プロローグ 認知症防止の有効策
他の作品もあるのに何やっているのかって?
だ、大丈夫……わりとすぐに終わる予定。
「う~ん。ちょっと物忘れが激しくなっていますね……。認知症の前段階かもしれないです」
「はぁ、やっぱり……」
孫が来る日すら忘れていたから、これはまずいかなと思っていたんじゃ……。と、ワシは目の前に座った市民病院の先生の診断を聞き、参ったなと言いたげに頭をかいた。
「先生……なんとかなりませんかのう」
「まぁ、脳の働きが歳のせいで衰退する症状ですからね……。元に戻すというのは何とも……」
「そうですか」
「でも、これ以上の機能低下をさせないことはできますよ」
「え?」
歳のせいでは仕方ない。と、諦めかけたワシに、先生はカルテが映ったPC画面に何かを打ち込みながら、答えを示す。
「頭を使うことです」
「はぁ……。頭を」
「えぇ。ようするに脳の機能が劣化する現象ですから、人間の体というのは普段使う場所は劣化しにくいものです。おそらくお爺さんは老後に入ってから、あまりものを考えない生活をしていたのでは?」
「うっ……」
そう言われると痛い。去年までは婆さんが生きていたから、家計の計算は任せていたし、今の生活だって、テレビを見て、新聞を見て、飯を食って寝るくらいしかしておらず、お世辞にも頭を使う生活とはいいがたい。
「とはいえ、いきなり頭を使えと言われてものう……」
「まぁ、昔はそこで躓いたんですが、今はちょっと裏技がありましてね」
「裏ワザ?」
「はい。VR機器というのはご存知ですか?」
さすがにそれは知っている。新聞にも載っておったし。5年ほど前に開発された新しいゲームらしく、何やらゲーム業界に革命がおこったとえらく騒がれていたもんじゃ。
ゲームか……。そういえば就職してからしとらんかったのう。昔は廃ゲーマーとして鳴らしておったんじゃが。
「VRゲームとは脳に直接干渉を行い、五感からの情報を脳内で完全に書き換えてしまう機器です。あぁ、こう言ってしまうと脳に何らかのダメージが入るんじゃないかと思われるでしょうが、大した負荷ではないことは、医学的に証明されているのでその点はご安心を。ただ、脳の機能を無理やり書き換えるという事から、どうしてもVR機器を使用してゲームをすると『普段より頭を使っている状態』になるわけです」
「ほう。つまり?」
「先ほど言ったように人間の体という物は、使われている場所は劣化しにくくなる傾向があります。つまり、VR機器を使ってゲームさえすれば、認知症の悪化防止にはこれ以上ない効果を発揮するということです」
「おぉ! それはなかなか画期的ですなっ!!」
そうと決まれば早速VR機器を買いに行くのも悪くない、とワシが考えているとき、
「やる気になっていただけましたか?」
「え? えぇ……まぁ」
「そうですかっ! そんなあなたに耳寄りな情報があるのですがね」
そう言った瞬間、先生は看護婦さんを呼び何かを取りに行かせる。そして、戻ってきた看護婦さんの手には、まるでバイザーのような機械があった。
「これが、先ほど話したVR機器です。名前は確か『グレムリン』だっけ?」
「これが……。で、それをいきなり持ってきてどうしろと? まさかワシに下さるというわけではありますまい」
「差し上げますよ」
「……………………………………………………?」
え? っと、思わず口を開けるワシ。だってそうじゃろう。最近出たばかりのVR機器は、その人気もあってか今も結構なお値段をする。ワシも買おうかと言ってみたが、値段によっては、貯金している月々の余った年金を、切り崩さねばならんかと思っておった。
それを、ただで進呈?
