いを浮かべながら、ワシの指摘に肩をすくめる。
「で、結果はどうだったんじゃ?」
「無論言うまでもなく敗北で終わりましたよ。ですが、その敗北の仕方が問題でして……」
「ふむ。というと?」
「石化だ」
ワシとヤマケンが意見交換をしておるところに、割り込んできたのはクリムじゃった。
相変わらずのロールプレイは続いておるのか、真新しい赤いローブで口元を隠したクリムは、壁にもたれかかりながら腕を組み、目を閉じつつ呟いた。
どうでもいいが話し掛けるなら話し掛ける相手の目を見て話せ。と、ワシは内心思ったが、今はそういう空気でもないじゃろうと自重しておく。
「ワールドボスの奴、いままでにはない状態異常――《石化》を使って、プレイヤーをかなりの長時間動けない状態にした後、大威力攻撃で挑んだパーティーを全滅させやがった」
「それはまた……」
何とも鬼畜な能力を……。と、ワシは思わず顔をひきつらせた。
今までにはない状態異常を使う。その事実は、プレイヤーたちを苦戦させるのに十分な物じゃった。なにせ、今までその状態異常が発見されていなかったということは、当然それに対抗するアイテムは生産されておらんということじゃ。
おまけにそれによってパーティが全滅したということになると、挑戦者が大型ボス相手にメンバーを一か所に固まらせるという愚策をとっていない限り、敵が使う状態異常攻撃の効果は、ボス部屋のほぼ全域を覆えるということ。
さらに動きを完全に封じる《石化》の状態異常となると、状態異常を回復する《状態異常回復薬》を使用することもできなかったはずじゃ。
「完全に殺しに来ておるのう。あ、じゃが確かスキルに《状態異常緩和》のスキルが会ったじゃろう? それもっとるやつもやられたのか?」
「みたいですよ。スキルが全く働かなかったって。私みたいな回復職系の状態異常緩和アビリティも通じなかったようですし」
「むぅ……それは」
いくらなんでもおかしいじゃろう? と、リナリナの報告にワシが首をかしげるのを見て、ヤマケンも苦笑いを浮かべながら頷いた。
「えぇ。ですから、前線組は『このボスを倒すための、何か重要なイベントを見逃している』と判断して、《スキル関係のイベント》を調べるボス部屋に張り付くチームと、《ストーリークエスト関係のイベント》を調べる、逆行調査チームに分かれて、現在ボスの弱点になるようなものがないか……それが無理ならせめてあの状態異常を何とかできる手がかりがないか調べているところです」
「最近のゲームはステージをクリアするだけでも大変じゃのう……」
前線に来るまでに、こなさなければならないストーリークエストは、確か全部で五つあったはずじゃ。
ワシのように、スキルのLv.だけ上げて途中の町を無視してきた面子はよく知らんが、それら一つ一つが結構な手間をかけてクリアせねばならない、文庫本1冊程度の長いストーリーじゃったと、攻略プレイヤーたちは言っておった。
それを一から調べなおして、ボス討伐のための隠しイベントを探すなど、雲をつかむような話じゃろうに。
「まぁ、そっちの調査に関しては、今はいいのよ。私たちが何とかするからっ! そんなことよりおじいちゃん、じつは私たちおじいちゃんに頼みたいことがあってね?」
「ん? 武器の新調か? お主らにはいつも最高水準の武器を作っておるつもりじゃが……」
正直今手に入る材料でこれ以上の武器は作れんぞ? と、ワシは修繕していた武器を示し、孫の言葉に肩をすくめた。だが、
「違う、違う。武器に関しては今ので満足しているよ。石化の状態異常攻撃が来るまで、結構戦えたしね」
「お主らも挑んでおったのか……」
もしかして、真っ先に挑んだ前線クランは《連合》ではなくお主らだったのでは? と、いぶかしげな目を向けるワシの視線を必死にかわしながら、孫は冷や汗を流しつつワシの手を取る。
「ワールドボス討伐のためのイベントが見つかったら、おじいちゃんに……違った。おじいちゃん筆頭の、《メーカーズ》のトップ生産者に人たちに、ぜひワールドボス討伐に参加してほしいのっ!」
「なに?」
それは、生産者としてはちょっと意外な、攻略に参加してみないかというお誘いじゃった。
◆ ◆
「ワシらは生産者じゃぞ? 弱いとは言わんが、お主ら攻略組と比べるとどうしても戦力的に劣るはずじゃ。それをわざわざ招集するとは、何を考えておる?」
孫から突然切り出された、攻略参加の要請にワシは眉をしかめる。
メーカーズのこの巨大なクランハウスは、多くの前線クランの出資によって成り立っておる。
