昼にしか目覚めぬ彼と夜にしか目覚めぬ彼女の話
カッとなってガッと書いてしまいました。細かい事を気にしない方を熱烈歓迎いたします。
ふと目を覚ます。包むは安楽。
己を包む温かな熱の正体が馴染み深いそれと知って、彼女は緩やかな笑みを浮かべた。誰一人として目にする事のない、只々穏やかで和やかな笑みを。
「おはよう、おやすみ。」
己の目覚めと同時に眠りに落ちてしまった夫の頬に、そっと唇を寄せる。しばし夫の瞳の色は何色かしらと夢想する習慣の時を過ごしてから、幸福の満ちる肚を一撫でして身を起こした。
キッチンテーブルに置かれた手紙を手にする。
『おはよう。今日は天気が良かったので、街まで出掛けてきたよ。』
そんな文句で始まる温かな筆致に目を走らせて、そっと口許に笑みを刷く。沢山買い物して来たようだ。彼の好きなご馳走を、たっぷりと作り置いておこう。
『君に似合いそうな髪留めを買ったんだ。これを付けて眠って欲しいな。僕が目覚めた時に、一番に目に出来るように。』
そう締め括られた最後に、彼女はまぁと口を開いて、そしてうふふと笑った。
今日も貰えた恋文を、大切に大切に宝物箱に収める。毎日の事であるので随分な量となっているが、とても処分する気にはなれない。
湯を浴びて身を清めると、洗濯に取り掛かる。夫はまるでわんぱく坊主の様に服を汚す。彼女の知り得ない昼間、彼はどの様に過ごしているのだろうか。思いを馳せるだけで、頬が緩む。
次には掃除を。といっても家の大部分は夫が済ませているので、彼女は水回りを磨いて整えるだけだ。
さあ、彼女の一番の大仕事。夫の三食を用意しよう。
肉や乳製品は街で買うしかないが、葉物や根菜、芋やハーブといった物は、農夫としても優秀な夫が育てていた。
畑に入るとよいしょと幾つかの野菜を引っこ抜き、ハーブも数種を千切る。今日のメインは夫の好きな肉料理だ。とすると、朝食と昼食は軽い物が良いだろうか。いや、夫はこってりとした、重い物が好きだ。買ってきてくれたチーズやハムを使おう。
彼女が夫に示せる愛情はたったのこれだけなので、手間暇を掛けて、幾つもの料理を作る。そしてそれら全てを平らげてくれるのが、彼からの愛情だった。
『今日も抱き締めていてくれてありがとう。髪留めもとっても嬉しいわ。似合うかしら?』
そうして、長い長い手紙を書く。紛れもない恋文を。
書き終える頃には、彼女の時間はお終い。手紙をキッチンテーブルに置いて、夫の眠る布団に潜り込む。目覚めの近い夫は、妻の気配に抱き締めてくれた。
「おやすみ、おはよう。」