「もちろん、本当にただでというわけではありません。あなたにはこれを使った際、月に一回病院に来ていただいて、経過の報告と脳の検査をしていただきます。まぁ、要するに治験というやつですね」
「はぁ……。ん? ということは、VR機器がボケ防止につながるというのは……」
「認知症ですよ、お爺さん。まぁ、なんというか、理論は完璧なんですが何分実例が少なくてですね……」
なるほど、つまり……。
「ワシはていのいい人体実験の対象にならんかと言われていると?」
「治験ですよ、お爺さん」
眼鏡の奥の顔をニッコニッコさせながら、あくまでそう言い張る中年医師に、ワシは三白眼を向ける。
とはいえ、ただでこんな高価なものをもらえるというのはありがたい。どちらにしろはじめるつもりじゃったし、失敗しても人体に影響があるわけではない。だったら、
「まぁ、そのくらいでしたら構いませんが」
「よかった! では、一応こちらの契約書にサインをして、はんこをお願いします」
まるでその言葉を待っていたかのように、即座に出される契約書と、ワシの名字のハンコ。ワシはそれを見て何か言ってやろうと口を開くが、
「あぁ、ハンコも差し上げますよ。ただですよ? ただ!!」
「…………………………………………………」
契約書に書かれた『なお、この治験で何らかの障害を負った場合は、すべて自身の責任とし、当病院に一切の責任を求めないこととする』という文言に不吉なものを感じつつ、ワシは悪魔の契約書にサインをする気分で、サインを記載するのじゃった。
あとで調べてみたら、なんでも政府主導の医学実験だったらしく、本当にまっとうな治験だったみたいじゃが……。あの医者のせいで妙な汗をかいてしまったわい。
◆ ◆
「え!? おじいちゃんVRゲーム始めるの!?」
「あぁ、ちとお医者様と悪魔の契約を結んでの……」
「それ本当にお医者さんなの?」
ワシが家に帰ると、そこにはワシの家に遊びに来ておった孫が、ワシの家に置いてある古いテレビゲームを使って遊んでおった。
孫の名前は小中由紀子。肩口でそろえた短い黒髪に、ほんの少し吊り上った目じりがチャームポイントの中々の美人さんじゃ。もっとも胸だけは婆さんの遺伝子を受け継いで残念な感じで、良くワシに「どうしてもっとおばあちゃんを巨乳にしなかったの」と愚痴ってくるが……。やめんか。揉めば大きくなるって俗信じゃからな? ワシ、若いころ、婆さんのは死ぬほど揉んだもん。
嫁に行った娘が生んだ子で、一人っ子のせいかよく近所にいるワシの家に遊びに来ておった。
高校生になってもそれは変わらず、よく電話を一本入れてワシの在宅を確認し、高校の帰りに押しかけてきよる。立派なおじいちゃんっこに育ってくれて、ワシ大歓喜!!
唯一の懸念はそんな孫が、ワシの家に遊びに来る頻度が多すぎることじゃが……。今の年頃なら、友達と遊ぶ方が楽しいじゃろうに……友達おらんのじゃろうか?