だからこそ、ワシらは基本的に前線クランの依頼には答えるし、こちらによほど無茶な要求以外なら、ある程度飲むようにとスティーブにも言われておる。
じゃがしかし、それとこれとは話が別。いや、参加させてもらえるのはむしろ生産職としても好都合じゃ。ワールドボスの素材を手に入れさえすれば、諦めておったいろんな武装の生産に着手できるかもしれんからのう。
問題があるのは攻略組の方じゃ。わざわざ戦闘慣れしていない生産職を連れていけば、ワールドボス攻略の足手まといになりかねん。
そんな要求をどうしてわざわざ? と、ワシは疑問に思っておったのじゃ。
じゃが、そんなワシの態度はすでに予想しておったのか、孫に代わってヤマケンが、よどみない口調でこちらの疑問に答えてくれた。
「お爺さんが不思議に思われるのは分かります。ですが、こちらもいろいろ考えた上での生産職の皆さんへの参戦要求なのですよ?」
「ほう。では、その考えとやらを聞かせてもらえるのか?」
「では……ワールドボスをクリアした後高い確率で、『一度目の転生イベント』が起こると私たち前線組は予想しています」
「っ!」
転生イベント。ヤマケンから告げられたその言葉に、ワシは思わず瞠目した。
じゃが、言われてみればそれは予想してしかるべきことじゃったじゃろう。
《転生online》というこのゲームの名前が示す通り、このゲームの最も大きな売りは《転生システム》じゃ。
この転生システムは、他のゲームとほとんど同じように、すべてのスキルレベルをリセットし、まったくの0からの状態で、再びゲームを始めるという物じゃ。
無論、ただ弱体化するわけではなく、転生する際にはその時保有しているステータス(スキルによる補整込)の一割を、初期ステータスに反映し、初期のキャラよりもわずかに強い状態で始めるという特典はある。だが、このゲームの転生システムの売りはそこではなく、
「《第二世界》……もしくはそれ以降の世界のフィールドが、恐らくこのワールドボス戦の後に開きます」
「異世界か……。まさかゲームでこの言葉を使うことになるとはのう」
そう。このゲームの転生システムは、レベル的に1から生まれなおすというわけではなく、本当の意味で転生する。
キャラクターメイキングは一から作り直せるし、ゼロにしたスキルもその転生の際には自由に組みなおすことが可能。
キャラクター設定の時にしか選択できなかったスキル――《加算系》や《上昇増加系》を筆頭としたスキルも、その時は選べるようになるのじゃ。逆に、スキルを進化させることでしか手に入らんスキルは、さすがにその設定時には取れないようじゃったが。
そして、そのキャラクターは転生する際、クリアした世界と全く別の世界――フィールドに行き、まったく違う人間としてプレイすることが可能なのじゃ。
つまり何が言いたいのかというと、このゲームはキャラクター制作に失敗したプレイヤーでも、わざわざ課金してキャラを作り直さなくとも、その世界のボスさえ倒してしまえば、まったく新しいキャラクターを作り直すことができる《やり直し可能なゲームなのじゃ》。
この世界でトッププレイヤーになれなかったとしても、別の世界でトッププレイヤーになることもできるし、生産職だったものがバリバリの前線プレイヤーに代わることもできる。
看板に偽りなし、最も自由度が高いゲーム。世界をクリアすることによって、まるで違う自分に生まれ変わることができる――まさしく文字通りの転生。
このゲームは、ゲーム内でそれをすることが可能じゃった。
「ですが、転生はいいことばかりではありません。個人的な問題も多々ありますし、それ以上の問題が『転生後、どのくらい転生前の世界――《第一世界》と交流ができるのか?』ということ。そこが大きな問題点ではあるのです。何分転生に関しては、運営も『その時のお楽しみ』と言って、情報を伏せていますから」
「むぅ、確かにのう」
ヤマケンが嘆息と共に呟いたその不安要素に、ワシも口に手を当てながら考え込んだ。
ヤマケンが言った通り、転生システムはこのゲーム最大の売りじゃ。そのためかどうかは知らんが、この転生システムに対する詳しい情報は、先ほどワシがあげたこと以外ほとんど伏せられておる。
もしもこの世界との交流ができないなどということになれば……。転生したプレイヤーたちはまだいい。また一からスキルを鍛え治すだけで、生産職がいなかろうが初期フィールドではそれほど困ることはないのだから。
