旅立ち
激震が走り、ワシの目の前で緑色の肌を持つ巨体が倒れおった……。
いや、膝を金槌で思いっきり殴られたら、そりゃきくわな……。と、ワシは苦悶の絶叫を上げるゴブリンキングをから離れながらそう思う。
基本的にワシは足が遅いわけじゃし、ヒット&アウェイをするなら、攻撃した後すぐに走りださねばならん。
エルや改造もそのステータス構成を考慮して、防御力を上げてくれる防具を作ってくれてはおるが……。と、ワシは自分の体を包む、吹き抜ける風の模様が彫り込まれた鎧へと視線を落とす。
『アイテム名:鉄の重鎧
性能:防御力+66 素早さ-30 素早さ+30
内容:鍛冶職人MA☆改造が作った重鎧。すべて厚い鉄でつくられており、通常なら速度にバッドステータスが付く。全身に彫り込まれた素早さ上昇の彫金によって、バッドステータスは打ち消されている。
評価:☆☆☆☆☆★』
『アイテム名:鉄の草摺
性能:防御力+44 素早さ-10 素早さ+10
内容:鍛冶職人MA☆改造が作った草摺。すべて厚い鉄でつくられており通常なら速度にバッドステータスが付く。全身に彫り込まれた素早さ上昇の彫金によって、バッドステータスは打ち消されている。
評価:☆☆☆☆☆★』
『アイテム名:ラファールグリーブ
性能:防御力+39 素早さ+40
内容:鍛冶職人MA☆改造が作ったグリーブ。すべて鉄製だが、限界ぎりぎりまで完成度の高い彫金が施されたため、足が軽くなるほどの祝福を得ることに成功した。
隠しギミックがあり、その時になると使える。
評価:☆☆☆☆☆★★★★★』
『アイテム名:鉄の籠手
性能:防御力+33 素早さ-10 素早さ+10
内容:鍛冶職人MA☆改造が作った小手。すべて厚い鉄でつくられており通常なら速度にバッドステータスが付く。全身に彫り込まれた素早さ上昇の彫金によって、バッドステータスは打ち消されている。
評価:☆☆☆☆☆★』
『アイテム名:防護のドッグタグ
性能:防御力+10 《身代わり》+10%
内容:アクセサリー職人MAJOが作ったドッグタグ。持ち主のある程度の個人情報が彫り込まれており、一定確率で敵の致命攻撃を防ぐ力がある。死亡フラグはへし折るものという信念を体現した一品。ぜひとも敵の攻撃をこのタグで防いでいただきたい。
品質:☆☆☆☆☆★★★』
といった感じの防具が今ワシの体を守っておる。
明らかに脚部武装だけが気合の入り方が違う気がするが……。正直、説明文にかいてある、その隠しギミックとやらは、発動する機会が永遠にないことを祈りたい。
その時? いつじゃよ?
ま、まぁそのグリーブのおかげでワシの素早さはある程度上がっておるが、やはりトッププレイヤーたちと比べると鈍足と言わざるをえんわけで……。ワシは極力攻撃をしたら早く離脱するように心がけようと、戦う前に決めておった。
じゃが、
「お?」
やはりさきほどヤマケンが言ったように、ワシが攻撃するにはヘイト値が低すぎたようじゃ。
怒りに燃えた瞳をワシに向けながら、ゴブリンキングが立ち上がり、ワシに向かって安っぽい素材の、雑に作られたモーニングスターを振り上げる。
「ちっ! 仕方ないのうっ!」
取りあえず防御力は言うほど高くないワシが、ボスモンスターの攻撃の直撃を受けるのはまずい。
そう判断したワシはいったん立ち止まり、ボスに向き直るように振り返る。
そして、
「ふんぬっ!!」
ふたたびハンマーのアビリティを発動。今度発動させるのは、技の発動が早い連続技。
「《ダブルスイング》!!」
初撃で敵を打ち上げ、その勢いを利用し、体を回転させることによって放つ第二撃で、落ちてきた敵を水平に殴りつけ吹き飛ばす技らしいが、今回の使用法は敵攻撃の迎撃じゃ。
迎撃は、相手の攻撃に、自分のアビリティをぶつけることによって、その攻撃を相殺、もしくは弾き返す防御技。