ワシがそんな回想をしておるうちに、孫が勝負を決めにかかった。赤い帽子をかぶった配管工が、かわいらしい車に乗って亀の甲羅を投げつけておる……。ゴール手前で撃墜とは……鬼畜な孫じゃ。
クラッシュして止まる先頭車両をしり目に、孫が操作する配管工が悠々ゴールした。
そして、孫の操作キャラの勝利をたたえるゲーム画面から視線を外し、孫はワシの方を振りむいた。
「ゲームは!? ソフトも一緒にもらったんだよねっ!」
「なんじゃ……やけに食いついてくるな。えっと……《転生オンライン》?」
「まじで!? TSO!?」
四つん這いになりながら、ゴキブリのような速さでワシに這いよってくる孫に、立って歩きなさいと言いながら、ワシは埃をかぶっていた仕事用のパソコンと、通信ルーターを引っ張り出す。なんでも、このゲームをするのはネット環境が必要とかいう話で……。
「だったらおじいちゃん、私も今日あたりそれはじめるから、始まりの町で待ち合わせしようよ!」
「なぬ?」
なんと、同じ時期に始めるとはなんという偶然。と、ワシが驚いていると、孫は呆れたように肩をすくめて、
「おじいちゃん何言っているの? TSOは今日始まるんだよ。VRMMORPGの大家である、『ハンドソーン』が滅茶苦茶力を入れいて新開発したゲームで、前評判だけでもすんごいんだから! 私だって抽選に当たらなかったら、ゲームをすることはできなかったかもしれないんだよ!? 値段だってほら!」
孫はそういうと、スマホからさらに進化した、ホログラム画面を出す携帯『ホロホン』の画面を開き、ワシの方へとその画面を飛ばしてきた。
最近の電子機器は便利じゃのう。と呆れながら、ワシがその画面を見ると、そこには有名な某オークションサイトの画面が開いており、ワシが手に入れたVR機器とゲームカセットの値段が、
「んぶっ!?」
頭についた9の後ろに、0が六つほどついた値段で落札されておった……。
「きゅ、きゅきゅきゅきゅきゅきゅ!?」
「お、おじいちゃん落ち付いて!? おじいちゃんくらいの年齢の人がそれやるとすごく心臓に悪いっ!!」
「わるかったのう……。にしてもシャレにならんぞ、これ……」
売ろうか……。一瞬そんな考えがワシの脳裏によぎるが、
「でも、話聞くとそれ治験なんでしょ? 契約書にサインした以上、やらないと違約金とかかかるんじゃ……」
「……」
おのれ悪魔めっ!! ワシが思わずそう言ってあの医者を罵るのを、孫が微妙な顔で見ておった。
◆ ◆
というわけで、孫と待ち合わせの約束をしてゲームを始めたわけじゃが、
「なになに? キャラクターの容姿を設定してください? ジジイでいいじゃろう。ゲームで若作りしてもしゃーないしのう。名前も面倒じゃしGGYで……。スキルを選んでください? そういえば、このゲームは選んだスキルのレベルを上げて強くなっていく、スキル制じゃと孫が言っておったような気が。初めに選べるのはメイン一つ、サブ五つ、予備が二つか。ボケ防止の為じゃから、できるだけ頭使う職がいいし、なにがあるかのう。魔法使いとか賢そうじゃ……って、そういえば医者が、一番頭を使うのは生産職とか言っておったのう。じゃぁ、とりあえず種族は生産が得意だと書いてあるこの『ドワーフ』で、メイン武器は『ハンマー』。残りのスキルは『鍛冶』『鑑定』『採掘』と、ステータスを上げるために『器用上昇増加』と『筋力上昇増加』でいいじゃろう。予備は細工用に『彫金』と『染色』を入れておくかの」
と、こまごまとしたゲームの設定に辟易とするワシ。なんじゃ、最新のゲームは容姿の設定をするだけで、ここまでせにゃならんのか……。
『ようこそ、転生オンラインの世界へ。ワシは貴様を転生させる神である! 貴様を転生させる理由!? 暇つぶし以外に何があるというのじゃ。せいぜいワシの玩具として、ワシの管理する世界であがいてみ……』
「長いのう……。スキップ」
だから、何やら結構重要なことを言っていた気がする、ワシと同じくらいの老人の話を、ワシが思わず聞き流してしまったとしても悪くはないはずじゃ……。と、ワシは誰にするでもない言い訳をし、
「ほう……これがVRゲームの世界というやつかっ!!」
気が付けばワシは、鮮やかな白いレンガの町の中に立っておった。
ステータス紹介
キャラクター名:GGY
種族:ドワーフ
筋力:5
防御力:4
魔力:1
器用:5
素早さ:1
メインスキル:《ハンマーLv.1》
サブスキル:《鍛冶Lv.1》《鑑定Lv.1》《採掘Lv.1》《器用上昇増加》《筋力上昇増加》
控え:《彫金Lv.1》《染色Lv.1》