問題なのは、残されたプレイヤーたちの方じゃ。
戦闘系プレイヤーはいなくなっても大した痛手にはならんじゃろうが、前線の生産職たちが転生してし、そこで一切の交流が途絶するようなことになれば、ボリュームゾーンで頑張っているプレイヤーたちの混乱は計り知れない。
じゃが、それは生産職連中も同じこと。前線の戦闘プレイヤーがいなくなって、ボスが倒せず転生できないなどということになれば、生産職からの不満の声が出るのは必至。
さらにはその人間づきあいに煩わされて、ゲームを楽しみに来ている人間が多い前線戦闘プレイヤーが、転生できなくなるというのは、ゲームを楽しむ目的で来ているプレイヤーたちにとっても本末転倒じゃろう。
運営がそのあたりの問題が生まれるような転生システムを作っているとは思わないが、万が一ということも考えられる。対策を打つのは皆を引っ張る前線プレイヤーとしては、当然のことなのじゃろう。
「だからこそ、われわれが転生をする前に、生産職の方々にボス攻略に参加してもらい、いつでも転生できる状態にした後で、後進を育成。ある程度生産職が育てば、転生をしてもらおうという考えに至ったわけです。無論、これは前線プレイヤーたちの総意ではありますが、強制力はありません。あくまで転生したいとおっしゃられる方は、転生していただいても結構です。あくまで最悪のパターンを想定したうえでの動きですから、もしかしたら違う世界に転生しても、こちらとの交流は継続可能という可能性もありますしね」
「なるほどのう。まぁ、慎重になりすぎるに越したことはないと思うから、ワシもその意見には賛成じゃ。じゃが、その慎重策のために、ボス攻略ができなくなってしまうのは本末転倒じゃとワシは思うが?」
「えぇ、ですからどうしても生産職プレイヤーを抱えてのボスの攻略が無理そうなら、この策は諦めます。ですが、われわれは言うほどそのような心配はしていませんよ」
「なに?」
それはいったいどういうことじゃ? と、首をかしげるワシの姿に苦笑をうかべながら、ヤマケンはシレッと言いはなった。
「お爺さんはどうやら自分の戦闘能力を低く見積もりすぎておられるようですが、ブッチャケ前線プレイヤーの中であなた方トップ生産職は、戦闘職のプライドをへし折りかねない化物たちと言われて、恐れられているんですよ?」
「…………………………………………………」
こんなか弱い老人をとっつかまえて随分な言いようじゃ。と、ワシは思わずその言葉に苦虫をかみつぶしたような表情になるのじゃった。
◆ ◆
とりあえず、さきほどの話はスティーブに話して、許可をもらっておくということになった。
あれだけ理路整然とした説明があったのじゃから、否を唱えることはないじゃろうとワシは思う。流石はヤマケン。リアルで営業職に就いておるだけはあるわい。
スティーブもスティーブで人の世話を見るのが好きな奴じゃから、後進のための安全策と言われたら、断ることはないじゃろう。
ワシからそういう言質をもらい、安心した様子でゴールデンシープの面々は工房から出ていく。どうやら前線組から結構なプレッシャーをもらっていたらしく、なんとしてでも交渉は成功させてくれと頼まれて負ったらしい。
人間だれしも、安全策を取らなかったと、背後から罵声を浴びせられるのは嫌じゃからのう。肩の荷が下りた顔がしとったわい。
じゃが、その時奴らはワシの両肩にとんでもない重荷を背負わせていきよったが。
「あ、ところでお爺さん。まさかとは思いますけど、ストーリークエスト全くクリアしていないとか……そんなことはないですよね?」
「ん? しとらんと、ダメなのか?」
「え…………………」
「え…………………?」
その数秒後、ワシは青い顔をしたヤマケンに「ストーリークエストクリアしていないとボス部屋に行けないんですよっ!?」と、ガックンガックン体を揺らされながらそう言い聞かさせられた。
その後、ほとんどの生産職がワシと似たようなルートを通って、ストーリーなどクリアしていないと聞かされたヤマケンの顔色は紙のようになり、前線がワールドボスの攻略のための隠し要素を見つけるまでに、なんとしてでもストーリークエストを攻略しておくようにと厳命されたのじゃった。
こんなことなら、真面目にストーリークエストこなしておくんじゃったと、ワシが思ったのは秘密じゃ。
最近説明回が多いような……。くっ! 何とかしなければっ!!
次はGGYたちトップ生産職による、ストーリークリアという名の、ストーリーブレイカーの話を。