このゲームではパリィと並ぶ、プレイヤースキルによる防御技として知られる《迎撃》――インターセプトは、敵の攻撃に合わせられる器用値、相手の筋力に競り負けない筋力値が必要とされておる技術じゃ。
そのため、器用値だけで十分発動する、敵の攻撃を受け流すパリィと比べて、使う人間をステータス的に選ぶ技術じゃと掲示板に書いてあったが、ワシは器用と筋力の特化ステータス。ボス相手でも相殺くらいにはもっていけるはず! と、ワシは予想しておった。
そしてその予想は、
「ん?」
敵の攻撃が思った以上に軽かったことによって、逆の意味で裏切られた。
ワシの身の丈ほどあるモーニングスターの茨の棘は、鉄槌が当たった途端へし折れ、それがまきつけてあった鉄鉱石にも大きな亀裂が入る。
その光景に驚きでもしたのか、やけに人間臭い仕草で目を見開くゴブリンキング。じゃが、そんなことをしとる間にも、ワシの迎撃によって弾き返されたモーニングスターが、ゴブリンキングの手を引きずりながら天高く上がり、ゴブリンキングの姿勢も再び崩れる。
当然、がら空きになったゴブリンキングの体に、自動で発動しておるワシのアビリティの第二撃が襲い掛かり、
「うわ……」
『グギュゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!?』
ワシでもちょっと耳をふさぎたくなるような悲痛な悲鳴を上げて、腹部に強烈なハンマーの一撃を叩き込まれたゴブリンキングは、よろめくようにその場から数歩後退。
そこは、ゴールデン・シープのメンバーの攻撃範囲じゃ。
「お爺さん! 大丈夫ですかっ!!」
「私のおじいちゃんに何さらしてくれてんだ、このデカブツっ!!」
慌ててワシのHPを確認しに来たリナリナの背後では、突然ゴブリンキングの頭上に姿を現した孫が、般若の形相を浮かべてその脳天に短剣二本による高速斬撃を叩き込んでいた。
目玉にでも当たったのか、クリティカル判定を示す爆発するかのような大量のポリゴン片が、空中に飛び散る。
「ちょ、落ち着けネーヴェ!?」
「タゲをこちらに戻しますから、いったん離れなさいネーヴェ! クリム、敵残存HPの確認!」
「了解だっ!!」
そんな孫を落ち着かせようと、クリムとヤマケンが必死に声をかけるが、孫の耳には届いていないのか、怒号を上げて攻撃を続けておった……。
最終的に、ゴブリンキングが孫の連続攻撃にたえかねてのけぞった隙に、ヤマケンが孫の首根っこを掴んで回収してくれたわい。
孫が迷惑かけてすまんのう……。と、ワシが内心で謝っておると、ワシのHPバーを確認しておったリナリナが、驚いたように息をのんだ。
「うそ……。インターセプトしたのに、《ノックバック》の劣化支援がないの?」
「なんじゃ? そのノックバックって?」
「打撃形の武器をインターセプトした際に起る現象ですよ。弾き返してもダメージがいくらか入ったり、手がしびれて武器が持てなくなる《しびれ》の状態異常が起こることがあるんですが……。それが無いってことは、筋力値が相手をはるかに上回っていたってことで……。ゴブリンキングの攻撃をノックバックなしにインターセプトしたってことは、中層のプレイヤーのような筋力値100越えでないと」
リナリナはぶつぶつそう言いながら、いぶかしげな視線をこちらに向けてくる。
ふむ。べつに中層プレイヤーくらいのステータスじゃったら、言うほど問題ないと思うんじゃが……なぜこんな視線を向けられにゃあならん。
「爺さん、あんたステータス幾つだよっ!」
「ん?」
ワシがそんな風に考えておると、同じように驚いた顔をしたクリムがこちらに駆け寄ってきよった。
ゴブリンキングの方を見てみると、ヤマケンが見事にタゲを取り戻したのか、全身を真っ赤に変色させたゴブリンキングの猛攻を、ワシが渡した盾で見事に防ぎ切り、その背後ではワイヤーの上を、とんでもない速度で渡り飛ぶ孫が、ゴブリンキングの体に斬撃によるダメージを表す、線のようなダメージエフェクトを刻んでおった。
「あのあとちょっと攻撃したら、すぐにゴブリンキングが《激怒》状態になったぞ? たった二発でどれだけHP削ったんだ……」
「激怒? あぁ、ボスモンスターのHPが三割切ると発動するというボス専用の強化支援か。孫も盛大にケズッとったからワシだけで削ったわけではあるまい? あとロールプレイできとらんぞ?」
「ふむ。確かにあの鬼がごとき連続攻撃で、HPが相当削れたことは否定せんが……。だがネーヴェは攻撃力低いから、あれくらいの連続クリティカルを出したところで、削れるHPは2割か3割だ。つまり爺さんは最低でも、二回攻撃で敵のHPを4割近く削ったことになる」
完全に中層の、攻撃特化のダメージディーラーに匹敵する攻撃力だ。と、何とかキャラを作り直したクリムは、えらそうな口調に戻りながらそんなことをいいだし、
「それに、ゴブリンキングを相手に、インターセプトを危なげなくこなせる器用値となると……」
どういうわけかリナリナもその意見に乗っかりはじめ、
「お爺さん……本当に鍛冶屋なんですか?」
「正直に吐くがいい老人。悪いようにはしない」
「突然何言いだしとるんじゃお前ら……。ワシの作品をもらっておきながら何故そんな疑問がわく?」
どっからどう見ても生産特化のか弱いプレイヤーじゃろうが、ワシ! と、戦闘なんてスライムとしかしたことがないワシは、疑わしいと言いたげな二人の視線に憤慨する。
そうこうしているうちに、ゴブリンキングのHPがいよいよ不味くなってきたのか、HPが一割を切った途端《激怒》状態を示す、ゴブリンキングの紅いエフェクトが消え、ゴブリンキングは明らかに疲労しきっているような、荒い息をし始める。
激怒状態の副作用と言われておる《疲弊》というバットステータス。主な効果は、ステータス低下と動きの鈍化じゃ。激怒によって一時的にステータスを跳ね上げてしまったがゆえに、敵ボスモンスターにもガタが来ておるようじゃった。
こういうところだけ妙にリアルじゃよな、このゲーム。と、ワシはひとり感心しながら、胡散臭いと言いたげな失礼な視線を向けてくる二人から離れ、前線に復帰。
「攻撃いくぞっ、孫っ! ヤマケンっ!!」
「おじいちゃん!? 大丈夫なのっ!!」
「もちろんじゃ! 孫と一緒に戦える機会を、このワシが逃すわけないじゃろうっ!」
ワシがそう言うと、先ほどまで怒り一色に染まっておった孫の顔がパアッと笑顔になったのがわかった。
ワシはそれを見て「ええもんをみたわい」と、楽しそうな孫の笑みに微笑みながら、
「うりゃぁあああああああああああああああああああああああ!」
気合いと共に、ヤマケンしか見ていないゴブリンキングの隙だらけの足に再び《フルスイングハンマー》を叩き込む。
それによって激痛に悲鳴を上げ、再びのけぞり倒れていくゴブリンキング。その眼前には、ワイヤーからばねのような跳躍で飛び出し、信じられない速度でゴブリンキングの前に躍り出た孫が出現しておった。
「双短剣アビリティ」
そして、孫は歌うように、わざわざ言わなくてもいいアビリティ名を呟く。
「《挟撃寸断》!!」
そのアビリティ名はさながら死刑宣告の様に響き渡り、短剣とマインゴーシュは、ゴブリンキングの首を挟み込むような軌道で一閃される。
ゴブリンキングの首を一回りし、一本線の紅いダメージエフェクトが浮かんだ。
ゲームなのでクリティカル判定じゃ。首が飛ぶ《即死》ということにはならなかったが……。
『グォ……』
ゴブリンキングのHPはそれで消し飛んでしまったのか、タイミングよくゴブリンキングの体は爆散。雨のようなポリゴン片がボス部屋全体に降り注いだ。
◆ ◆
《雑談掲示板》
スレッド名:職人ははたして強くなれるのか?
1:店から叩き出された転生者さん(**/**/**/………)○○○○○
純粋な考察をしましょう。
職人の無限の可能性について追及しましょう。
みんなで楽しい雑談をしましょうwww
・
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・
・
・
79:名無の転生者さん(**/**/**/………)○○○○○
最近どう? 職人街が熱いらしいけど、誰か前線に出ている職人で凄い奴いる?
80:名無の転生者さん(**/**/**/………)○○○○○
職人が副業ってやつなら結構いるぞ? 『みーにゃん』とか、『覇王龍帝』とか。
81:名無の転生者さん(**/**/**/………)○○○○○
あの人たちって基本的に戦闘が本職で、職人は趣味じゃん……。調薬とかアクセサリーとか。
82:名無の転生者さん(**/**/**/………)○○○○○
ガチ職人とは、調薬で火薬を作った奴のような人をさす。
83:名無の転生者さん(**/**/**/………)○○○○○
なんで土くれと、鉄と、薬草しかない始まりの町で火薬ができるんだよwww
84:名無の転生者さん(**/**/**/………)○○○○○
Oh...TSOの神秘……。
85:名無の転生者さん(**/**/**/………)○○○○○
マジレスすると、普通にオークションで上層の素材落札しただけだろ
86:名無の転生者さん(**/**/**/………)○○○○○
ネタにマジレスとか大人げないですヽ(`Д´メ)ノ プンスカ!
87:名無の転生者さん(**/**/**/………)○○○○○
おまいら仲良くしろよwww
88:名無の転生者さん(**/**/**/………)○○○○○
話を戻すが、ガチ勢って言ったら職人街の連中だろ? 古参と言えば、スティーブンとL.LとGGYか……。
89:名無の転生者さん(**/**/**/………)○○○○○
当然最強はスティーブンだな。きっと苗字はセ○ールに違いない。「廃品処理」とか言って何度あいつにヤバい飯食わされたことか……。
90:名無の転生者さん(**/**/**/………)○○○○○
(°Д°)ハァ?
GGYに決まってんだろ常考。お前あの人が作る武器の強さしらねぇの?
あれ投げつけるだけで大分強いぞ? AU○だぞ!?
91:名無の転生者さん(**/**/**/………)○○○○○
まぁまぁ落ち着け。最強はL.Lタンに決まっているだろう。
可愛さに勝る正義はなし!
92:名無の転生者さん(**/**/**/………)○○○○○
L.Lタンhshs!!
93:名無の転生者さん(**/**/**/………)○○○○○
L.L!L.L!L.L!L.Lぅぅうううわぁああああああああ(ry
94:名無の転生者さん(**/**/**/………)○○○○○
ちょ、また古いネタをwww
95:名無の転生者さん(**/**/**/………)○○○○○
そうだぞっ! 俺達が今話しているのは物理的な強さについてだっ!!
96:名無の転生者さん(**/**/**/………)○○○○○
ゲーム内で物理とか(失笑)
96:名無の転生者さん(**/**/**/………)○○○○○
GGYに一票……。今日一緒にゴブリンの洞窟言ってきたけど、二回の攻撃でゴブリンキングのHP半分削ってた……。おまけにノーノックバックでインターセプトまでして……。
97:名無の転生者さん(**/**/**/………)○○○○○
は?
98:名無の転生者さん(**/**/**/………)○○○○○
釣りか? 騙されんぞっ!
99:名無の転生者さん(**/**/**/………)○○○○○
ゴブリンキングにノーノックバックって、《全能》のあの人みたいに、筋力と器用を100越えしてないと無理なんだぜぃ?
100:名無の転生者さん(**/**/**/………)○○○○○
釣り針スケスケだお (#・∀・)ムカッ!!
◆ ◆
ゴブリンキング討伐から数時間後。
「う~ん。何か情報あるかと思ったんだがな……。つか釣りじゃねぇし!」
「キャラ崩してまで何しとるんじゃ、お主は……」
「ぬあっ!?」
ワシ――GGYは、店にあったビールを片手に、店の隅でコソコソしておったクリムに話しかけた。
現在ワシらがいるのは『町長の気まぐれ食堂』。ワシの初めてのダンジョン攻略祝いという建前のもと、ゴールデン・シープという金のなる木=トッププレイヤーと関係を作ろうと、町中の職人見習いたちが駆けつけて、どんちゃん騒ぎをしておる。
料理を出しておるのはスティーブと、アキラ。町長の方は今日も来てくれている、常連のNPCたちの相手をしておるらしい。
その二人が率いる料理部隊の実力も高く、8時間近く補助効果を維持できる料理がバンバン出されておった。
そのあまりの効果の高さと美味しさに、ヤマケンが何を血迷ったかアキラに勧誘をかけたくらいじゃ……。ちなみにスティーブが避けられた理由は、今日も宴会場のど真ん中においてある、瘴気鍋が原因じゃとワシは睨んでいる。懲りずにまた妙な材料突っ込んだなスティーブの奴……。
じゃがアキラもアキラで問題あるんじゃよな……。本当に腕はいいんじゃけど、ソイツオカマじゃから。ヤマケンの後ろねらっとるから……。と、まんざらでもない笑顔を浮かべているアキラに冷や汗を流しながら、ワシはひとり窓際におったクリムの横にもたれかかり、小タルで作られたビールジョッキをあおった。
何気にこの店、料理よりも酒関連の方が充実しとる気がする……。と、現実世界のようにキンキンに冷えたビールに舌鼓を打つワシ。
そんなワシを横目で見ながら「ゲームでビールって……」と何とも言えない顔になりながら、クリムは先ほどまで開いていた画面を閉じた。
「なぁ爺さん……。あんた実際のところどんだけ強いの?」
「うん? まぁ、スライム乱獲できる程度じゃな……」
「ウソだっ!」
「だから、なんでさっきからその主張ばかり繰り返す? ほんとうじゃって」
まぁ、スライム倒すのが楽しくて、それ以外の敵倒したことなんて数えたくらいじゃから、実際どの程度と言われると答えに窮するが……。
「ステータスは……見せられないんだっけ?」
「まぁのう。ちょっと、スティーブと約束しておってな?」
誰かが気づいて掲示板にアップするまで、ワシらの《ステータス超上昇》については伏せておこうと……。スティーブと交わした少し前の取り決めを思い出し、ワシは少し苦笑いを浮かべる。
他人の情報に追従して強くするような輩に、俺たちの後を追われたくないから。と、スティーブは言っておったが……ありゃ単純に、自分のまねされるのが嫌じゃっただけじゃろうな。と、ワシは思う。
まぁ、ゲーマーとしてそんな気持ちもわからんではないと、スティーブに協力するワシも、人のことは言えんのじゃろうが。
ひとりそんなことを考えながら、含み笑いを漏らすワシに怪訝な顔を向けつつ、
「まぁ、いいや。じゃぁさぁ、あんた前線に来いよ」
「ん?」
意外なことを言われて、ワシは目を丸くした。
確かに今回は活躍できたが、ワシのスキル平均レベルは言うほど高くない。前線に出ていいといわれるアベレージ20越えは果たしていないんじゃ。
今回は活躍できたから、すごいと勘違いしておるかもしれんが、きっとワシは前線に出られるほどのステータスをもっておらんと自分でも理解しておる。
そんなワシをより客観的に見て、ワシよりも辛口評価をするべき前線のトッププレイヤーであるクリムが、そんなことを言い出したのじゃ。ワシが驚いても仕方ないじゃろう。
「何の冗談じゃそれ? ワシなんかが前線に行ったら素材も満足に集められんぞ」
「だったらさ、うちの専属にならないか? ステータス的に素材集められないことを気にしているんだったら、俺たちがその素材集めてくるから。あんた自身があんたの戦闘能力を信じられなくても、自分の作る武器の性能には自信があるんだろ?」
「む……」
そう言われると、確かに心は少し揺れる。孫と同じチームに入れるというのも捨てがたいしのう……。じゃが、
「すまんな。寄生はしないと決めたんじゃ」
「……あぁ、初めの事件か。でもこれギブ&テイクだぜ?」
「たとえそうじゃったとしても、他人から見れば、ワシが金をもらって、お主らに半ば養ってもらっておるように見えるじゃろう? 人がそれを見て寄生老人と言うくらいなら、ワシはどのクランの専属にもならんよ」
「うぅ……。おしいな……本気で惜しいな」
まったく、どこの誰だか知らないけどあの眼鏡。爺さんに余計なこと言いやがって。と、今はどこの誰かもわからない眼鏡のプレイヤーに愚痴を漏らすクリムに、ワシは苦笑いを浮かべて肩をすくめながら、
「それにのう、クランやお主らのようなパーティーに入ってしまえば、そのメンバーの武器を重点的に作らねばならんじゃろう? ワシはもっと自由に武器を作りたい。自分の作りたい武器を、赴くままに作っていきたいんじゃ」
「そうかよ……」
職人だねぇ。と、クリムは小さくそうつぶやき、
「ふっ! そういうプライドは、嫌いじゃないぞっ!」
「そうかい」
鼻にかかるあのエラそうな態度を再び取り繕い、クリムはその場を去って行った。なんだか、凹んどるように見えたが、どうやらワシの思い過ごしじゃったらしい。と、ゴールデン・シープのメンバーに合流しに行くクリムを見送り、ワシは騒がしい店内を見廻した。
「思えば、遠くに来たもんじゃ」
ちょっとノスタルジックな気持ちになりつつ、ワシはこれまでのゲームでの生活を思い出す。
雑魚と言われてバカにされたゲーム初日から、好奇心のままに失敗料理を作ってしまうスティーブと、気弱そうじゃが腕の向上は著しいL.Lに出会い、
三人で騒ぎながら職人街のクエストを達成し、
職人街で腕を磨きながら、ようやく「GGY無理すんな」という不名誉な称号から脱却できた。
最後には喧嘩別れしたような孫とも、いっしょに冒険ができて、
「うむ……。おおむね、満足の行く日々じゃったのう」
じゃが、その日ももうすぐ終わる。と、ワシは独りごちる。
ゴブリンキングの素材を持って、喜び勇んで帰ってきたワシを見て、ランベルダがこういったからじゃ。
『もうお前は鍛冶屋のイロハは覚えたようだな。おめでとう……。お前はこの町から卒業する権利を得た』
その言葉はきっと、ワシにもうそろそろ旅立てと言っているのじゃろう。
始まりの町ではない、もっと武器を必要としている人々がいる町へと……。
つまりは、
「前線……は、さすがに早いかのう?」
ステータス的にも不安じゃから、拠点を移すにしても中層くらいか。と、ワシはひとりそう思いながら、今後の予定を立てていく。
時がたてば人も変わる。
年を取っておっても、ワシは成長できた。
じゃからこそ、この変化は悪いことじゃないはずじゃ。
新しい挑戦。新しい環境。ワシの師匠がそれに挑戦しろと言ってくれたのじゃ、
「挑戦せぬのは……ワシじゃないのう」
ワシはそう言って小さく笑い、まだ見ぬこの世界の先に思いをはせる。
そんなワシに、
「なぁ爺さん」
「あ、お爺さん! 見つけましたよっ!」
「ん?」
すべてを始めた仲間たち。スティーブとL.Lが話しかけてきよった。
「どうした二人とも? ワシを探しておったのか?」
「おう! ちょっと俺ら二人でデカいことやろうって相談していてな!」
「お爺さんにもぜひメンバーに加わってほしいんです!」
「デカいこと?」
何じゃそれ? と、ワシが首をかしげるのを見て、二人はにやりと笑いながら、
「俺達と」
「私たちと……」
「「前線で、職人専門のクランを作らないか?」」
二人同時に告げられたその計画に、一瞬何を言ったのかわからなかったワシは思わず目を瞬かせ、
「……ふむ。詳しく聞かせろ」
初めて二人にあった時のような、おもしろいことが起こる予感がして、年甲斐もなくワクワクしてしまった。
寄生するわけでもなく、誰かの庇護下に置かれるのではなく……自分で自分の居場所を作る。
攻略クランに負けないくらい、大きなクランを作って見せるっ!
二人が示したその道に、ワシは年甲斐もなく興奮しておったのじゃろう。
終りじゃないですよ~。
えぇ、まだまだ続きますともっ!